庭園での偶然の出会いが、2人のシャスポーを繋げ、人と貴銃士の違いを明白にする。
芽生えるのは人への羨望。同じ速度で時を過ごすことへの渇望。
それは決して叶わない望みだが、だからこそ今の尊さが輝くのだ。
もし僕が君と同じように成長し、老い、死ぬことができたなら……って考えてしまうんだ。
貴銃士の僕と人の君の時間が重なる奇跡の今が、永遠になればいいのにね。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──ある日の放課後。
シャスポーは美術部の部室へと向かった。
シャスポー | Bonjour. 遅くなってしまったかな。 |
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美術部員1 | シャスポーさん、こんにちは! ちょうど始めようとしていたので、時間ぴったりですね! |
シャスポー | そう? ならよかったよ。 今日は確か、みんなで課題をやってみるんだったね。 結局、課題は何になったのかな。 |
美術部員2 | 人物デッサンです! 今日のために、特別にモデルを頼んでいるんですよ。 |
シャスポー | モデルを呼ぶなんて、本格的じゃないか。 それは楽しみだね。 |
美術部員2 | あ、噂をすれば……ちょうどいらっしゃったみたいですね! |
美術部員1 | モデルさん、どうぞお入りください! |
ドライゼ | ああ。今日はよろしく頼む。 |
シャスポー | ……!? |
美術部員1 | 本日はモデルを引き受けてくださってありがとうございます! すごくすごく楽しみにしていました!! |
美術部員2 | 以前、訓練中にドイツ支部特別司令官ドライゼさんの 素晴らしい肉体美を拝見してから、 デッサンさせていただくのが夢だったんです……! |
ドライゼ | そうか。 皆の技術向上の手助けになるのならば、 誠心誠意、モデルを務めるとしよう。 |
シャスポー | は……。 |
美術部員1 | シャスポーさん? |
シャスポー | はぁぁぁあ~~~!? |
シャスポー | ふざけるな! なんで僕が君なんかをデッサンしなくちゃいけないんだ……! |
美術部員2 | え、シャスポーさん? どうしたんですか? |
シャスポー | うっ……い、いや……取り乱してすまないね。 ドライゼが来るのを知らなかったから、 少し驚いただけなんだ。 |
ドライゼ | うむ、シャスポー。今日はよろしく頼む。 |
シャスポー | (くっ……! なんでこいつをまじまじ見て絵を描かなきゃならないんだ……!) |
シャスポー | (けど、僕以外の部員は喜んでいるし、 彼らの学びの場を邪魔する訳にはいかない……。 フランスが誇る貴銃士として、広い心で対応しなくては……) |
シャスポーは他の部員と共にドライゼを囲うように座り、
デッサンを始める。
シャスポー | (ダメだ……! モデルがドライゼだと思うとイライラして どうしてもデッサンに集中できない……!) |
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シャスポー | (どうにかこの窮地を乗り越える方法はないのか……?) |
シャスポー | (そうだ、目の前にいるのを「ドライゼ」ではなく、 ドライゼそっくりの別人だと考えるようにしよう!) |
ドライゼ | …………。 |
シャスポー | (無理だ……!) |
シャスポー | (どうあがいてもドライゼでしかない……ッ。 圧が……顔面の圧が強すぎるせいだ……!) |
シャスポー | (いっそ、顔を見ないようにすればいいんじゃないか? 今回の主題は筋肉。別に、顔まで描く必要はないはずだ。 首から下、身体だけに集中しよう!) |
シャスポー | (よし、これなら描けそうだ……) |
シャスポーはようやくデッサンに集中することができ、
滑らかに鉛筆を走らせはじめた。
シャスポー | ……美しい筋肉だな……。 |
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美術部員2 | シャスポーさんもそう思いますか! 僧帽筋から三角筋へメリハリがありつつ滑らかに続く筋肉が描く、 壮大な山々の稜線のような佇まい……! 惚れ惚れしますよね。 |
シャスポー | ああ……悔しいけれど、全体的に均整が取れていて、 すべてが絶妙なバランスで構成されている。 鍛えるものの視点から見ても素晴らしいし、描きたくなる筋肉だな。 |
シャスポー | ドライゼ……僕は君のことは嫌いだが…… 君のその筋肉を頭ごなしに否定することだけはできない。 腹筋も、張りがあって陰影がわかりやすく芸術的だ。くっ……! |
ドライゼ | そ、そうか……。 |
ドライゼ | (これは……一応褒められている、のか……?) |
