きっかけは、憧れか羨みか。数多の願いが向かった聖杯は、奇跡と混沌を招く。
たとえ華やかさが失われたとしても、いつまでも俯いてなどいられない。
いつだって最高の自分でいようと試みる精神こそが大事なのだから。
(地味になっちまった……)
(ワイなのに存在感がある!?)
対象的な2人の入れ替わりが繋ぐ奇妙な縁。魅力は人それぞれ、だけどやっぱり自分が一番!
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
士官学校でとある事件が起こる数日前のこと──。
ケンタッキー | …………? |
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ケンタッキー | (なんか、さっきから視線を感じるような……。 視線っつーか、微妙な気配っつーか……) |
ケンタッキーは、そーっと慎重に振り向いてみる。
しかし、そこには誰もいなかった。
ケンタッキー | き、気のせいだよな……? |
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ケンタッキー | ……うひぃっ!? |
ケンタッキー | (い、いいいい今、なんか音がしたよな……!? ままままさか、ユーレ……) |
ケンタッキー | (い、いや! そんなわけねーよな!? ないない! 絶対ない!!) |
──その日の夕方。
トイレに向かっていたケンタッキーは、
自分の足音に違和感を覚えて立ち止まる。
ケンタッキー | (なんか……俺の足音重なって、 違う足音が聞こえるような気がすんだけど……) |
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恐る恐る再び歩きだすと、
ひたひたと、静かな違う足音が重なるように聞こえてきた。
ケンタッキー | ……! |
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再びぎくりと固まったケンタッキーは、
勇気を振り絞って後ろを振り返る。
すると……そこには、一枚の紙が落ちていた。
ケンタッキー | 手紙……? |
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ケンタッキーは、二つ折りにされた便せんを開く。
インクが垂れ、ところどころ滲んだおどろおどろしい文字で、
こう書かれていた。
『おれに きづいて』
ケンタッキー | ………………。 |
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ケンタッキー | ひ、ひっ……。 |
ケンタッキー | ぎゃあああああああ!!!! |
ケンタッキーが走り去った後、
捨てられた手紙をそっと拾い上げる人影があった。
??? | …………。 |
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ゴースト | ワイなんやけど……。 |
ゴースト | 手紙でもあかんとか……もうどないしよ……。 |
遡ること数時間──この日の朝のこと。
ゴースト | ……ん? この消しゴム……。 |
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ゴースト | なぁ……ケンタッキー。 |
ケンタッキー | だぁかぁらぁ、風を読むんだって! |
ジョージ | 風なぁ~、よくわかんねーんだよなぁ。 ペンシルヴァニアは狙撃の時どうやってんだ? |
ゴースト | ……消しゴム、落としたよ……。 |
ペンシルヴァニア | そうだな……狙撃地点の草木のゆらめきを見ている。 できれば、風が収まった瞬間がいいからな。 |
ジョージ | ナルホド☆ でもさ、ゆらゆらしてる木見てると眠くなるよな~。 |
ゴースト | ……あの……。 |
ケンタッキー | あっ、やべ! 次の授業、音楽室じゃん。 早く行かねーと! |
ゴースト | …………。 ……まっっったく、気づかれんかった……。 |
ゴースト | ふふ……気づかれへんのはいつものこと過ぎて、 もはや傷つかんワイ……。 |
ゴースト | ……ウソ。 ほんまはちょっとだけ傷つくけど慣れてるワイや……。 |
ゴースト | くぅっ……覚えとれよ……。 絶対、この消しゴム渡したる……! |
こうして、ケンタッキーに消しゴムを渡すため
奮闘し始めたゴーストだったが、
存在に気づかれず、怯えられるばかりで夕方を迎えたのだった。
──その日の夜。
スプリングフィールド | ケンタッキー……大丈夫? |
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スプリングフィールド | そんなに怖いなら今日はシャワーなしで、 濡れタオルとかでも……。 |
ケンタッキー | だだ、大丈夫だって! 別に怖くねーし!? 負けねーし!? |
