パリの市街に雨が降る。彼は歴史が嫌いだ。だからこそ腹が立ったのだ。
全てを捨ててでもこの怒りをぶつけるべきだと、腹の中の何かが叫んでいる。
──こいつには、こいつにだけは、歴史を繰り返させてなるものか。
奪え。奪え。僕はそうして道を切り開き、全てを手に入れてきた。
それで、この手をすり抜けるものなど……あってはいけない。
あってはいけないんだよ。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
十手 | う……くっ……うぅ……。 あいたたた……参ったなぁ……。 |
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グラース | ──おい。とっとと歩け。 そんなとこで突っ立ってたら邪魔だろうが。 |
十手 | うわああっ!! |
十手 | な、何をするんだいグラース君! 俺は今、前身が筋肉痛で動きたくても動けないんだよ。 |
グラース | 筋肉痛だと? はん、鍛え方が足りないんだよ、おっさん! |
グラース | 僕は昨日も今日も作戦で戦ってきたけど、 身体は絶好調だぜ。 このまま他の戦いに向かったっていいくらいさ。 |
十手 | それは頼もしい限りだけど……あいてて……! ──ん? |
十手 | 君の銃……ずいぶん泥がついちゃってるな。 汚れてるよ。 |
グラース | ああ……今日は雨上がりだったからな。 ちょうどいいから手入れするか。 |
十手 | それがいいね。 前にシャスポーくんから『白磨き』に ついて聞いたことがあるよ。 |
十手 | フランスで流行した白磨きっていうのは、 あえて黒染めをしないことで、 その銃の美しさを保つらしいね。 |
十手 | 銀細工のように輝く美しさといったら、 収集家にも人気だとか……。 君の銃も、磨けばそうなるんだろう? |
グラース | ふぅん……。 あいつに聞いたって言うのは、 気にくわねぇけど……。 |
グラース | ま、フランス銃が美しいのは、当然だな! |
グラース | これから僕が、さらに磨き上げるからな。 今度お前に最上の美しさを見せてやるさ。 |
十手 | ほう! 楽しみにしているよ。 |
タバティエール | …………。 |
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十手 | おや、タバティエール君。 銃の手入れかい。 |
十手 | ──あれ? だけど、その銃って……。 |
タバティエール | ああ、グラース銃だ。 |
十手 | え? なぜ君が……。 |
タバティエール | ふっ……。 見てみな、ココ。 |
綺麗に白く磨かれたグラース銃だったが、
タバティエールが指差した箇所だけ、
少し土汚れが残っていた。
十手 | ……もしや、磨き残し!? |
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タバティエール | そーいうコト。 本人は認めたがらないだろうけど…… 結構不器用なんだよな、あいつは。 |
タバティエール | 丁寧に磨いたつもりでも、 こんな風にちょっと汚れが残ってたりするんだ。 |
タバティエール | とはいえ、直接磨き残しを指摘して プライドを傷つけたら、癇癪を起こすだろうし……。 |
タバティエール | 放置して錆びたりしたら、 それはそれで、ちょいと気の毒だしな。 |
タバティエール | 言っても放置しても、 俺にとっては面倒な結果にしかならないし、 だったら俺がこっそり磨いちまおう、ってわけさ。 |
十手 | そういうことか……! タバティエール君は仲間想いなんだねぇ。 |
タバティエール | べっつに~? そんないいもんじゃないぜ。 厄介事は、極力避けるに限る、ってだけだよ。 |
十手 | ふふっ……。 |
タバティエール | さてと、お掃除完了っと。 あいつが帰ってこないうちに、 さっさとこいつを元の場所に戻すとするかね~。 |
タバティエール | じゃあな、十手。Bonne nuit. |
十手 | ああ、お疲れ様。 |
十手 | (グラース君に気づかれないように、こっそり 磨いてあげているなんて……仲間想い以外の 何者でもないぞ、タバティエール君) |
グラース | ──また邪魔なところに突っ立ってるな。 |
十手 | うわっ!! |
グラース | グ、グラース君!? 今の話、聞いてたかい……!? |
