これは遠い記憶の欠片。ベルギーでの、彼らの物語の前日譚。
ファルが無意識に叩いた鍵盤の音は、『その日』を境に変化した。
幸か、不幸か。解放か、喪失か。
その変化の意味は、誰にも規定できない。
虚を突いた、残響。
空に響いた、誰かの音。
もう、ここにはなにもない。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
7念前──
革命戦争最終決戦後、イレーネ城にて。
ファル | 皆さんまとめて地下牢に案内してさしあげますよ。 ふふふ……。 |
---|
不敵に笑う男を
レジスタンスたちがじっと見据える。
そして、銃声が鳴り響き──
──その日から、幾年もの月日が流れた。
ファル | …………。 |
---|---|
ファル | ……、……。 |
??? | 目覚めたか、KB FALL。 |
ファル | …………。 |
ファルが目覚めて始めて目にしたのは、
こちらを見下ろす見知らぬ女の冷たい視線だった。
次に、俯いて自分自身を見る。
椅子に座らされ、縄で縛り付けられていた。
ファル | ……ええ。この通り。 ところで、あなたは? |
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ファルのマスター | 私はお前のマスターだ。名を教える必要はない。 |
ファルのマスター | これからいくつか確認をする。簡潔に答えろ。 |
ファル | …………。 |
ファルのマスター | 『KB FALL、コードネームはファル。 世界帝の貴銃士として目覚める』 |
ファルのマスター | 『同じく世界帝の貴銃士である……通称「アインス」の 補佐兼世界帝現代銃のナンバー2として 世界帝の名のもとに暴虐の限りを尽くす』 |
ファルのマスター | 『レジスタンスに現れたマスター、貴銃士と 幾度も交戦。最終的に本拠地であった 世界帝軍本部・イレーネ城にて激突し、敗北』 |
ファルのマスター | 『世界帝敗北後は、他の現代銃ともども回収され 最終的に製造元となった国へ返還された』 |
ファル | (……!) |
ファルのマスター | ──以上が、お前の経歴で間違いないな。 |
ファル | ……そうですね。 おおよそは私の認識と合致しています。 ただ……最後のことは知りませんでしたが。 |
ファル | 成程。我々は、負けたのですね。 |
ファルのマスター | もう7年も昔のことだ。過去を知りたければ 自分で勝手に調べるといい。 |
ファルのマスター | それを知った上で、お前は── かつての主をどう考える? |
ファル | …………。 特になんとも。時代は変わるものですから。 |
ファルのマスター | では、今のお前に世界帝に対する忠誠心はないと? |
ファル | 銃ですから。 銃は、ただ持ち主に従うのみでしょう。 この場合は、現在のマスターである──あなたに。 |
ファルのマスター | ……いいだろう。 |
女が指を鳴らすと、スーツの男が入ってきて
ファルを縛っていた縄を解いた。
ファル | 質問は以上ですか? |
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ファルのマスター | ああ。 ──ついて来い。 |
ファル | ……ふぅ。 出会い頭にずいぶんと不躾ですね。 |
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ファルのマスター | 世辞や遠慮が必要とでも? |
ファル | いいえ。そういうものは反吐が出るほど嫌いです。 |
ファルのマスター | そうか。私もだ。 |
ファル | ──で、これからどこへ連れて行かれるのですか? |
ファルのマスター | ここだ。 |
女が扉を押すと、そこは広い工場のようだった。
作っているものは──銃器だ。
ファル | ここは……。 |
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ファルのマスター | お前ならどこかわかるだろう? |
ファル | ええ。……私の生まれ故郷です。 |
ファルのマスター | そうだ。お前は世界帝の下で働いていた経歴が あるとはいえ、もとはKBエースタル社── ここ、ベルギーで生まれた銃だ。 |
ファルのマスター | これからはお前の力を、 祖国ベルギーのために存分に使ってもらうぞ。 |
ファル | (…………) |
ファル | ……なるほど。 私はベルギーの貴銃士として、召銃されたのですね。 |
ファルのマスター | そうだ。 私は政府からお前を任された身。 |
ファルのマスター | ……返事をしろ。 祖国に仕える気はあるか? |
ファル | フッ……私の“気”など。 先ほども言いましたが私は銃。 持ち主に従うまでですよ。 |
ファル | 世界帝に召銃されれば、特別幹部として振る舞う。 あなたに召銃されれば、祖国のために働く。 なんら変わりはありませんね。 |
ファル | ……ですが……ここはレジスタンスが勝利した 世界なのでしょう? 元世界亭の貴銃士である 私を呼び出して、そんなメリットがあるのでしょうか。 |
