誰かの遠い記憶の欠片。今や世界に悪とされた、7年前の、とある貴銃士の追憶。
玩具のように打ち壊してきたモノの意味。それを、一度も考えようともしなかった。
かつての彼の怠惰が、今、彼を苛む。
敗北の記憶の、恐怖。その絶望。
今も、そのぐちゃぐちゃな情動が心をじわりと蝕んでく。……心?
貴銃士に心なんてあんのかよ?
そんなもんあったら、まるで……
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──7年前。
89 | ……チッ、どいつもこいつも……雑魚どもが……。 |
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ベルガー | ドーテーくん、なーにイライラしてんだぁ? ヨッキューフマンかぁ? |
89 | よっ……ちげーっつーの。 ボス前で強制連行されて、イラついてんだよ。 |
89 | つーか俺ら、レジスタンス潰しに来てんだろ。 いねーじゃねーか。 |
ベルガー | それな! レジスタンスどこにいんの?? ぼくぅ、早くおソウジしたいんですけど~~。 |
世界帝軍兵士1 | はっ。あの……レジスタンスどもは先程、 その……ベルガー様が暇つぶしに虫を乱射した音で、 こちらに気づき逃げたようでして……。 |
89 | おめーのせいじゃねぇか! ざけんなよ! |
ベルガー | ア? あー、そうだったかも! ぎゃははは! |
世界帝軍兵士1 | ただいま捜索を行っており── |
世界帝軍兵士2 | 逃走したレジスタンスを発見しました! 近くにある廃工場に逃げ込んだ模様です。 |
89 | チッ……めんどくせーことしやがって。 雑魚が寿命延ばしてどうすんだよ? ったく。 |
ベルガー | おっしゃ! おソウジタ~イム! 89、行こうぜぇ。 |
89 | レジスタンスの奴らをぶっ殺しまくって、 ストレス解消するしかねーな。 |
廃工場に現れた89たちに、
レジスタンスは必死の抵抗を見せた。
レジスタンス1 | く、くそっ! 弾が、もう……! |
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89 | はい、貧弱装備でご苦労さん。 あばよ。 |
レジスタンス1 | ……ッ!! ぐ……あ……。 |
89 | んー……。 無駄な足掻きでも、NPCくらいの手応えはあるか? |
ベルガー | おーいドーテーくん。 ヨッキューフマンは治ったかぁ? |
89 | だから欲求不満じゃねぇ── |
89 | ──うッ!? |
ベルガー | ……あっ。 |
レジスタンス2 | ア、アランを……っ! 貴様ら……ッ! |
89 | ……おい、もう悔いはねぇわな。 |
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89 | 人様の顔面にしょぼい弾、当てやがって。 どうだ、レジスタンス様よぉ。満足かよ。 |
89 | ……こっちが手抜いてるからって、 調子のってんじゃねーぞ──なぁっ!? |
レジスタンス2 | うっ……うわあああっ! |
追い詰められたレジスタンスが逃げ込んだコンテナに、
世界帝軍の兵士がガソリンを撒いて火をつけた。
ベルガー | ぎゃはははっ! 出てきた、出てきた!! |
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89 | 1匹、2匹……。 |
89とベルガーが次々にレジスタンスたちを撃ち殺す。
負けを悟った兵士が、両手をあげて叫ぶ。
レジスタンス3 | た、助けてくれ! 降伏する……撃たないでくれ! |
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レジスタンス4 | もうレジスタンスから足を洗う! これからは世界帝のために……! |
89 | そうですかぁ。それはご立派なことで。 |
89 | ──って、聞くわけねーだろ。ばーか。 |
ベルガー | ぎゃはは、バイバーイ! |
レジスタンスたち | ……ッ!! |
レジスタンスたちの断末魔が廃工場に響く。
89 | ははっ、ザマァ! ちょっとは気が晴れたわ。 |
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??? | ……君? ……九く……ん。 |
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??? | ──八九君? |
八九 | ……? |
十手 | 八九君、そろそろ起きた方がいいよ。 |
八九 | ほふゅあっ!? |
十手 | うわ、びっくりした! |
八九 | い、いやいや! ビビったのはこっち……あっ。 |
恭遠 | こほん……。 |
十手 | 教科書のここの問題、当てられてるよ。 驚かせるつもりはなかったんだ、ごめん。 |
グラース | どうせ、徹夜でゲームにでも精を出してたんだろ。 |
恭遠 | 居眠りはほどほどに。 |
八九 | あ、さーせん……。 |
八九 | (……さっきのは、昔の夢か……) |
八九 | くぁ……えーっと、問3……。 うわ、空間図形……めんどくせ……。 |
八九 | ひー……お前ら、どんだけ買い物するんだよ。 |