グラース | あぁっ!? なんだよその反応は…… 何か僕の話をしていたのかっ!? |
十手 | ご、ごめんごめん。なんでもないんだ。 ははっ……! |
グラース | な、ん、だ、その腹が立つ言い方は! 僕の悪口でも言っていたらぶん殴るぞてめぇ!! |
十手 | うわぁ……っ! ご、誤解だ! 助けてくれ、タバティエール君~!! |
グラース | ……ん? なんだこのチビ。 |
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カール | …………。 |
グラース | 迷子か? どっかた入った。 ここはチビが来ていい場所じゃねぇぜ。 |
カール | …………。 |
グラース | おい。聞いてんのか? |
カール | ……ボクのおとーさんが、この学校で働いてるの。 おとーさんに会いに来たんだけど、 どこにいるのかなぁ? |
カール | おにーさん、知ってる? |
グラース | はぁ? 僕が知るわけねぇだろ。 自分で考えろチビ助。 |
カール | うーん……あ、思い出した。 ここで待ってろって言われたんだった! |
グラース | あっそう。じゃ、僕は行く。 |
カール | 待ってよ! おにーさんの持ってる銃、 かっこいいね! なんていうのー? |
グラース | ハッ。僕を知らないなんて……これだからガキは。 僕はグラース銃。フランス生まれの華麗なる ボルトアクションライフル銃さ。 |
カール | この先っちょについてる剣はなにー? |
少年は、グラース銃の先端に取り付けられている
短剣を指で示す。
グラース | ガキのくせにこれに興味があるなんて、珍しいな。 銃剣だよ。 弾がなくなった時や白兵戦で、槍みたいにして使う。 |
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グラース | 始まりは17世紀、フランスのバイヨンヌで起きた 農民同士の闘いから、偶然に発明されたらしいぜ。 |
グラース | 争いに興奮した農民が、マスケット銃の銃口に ナイフを差し込んで、相手に襲い掛かった──とか。 よっぽど相手が憎かったんだろ。撃った上にぶっ刺そうとはな。 |
カール | いや、銃と近接武器を組み合わせた武器は 16世紀にも存在していたよ。 |
カール | 例えばホイールロックピストルは、 剣、ナイフ、斧、メイス、スピアやクロスボウなどと 組み合わせて運用されることもあったんだ。 |
グラース | えっ……? |
カール | 専用の装備ではないから、 あまり使い勝手は良くなかったそうだがね。 物珍しい武器……程度の認識さ。 |
グラース | な、なんだお前? 急に雰囲気変わっ── |
主人公 | 【カール!】 【待たせてごめん】 |
グラース | ……? 〇〇? なんでお前が……え? お前がこいつの…… え??? |
主人公 | 【カールは貴銃士だよ】 【ハプスブルク家のカール5世のピストル】 |
グラース | カ、カール……!? まさかお前があの、オーストリアの貴銃士……!? |
カール | うむ。 祖国では“死神皇帝”と呼ばれているよー。 |
グラース | …………!! |
カール | こんなチビに、銃剣について詳しくご教授ありがとう。 国に帰ったら、フランスの貴銃士グラースは とんだうつけ者だと国民に知らしめておくよ。 |
グラース | なっ……!!! |
カール | ではな。 |
グラース | ま、待てーっ!! 騙したな!! 卑怯だぞ!! 卑怯だぁぁぁぁ!!! |
恭遠 | ──では20分の休憩後、 次は違う隊列で訓練を行う! |
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グラース | やあ、シャスポー。 さっきの演習では大活躍だったね。 |
シャスポー | ……! 言いたいことがあるなら、 はっきり口にしたらどうだい? |
グラース | いやいや、言葉の通りさ。 自分の注意力のなさで、 失敗しそうになったところを……。 |
グラース | あろうことか、タバティエールに 助けてもらうなんて。 2人の素晴らし~い友情に感動したよ。 |
シャスポー | …………。 |
グラース | もしも僕が同じ目にあってしまったら、 恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうだけど。 |
