十手は、雨夜の境内に煩悶する。
目覚める価値も、資格もない偽物が、なぜ貴銃士として目覚めたのか。
……そう問い続ける限り、彼にとっての真実を、彼がまだ知ることはない。
真実は、醜い。過去は何処までも追い縋り、俺の偽りを暴き晒す。
……それでも、ただ一度、眼を澄ませて見ればよかったのだ。
俺の真(まこと)は何処にある?
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
十手 | 今日はありがとう、ジョージ君。 これで買い出しは全部終わったよ。 |
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ジョージ | You’re welcome☆ オレも色んな店を回れて、ワクワク── |
ジョージ | ──んん? |
町人1 | だから! 俺は、んなことしてねぇって言ってるだろうが! |
町人2 | んだと!? てめぇ、しらばっくれやがって……! もう許さねぇ! |
町人1 | ぐっ……! こ、この野郎……!! |
ジョージ | なんだなんだ!? あいつら、取っ組み合いのケンカし始めたぞ! |
十手 | ありゃ、血を見そうだ。止めないと! |
十手 | 待たれよ! お前さんたち! とにかく落ち着いて、冷静に話し合いをだな……。 |
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町人1 | あ? なんだてえぇら! 離せ! |
町人2 | 関係ない奴は引っ込んでな! |
ジョージ | いや、こんなの見過ごせないぞ! 暴力はダメだっ! |
町人2 | うるせぇ! 邪魔するんじゃねぇ! |
十手 | やれやれ、すっかり頭に血がのぼってるみたいだ。 ひとまず引き離して──。 |
連合軍兵士 | ──そこの者! 直ちに2人から離れるんだ! |
ジョージ | ……へ? それってオレたちのこと? |
連合軍兵士 | お前たちしかいないだろう! 今まさに、暴力をふるわんとしているではないか! |
十手 | ちょ、ちょっと待ってくれ。 見ての通り──自分は同心だ! |
十手 | えーっと、十手……って言ってもわからないか!? ほら、与力や同心の身分証で、 暴漢を取り押さえるのにも使える武器でもあって── |
ジョージ | それに、ただの十手じゃないんだぜ! 仕込み銃なんだ。すごいだろ☆ |
連合軍兵士 | なっ……仕込み銃だと!? 市街地でそんなものを持ち歩くとは……! |
連合軍兵士 | 危険だ! シールドを用意するんだ! 取り押さえろーっ!! |
十手 | なっ……!? |
ジョージ | Oh……えらい目にあったな……。 本当に捕まるかと思ったぞ……! |
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十手 | は、はは……。 周りの人が『喧嘩を止めようとしていただけ』だと 証言してくれたおかげで助かったな……。 |
十手 | この十手を見せれば、 丸く収まると思ったんだが……参ったよ。 |
十手 | こっちでは十手を知ってる人なんてなかなかいないし、 これが与力や同心の身分証でもあるなんて、 なおさら知られているはずない、かぁ……。 |
十手 | 口に出すまで、すっかり失念していたよ。 |
ジョージ | ヨリキヤドーシン??? |
十手 | ははっ、そうじゃないよ、「与力」と「同心」。 俺の昔の持ち主は、江戸の同心だったんだ。 |
十手 | 同心ってのは、今で言う警察とかみたいなものさ。 江戸の街にはびこる悪を成敗するお役目で、 江戸の人々から頼りにされてたんだ。 |
ジョージ | へぇ~! 正義の味方ってことか! カッコいいなあ! |
十手 | ああ。自分の仕事に誇りを持って、 お江戸のために働く彼らは格好良かったよ。 |
ジョージ | それでなんで十手が身分証になるんだ? 名前でも書かれてるのか? |
十手 | 十手は、与力や同心にしか与えられないものだから、 十手を持っているということは、 奉行所で働いていることを示す証明になったんだ。 |
