これは遠い記憶の欠片。ドイツでの、彼らの物語の前日譚。
兄として指揮官補佐として、常に完璧たろうとするエルメ。けれど『人間らしい振る舞い』は、ある日突然限度がくる。
「もうこのまま、銃になってしまいたい……」
鉄の日。すべてをかなぐり捨てて鉄になる日。残念ながら、体は捨てられないのが難だけど──
ん、いやなんで怒るの?なんで?
だって鉄が服着てたら変だろう?
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
これはまだ、〇〇が『おじさん』に会うために
ドイツへと向かうより前の、連合軍ドイツ支部での話──。
エルメ | 今日もアウトレイジャーに苦戦したね。 対人と対アウトレイジャーでは戦い方がまるで違うし、 いきなり出てこられると損害が大きくなる。 |
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ドライゼ | ああ。どこにアウトレイジャーが出ても 速やかに対応できるよう、貴銃士の配置を 今一度組みなおす必要がある。 |
エルメ | そうだね。 ジグが1人でちゃんとセーブして戦えれば、 俺ももう少し自由に動けるんだけど……。 |
作戦会議が進む中、
部屋の扉をノックする音があった。
ドライゼ | 入れ。 |
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兵士 | ──失礼いたします! |
ドライゼ | ……っ!? |
部屋に現れた兵士の軍服は、
べったりとついた血と土で汚れていた。
兵士 | 先刻の戦闘においての 我が隊の被害状況について、 取り急ぎご報告に参りました。 |
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エルメ | ちょっと。 君、怪我をしているの? |
兵士 | いえ、これは重傷者を背負って運んだためで 私の血ではございません。 |
兵士 | 報告に移ってもよろしいでしょうか……? |
ドライゼ | ……ああ。始めろ。 |
エルメ | (……?) |
兵士 | ──現時点での報告は以上です。 のちほど、報告書もまとめて提出いたします。 では、失礼いたします! |
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ドライゼ | ……ご苦労。 |
ドライゼ | ──おい! 待て! |
兵士 | はっ……!? |
ドライゼ | ドアノブが汚れている! |
兵士 | あっ! も、申し訳ございません! 掃除用具を持ってまいります! |
ドライゼ | …………。 軍の施設は、常に整理整頓し清潔に保つべきだ。 |
ドライゼ | その服ではまた他の場所を汚す。 速やかに着替えるように。 |
兵士 | Jawohl! |
エルメ | (随分と綺麗好きなんだね……) |
──それから、数時間後。
エルメ | (──ん? あれは……) |
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ドライゼ | …………。 |
ドライゼが、鬼気迫る形相で廊下に座り込んでいる。
よく見ると、先ほどの会議室のドアノブを
丹念に磨いているようだった。
エルメ | (あのあとすぐにあの兵士が戻ってきて、 地や土埃の汚れはしっかり取れていたはずなのに…… なんでドライゼがまた掃除を?) |
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ドライゼ | だめだ、汚れている……。 まだ、取れない……! |
エルメ | ……! |
エルメ | (もしかして、彼は……) |
エルメ | ──ふぅ、なんとか片付いたね。 派手に返り血を浴びてしまったけれど、 まあ良しとしよう。 |
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ドライゼ | よくやった、エルメ……。 |
エルメ | どうしたの? ドライゼ。 顔色が悪いけど。 |
ドライゼ | いや……なんでもない。 |
エルメ | そう? ……さっきの、いい指揮だったよ。 さすがはドイツ支部特別司令官だね。 |
ドライゼ | ……なんの真似だ。 |
エルメ | 互いを称えるための握手だよ。 何か問題があるかな? |
ドライゼ | …………。 |
エルメ | 今後もお互いに力を合わせていこう。 ──さぁ、手を。 |
ドライゼ | ……っ! 離れろっ……! |
エルメ | ……ああ、やっぱり。 君って、血や汚れが苦手なんだね。 |
エルメ | 自分では絶対に引き金を引かないのも、 そこに理由があるのかな? |
ドライゼ | ……! 貴様っ……! |
エルメ | ははっ、ごめんごめん。 別に言いふらそうなんて思ってないから、安心して。 |
ドライゼ | ……っ。 |
エルメ | まさか、あの真面目で高潔で、 欠点なんてないようなドライゼに こんな弱点があったとはね……。 |
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エルメ | ははっ……! |
兵士 | エルメ特別司令官補佐! ジーグブルートさんが……! |