スプリングフィールド | う、うん……。 |
ケンタッキー | (大丈夫だ、目ェ閉じなけりゃ怖くない……はず。 スーちゃんがいるうちに洗面台で顔だけ洗って、 シャワー室では顔濡らさないようにして──) |
バシャバシャと顔を洗い、
ケンタッキーは顔をあげる。
すると──背後にぼんやりと白っぽい影が佇んでいた。
ケンタッキー | (スーちゃん……?) |
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ケンタッキー | (い、いいいや、スーちゃんは真横にいるんだから この角度で映るはずねぇ!) |
ケンタッキー | (ま、ままま、まさか……!) |
ケンタッキーが真っ青になって硬直した瞬間、
背後から何者かに肩を掴まれたのだった。
ケンタッキー | ひぎゃーーーーッッ!! |
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ケンタッキー | …………あれ? |
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ケンタッキーが目を覚ますと、
そこには見慣れた寮室の光景があった。
スプリングフィールド | ああ、なるほど……。 そういうことだったんですね。 |
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スプリングフィールドが誰かと話している声が聞こえ、
ケンタッキーはそちらへぼんやりと目を向ける。
ケンタッキー | (ん? え……? でも、スーちゃんの隣、誰もいねーよな……??) |
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スプリングフィールド | あ、ケンタッキー? やっと目が── |
ケンタッキー | スーちゃん……! だ、誰と話してるんだよっ!! |
スプリングフィールド | え? |
スプリングフィールド | ゴーストさんだよ……? |
ケンタッキー | GHOST!? あ、ああああ悪霊!? |
スプリングフィールド | あっ、いや、そっちのゴーストじゃなくて 貴銃士のゴーストさんが……。 |
ケンタッキー | いねーだろ……!? |
スプリングフィールド | いるよ?? |
ゴースト | ……いる……。 |
ケンタッキー | んぎゃっ!? |
はっきりと声が聞こえて、ケンタッキーは飛び上がりながら
声の方を意識してしっかり見る。
そこには確かにゴーストがいた。
ゴースト | やっと気づいた、か……。 ……これ、渡したかったん、だ……。 |
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ケンタッキー | あっ……! 今朝から見つかんなかった消しゴム! |
それから、ゴーストはこれまでのいきさつを
ケンタッキーに説明した。
ケンタッキー | そういうことだったのか……! なんか、気づかなくてごめん。 |
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ゴースト | いや……いつものこと、だから……。 |
ケンタッキー | いつもの……? いつもこんなんだと大変だし周りもこえーだろ……!? お前、もっと存在感出せねぇの? |
ゴースト | ぐうっ……。 |
ゴースト | (そんなもん、出せたらとっくに出しとるわ……!!) |
フィルクレヴァート士官学校創立7周年記念行事の裏で、
貴銃士たちが入れ替わるという珍事件が起こっていた。
ケンタッキーはゴーストと入れ替わり、
あまりの存在感のなさに打ちひしがれていたところを、
ゴーストたちに発見されたのだった。
ゴースト | ほら……。 全員集合するんだ、と……。行く、ぞ……。 |
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ケンタッキー | その前に……お前、ちょっとこっち来い。 |
ゴースト | えっ? |
ケンタッキーに突然腕を掴まれたゴーストは、
そのまま寮まで連行されたのだった。
ケンタッキー | …………。 |
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ゴースト | な、なに……!? |
ケンタッキー | お前……カラコンしてねーじゃん!! |
ゴースト | え……? |
ケンタッキー | 鏡見てみろ、鏡! |
ゴースト | んん……? ……あ、目の色が、いつもと違う……。 |
ケンタッキー | その……普段はカラコン付けてんだよ。 このことは、マスターくらいにしか言ってねぇ。 |
ゴースト | ふぅん……そうな、のか……。 |
ゴースト | このヘーゼルも、別にいいと、思うけど……。 ペンシルヴァニアも、こんな感じの色、だよな……。 ……あ、元になった銃だし、お揃いなのか。 |