ファルのマスター | それに答えるには……まず前提として、 ベルギーの現状を教える必要があるな。 今現在、ベルギーは国際社会において非常に厳しい立場にいる。 |
ファル | かつて世界帝のもとで、 兵器を製造していたからですね。 |
ファルのマスター | ああ。 ベルギーは世界連合に加盟する他国からの信用が薄く、 国家として独立して間もないため国力も弱い。 |
ファルのマスター | よって、ベルギー政府はこの現状を打破し、 信頼回復に務めたいと思索している。 |
ファルのマスター | 私たちはその一端として、 アウトレイジャーの討伐を請け負うことになった。 |
ファル | アウトレイジャー……? |
スーツの男 | 失礼します。 ──様が……──にて……。 |
ファルのマスター | 了解。すぐに向かうと伝えろ。 |
ファルのマスター | ファル。私は急用ができた。 命令がくだるまで、部屋で待機するように。 その男に案内をさせる。 |
ファル | ええ。 |
去っていくマスターの背中を見ていると、
……ふと、ファルの脳裏に
先ほど聞いた言葉が頭をよぎった。
ファルのマスター | 『他の現代銃ともども回収され 最終的に製造元となった国へ返還された』 |
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ファル | マスター! |
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ファルのマスター | ……? |
ファル | そういえば、他の現代銃…… アインスやエフは今どこにいるか、 マスターはご存じなのですか? |
ファルのマスター | お前が知る必要はない。 |
ファル | …………。 |
ファル | それもそうですね。 |
ベルギーにて召銃されてから、
しばらくが経ったある日──
ファルは遠方のアウトレイジャー討伐の任務から
戻ってきていた。
ファル | (まずは帰還の報告に……ん?) |
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ミカエル | ──おや、久しぶりに見る顔だね。 |
ファル | た……っ……。 |
ミカエル | ……「た」? |
様子を確かめるように、
ミカエルの手がファルの頬へと伸びる。
ミカエル | どうしたのかな、ファル。 |
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ファルはその手を軽く払うと、ため息をついた。
ファル | ……やめてください。 |
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ファル | ふぅ……声の出し方を忘れてしまっていたようです。 もう10日も声帯を使用していませんでしたからね。 |
ファル | どうにも、人間の身体を持っているということを 失念してしまいがちで。 お恥ずかしい限りです。 |
ミカエル | なるほど……きみは相変わらず、 人の体を持つ自覚が薄いようだ。 |
ミカエル | 今回のアウトレイジャー退治は大変だったみたいだね。 最後の1体がなかなか捕まらず、 追いかけっこしていたとか……。 |
ファル | ええ、さすがに一人では骨が折れました。 出来の悪い弟とはいえ、エフでもいれば まだマシだったでしょうが……。 |
ミカエル | エフ……? それは人の名前かな? |
ミカエル | きみに一緒に戦うような相手がいたなんて 知らなかったよ。 |
ファル | …………。 いえ、今の言葉は忘れ──、 |
ファル | ……っ!? |
自身の発言を取り消そうとしたとき、
突如、ファルの心臓が早鐘を打ち始めた。
ミカエル | 何か……? |
---|---|
ファル | …………。 最近、心臓の調子がおかしいようで。 |
ミカエル | ──ああ、本当だ。リズムが崩れているね。 変拍子になっている……どういうことだろう。 マスターに相談してみたら? |
ファル | いえ、大したことではありませんので。 |
ファル | では、私はこれで失礼します。 上へ報告に行かねばなりませんので。 |
ミカエル | うん、引き留めて悪かったね。 ──ああ、そうだ。そのエフという人、 そのうち僕にも紹介しておくれよ。 |
ファル | ふふ。それは難しいでしょう。 |
ドク、ドクドクッ……。
未だ不規則に鼓動する心音から、
ファルは無理やり意識を引き離す。
ファル | なんなんでしょうかね、これは……。 |
---|
薄暗い地下牢の中……
ファルの目の前には、きつく拘束され
なす術もないまま呆然とした男がいた。
ファル | 我々としては、あなたの持つトルレ・シャフの情報を 洗いざらい吐き出してもらいたいのですが……。 |
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ファル | マスターの前では、口を割らなかったそうですね。 さて、いかがいたしましょうか。 |
ファル | ああ……このペンチ、何に使うかわかります? こうして挟んで── |
男 | ひっ……! ぐあああああっ! |
ファル | おや、そんなに声を上げなくてもいいじゃないですか。 しばらくすれば、治りますよ。 こちらは、少し時間がかかりそうですけどね……? |