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エルメ | ん? ジグがどうしたの? |
兵士 | とにかく大変なんです! 急いできてください! |
エルメ | ──で、理由は? |
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ジーグブルート | …………。 |
エルメ | 黙っていたらわからないでしょ。 何も言わないってことは、特に理由なく、 兵士たちに殴りかかったということなの? |
ジーグブルート | ちげーよ! ……くそっ。 |
ジーグブルート | ……あいつらが胸クソ悪ぃ話をしてたのを たまたま聞いたんだ。 |
エルメ | へぇ。どんな? |
ジーグブルート | ドライゼが部下思いだとか、 エルメはどんな時も頼りになるだの てめぇらがいればドイツ支部は安泰だの……。 |
ジーグブルート | それだけなら、別にどうでもいいくだらねぇ感想だ。 だがよ……。 |
ジーグブルート | あいつら、俺のことを貶しやがった! 性格も態度もよくねぇだとよ。 俺の100分の1も使えねぇザコの分際で! |
エルメ | (……間違った評価だとは思わないけど) |
ジーグブルート | しまいにはあいつら……! |
ジーグブルート | よりにもよって、この俺を 『ドライゼやエルメの足を引っ張る欠陥銃』だとかぬかしやがった! |
エルメ | ……はぁ。 |
エルメ | 君が殴った兵士は、軍医が治療中だよ。 なんとか意識はあるけど、設備が整った病院へ 移送しなきゃいけなくなるかもしれない。 |
エルメ | 兵士たちが言うには、彼が「やめてくれ」と懇願しても、 君は執拗に殴り続けたらしいね。 これは事実? |
ジーグブルート | 知るか。痛ェのが嫌で喚いてただけだろ。 こっちが大人しくやめたところで、 あいつらは余計にグダグダ悪口言うんだよ。 |
ジーグブルート | 二度と口が利けないくらいに締め上げとかねぇと。 |
エルメ | あのね、むやみに兵士を殴ってはいけないんだよ。 軍の規律が乱れるだろう? |
ジーグブルート | ああ? なら、あいつらの暴言を見過ごせって言うのかよ!? |
ジーグブルート | 俺は欠陥銃なんかじゃねぇってのに。クソが! |
エルメ | うーん……要するに、 悪口を言われて頭にきたから殴ったってことだよね。 |
エルメ | ジグ、俺たちは銃、貴銃士だよ。 感情に振り回されて動くなんて、 銃として失格だと思わない? |
ジーグブルート | …………! |
エルメ | あ、ジグ──。 |
エルメ | はぁ……わからないな。 |
エルメ | ジグはどうして、 人間みたいな振る舞いをするんだろう。 感情に任せて、冷静さを失って……。 |
エルメ | 銃は銃。 人間の姿をとるようになったところで、 真の意味では人間にはなれないのにね。 |
??? | あ、あの……。 |
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エルメ | ああ、ゴーストかな。 どうぞ、入って。 |
ゴースト | 失礼、します……。 |
エルメ | それで君は、どうして俺に呼ばれたのかわかる? |
ゴースト | えっ……! ……いや、さっぱり……。 |
エルメ | そうか……。 |
エルメ | 君が召銃されてから、しばらく経ったけど…… なんだか、戦いにくそうにしていたから。 何か理由があるなら、解決しておくべきだと思ってね。 |
ゴースト | それは……ええと……。 お役に立てず……すんません……。 |
エルメ | 君は、自分がどうすれば戦いやすくなると思う? |
ゴースト | ……そもそも俺、は…… 試作で終わった銃で、実戦向きじゃないから……。 |
ゴースト | 湿気に弱いし、暴発することもあるし…… 弾もべらぼうに高いから、あんまり撃つのも……。 |
エルメ | 君の性能については、当然知っているよ。 なんてったって君は、俺の後継になり損ねた子だから。 |
ゴースト | す、すんません、義兄さん……。 |
エルメ | 性能のことは今はいいんだ。 ゴースト、君は貴銃士なんだから、 貴銃士としての戦い方を身に着ければいいだろう? |
エルメ | 戦い方に注意は必要だけど、絶対非道もある。 銃としての優秀さと、貴銃士としての強さは、 また少し違う問題だ。 |
エルメ | 君だって、きちんと自分なりの戦い方を見つければ、 十分に戦力になれると思うのだけれど。 |
ゴースト | ……それは、義兄さんが優秀だから思うこと……だ。 俺、は……そんな風に器用には……。 |
エルメ | 言い訳はいいから。 任された仕事はきっちりしてほしいな。 |
ゴースト | ええっ……。 |
ゴースト | えげつなぁ…… フォローもせんと、ばっさり切りよったわ。 自分、心ないんとちゃうか……。 |
エルメ | ん……? 今、少し違うしゃべり方をしたよね? 方言とか訛りってやつかい? |
ゴースト | え、あ、いや……。 |
エルメ | 癖がある口調だけど、何に由来してるのかな? |
ゴースト | ……き、聞き間違い、じゃないか……? |
エルメ | ううん、それはない。 どうして隠すのかな? 理由でもあるの? |
エルメ | あ。もしかして…… 君が言葉に詰まりながら話すのは、そのせいなのかな? それなら── |
