紳士の腕時計、マダムの指輪、高価な宝石。
輝いて見えたはずのものは、手にした途端どうでもよくなった。
本当に欲しかったのはグラース自身へ向けた心のこもった贈り物……そう気づいたから、もう大丈夫。
あれも欲しいこれも欲しい、でも結局満たされなくて苛立って、昔の僕は今考えると馬鹿だな。
本当は……ただ、僕が僕のまま皆に好かれたかっただけなのに。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
グラースがフランスにて、
レザール家の貴銃士『シャスポー』として過ごしていた頃のこと。
女性1 | まあ……! シャスポー様よ! |
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女性2 | シャスポー様、お会いできて光栄です。 ぜひ一度お話してみたいと思っていましたの……! |
シャスポー | Merci! 麗しきご婦人にそう思ってもらえて僕も光栄ですよ。 |
女性1 | 評判通り……いえ、評判以上に素敵な紳士ですわね。 流石はフランスが誇る誉れ高き貴銃士様だわ! |
シャスポー | …………。 ふふ、嬉しいです。 |
シャスポー | (……ん? あっちのムッシュがつけてる時計は……) |
男性1 | ごきげんよう、シャスポー様。 私もぜひご挨拶させてください。 |
シャスポー | もちろん。 挨拶だけじゃなくて、ゆっくり話もしましょう。 趣味の良い紳士と語らうのはいつだって大歓迎さ。 |
グラースの視線の先に気づいた男性は、
腕時計をつけている手を軽く挙げる。
男性1 | おや、この時計に注目されるとはお目が高い。 |
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シャスポー | 実は、僕も気になっていた時計だったもので。 希少な限定品ですし、手に入れられなかったんですが……。 |
シャスポー | こうして間近で見ると、やはり素晴らしい品ですね。 入手できなかったのが本当に惜しいですよ。 |
男性1 | 世界で数本だけの発売でしたからね。 私は伝手があって、たまたま購入できたんです。 |
シャスポー | (極上のダイヤモンドがあしらわれた、 一目で高級だとわかる品で、さらには世界にたった数本だけ……。 最高だ。今からでもどうにか手に入れられないか?) |
シャスポー | そうですか……。それはなんとも羨ましい。 再販もあまり期待できないし、 入手できた人は手放さないだろうし、僕は諦めるしかないかな。 |
男性1 | シャスポー様がそんなに時計に興味がおありだったとは。 私はコレクターというほどではありませんし、 よろしければお譲りしましょうか? |
シャスポー | えっ!? |
──パーティーから数日後。
タバティエール | …………。 |
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グラース | 見ろ、タバティエール! |
タバティエール | ん……ああ、どうしたんだ? |
グラース | 洗練されたデザイン、そして文字盤に煌めくダイヤモンド! どうだ? 僕に相応しい腕時計だろ? |
グラース | 親切なムッシュにもらったんだ。 よーく見てみていいぜ。 |
タバティエール | いや……遠慮しとく。 俺は時計にも宝石にも興味はないからな。 |
グラース | はぁ? これだけの素晴らしい品に興味を持たないなんて…… お前、どうかしてるぞ! |
タバティエール | そうかもな。 ……悪いが、俺はちょっと出てくる。 |
グラース | なんだ、あいつ……。 いつもなら、誰からどうやってもらったのか確認してくるのに。 辛気臭い顔してよ。 |
グラース | ……大方、“あいつ”絡みでなんかあったか。ふん。 |
グラースは自室に戻り、
腕時計を付けた自分の姿を鏡でじっくりと眺める。
グラース | (……なんだか、たいしたことないな。 あんなに欲しいと思ってたはずなのに) |
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グラース | はぁ……白けちまった。 |
グラースは時計を外し、キャビネットにしまいこんだ。