シャスポー | 僕が素晴らしいと言ってるんだ。もっと喜べばいいだろう! まったく、嘆かわしいよ……。 ドライゼについていることだけが実に惜しい筋肉だ……。 |
シャスポーは文句を言いつつも、
一心不乱にデッサンを続けるのだった。
──庭園のオーナーから、
レジスタンスのシャスポーについての話を聞いた日の夜。
恭遠 | おや? シャスポー、どうしたんだい? |
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シャスポー | ……あ……ええと……。 |
恭遠 | ……とりあえず部屋の中へ入ってくれ。 お茶でも淹れよう。 |
シャスポー | ……レジスタンスのシャスポーについて、 お聞きしたいことがあって……。 |
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恭遠 | ……! それは……構わないが、理由を聞いても? |
シャスポー | 実は──……。 |
恭遠 | ……そうか。 オーナーさんは、あの時の戦闘の被害者だったんだね……。 |
シャスポー | はい。彼女の話を聞いて、いろいろと思うことがあって……。 |
恭遠 | 俺でよければ、話してくれないか。 |
シャスポー | ……レジスタンスのシャスポーは、 オーナーの娘さんを必死で助けようとしたんですよね。 なのに、彼女は貴銃士に対して恐怖を抱くことになった……。 |
シャスポー | もちろん、貴銃士を恐ろしく思う人がいるというのもわかります。 当時彼女が経験したのは、あまりにも衝撃的な出来事だし…… 責めるつもりはないんです。 |
シャスポー | けど……なんだか、あれこれと考えてしまって。 雨の日みたいにずっと、気分が晴れないというか……。 |
シャスポー | 貴銃士に対する複雑な感情というのは、 人間にとって、普遍的でよくあることなんでしょうか。 |
恭遠 | うーん、そうだなぁ……。 |
──革命戦争中。
レジスタンスの反撃が始まって間もない頃のこと──。
恭遠 | ──スプリングフィールドの様子は? |
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レジスタンスのシャルルヴィル | 出血が止まらなくて……。 どうしよう、顔が真っ青だ。 死んじゃうかも……! |
レジスタンスのブラウン・ベス | 落ち着け! マスター、頼めるか。 |
レジスタンスのメディックでありマスターである人物が、
スプリングフィールドの負傷部位に、
薔薇の傷が刻まれた手をかざし、治療をする。
レジスタンスのメンバー | 傷が治った……!? その手は、傷を治す奇跡の手なのか……? |
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恭遠 | マスターは、貴銃士の負傷ならば 文字通り「手当て」するだけで治せるんです。 |
レジスタンスのメンバー | き、じゅうし……? 恭遠、彼らは一体何者なんだ? |
恭遠 | 戸惑うのも無理はありません。 私も未だに、これは夢ではないかと思う時もありますが……。 |
恭遠 | 見ての通り、彼らは現実の存在としてあり、 我々に力を貸してくれています。 |
恭遠 | そして、彼らを呼び覚ます特別な力を持っているのが マスターなのです。 |
恭遠 | 複雑な感情を……という人は、少数派かもしれない。 けれど、戸惑う人は多かったかな。 |
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恭遠 | 7年前は特に、貴銃士というのは未知の存在だったからね。 初めて貴銃士を見た人で、驚かない人はいなかったと思う。 そして、大半は受け入れてくれたが、そうではない人もいた。 |
シャスポー | …………。 |
シャスポー | ……あの、もう1つ質問してもいいですか? |
恭遠 | ああ、もちろん。俺が答えられることならば。 |
シャスポー | レジスタンスのシャスポーは、どんな貴銃士だったんですか。 |
恭遠 | …………。 |
恭遠 | 彼は……君のように故郷のフランスをとても愛し、 誇り高くて、自信に満ち溢れていたよ。 |
恭遠 | しっかりと自分を持っていたし、 真面目で責任感が強いのもあって、 時には仲間とぶつかり合ったりもしていたかな。 |
恭遠 | マスターの役に立とうと一生懸命でね。 努力家でとても頼りになる、素晴らしい貴銃士だった。 |
シャスポー | 彼は……いい貴銃士だったんですね。 |
恭遠 | ああ、とても。 |
シャスポー | 僕が同じ『シャスポー』だからって、 気を使って話を盛っていませんか? |
恭遠 | はは、盛ってないよ。 元レジスタンスの間では、そういう評価なんだよ。 俺以外に聞いても、似たような答えが返ってくるはずさ。 |
