これは遠い記憶の欠片。フランスでの、彼らの物語の前日譚。
奪い取った名誉と地位は、人の身の快楽によく馴染む。
盲目トカゲの貴銃士は、満足げに微睡んだ。
「悪いけど。僕はやりたいようにやるから」
傲慢。憤怒。色欲。暴食。怠惰。
大罪、だなんて貶めても、結局は人の性だろ。まあ、僕は差し詰め「強欲」か?
……そう嗤った青年は、自らの根源を手の裡に隠す。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
これは、世界連合軍フランス支部が
カサリステにアウトレイジャー討伐の
救援を要請する数ヶ月前──。
召銃パーティで、シャスポーと
タバティエールが貴銃士になった直後の話。
タバティエール | ……グラース。 なぜあんなことを言った!? |
---|---|
シャスポー(※) | ……おいおい、呼び方には気を付けてくれないか。 僕は『シャスポー』だ。 |
タバティエール | 何がしたいんだ……。 何が望みだ? シャスポーを苦境に立たせることか? |
タバティエール | お前のせいで、シャスポーは……! |
シャスポー | ──ハッ! いいねぇ。 いい顔だ。それでこそ奪った甲斐があるぜ。 |
タバティエール | なんだと……? |
シャスポー | おい、タバティエール。 世界は平等だと思うか? 歴史は正しく事実だけだと思うか? |
シャスポー | 違うね。 全ては「奪ったもん勝ち」なんだよ。 勝者だけが秩序を、歴史を作れる!! |
シャスポー | てめぇがいくら喚いたところで、 もう何も変わりやしねぇ。 フランスの社交界では──。 |
シャスポー | 僕こそが『シャスポー』なんだ。 それがこの世界の事実さ!! |
タバティエール | ……ッ!! |
テオドール | ……何を話していた? |
タバティエール | ……マスター。 |
シャスポー | 挨拶を交わしただけさ。 それより……テオドールと言ったね。 |
シャスポー | 僕を召銃してくれてありがとう、マスター。 これから、どうぞよろしく! |
テオドール | …………。 |
シャスポーが差し出した手を、
テオドールは無言で握り返した。
タバティエール | マスター。 ……色々と、聞きたいことがある。 |
---|---|
テオドール | …………。 |
テオドール | いいだろう。ついてこい。 |
シャルルヴィル | やあ、……グラース。 君のマスターの体調はどうだい……? |
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グラース(※1) | ……今は落ち着いています。 少しでも早く、回復に向かうといいのですが……。 |
シャスポー(※2) | やあ、ふたりとも。 ずいぶん浮かない顔だね? |
シャスポー | せっかくのパーティーなんだし、 そんな顔をしていたらマスターも 心配してしまうよ? 楽しまないと! |
グラース | ……っ! |
グラース | ……目の前に高貴なシャスポー銃がいるからね。 固くなってしまっても無理はないだろう? |
シャスポー | へぇ? “現代銃”でも、高貴な者に対する態度をわきまえているんだね。 感心したよ。 |
シャスポー | でも、そんなに気を張る必要なんてないからね。 楽にして? |
シャルルヴィル | ……! ちょっと── |
グラース | いいんです。 |
口を開きかけたシャルルヴィルを、
グラースが制する。
シャスポー | 沈んだ気持ちの時は……そうだ。 歌でも口ずさむのはどう? 僕らの魂の歌、『ラ・マルセイエーズ』を。 |
---|---|
シャスポー | 自由よ 愛しき自由の女神よ 汝の援護者とともに戦いたまえ……♪ |
グラース&シャルルヴィル | …………。 |
シャスポー | 僕たちは同じ、フランスを愛する者だ。 だから手を取り合っていこうよ。 国歌を胸に──仲良く、ね? |
シャルルヴィル | あいつ……。 |
グラース | …………。 続きの歌詞を知っているのか、あいつは? ……だったら、大した皮肉屋だ。 |
グラース | ──“何を望んでいるというのか、 この隷属者の群れは、あの裏切者は。 陰謀を企てる王どもは……” |
グラース | “下劣なる暴君が 我らの運命の支配者になるなど ありえない……!” |
シャルルヴィル | …………。 |
シャルルヴィル | ……ねぇ。 ボクらの運命の支配者は、彼じゃないよ。 |