シャスポー | くっ……! |
グラース | はは。僕のことを不真面目だのなんだの よく言うけどさ…… お前だって足手まといじゃねぇか! |
グラース | 所詮は僕の劣化品なんだよなぁ。 お前も金属薬莢を使えるように改造して、 僕みたいになればちょっとはマシになんじゃねぇの? |
シャスポー | お前──! |
恭遠 | グラース!!! |
恭遠 | 冗談でもそんなことを言うんじゃないッ!! |
グラース&シャスポー | ……!? |
シャスポー | シャスポー。そんな言葉を気にしてはいけない。 君は君……そのままでいいんだ。 |
シャスポー | あ、ああ……? |
恭遠 | 今の自分に誇りを持って 鍛錬を積んでいけばいい。 早まるような真似は、絶対にするんじゃないぞ。 |
恭遠 | ……では、演習再開まで休んでおくように。 |
グラース | ──おい。 昼間のアレ、なんだったんだよ。 |
---|---|
恭遠 | ……間違ったことを言っていると判断したから、 訂正しただけのことだ。 |
恭遠 | 君の言うとおりにシャスポー銃を改造すれば…… そこに残るのはグラース銃だ。 |
グラース | ははっ。そりゃああいつが『僕』になるのは 気分わりーけど、あいつにとっては 型落ちのままよりかはマシなんじぇねぇの? |
グラース | だいたい、僕個人の好き嫌いの話は置いといて、 戦力的には、僕と同性能の銃が2挺になった方が よっぽど役に立つだろ。 |
グラース | 戦力が上がりゃあマスターも喜ぶだろうし、 いいことずくめじゃねぇか! あははは! |
恭遠 | だから……っ。 ……いや。 |
恭遠 | …………。 |
グラース | ……おい、 なに気味悪い顔して黙ってんだよ。 |
グラース | 冗談だっての、バーカ。 僕が2挺になるとか、勘弁だね。 話すこと無いなら帰るぜ? じゃあな! |
恭遠 | ……俺としたことが、 感情的になってしまった……。 |
恭遠 | だが……あのことは、どうしても……。 俺の中でも、未だに整理がついていないんだ……。 |
恭遠 | ──であるから、こういった時の 正しい対処法は──。 |
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グラース | (はぁ、つまんな…… 無駄だよなぁ、この時間……) |
グラース | (こんなの、後で他のヤツの取ったノートと 教科書見れば理解できるし……) |
グラース | (っていうか……) |
邑田 | ふぅ……。腹が減ったのぅ……。 |
グラース | (すげぇ腹の音。どんだけ腹減ってんだよ) |
邑田 | のう、そなた。 なにか食料を持ち合わせてはおらぬか? |
グラース | ……は? 僕? いや、持ち歩いてるわけねぇだろ。 |
邑田 | そうか……仕方ない。 ならばこの非常食を、食すとするか。 |
グラース | いや、なんだよソレ! |
邑田 | 知らんのか? ちくわだ。 では、頂戴する。 |
グラース | は、はぁ~っ!? |
邑田は懐から棒状の物体を取り出し、
むしゃむしゃと食べ始めた。
恭遠 | ──となる。 では今から、その一例をあげて──。 |
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邑田 | ……うむ、うまし。 この適度な歯ごたえがたまらんな。 |
邑田 | う~む、止まらん。 はむはむ……もぐもぐ……。 |
グラース | (じ、授業中にこんな堂々と……! こいつ、正気か?) |
グラース | (しかし……なんていうか…… この光景は…… 妙にぞわぞわして、見てらんねぇような……) |
グラース | (それにどこか、見覚えがある…… ……っ!! そうだ!!) |
グラース | (グラース銃は晩年、銃身が短く切り落とされて 擲弾発射器(てきだんはっしゃき)に改良されたものも 多くあった……!) |
グラース | (ちくわが食べられていく様子が、 あの時の……銃身を切り落とされる恐怖を 思い起こさせるんだ……!!) |
在坂 | ──在坂も空腹だ。 腹を満たすために食事をしよう。 |
邑田 | ああ、ちくわならまだある。 思う存分食すといい。 |
在坂 | 銃身と似てるが、鉄の味はしない。 鉄みたいに硬くないので、 在坂は噛み切りやすい。 |
グラース | 銃身……お、おい! やめろ! |