恭遠 | そうだな…… もう少しあけすけに言ってしまった方が、 もっと身近に感じられるだろうか? |
恭遠 | ドライゼにはよく反発して喧嘩……というより、 好戦的な言い方をしてはドライゼに戸惑われていたかな。 |
シャスポー | うっ……。 |
恭遠 | マスターのそばにいようとして、 同じくそばにいたがる他の貴銃士たちを押し退ける 力強さもあったね。 |
シャスポー | そ、そうですか……。 |
恭遠 | ……なんて言ってみたけれど、 それもご愛嬌と思えるくらいだったさ。 |
恭遠 | たとえば、ローレンツや、ゲベールという貴銃士がいたんだが、 彼らに対する物言いはきつく思えても、 実は的確なアドバイスだったりしてね。 |
恭遠 | 俺としては、君たちは芯のところがよく似ているように思えるよ。 |
恭遠 | 同じ種類の量産銃から召銃された貴銃士でも、 性格や信念の根っこが同じであるとは限らない。 ただ、君と彼は、そういうところから似ている気がするんだ。 |
シャスポー | そうなんですか? |
恭遠 | ああ。特に、いい部分がね。 |
恭遠 | 貴銃士という存在に忌避感を持つ人がいるのは仕方がない。 だけど、別に気にしなくていいさ。 |
恭遠 | 君たちは俺たち人の願いに応えて目覚めてくれたんだ。 そして、願いに応えようと力を尽くしてくれている。 だから……自信を持ってほしい。 |
シャスポー | ええ、もちろんです。 アドバイス、ありがとうございました。 |
自分の部屋へと戻りながら、
シャスポーは恭遠から聞いた話を思い返す。
シャスポー | (レジスタンスのシャスポーは、 自らを犠牲にしてまで少女を助けようとしたのに、 結果として、恐怖の対象として心に刻まれてしまった) |
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シャスポー | (彼は本当にそれでよかったのだろうか?って、 ずっと……モヤがかかったように、スッキリしなかった。 でも、「僕と同じ」だと思ったら、モヤが晴れた気がする) |
シャスポー | (称賛されたいとかではなく、困っている人がいれば助けたい。 それがたとえ僕らを嫌っている人でも、怖がっている人でも 助けになりたい……僕はそう思う) |
シャスポー | (もちろん、ちょっと複雑に思う部分はあるけれど……。 だからって、助けたことや、助けようと手を尽くしたことを 後悔なんてしたりはしない) |
シャスポー | (きっと彼──違う『僕』も、同じなんだ。 僕を理解して、共に歩んでくれる大切な人がいるのなら、 きっと、どんな時でも迷わず進んでいける) |
シャスポー | 僕は、守る銃でありたい。 〇〇が言ってくれたように。 今までも、これからも、ずっと……。 |
──紫陽花フェスタが無事に終了して、少し経った頃。
〇〇はシャスポーと談話室にいた。
シャスポー | ……それでね、ドライゼをモデルにデッサンをしたんだけれど、 美術部員たちがすごく気に入ってしまって、 また呼ぼうって言っているんだよ……。 |
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主人公 | 【シャスポーもなんだかんだ楽しそうだね】 【デッサンは楽しかった?】 |
シャスポー | ……絵を描くのは好きだからね。 ねぇ、君も興味があるなら、僕と一緒に描いてみない? 僕でよければ、喜んで描き方を教えるよ。 |
主人公 | 【挑戦してみようかな】 【本当!?】 |
シャスポー | よーし、こういうのは早い方がいいよね。 明日の放課後、美術室に……いや、待てよ。 せっかくなら邪魔の入らない静かな場所で教えてあげたいし……。 |
シャスポー | そうだ、貴銃士クラスの教室で描くのはどう? 放課後にはどうせ誰も残ってないだろうし、 〇〇の都合が合えば……だけど。 |
主人公 | 【大丈夫】 【ちょうど空いてる】 |
シャスポー | ああ、〇〇と一緒に絵を描けるなんて、 嬉しいな……約束、忘れないでね。 |
──翌日の放課後。
シャスポーは〇〇のために
画材などの必要道具をそろえてから、教室に戻った。
シャスポー | 〇〇、お待たせ! 道具を持ってき── |
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シャスポー | ……!? |
シャスポー | な、な、なんで君たちがいるんだ!? |
エンフィールド | 絵画は紳士の嗜みですからね! ええ! |
シャスポー | いや、そういうことじゃなく! 君ら、いつも教室に誰1人残ったりしないだろう!? 今日に限って、なんで……。 |
マークス | マスターがこのクラスに来たのなら、 マスターの銃である俺が教室に残るのは当然だろう。 |
ケンタッキー | シャスポーに絵を教えてもらうって聞こえてよ。 俺もイケてるアートをマスターと一緒に描きてぇと思って! |