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邑田 | だらしがないのぅ。 しゃんと立たんか、日本男児。 |
八九 | いやいや! この荷物の量はエグいだろ……! |
在坂 | ……あった、次はこの店だ。 在坂はここでマスターに土産を買いたい。 |
邑田 | おお、在坂は優しいのう。 どれ、わしも一緒に選んでもよいか? |
在坂 | 在坂はひとりで土産を選べる。 |
邑田 | 店のものが在坂に無礼を働かんとも限らんじゃろ。 ほれ、行こう。 |
八九 | 俺、このへんで休んでるわ……。 |
八九が店の外に座っていると、
足下に温かい感触がした。
八九 | んん……? |
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白猫 | にゃあ! |
八九 | お、猫……! |
八九 | ……へへっ……。 |
八九は道ばたに生えているエノコログサをつんで、
猫の前にちらつかせた。
白猫 | にゃっ! にゃおっ! |
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八九 | ……ふ、ちょ、ちょろいじゃねーか……。 |
八九 | ほれ、ほれほれ……。 |
そのうちに、猫が1匹、また1匹と集まってきた。
白猫、黒猫、サバトラ……何匹もの猫が八九にじゃれつく。
八九 | ……おっほ……! |
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八九 | お前ら……可愛いな……。 |
在坂 | ……八九はとても楽しそうだ。 |
八九 | うおおぉっ!? |
八九 | い、いつからそこに!? |
邑田 | そうじゃの。その白猫が寄ってきて、 おぬしがエノコログサをちらつかせていたところか。 |
八九 | 最初からじゃねぇか!! |
邑田 | はて? 猫に囲まれて腑抜けた顔をしておったので、 話しかけるのも忍びなくてのう。 |
八九 | ふぬ……黙って見てる方が悪趣味だろ! |
邑田 | 邪魔をしては悪いと思ったのじゃ。 よき表情であったぞ。なぁ、在坂。 |
在坂 | ああ、在坂にはできない表情だった。 ……とてもいいことだと、在坂は思う。 |
邑田 | うむうむ。 あのような腑抜けた表情ができるのは、実によいことじゃ。 |
八九 | お前ら、揃って人のことからかいやがって……! |
邑田 | そうじゃ、良いことを考えたぞ。 |
邑田 | ほれ、八九。そこのぺっとしょっぷで買ってきたぞ。 おもちゃのじゃらしじゃ、じゃらし。 |
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在坂 | 猫じゃらしだ、八九。 嬉しいか、八九。 |
八九 | あああ~~~~っ! どこまでもいじるんじゃねぇよてめぇら!! |
その日、八九、在坂、ベルガーは
逃走中のトルレ・シャフを追い詰めていた──。
在坂 | ──制圧する。 |
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ベルガー | あーあ、つまんねーの! 今回の任務、カンタンすぎ。 |
八九、ベルガー、在坂がトルレ・シャフを圧倒する。
負けを悟った兵士が、両手をあげて叫んだ。
トルレ・シャフ兵士 | た、助けてくれ! 降伏する……撃たないでくれ! |
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八九 | 聞くかよ、んなこと……。 |
八九が引き金に指をかけた、その時──
八九 | ……っ! |
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89 | ……っ、うう……。 |
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89 | こ、こは……。 |
89 | そうか、俺、あいつらの攻撃を食らって…… ぐ、げほっ……。 |
89 | くそ……視界がかすんで、何も見えねえ……。 痛みも……もう、ほとんど感じねぇ。 はは、俺……ここで死ぬのか……? |
89 | ベルガーのうるせぇ声が聞こえねぇ。 あいつもやられたのか……? |
89 | ミカエルは……ああ、レクイエムが聴こえる。 あいつはまだ、戦ってるんだな……。 |
89が微かに安堵の息をこぼしたとき、
不意に、レクイエムの演奏が途切れる。
89 | ……っ、ミカエル……? |
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89 | そうか、あいつも……。 |
89 | (俺たちですらこのザマだ。 援軍も救援も来ねぇだろうな……) |
89 | (俺たちは……今日、ここで終わりだ……。 特別幹部サマが、無様にぶっ倒れて、 誰にも助けられないまま消えていく……) |
89 | ……ま、悪役の最期なんて、 こんなもん、だよな……。 |
89 | …………。 |
89 | (……くそ) |
89 | (…………怖ぇ……) |
在坂 | 八九、何をしている! |