シャルルヴィル | じゃあ誰なのかは、わからないけど…… きっと彼も、それに支配されているんだ。 彼も気が付かないうちにね。 |
シャルルヴィル | 今は何もできないけど、いつか……。 その日まで、諦めないで。 |
グラース | …………。 |
シャスポー | ──はい、お届け物だよ。 マスター? |
---|---|
カトリーヌ | ……! あなた……どなた? わたくしの貴銃士……ではない、わね? |
グラース | なんだ、一目でわかったの? 他の奴らは気づきもしなかったのに。 |
グラース | 別に、ただこの手紙を届けに来ただけさ。 ほら、差出人を見てみなよ。 |
カトリーヌ | ……! テオからの……! |
カトリーヌ | あなたは……レザール家の“シャスポー”ね。 |
グラース | へぇ。よく見抜いたね。 それで? 恨み言でも言ってくれるのかい? |
カトリーヌ | いいえ。 ……届けてくださって、どうも、ありがとう。 礼を言います。 |
グラース | はぁ……そんな辛気臭い顔で礼を言われてもな。 もっと可愛げでも出せねぇの? |
グラース | ──それに、なんだこの部屋は。 |
グラース | 古いベッドに、貧乏くさい内装……。 フランスを代表する名家のお嬢さんの部屋とは思えねぇなぁ。 |
グラース | お前みたいなのがマスターだから、 あいつも絶対高貴になれないのか。 納得だな。……くっくっく! |
カトリーヌ | …………。 |
グラース | ふぅん? ここまで言われてんのに何も言わないの? ……まあ、どうでもいいけど。 |
グラース | それよりさぁ。 せっかく手紙を届けてやったんだし、 少しくらいもてなしてくれてもいいんじゃねぇ? |
グラース | 僕、喉が渇いてるんだよね。 |
カトリーヌ | ……申し訳ないのだけれど。 あいにく、ここには水くらいしかないわ。 |
グラース | じゃあ、それで我慢してあげるよ。 |
カトリーヌ | …………。 |
カトリーヌが差し出したグラスに
手を伸ばしたグラースだが、
カトリーヌはグラスを引いた。
グラース | ……なんのつもり? さっさと渡せよ。 それとも、嫌がらせ? 随分と小さいことをするね。 |
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カトリーヌ | 違うわ。ご存じないようだから、 教えて差し上げようと思って。 |
カトリーヌ | 人から何かをしてもらったなら、 ちゃんと相手の目を見て『ありがとう』と言うのよ。 |
カトリーヌ | テオの手紙を届けてくれたあなたに、 わたくしが『ありがとう』と言ったようにね。 |
グラース | はぁ? 人間が僕を喜ばせようと何かをするのは、当たり前のことだろ。 |
グラース | わざわざ礼なんか言う必要、ないね! |
カトリーヌ | ……あら、そう。 最低限の礼節もないお方に、差し上げられるものはありません。 どうぞこのまま、お引き取りを。 |
グラース | ……! ああ、いらねぇよ! この、恥知らずめが!! |
カトリーヌ | …………。 |
グラース | (なんなんだ、あの女は……! 僕に媚びないどころか、逆らってくるなんて……!) |
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グラース | (『ありがとう』を言えだと? バカらしい……!!) |
グラース | (……あんな人間、初めてだ) |
テオドール | ──ん? タバティエールだけか。 ……シャスポーはどうした? |
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タバティエール | 一応、何度か声はかけたんだがなぁ……。 |
テオドール | ……! まったく。またか……。 |
テオドール | 仕方ない。 部屋へ行くぞ。 |
テオドール | ──おい! 起きろ! |
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シャスポー | うぅ……ん……。 まだ……明け方じゃないか……。 |
テオドール | 違う、もう昼だ! いい加減起きろ! |
シャスポー(※) | うわ……まぶし……! |
シャスポー | はぁ……せっかく気持ちよく寝てたのに。 何すんだよ、マスター……。 |
テオドール | ふん。仮にも私の貴銃士なのだから、 だらしない真似はやめてもらおう。 レザール家に相応しくない行動は慎め! |