グラース | ハッ……残念だったな。 〇〇と2人っきりで過ごせるとか思ってたんだろ。 簡単に抜け駆けできると思うなよ? |
シャスポー | グラース、貴様……っ! |
タバティエール | あーはいはい。ほら、シャスポー。 〇〇ちゃんと待たせてるぞ。 放っておいていいのか? |
シャスポー | あ! ごめんね、〇〇。 騒がしくなってしまうけれど、こいつらも一緒でいいかい? |
主人公 | 【もちろん!】 【みんなで楽しもう】 |
シャスポー | はぁ……仕方ないから君達にも絵を教えるけれど、 〇〇の邪魔をしたりしたら 教室を出て行ってもらうからな! |
シャスポー | さて……。 初めてだし、基本の静物デッサンをやってみようか。 |
シャスポー | りんごと洋ナシを1つずつテーブルに置くから、 好きな位置に座ってデッサンしてみて。 |
──しばらくして。
シャスポーはデッサンを描き終わり、見回りを始める。
シャスポー | (まずは……〇〇から見てみよう) |
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主人公 | 【割とよく描けたかな】 →シャスポー「うん、とても素敵に描かれていると思うよ。 〇〇の素直なところが絵にも表れているね。」 【ちょっと自信ないかも】 →シャスポー「僕にはとても伸びしろのある絵に見えるよ。 このりんごの部分は特にセンスがあると思うな。」 |
シャスポー | ……あとは、この部分にもっと陰影をつけると いいんじゃないかな? もっと、自分の描いた絵に自信を持って。 |
マークス | おい、次は俺の絵を見てくれ。 |
シャスポー | (なんだこの絵は……小さな子供が描いた絵に、 謎のセンスが加わって、ある意味芸術的……。 いや、でもデッサンとしては……どうなんだ?) |
シャスポー | ……元気でいいんじゃないかな。 |
マークス | そうか!! |
シャスポー | (僕の手に負えるものではない。別次元の絵に評価はできない。 ……見なかったことにしよう) |
ケンタッキー | 次は俺だな! |
シャスポー | (これは……! デッサンではなく、もはや抽象画!!) |
シャスポー | こ、個性的だね……。 |
ケンタッキー | だろ? りんごと洋ナシから着想を得てこうしてみたぜ! 鉛筆だけじゃ味気ないし、カラフルな方が楽しいよな! |
シャスポー | ええと、デッサンというのは見たままを描くことで 技術を磨く……まあいい。 |
シャスポー | (これも僕の手に負えるものではない、別次元の絵だ。 ……もうその道を突っ走ればいいだろう。 次はエンフィールドか……) |
エンフィールド | ううん……。 いや、しかし……この部分は……。 |
シャスポー | ん? なかなか上手に描けているじゃないか。 何を悩んで……というか、この余白の文章はまさか……。 |
エンフィールド | もちろん、マスターに捧げる詩です! |
シャスポー | 今日は詩作教室ではなく、絵の……まあいい……。 |
シャスポー | (絵はうまいけど、横のポエムのせいで気が散る……! デッサンの意味をまともに捉えている奴はいないのか!? ……ん?) |
グラース | なんだよ、僕の絵に文句でもあるのか? |
シャスポー | ……普通だな。 |
グラース | なんだと!? |
シャスポー | 器用だけれど、特別絵の練習をしたわけでもない学生が、 美術の授業中に頑張って描いた絵って感じだ。 つまり平凡だ。 |
グラース | おい、馬鹿にしてんのか? |
シャスポー | 違う……褒めてるんだ……。 お前はこのままでいい、グラース。 普通のままでいてくれ……。 |
グラース | はぁ? 意味わかんねぇぞ! |
タバティエール | ……ちなみに俺は? |
シャスポー | タバティエールは……特に僕から言うべきことはないな。 普通に上手いと思う。 |
タバティエール | へぇ、そいつはどうも。 |
シャスポー | 強いて言えば……なんだか、タッチが渋いな。 |
タバティエール | 渋い……? |
シャスポー | ああ、渋い……。 |
──こうして、シャスポーによる即興の絵画教室は終わった。
シャスポー | はぁ……ようやく終わった。 |
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主人公 | 【楽しかった!】 【ありがとう、シャスポー】 |
シャスポー | 〇〇が楽しいって思ってくれたのなら、 苦労も吹き飛んでしまうよ。 |
シャスポー | でも、次は絶対に2人きりで外にスケッチに行こう……! 君に見せたい風景がたくさんあるんだ。 |
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