十手 | 自分は同心だぞ!って名乗る時に、 この十手を掲げて見せたんだ。 そうすると悪人どもはヒェ~ッと震え上がるのさ。 |
ジョージ | そーかそーか、さっき十手を見せたのは、 そーいうことだったんだな。 |
十手 | ああ。でも、ここ英国じゃ通用しないみたいだから、 これからは気をつけないとなぁ……。 |
ジョージ | だな! 十手が捕まったら困るから、オレも気をつけるぜ! |
十手 | ええっ!? ジョージ君も気をつけてくれるのかい? まったく、君は優しいなぁ……アッハハハ! |
十手 | ……フム……これでよし、と。 |
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ジョージ | ん? 十手。 なんだ、そのペラペラしたやつ? |
ライク・ツー | ……木の皮、か? そういや、戦場で何か使ってるのを見たことあるな。 |
十手 | ああ、これは『附木(つけぎ)』と言うんだ。 杉や桧の薄片の一端に、硫黄を塗りつけたものでね。 種火から火を移す時に使うんだ。 |
十手 | 昔は、これを売り歩く人を 『附木売』なんて呼んでいたんだよ。 |
ライク・ツー | ふーん…… ああ、そうか。これを銃の点火に使ってたのか。 |
十手 | ああ。俺の十手鉄砲は『指火式』と言って、 手に直接火種を持って、 火門に押し付けて着火するんだ。 |
十手 | まず弾や火薬を込めるだろう。 次に着火装置から附木に火をつけて、 それで着火、発砲だ。俺にとっちゃ必需品なわけさ。 |
ジョージ | へ~! オレの銃で使ってる火打石とは、全然違うな! |
ライク・ツー | ま、そうだろ。 指火式は一番原始的な点火方法だからな。 |
ライク・ツー | 戦いの最中に火種持ち歩くのがマストで、 片手が塞がるとか不便すぎるから、 ジョージみたいなフリントロック式に進化したんだろ? |
ライク・ツー | まあ、それも、 雨で火薬が濡れたら使い物になんねーってわかって── |
ライク・ツー | じゃあ今度は薬莢の中に雷管を取り付けて…… って感じで、銃は進化を続けてんだ。 |
ジョージ | Wow……ソーダイな歴史の流れを感じるぜ! |
ジョージ | ってことは、十手は 一番昔っからのやり方を続けてるってことだ! 古き良きってやつだな! COOL! |
十手 | 古き……ま、まぁ、そうだな……。 |
ライク・ツー | ジョージの勉強に役立ってよかったな。 戦場では、どう考えても役に立ちそうにねーけど。 |
十手 | うっ……は、ははは……。 |
ジョージ | よーし! 買い物、終ーわりっと! みんな、買い残したものはないかー? |
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八九 | ああ。十手に店を案内してもらって助かったぜ。 これでしばらく引きこもれる……! |
十手 | はは……健康に悪影響が出ないよう、ほどほどにね。 |
十手 | よし、そろそろ帰ろうか。 マークス君も、それでいいかい? |
マークス | ああ……俺も買い終わった。 マスターには、この入浴剤を渡そうと思う。 これで少しでもマスターの疲れが取れたらいい。 |
十手 | うん、きっと喜んでくれると思うよ。 じゃあ── |
町人 | 泥棒! 待ちなさいーっ! |
十手 | んっ!? |
十手 | おかみさん、泥棒はどいつです!? |
町人 | あ、あの男よ! 緑のコートの……! |
ジョージ | わかった! すぐ捕まえてやる! |
十手 | ジョージ君、マークス君、ここはあの手でいくぞ! |
ジョージ&マークス | おう! |
ジョージ | 待てー! 泥棒ーっ! 人を悲しませるのは許せないぞ! |
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八九 | はぁ、はぁ……走るの、だるすぎ……。 |
泥棒 | くっ、しつこいやつらだ……! だが、地の利はこっちに……なっ!? |
マークス | お前を待ってたぜ。 必殺──挟み撃ち! |
十手 | 御用だ御用だ! 神妙にお縄につけーいっ!!! |
泥棒 | は……? ゴヨー……? |
十手 | うっ! 全然通じて、ない……っ! |