シャスポー | ちょ、待て、待て。 声が……響くって……。 |
シャスポー | あぁー、頭いてぇ……。 飲みすぎたな……。 |
シャスポー | 悪ぃけど、僕はやりたいようにやる…… 出てってくれ。ふわ~ぁ……。 |
シャスポー | ……ぐぅ……。 |
テオドール | ……タバティエール、やれ。 |
タバティエール | 了解。 ──せーの、っと! |
シャスポー | のわぁぁっ!?!?!? |
タバティエールは、思いっきり
ベッドのシーツを引き剥がした。
シャスポー | おい、何すんだよ! 危うく顔面から落ちるところだったじゃねぇか! |
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シャスポー | 自分のしでかそうとしたことが、わかってるのか!? 僕の美しい顔に傷がつくなんて……世界の損失だぞ!? |
タバティエール | こりゃ懲りてないな。 |
テオドール | 品位の欠片もなく、惰眠を貪ろうとするお前が悪い。 |
テオドール | それにしても、まったく…… なんという体たらく……! 少しは内面の美しさを磨いてみせろ! |
シャスポー | 外見が美しいんだから、問題ないね! |
テオドール | いや。 貴様の内面が、それを台無しにするだろう! |
シャスポー | んなことねーよ! 大体、マスターは──。 |
タバティエール | まだこの展開か。 はは……マスターも懲りてないな。 |
フランスでの騒動が終わり──
シャスポーとグラースが士官学校にやってきたあとの、
ある日のこと。
グラース | はぁっ……はぁっ…… くっ……はぁ、はぁっ……。 |
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グラース | おい! マスター! もういいだろ……!? |
主人公 | 【まだ終わってないよ】 【あと4周、頑張れ!】 |
グラース | っくそ……。 なんでちょっとサボっただけで……この僕が、 走らされなくちゃいけねぇんだ……! |
グラース | なんでこの僕が……こんな……汗だくに……! くそっ!! 最悪だ……。 |
グラース | …………。 やっと終わった……。 演習場30周……。 |
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グラース | あー……動けねぇ……。 喉、カラッカラ……。 |
主人公 | 【ちょっと待ってて】 【飲み物を持ってくる】 |
グラース | ん……。 早く寄越せ。 |
カトリーヌ | 人から何かをしてもらったなら、 ちゃんと相手の目を見て『ありがとう』と言うのよ。 |
---|
グラース | …………。 |
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主人公 | 【お待たせ】 【はい、お水】 |
グラース | “ありがとう”、マスター。 |
グラース | ……なにさ、その顔。 そんなに僕からお礼を言われるのは意外かよ? |
グラース | ……昔、言われたことがあったんだ。 人から何かをしてもらったら、 ちゃんとお礼を言うべきだって……。 |
グラース | ……ま、まあ、言ってみただけだ。 水を持ってくるなんて当然のことだから、 本来は礼なんて言う必要ねぇけどな! |
主人公 | 【お礼を言えるのはいいことだ】 【感謝を伝えられて偉い】 |
グラース | は、はぁ!? なんだよそれ…… っていうか、頭をなでるな! |
グラース | や、やめろ! ──あっ……! |
動揺した拍子に、グラースは持っていた
グラスを取り落してしまう。
グラース | …………! |
---|
グラスの水は、
乾いた地面に吸収されていった。
グラース | ……おい! お前が変なことしたせいだぞ! また一口も飲めてないのに!! |
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主人公 | 【……ごめん】 【申し訳ない】 |
グラース | ……っ! |
グラース | ……そうだ。お前が悪い。 |
グラース | ……もういい! 水くらい自分で取りに行く! |
グラース | ……っ……。 |
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