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八九 | え……? |
トルレ・シャフ兵士 | 死ね……! |
はっと気が付くと……
八九の目の前にいたトルレ・シャフ兵士が、
今にも引き金を引こうとしていた。
ベルガー | 死ぬのはテメェだっつーの!! |
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トルレ・シャフ兵士 | あぐッ! |
ベルガーの放った銃弾が、トルレ・シャフ兵士を仕留めた。
八九 | …………。 |
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ベルガー | ばーか、何止まってんだよ? |
ベルガー | あんなん、真っ赤っかな嘘に決まってんじゃーん! 騙されやがって、ダッセー! |
八九 | だ、だよな……はは……。 嘘だよな……。 |
ベルガー | つーか、もしほんとだとしても殺さない理由なくね? 殺らなきゃ殺られるし。 |
八九 | お、う……。 |
八九 | (俺……今、躊躇したのか?) |
八九 | (前は……前は、躊躇なく撃ったはずだ……) |
八九 | (なんで……撃たなかった……?) |
八九 | 冗談じゃ……ねーぞ……。 |
在坂 | …………。 |
在坂 | ……八九。 |
八九 | あ? な、なんだよ。 |
在坂 | 撃ちたくないのなら、撃たないでいい。 |
八九 | ……ッ! |
八九 | な、んだよ……俺には、できねぇって言うのかよ!? さっきのは、その、ちょっと……! |
八九 | ……ッ……。 |
任務の後、八九は寮の自室に引きこもっていた。
何度かノックの音がしたが、聞こえないふりを決め込む。
八九 | …………。 誰だよ、しつけーな……。 |
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邑田 | おぅい、八九や。ここを開けんか。 |
八九 | げ、邑田……。 |
八九 | (……開けねーと、面倒なことになりそうだな……) |
邑田 | おお、起きておったか。 邪魔をするぞ。 |
八九 | なんの用だよ……。 |
邑田 | おぬし、今日の任務中に、 命乞いする敵を撃つのに躊躇したそうじゃな。 |
八九 | ……在坂から聞いたのかよ……。 |
邑田 | それはもう。 一大事じゃからのう。 |
八九 | で、説教しに来たのか。 ……へいへい、俺が悪かったです! 次はちゃんと殺りますって! |
邑田 | そんなことを聞きたくて訪ねてきたわけではない。 |
邑田 | ……世界帝軍の「89」とやらは、命乞いする相手に向かって 喜々として弾を撃ち込む輩であったと聞いておったが。 |
八九 | ……っ! |
八九 | だから、悪かったって。 次からはちゃんと撃つって。俺は弱くなってなんて── |
邑田 | 八九、これは大事なことじゃ。 ……そなたは、どういう貴銃士になりたい? |
八九 | は? |
邑田 | 貴銃士とは人と銃の狭間を生きるものじゃ。 しかし、何事もずうっと「間」でいるというのは難しい。 どうしても、「どちらか」に寄っていく。 |
邑田 | 水は必ず高いところから低いところへと流れゆき、 淀みに浮かぶ泡沫がひとところに留まることのないようにな。 |
邑田 | おぬしも寄り始めたのか、と思ったのだが。 自覚はないか。 |
八九 | 自覚……? |
邑田 | 先日も言ったじゃろ、ほれ。 おぬしが猫に囲まれて腑抜けた面を晒していた時の── |
八九 | あっ……あああ~~!! なんであんなの蒸し返すんだよ!! |
八九 | 後輩が恥ずかしがってるのを何度もほじくり返すのは、 どうかと思いますけどぉ!? |
邑田 | なーにが恥ずかしいか。 わしはあの時、猫に囲まれて腑抜けた顔をできるのは、 「良いこと」じゃと言うたであろう。 |
邑田 | 少なくとも、わしと在坂にとってはの。 |
八九 | あ……? |
邑田 | ……ふむ、まだわからんか。 わしは在坂の他に過保護になるつもりはないからのう。 あとは自分で考えるがよい。 |
邑田 | おやすみ、八九。 |
八九 | …………あ、ああ……? |
八九 | (……なんだよ、あいつ……) |
八九は部屋の片隅に座り込み、自分の銃を手に取って眺める。
八九 | (……そういえば、このあいだ…… 「からかわれた」って思ったとき…… 昔だったら、絶対ぶっ殺してぇって思った) |
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八九 | (でも、今はそうじゃない。 邑田が怖いからじゃなくて……いや、あいつは怖いけど、 そうじゃなくて、そういうんじゃなくて……) |
八九 | (……「ぶち殺す」って選択肢が、 頭にぱっと浮かばかなくなってた……) |
八九 | (任務とか、必要なときはイケるぜ? ……イケるって、思ってたんだけど……) |
八九は視線の先にある、邑田が買ってくれた猫じゃらしに
手を伸ばしかけて……その手を下ろした。
手にしていた自分の銃を猫じゃらしの隣に放り出す。
八九 | ……だりぃ、寝よ。 |
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