八九 | うわぁ……決め台詞が伝わらねぇとか…… つれぇ……。 |
ジョージ | 盗まれたもの、返せてよかったな! 泥棒も、マークスがささーって連行してくれたし。 かっこよかったぞ! |
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マークス | 俺は、早くマスターのところに帰りたいだけだ。 買ってきた入浴剤を渡したいからな……。 |
ジョージ | HAHA! マークスらしいな。 |
マークス | そういえば……あの言葉、どういう意味だったんだ? 『ゴヨウダ!』とか『オナワニツケ』とか……。 確か、召銃された時にも言ってたな。 |
十手 | あ、ああ。えっと……こっちの言葉で言うと 『逮捕する、おとなしく従え』 みたいな感じの意味になるかな。 |
ジョージ | おっ! それって前にも言ってた、 ドーシンのセリフか? |
ジョージ | やっぱりドーシンは、正義の味方なんだな! それで、捕まえた後はどうするんだ? |
十手 | その後は『与力』の出番だな。 奉行所に務める侍は、同心の他にも 与力という身分があるんだ。 |
十手 | どっちもいわゆる上級身分なんだけど、 与力の方が立場は上で、同心は部下なんだよ。 |
十手 | 与力は主に事務仕事や公的調査が中心で、 実質、裁判官的な役割も担っていたんだ。 裁判官兼検察官兼検視官……みたいな感じでね。 |
ジョージ | ん……んん……? ケンサツ……ケン……? |
十手 | それに対して、同心は主に町の見回りや現場での 大立ち回りを行う……現場処理中心の武士って感じかな。 戦闘なども、同心が主に行うよ。 |
八九 | ほー。現場で悪者しょっぴいてくんのが同心で、 裁いたりすんのが与力ってことか。 |
十手 | その通り。 とはいえ、正確に言うと、色々と細かい話があるんだが……。 とりあえずは、そう覚えてておいてくれ。 |
八九 | しっかし……んな小難しいこと、よく説明できるよな。 同心のこと、よっぽど好きなのか。 |
十手 | ああ! 俺のかつての持ち主も、同心で…… 人情に篤く、悪に厳しい立派な御人でな……! |
ジョージ | うんうん! ココじゃ言葉が通じなくても、 その人みたいにドーシンらしく頑張っていけばいいさ! |
十手 | ジョージ君……ああ! ありがとう……! |
マークス | 前の持ち主を思うのは勝手だが、 マスターに迷惑はかけるなよ。 ほら、とっとと帰るぞ。 |
十手 | あ、うん……すまない……肝に銘じるよ……。 |
八九 | うわ……空気読まないマジレスで正論攻撃とか…… あいつ、容赦ねぇな……。 |
十手 | う~ん……これこれ、これだよなぁ……! くぅ~っ! |
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十手 | この味噌の香りが たまらなく食欲をそそるんだよなぁ……! さてと、いただきますっ! |
シャルルヴィル | 十手さん……何食べてるの? |
グラース | なんだそれ。 赤い実以外彩りが悪い、貧相な飯だな。 |
十手 | いやいや、何を言うんだい!? 炊きたての白飯に、具だくさんのみそ汁……! それに、大粒の梅干しがなんと3つも! |
十手 | なんとなんとさらに、アジの干物までついてる! これ以上ないごちそうだよ。 |
シャルルヴィル | へ、へぇ……。十手さんが本当にそう思ってることは、 顔を見ればよくわかるけど……。 |
グラース | 僕は納得いかねえな。 牛肉の赤ワイン煮込みのほうが美味いに決まってる。 なんでわざわざ、そんなシケたもん食うんだよ。 |
十手 | う、うーん…… もしかしたら、俺の元の持ち主だった同心に 影響されているのかもしれないな。 |
十手 | かつての持ち主は、侍の中では比較的下級のお人でね。 あたたかい白飯も毎日毎食 食べれるものではなかったんだよ。 |
十手 | だからこれにおかずが加われば、 何かの祝い事となる程だったのさ。 |
シャルルヴィル | ええっ! ずいぶん辛い暮らしをしてたんだね……。 あ、でも、フランスもボクが生まれた18世紀ごろなんて、 一般市民の食事は粗末だったかも……。 |