ケンタッキー | ちげーよ!! お揃いとか言うなっ!! |
ゴースト | ええ……? 実際よく似……てると思うけど……。 |
ケンタッキー | とにかく! このことは、ぜってー他のやつらに言うなよ! |
ゴースト | ……わかった。 |
ゴースト | (しばらくカラコンなしでうろついとったし、 何人かにはバレとるやろうけどな……) |
ケンタッキー | っつーわけで、その目のままでうろうろすんなっ! 今すぐカラコンつけろ! |
ゴースト | え……。嫌、だ……。 |
ケンタッキー | あぁ!? |
ゴースト | コンタクトって、目ん玉の中に入れるやつ、だろ……? そんなの、付けたことないし……怖すぎる……。 |
ケンタッキー | 怖い怖いって思ってるから怖いんだよ! ちょちょっとペッて入れるだけなんだから我慢しろ! |
ゴースト | で、でも……。 |
ケンタッキー | そもそも、それ俺の身体だろ!? 俺のセンスとイメージの問題なんだよ! |
ケンタッキー | それくらい好きにさせろよ! 頼むから!! |
ゴースト | (まあ、確かにこれ、あんさんの身体やもんな……) |
ゴースト | わかった……やってみるか。 |
──数分後。
ケンタッキー | よーし! そのまま、目ぇ開けてろよ……。 |
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ゴースト | ひぇ……。 |
ケンタッキー | おい、目ェ閉じんな! |
ゴースト | と、閉じてない……。 |
ケンタッキー | 閉じてる! めちゃくちゃ閉じてるから!! 頑張ってかっ開け!! |
ゴースト | (目、開けなあかんのはわかっとるのに、 そんだけのことがむっずいわ……) |
ゴーストは目を閉じたくなるのをなんとか我慢し、
どうにか頑張って目を開こうとする。
ケンタッキー | 違うっ!! |
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ゴースト | ええ……? 目、開けてる、だろ……!? |
ケンタッキー | 開けてるけど、お前今、白目になってっから!! |
ゴースト | (んなアホな……!) |
ケンタッキー | ……いい加減、覚悟決めろよ。 |
ケンタッキーは真剣な顔つきでゴーストの顎を
片手で持ち、自分の方へと向かせた。
ゴースト | (これは……俗に言う『顎クイ』……!?) |
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ケンタッキー | 落ち着け、安心しろ。 なんにも怖くねぇから。 |
ケンタッキー | お前は、俺の顔だけ見てろ。 |
ゴースト | (えっ……目の前にあるのは、ワイの顔のはずやのに…… なんか、キラキラして見える……!? なんや、この胸のざわめきは……!) |
ゴースト | あっ。 |
ケンタッキー | よし! うまく入ったな! |
ゴーストがぼーっとしている隙に、
ケンタッキーはカラコンの装着に成功する。
ゴースト | (くそぅ……! なんかよぉわからんけど、敗北した気分や……!) |
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ケンタッキー | おし、じゃあ次だ! |
ゴースト | 次……? |
ケンタッキー | お前の目は1個じゃねーだろ。 次、もう片方な! 今みたいにちゃんと開いとけよ。 |
ゴースト | ひっ……! ひぃ~~っ!! |
──7周年記念行事を終え、
入れ替わりも無事に解決したある日のこと。
士官学校の裏庭をゴーストが散歩していると、
温室のガラスに向かって何かを呟く八九を見つけた。
ゴースト | (……ん? 何しとるんや? あいつ……) |
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八九 | ……ねぇ。 俺の身体でみっともないことをしないでくれるかな? |
ゴースト | ……!? |
ゴースト | (演劇か……? でも、あいつは舞台とか立たんやろうな。 なら、誰かの真似しとるんか……?) |
八九 | うぇっ、なんか違うんだよな……。 エルメが入ってる時のあの格好良さはどこに行った……? 声も顔も俺だし理論上可能なはずなのによ……。 |
ゴースト | ……! |
ゴースト | (ワ、ワイもケンタッキーが入っとる時のワイは ちゃんと存在感あるし妙にキラキラしく見えてええなぁ、 羨ましいなぁて思っとったし真似したいとも思ったけど……) |
ゴースト | (実際こうやって誰かの真似しとるやつ見ると、 全身むず痒ぅてぞわぞわそわそわして耐えられん……っ!) |
ゴースト | うああぁぁぁあああ……。 |
ゴーストが羞恥心で崩れ落ちながら呻くと、
その声で初めてゴーストがいたことに気づいた八九が飛び上がる。
八九 | ひょあっ!? ま、ままままさかお前、今の見て……!? |
---|---|