その後もグラースは、フランス社交界の裕福な老若男女から
宝飾品をはじめ高級ブランドの商品など様々なものを手に入れた。
しかし、どれもこれもすぐにキャビネットにしまうことになる。
グラース | (……なんでだ? 欲しいものを手に入れたはずなのに、 どれもあっという間に色褪せる……) |
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グラース | (……いや。 きっとどこかにあるはずだ。僕を満足させるものが……!) |
グラース | 満足するまで手を伸ばし続ければいい。 華麗に強欲に……そうだろ? |
その後もグラースは、いろいろなパーティーに呼ばれ、参加した。
女性1 | わぁ……あのマダムの指輪、すごいわね。 深い赤の輝き……なんだか魅入られてしまいそう。 ルビーかしらね? |
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女性2 | あら、あなた知らないの? あれは世にも珍しいレッドダイヤモンドよ! マダムの家に伝わる家宝なんですって。 |
シャスポー | (家宝の赤いダイヤモンドか……。 遠目に見ても素晴らしい色と輝きだな) |
シャスポー | マダム、お隣りに座っても? |
老婦人 | あら、私の隣でよろしいのかしら? |
シャスポー | ええ。あなたの隣がいいんですよ。 ……素敵なマダムは身につける品も一流なんですね。 その指輪なんて特に。 |
シャスポー | 赤い宝石はいくつかありますが……そちらは? |
老婦人 | これは、レッドダイヤモンドというのよ。 『幻のダイヤ』なんて言われているそうでね、 世界に数十しかないと聞いたことがあるわ。 |
シャスポー | 特別なものなんですね。 見れば見るほどうっとりしてしまいそうです。 |
老婦人 | ……ありがとう。 我が家で代々母から子へ受け継がれる大切なものだから、 そう言ってもらえて嬉しいわ。 |
シャスポー | 美しい指を引き立たせるその輝きを、よく見せてもらえませんか? |
老婦人 | ふふ……あなたね、欲しがり屋さんで噂の貴銃士様は。 確かにこの指輪はとっても素敵よ。 |
老婦人 | だけど……これは私が持っているのが一番輝くの。 その次は、娘の指で。 |
シャスポー | ……! |
老婦人 | 人と物には相性があるのよ。 輝き、輝かせ、お互いを際立たせ合う特別な関係でないとね。 |
シャスポー | (マダムも指輪も、目を引かれる特別な何かがある。 だけど、僕がこの指輪を手に入れたところで、 またいつもみたいに輝きを失ってしまうのか……?) |
シャスポー | そうですか……失礼。 所用を思い出したもので……。 |
老婦人 | あら、大変。 私には構わず行ってちょうだいな。 |
グラースは足早にマダムのいる場所から立ち去った。
グラース | チッ……最悪だ。 僕には似合わないと遠回しに言っていただろ、あのばあさん。 |
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グラース | 無礼なばあさんの宝石なんて、 こっちからお断りだっての! |
タバティエール | 無礼って……あのマダムは人格者で有名だぞ。 悪く言う人なんて聞いたことがないって評判、 俺でも知ってるくらいだ。 |
グラース | ……評判なんて知るか。 僕に対して無礼だったんだから僕にとってはそれがすべてだ! |
苛立ちを抱えながらレザール家に戻ったグラースは、
キャビネットにずらりと並ぶ高級な品々を見て、
さらなる苛立ちと焦燥に駆られる。
グラース | クソッ……! |
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グラース | (なんでだ? どうして満たされない? 誰もが認め欲しがる最高の品だから僕も満たされる…… そう思っても、いつも期待外れだ) |
グラース | (手に入れても手に入れても飢えは満たされない……。 これじゃあまるで、逆の『酸っぱいぶどう』だ) |
グラース | (みんなが美味しいと言うぶどうは、 僕が食べるといつだって酸っぱい。 ……ちくしょう!) |
グラースは、これまでにもらった品々が入った箱を掴み、
乱雑に床へと投げ捨てる。