十手 | ああ。今と昔を比べると、昔の食事はとても質素だ。 でも、だからこそね、結婚したり、子供が産まれたり…… そんな祝いの日に囲む美味しい食事は、ことさら特別だ。 |
十手 | その時の、持ち主たちの幸せな気持ちに 思いを馳せながら取る食事は、悪くないものだよ。 |
グラース | ふーん。貧乏人の考えることはわかんねぇ。 ま、どってにしても、 味も質もフランス料理の圧勝に決まってるな。 |
十手 | いやいや、白米の美味しさを舐めないでくれ。 炊き立ての白米と梅干しの組み合わせは素朴だけど、 素材の味が生きていて最高に美味いんだよ!! |
十手 | いいかい、こうして、梅干しをちょいと乗せて…… う~ん、やっぱりウマイっ!! か~~~っ! 和食は最高だぁっ! |
シャルルヴィル | そ、そこまで? ごくり……。 |
十手 | ああ! 試しに食べてみるかい? これが梅干しだよ! |
グラース | ……そこまで言うなら一口ぐらい試してやるよ。 |
シャルルヴィル | ボクも~! |
十手 | あっ! 待て待て、梅干しを丸ごと食べたら── |
グラース&シャルルヴィル | …………。 |
グラース&シャルルヴィル | すっぱ~~~~~っ!! |
十手 | ああ! やはり……! |
グラース | ぐわああ~~~~! 水~~~~~! |
シャルルヴィル | こんなすっぱいものが『ごちそう』だなんて…… 和食って変わってるんだね……。 |
十手 | (しまったぁー……誤解させてしまった……!) |
──ある日の士官学校では、
近接戦闘の訓練が行われていた。
恭遠 | ──次! 始め! |
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生徒 | やああああっ! |
十手 | (ナイフの大振り……それならっ!) |
生徒 | くっ……!? |
十手は、十手の鉤型(かぎがた)でナイフを絡め取り、
対戦していた生徒の胸元を突く。
すると相手は呼吸を乱して、体勢を崩し──
十手 | そこだ! |
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生徒 | ……っ! |
隙をついた十手は、
そのまま柔術で相手を制圧した。
十手 | ふぅ……あ! 君、大丈夫かい? 怪我は? |
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生徒 | あ、いえ、全然! ……あの、ありがとうございました! |
八九 | すげぇ……。 十手術って、本当にあったのか……! |
十手 | あ……八九くん、見ててくれてたのか。 |
八九 | なぁ、今のが十手術ってやつか? 噂では聞いたことがあったけどよ、 マジであんなふうに取り押さえられるもんなんだな。 |
十手 | ……いや、そんな大したものでは……。 |
八九 | なぁ、もう一回見せてくれよ! |
十手 | そ、そうかい? じゃあ……他にも、こういう型があって──。 |
八九 | おお……! |
十手 | こんなのとか……。 |
八九 | おおお……! |
十手 | ……良ければ八九くんもやってみるかい? |
八九 | えっ、俺!? ……ま、まあ……? せっかくの厚意を断るのもあれだしな……。 |
十手 | うん、やってみよう! 構えはこんな感じで──。 |
邑田 | はて…… 斯様な十手術など、江戸時代にあったものかのう……。 |
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在坂 | ……? |
邑田 | ……いや、ただの独り言よ。 |
八九 | ──おお、なかなかいいんじゃね!? |
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十手 | そうそう、その調子……! |
邑田 | ふむ…… まぁ、わしが知らぬだけという可能性もあるし、 武術として使えるなら、よしとしておくか……。 |
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