八九 | うわああああ~~~!!!! |
──数分後。
ようやく少し落ち着きを取り戻した2人は、
揃ってしゃがみ込んでいた。
ゴースト | そ、その……わかる、よ……。 |
---|---|
ゴースト | 俺も……ケンタッキーが入ってる時、 中身が俺じゃない俺は…… 存在感もあるし、堂々としてて、いいなぁと思った……。 |
八九 | お前もか……? 不思議だよな……違うのは中身だけなのによ、 なんか見た目も格好良く見えてきて……。 |
八九 | んで、気づいちまったんだよ。残酷な事実に……。 俺がアレなのは、見た目云々以前に 中身のせいなんじゃないかってな……。 |
ゴースト | 気づきたくなかった……。 存在感がないのは、俺の中身のせいだって……。 でも、気づいてしまった……。 |
八九&ゴースト | …………。 |
八九 | ……でもよ? これって逆に言うと、伸びしろがあるってことじゃね? |
ゴースト | ……! そうだ……そうかもしれない……。 |
八九 | っし、こうなりゃ自分改造プロジェクト始めるしかねぇ。 お互いを客観的に見合えば、1人でサムイ真似するよりいいしな。 |
ゴースト | ああ……! |
八九 | まず……一番違うのが喋り方とか、声の出し方だよな。 お互い、もうちょいハキハキ喋るのはどうだ? |
---|---|
ゴースト | それから、堂々と……生き生きした感じも……。 |
八九 | おう。表情もだな。 自分は強者だ、イケてるナイスガイだって思い込んで……。 っし、挨拶から試してみるか。 |
八九 | やあ、俺は八九。日本から来た貴銃士だぜ。 困ったことがあれば俺に言えよ。よろしくな! |
ゴースト | お……俺はゴースト。ドイツ生まれの貴銃士だ。 速射には自信があるん……だぜ! よろしくな! |
八九 | ……うん、お前、ちょっと爽やかになった……かな? |
ゴースト | そっちも……自信ある感じになったなぁ。 |
八九&ゴースト | …………。 |
八九 | ……けど、やっぱ、こういうのキャラじゃねーわ……。 挨拶だけならなんとかなっても、これを四六時中キープは無理。 |
ゴースト | た、たしかに……。 |
ケンタッキー | あのさー……。 今の、見てたんだけど。 |
八九&ゴースト | ぎょえわっっ!!!!???? |
八九 | い、いいいいつから見て……!! |
ケンタッキー | あー、えっと……。 |
主人公 | 【2人でアイデアを出し合ってるあたりから】 【ごめん、実は割りと最初から……】 |
ゴースト | ヒェッ……。 |
ケンタッキー | お、おい! 大丈夫か!? |
八九 | 死……っ! 恥ずか死……っ!! うぐぁぁあああ……切腹させてくれ……。 |
ケンタッキー | 早まるなって……! お前ら、ちょっと話聞け! |
八九&ゴースト | はい……。 |
ケンタッキー | えーっと……さっきのあれだけどよ、 やめた方がいいと思うぜ……? |
八九 | はい! すんませんでしたぁぁ!! 陰キャがイケ貴銃士になろうとしてマジさーせんっ! |
八九 | つーかなれるわけもないっすよね! はははは……。 |
八九 | (あー、銃に戻りてぇ……) |
ケンタッキー | いや、そうじゃなくて! 最後まで聞けって!! |
主人公 | 【無理に自分を変えなくていいと思う】 【2人とも、そのままでいいと思うけど】 |
ケンタッキー | そうそう。マスターの言う通りだ。 |
八九&ゴースト | え……? |
ケンタッキー | まず、ゴースト。 |
ケンタッキー | お前は見た目儚げで綺麗って感じだけど、 中身は案外面白いっつーところがギャップあっていいじゃん。 |
ケンタッキー | 存在感は……確かにあそこまでないのはキツいから、 出せるなら出したいだろうけど。 |
ケンタッキー | でも、幻感があってさ、ミステリアスとも言えるだろ? そういう方向性で押し出していけば、 お前の魅力が活きるんじゃねーの? |
ゴースト | (……えええ……! ほんまに……!?) |
ケンタッキー | 八九、お前はいまのアンニュイっつーか、 気だるげな感じがいいと思うぜ。 |
ケンタッキー | 無理して爽やか路線行くより、 ちょっとダークでアンニュイなミステリアス感で行った方が 似合うと思うぜ。 |
八九 | (今のままの俺にも、いいところがあったのか……!?) |
ケンタッキー | まあ、自分磨いてもっと気分アゲてぇ!ってのもわかるから、 自分を変えたいってんなら応援すっけどな。 |
ケンタッキー | でもさ、今の自分否定すんなよ。 今のいいところ、磨いてけばいいんだって。な! |
八九&ゴースト | ……! |
八九 | (これが……真の陽キャの尊い輝き……) |
ゴースト | (こいつには勝てへん……勝ちたいって気ぃすら湧かん。 ええやつやな……祝ったろ……) |
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