在坂 | このふにゃふにゃな姿は、 高温にさらされて溶けた銃身のようで 在坂に哀愁を感じさせ──。 |
グラース | だから……やめろって言ってるだろ! 僕の前でちくわを食うな~!! |
こうして、授業中に響き渡った
グラースの叫びにより──。
かのグラース様の弱点はちくわ、
という不名誉な噂が、
士官学校内で広まってしまうのだった。
タバティエール | 〇〇ちゃんも、大変だな。 作戦から戻ってきて、すぐ授業なんて── |
---|---|
ラッセル | 〇〇君! ──おや、タバティエールも一緒か。 これはちょうどいい。 |
ラッセル | タバティエールは、 ルベルというフランスの銃を知っているかい? |
タバティエール | おう、もちろん。 それがどうかしたのか? |
ラッセル | 実はそのルベルが手に入ったんだ。 理事長は召銃を試みてはどうかとおっしゃっている。 |
ラッセル | 早速、受け取りに行ってくれ。 応接室に持ってきてもらってるから。 |
タバティエール | ……ルベル、か……。 そいつはまた、面倒なことにならなきゃいいんだが……。 |
主人公 | 【……タバティエール?】 【どうかした?】 |
タバティエール | いいか? ルベルのこと、 グラースにだけは、絶対に知られるなよ。 |
主人公 | 【いいけど……】 【どうして?】 |
タバティエール | ……今は……何も言えない。 証拠はないからな……。 |
タバティエール | とにかく、早いとこ、 ルベルを受け取りに行ってやんなよ。 |
??? | ……ルベル……。 |
---|
主人公 | 【失礼いたします】 【ルベルを取りに来ました】 |
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ゾーイ | ええ、それでしたらこちらに──あらっ!? |
ゾーイ | な、ないわ!? さっきまでここに保管していたのに!? |
ゾーイ | 嘘でございましょう……!? 一体なぜ……! |
ゾーイ | い、一緒に探しますわよ! 銃がひとりでに動いて消えるわけありません。 きっと見つかるはずですわ……! |
──後日。
タバティエール | おっ、〇〇ちゃん。 おはよう。調子はどうだい? |
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主人公 | 【ルベル、見つからなかった】 【ルベルの行方を知ってる?】 |
タバティエール | あー……。そうか……。 |
タバティエール | 俺が言ったこと、気にしてるんだな。 ……いや、俺もはっきりしたことは言えないんだが……。 |
タバティエール | フランスにいた頃、似たことがあった。 レザール家が取り寄せたルベルが、 ある日幻みたいに消えちまったんだ。 |
タバティエール | これはただの勘にすぎないから、 何も確証はないんだが……。 俺は……グラースが、関わってるんじゃないかと思ってる。 |
タバティエール | グラースがルベルを恨んでるのは確かだ。 ルベルの出現によって、 グラースが旧式化したわけだからな。 |
タバティエール | シャスポー銃の弱点を克服したって、 華々しく活躍したグラース銃だったんだが……。 |
タバティエール | ルベルは……一気に時代を進めるくらい画期的でな。 グラース銃が10年ちょっとの短い期間で、 旧式扱いされるようになった原因の1つだ。 |
タバティエール | だから、ルベルが貴銃士になることを グラースが阻もうとしている…… その可能性はなくはないんじゃないかとな。 |
グラース | ──おい、2人して何を話しているんだ? |
タバティエール | うわっ!! |
タバティエール | グラース!? い、いや、別になんでもない! なっ? 〇〇ちゃん! |
主人公 | 【……う、うん!】 【なんでもないよ!】 |
グラース | そう? 暇ならさ、3人でお茶にでもしようぜ。 |
タバティエール | あ、ああ。 じゃあ、食堂か中庭に行くか……。 |
グラース | ……フッ……。 |
グラース | (ここにルベルなんて必要ねぇんだよ。 永遠に、な……はははっ!) |
──その後、『消えたルベル』の話は、
学園七不思議の一つとして
数えられるようになったのだった……。
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