グラース | はぁ……。 |
---|
荒れた部屋にさらに苛立ちがつのり、
グラースは足早に部屋を出ていったのだった。
──ある日の午後。
〇〇はグラースに呼ばれて彼の部屋へと向かった。
グラース | よう、〇〇。 この間僕がモデルをした時の写真が届いたんだ。 見るだろ? |
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主人公 | 【もちろん!】 【見るよ】 |
グラース | ほら、これだ。 僕がモデルだから当然だけど、いい出来だろ? これであのワイナリーは大繁盛しちまうかもな。ははっ! |
主人公 | 【いい写真だね】 →グラース「小物やらも凝ってたし、 カメラマンもなかなか腕がいいよな。」 【ぶどうの瑞々しさが伝わってくる】 →グラース「僕もアイディアを出しながら撮ったかいがあったぜ。 このぶどうから作られたなら美味そうだって感じがするよな。」 |
グラース | あ、そうそう。 渡したいものがあるんだった。 ほらよ。 |
主人公 | 【きれいな刺繍だね】 【すごく繊細なハンカチ……!】 |
グラース | フランスの知り合いからもらったんだ。 見事な刺繍だろ? ブティっていうフランスの伝統刺繍なんだぜ。 |
主人公 | 【自分がもらっていいの?】 |
グラース | ああ。 僕とマスターにって、2枚もらったもんだからな。 遠慮はいらないぜ。 |
グラース | ……これをくれたのは、フランスのマダムなんだ。 僕がシャスポーとしてレザール家にいた時に、 とあるパーティーで出会った人だ。 |
グラース | ……当時の僕は、宝飾品の類をもらっては興味が失せて、 キャビネットにしまい込んでた。 |
グラース | マダムに会った時も、珍しい宝石のついた指輪が欲しくてさ。 なのに、近寄ったら嫌味にも思えることを言われて、 何もくれなかったけど。 |
グラース | 〇〇の貴銃士になってレザール家から離れた時、 どうでもよくなった宝飾品は全部そのまま置いてたんだ。 それをテオが贈り主に丁重に返却したらしい。 |
グラース | そうしたら、その噂を聞いたマダムが、 『あなたに贈るならこれだと思っていたのよ』って、 このハンカチをくれたんだ。 |
主人公 | 【何故ハンカチなんだろう?】 【どんな意味なんだろう?】 |
グラース | 僕の方に刺繍されてるヒナゲシの模様は、 銃床にも入ってるモチーフだ。 |
グラース | ブティは立体的に刺繍を浮かぶ上がらせる技法で、 ハンカチ1枚作るのに時間もかなりかかるらしい。 前々から注文してあったんだろうな。 |
グラース | きっと……あのマダムは、 僕が本当はシャスポーじゃないって気づいてたんだと思う。 このヒナゲシの模様が、その証なんじゃないかって。 |
グラース | あの頃の僕だったら、速攻で送り返してただろうけど……。 今はこのハンカチが、不思議と宝石よりも輝いて見える。 |
グラース | 現代銃ってだけで煙たがるフランスの奴らに好かれたところで、 なんて思ってたけど……。 |
グラース | 僕は……本当は、あいつらにも好かれたい。 |
グラース | 古銃シャスポーのふりをした僕じゃなくて、 グラースのままで好かれたいと心の中では思ってたんだ…… きっと。 |
主人公 | 【大事な生まれ故郷の人たちだからね】 →グラース「そうか……。 だったら、僕でも好かれたい……って思うのは、 別に変なことじゃねぇよな。うん。」 【グラースを好いてる人はたくさんいるよ】 →グラース「そうか……? ま、お前が言うならそうだと信じてやるよ。」 |
グラース | マダムには、ハンカチの礼をしねぇとな。 あのワイナリーのワインを渡すのもいいか……。 |
グラース | ワインなんて飲んで美味けりゃなんでもいいとか思ってたけど、 自分で造ってみると思い入れが湧いたっつーか、 今度からもっとじっくり味わおうって気分になったぜ。 |
グラース | 〇〇用のは、 成人した頃届くように仕込んであるから、楽しみにしてろよ。 |
グラース | この僕が造った貴重なワインだからな。 いつまでも思い出に残るような、最高の飲み方を教えてやるぜ。 |
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