ゴースト | ちょ、待っ……も、もう面談の趣旨とか 関係ないやないか……。 |
エルメ | あ、それそれ。 もっといろいろ話してみてよ。 |
ゴースト | いや、その……ド、ドライゼ……! |
エルメ | ……あ、逃げた。 |
ゴースト | ドライゼはどこや……。 はよあいつを止めてくれ……! |
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ドライゼ | 作戦は以上だ。 エルメ、お前から見て問題はあるか? |
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エルメ | あ……うん、いいんじゃないかな。 |
ドライゼ | 集合は早朝だ。 しっかりと準備しておけ。 |
エルメ | …………。 |
ドライゼ | エルメ? |
エルメ | ん……? ……ああ。 |
ドライゼ | …………。 これは……そろそろいつもの『アレ』か……? |
ドライゼ | …………。 |
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ドライゼ | (エルメが来ないということは…… まさか──) |
ドライゼ | おい、エルメ! 起きているか? |
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ドライゼ | はぁ……やはりか。 おい、入るぞ。 |
エルメ | …………。 |
ドライゼ | お前……。 軍服もマントも、またこんな脱ぎ散らかして……。 |
エルメ | 銃に、服なんて必要ない……。 |
ドライゼ | お前というやつは……! |
エルメ | ……何もかも、どうでもいい……。 |
ドライゼ | せめて何か着ろ! ベッドへ行け! |
エルメ | なんで……? 俺はこのままで……なんの支障もない。 |
エルメ | 今は動きたくないんだ……。 気に障るっていうなら、君が勝手にすればいい……。 |
ドライゼ | ……はぁ……。 |
ドライゼ | ほら服だ。 せめて着るぐらいは自分でやれ。 |
エルメ | はぁー……ドライゼ、何か食べ物持ってきて。 寝たままで、あんまり噛まずに食べられるもの。 |
ドライゼ | 何を言うかと思えば…… 今のお前の姿、弟たちが見たら泣くぞ。 |
エルメ | いやいや……ジグとゴーストに何か言ったら…… 俺も、君の秘密をみんなに話しちゃうよ……? |
ドライゼ | なっ……! ……こんな状態でも、タチが悪いな。 |
ドライゼ | とにかく食事を運んでくるから、 それまでに顔を洗え! 髪を整えろ! |
エルメ | えー……。 |
ドライゼ | それすらもできないようであれば、 俺はもう面倒を見きれんぞ! |
エルメ | あーあ。わかった、わかったよ……。 |
──これが、連合軍ドイツ支部の
エルメの部屋で、毎月不定期に繰り広げられている、
極秘の日常風景である。
エルメとドライゼが、
〇〇の貴銃士となり、
度々士官学校に来るようになってからのこと──。
エルメ | 貴銃士は銃、考える鉄。 俺は召銃されてこの身を持ったけれど、 人間として扱われたいわけじゃない。 |
---|---|
エルメ | もちろん、あなたからもね……マスター。 |
エルメ | マスター、訓練お疲れ様。 今日は暑いね……。 ちゃんと水分補給をしなきゃだめだよ。 |
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エルメ | ──って君に注意したら、 なんだか俺も喉が渇いてきた。 えっと、俺のボトルはどこだっけ……。 |
主人公 | 【これをどうぞ】 |
エルメ | ……ん? なんで、オイル? これは銃のメンテナンスに使うものだろう……? |
主人公 | 【エルメは銃だから】 【人間扱いされたくないって……】 |
エルメ | ……もしかして、この間俺が言ったこと? それで、銃の水分補給ならオイルって考えたわけか。 |
エルメ | ふ……あはははっ。 君って時々馬鹿正直というか、 突拍子もないことをするね。 |
エルメ | 確かに人間扱いは無用だと言ったけれど…… 今の俺って、一応人間の体を模しているわけだから。 |
エルメ | 肉体に関しては、食事とか睡眠とか、 人間と同じようにケアしないと駄目だと思うんだよね。 |
エルメ | さすがに、貴銃士の身体でオイルを飲んだりしたら、 無事でいられるかわからないし……。 ほら、マークスだって、時々お腹を壊してるだろう? |
エルメ | つまり、そういうこと。 まぁ、俺をきちんと銃として認識してくれてるのは、 嬉しいんだけどね。 |
エルメ | …………。 |
エルメ | ははっ……それにしても、 ここでさっとオイルを出してくるなんて……。 |
主人公 | 【ごめん】 【勘違いしてしまった】 |
エルメ | 一瞬何事かと思ったけど、面白かったし、 気持ちはありがたく受け取っておくよ。 |
エルメ | このオイルも、銃のメンテナンスに ちゃんと使わせてもらおうかな。 |
エルメ | ありがとう、〇〇。 これからも、俺が『考える鉄』だってこと、忘れないように。 よろしくね。 |
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