追悼式典に向かう途中で貴銃士たちが迷い込んだのは、1960年代のベルリン。
十手は、初めて目の当たりにする冷徹な戦場の現実を前に立ちすくむ。
でも、目を逸らさないと決めたから。固く拳を握り、前を見る。
変えられない過去の中で十手は苦悩する。正義とはなんなのか?
様々なものが揺らぐけれど、1つ確かなのは──奇跡的な巡り合わせの連続の先に今があることだ。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
揺れるのはもう終わりだ。
マスターを。みんなを。
大切なものを、守るために……
──追悼式典の数日後。
〇〇と貴銃士たちは、
清掃当番で理科実験室の掃除をしていた。
シャルルヴィル | わっ! ジョージ、床がビタビタだよ!? モップはもっとちゃんと絞らないと……! |
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ジョージ | ……へ? あー! わりぃわりぃ! |
シャルルヴィル | もー……どうしたの? もしかして、さっきの授業で観た映画のこと考えてた? |
ジョージ | That’s right……なんか、ずーんとしちまってさ。 後味がビターでモヤモヤするっていうか。 |
エンフィールド | そうですね……。 どうしようもないような悪人が多く出てきて、 観ているだけでも精神的に摩耗してしまう感じでした。 |
ローレンツ | やれやれ……わかっていないな。 あの映画は絶望的な世界の中で、最後にほんの少し見える 人間への希望が独特の余韻をもたらすと評価されていて── |
ベルガー | わっかんねぇ~。 ヤな奴はぜーんぶ撃っちまえばいいだろ? |
ベルガー | ごちゃごちゃ話しても変わんねーよ。 ぶひゃひゃひゃひゃ! |
主人公 | 【そんなことは……】 【いきなり撃つのは……】 |
十手 | ……そうだなぁ。 |
十手 | どうしようもない悪はある……。 悪人全員を排除してしまえば、平和になるのかなぁ……。 |
独り言のように小さくこぼされた十手の声が耳に届き、
いつもの彼らしくない言葉に〇〇は驚く。
主人公 | 【……十手?】 【何かあった……?】 |
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十手 | ………………。 |
エンフィールド | 十手さん? |
十手 | ……え、ああ、すまない……! ちょっと考え事をしていたよ。掃除の途中だったね! えぇっと、この天秤はあっちの棚かな? |
十手 | …………。 ……ごめん。嘘は駄目だよな。 |
十手 | いや、嘘ってわけじゃないんだが、誤魔化し……というか、 いずれにせよ、〇〇君が相手では隠せやしないね。 ははは……。 |
十手 | …………。 ……ちょっと、話を聞いてくれるかい? |
主人公 | 【……うん】 【もちろん】 |
〇〇と十手は掃除の場所を移し、
2人だけで話すことにした。
十手 | ……俺は、人情噺が好きなんだ。 |
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十手 | 根っからの悪人はいなくて、悪いことをした人にも理由がある。 義理人情で熱く盛り上がり、最後には改心して、 わかり合えて笑顔になる……そんな物語だ。 |
十手 | きっと、それが俺の理想の世界なんだ。 もちろん、理想と言っても人に押しつける気はないよ。 |
十手 | だけど、自分だけでも……。 周りがそんな優しい気持ちになれるような存在になりたかった。 |
十手 | ……でも、世の中は全部が全部そうはいかない。 実際にあった恐ろしい事件について書かれた本も図書館で見たよ。 楽しんで他者を傷つけるような恐ろしい人間も実在する……。 |
十手 | そうでなくても、目の前の人を助けて、 一件落着、めでたしめでたし…… なんて、物語のように単純にはいかないこともある。 |
十手 | それを、俺は今回の件で……。 |
言葉に詰まった十手を、〇〇はそっと促した。
十手 | ……夢か幻かはわからないが、 俺たちも不思議な体験をしたって言っただろう? あの時詳しくは話さなかったが、実は……。 |
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──十手は、追悼式典に向かう途中で体験した
不思議な出来事について話した。
主人公 | 【タイムスリップ!?】 【1962年の西ドイツ……】 |
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十手 | ああ、不思議な体験だった。 エルメ君のかつての持ち主だった エメリヒ君という御仁と会ってね。 |
十手 | 目の前で彼が敵に撃たれそうになって、俺はとっさに助けたんだ。 ……彼が無事でよかったと思ったよ。 |
十手 | だけどその直後、俺の目の前で……。 負傷した敵兵と、彼を助けようとした年若い兵を ……エメリヒ君が、撃ち殺したんだ。 |
十手 | 俺もわかっているんだ。 命がけの戦場で、エメリヒ君の行動は間違ってない。 相手は民間人ではない。エメリヒ君に殺意を持った軍人だった。 |
十手 | やらなければやられる……そういう状況だった。 でも……それでも俺は……大人とは言い切れない彼が 目の前で撃たれるのが、信じられない思いだった……。 |
十手 | ……そして、俺は…… 誰かを殺させるために助けたんじゃない、と、 エメリヒ君を助けたことを、一瞬後悔したんだ……。 |
十手 | そう思うのは間違っていると、今はちゃんとわかっているよ。 助けたのは俺の勝手で、 助けたからといって相手の行動を縛れやしない。 |
十手 | 命の恩人だから、俺の望むように動け……なんて、 とんでもない押し付けでしかないからね。 |
十手 | でもあの時の、心の臓から一気に血が引いていくような感じが 忘れられないんだ……。 あの光景は、俺の願う『人情噺』には決して存在しない……。 |
十手 | ……地獄だった。 |
十手 | 俺が助けた人が、いつか誰かを殺すかもしれない……! もし、エメリヒ君があのまま作戦を遂行していたら? 俺の人助けが、巡り巡って多くの人を殺していたかもしれない。 |
十手 | ……そんな簡単なことを、わかってなかったんだ。 |
十手 | ああしてエメリヒ君に会ったことは、 きっとエルメ君にとって大切なことだったと思う。 |
十手 | でも、俺があの場に居合わせた意味は……? |
十手 | もし、あそこに居合わせたことに意味があったとしたら? あの鈴の音のように、 俺に何かと向き合えと言っているのならば……。 |
十手 | 俺にこの先、どの道を行けと……? |
主人公 | 【十手……】 【それは……】 |
十手 | ……俺が今まで信じてきた正義や善は…… 一体なんなのだろうな。 |
十手 | でも、俺がそうやって地獄の前で立ちすくんでいる間にも、 戦場では目の前でどんどん人が死んでいく……。 |
十手 | はぁ……すまない。 ついいろいろと話してしまったよ……。 今の話なんだが、他のみんなには内緒にしてくれないかな。 |
十手 | 俺も……こんな悩みは、おくびにも出さないと誓ってみせるよ。 |
十手 | ……この世界は、優しいだけじゃないんだね。 残酷で、見たくもない地獄がある……。 |
十手 | これから先、もしもまたそんな場面に俺が直面しても…… 立ちすくんで惑うだけじゃなくて、 きっと、きちんと選択してみせるよ。 |
十手 | ゆらゆらとどっちつかずに揺れるだけなのは、終わりにしないと。 ……ちゃんと、大切なものを守るために。 |
十手は、埃を被った天秤の片方の秤へと指を置く。
キィ、と音を立て、天秤が傾いた──。
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