男 | うぐっ……もう、やめっ……! |
ファル | ふふ……大丈夫ですよ。 一本くらいなら、歩くのに支障は出ませんから。 安心してくださいね。 |
男 | ……っ! た、助け……! うわぁあああああっ! |
ファル | …………。 |
ミカエル | おや、ファル。また面談かい? 変拍子は治ったみたいだね。 |
---|---|
ファル | ……はい? |
ミカエル | きみの心臓だよ。 |
ファル | ……そういえば。 |
胸に手を当ててみれば
規則的な鼓動が、
わずかな振動となって伝わってきた。
ミカエル | ふふ……。 何か心が落ち着くような、 楽しいことでも見つけたのかな? |
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ファル | ……! |
ファル | 私にとてあれは、楽しくて心が落ち着く行為 ……なのですね。 そうでしたか……。 |
ミカエル | ……? |
──ある日、ファルは式典の打ち合わせのため、
とある部屋を訪れていた。
ファル | おや……? 誰もいないのですか。 早く来すぎましたかね。 |
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ファル | ん……? |
あたりを見回していたファルは、
式典のために運び込まれていたピアノへと
ふと意識を向ける。
ファル | (ああ、今日はミカエルさんが演奏するんでしたっけ。 記憶を一部なくしても、あの人は相変わらず ピアノが好きな様子……不思議なものだ) |
---|---|
ファル | …………。 確か……こんな感じ、でしたかね。 |
以前耳にしたミカエルの演奏を思い出しながら、
ファルはゆっくりと鍵盤をなぞっていった。
ファル | …………。 |
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ミカエル | おや? 誰の演奏かと思ったら……きみだったのか。 ピアノに興味があったのかい? |
ファル | ……いえ。 少し暇を持て余していたところで目に入ったので、 なんとなく手慰みに。 |
ミカエル | ふむ……。 |
ファル | ……何か? |
ミカエル | きみは知ってる? ピアノの奏でる音色は、弾く者によって変わると。 |
ファル | いえ……知りませんが、 それがどうしたというんです? |
ミカエル | 『音は心を映し出す鏡』なんだよ。 |
ミカエル | きみの奏でる音は、一音一音を確かめるような丁寧さと どこか無機質な硬さを醸し出しながら── |
ミカエル | 不意に大切なものに触れるかのような柔らかさと、 何かを求めるような寂寞を覗かせる。 そんな多彩な顔を見せる、複雑で味わい深い音がした。 |
ファル | …………。 |
ミカエル | けれどそれらは綺麗に混ざりあわず、煩雑だ。 ぶつかりあい、決して交じり合わず、 無理矢理絵の具を上から塗り重ねていくようだった。 |
ミカエル | ……一音ごとに、前の音を台無しにする演奏だ。 |
ミカエル | きみは表向きはとてもドライで薄情に見えるけれど、 実際はきみ自身が思っている以上に 繊細で不安定な心の持ち主のようだね。 |
ファル | ……? |
ファル | ……あなたが何を言っているのか、 ちんぷんかんぷんですよ。 |
ファル | ピアノの音色なんて、どれも同じです。 音で心が読めるなどありえないでしょう。 |
ミカエル | けれど── |
執事 | 既にお集まりでしたか。 お待たせして申し訳ございません。 |
ファル | いえ、我々が少し早く来すぎただけですので お構いなく。 |
執事 | ありがとうございます。それではさっそく、 明日の式典の打ち合わせを始めましょう。 こちらがスピーチの── |
ミカエル | …………。 |
ファル | (……私が繊細で不安定? 面白い冗談だ……) |
そして時間は流れ──
これは、ファルが士官学校にやってきてからの話。
〇〇からミカエルへの言伝を頼まれたファルは、
任務の帰り際、ベルギー某所を訪れていた。
今日はこの場所で、演奏会が行われるらしい。
ファル | おや……? ミカエルさんはまだでしたか。 |
---|
あたりを見回すと、ミカエルのピアノだけが
先に運び込まれていることに気づく。
ファル | ……ん? |
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近づいてみると、ピアノの上には
鮮やかな赤いカーネーションが置かれていた。
ファル | なぜこんなところに生花が……? ミカエルさんの信奉者の捧げものですかね。 |
---|---|
ファル | …………。 |
しばらくカーネーションを眺めた後、
ファルはおもむろに指先を動かし、
1枚、1枚と花弁をむしり取っていく。
ファル | …………。 |
---|
そして無表情のまま、花弁をなくしたカーネーションを投げ捨てた。
ファル | ……おや、また……。 ミカエルさんはまだ来ませんか。 暇ですね。 |
---|
緩慢な動きで椅子に座り、
指先で適当に鍵盤を押してみる。
ポーン……ポーン……。
ファル | …………。 |
---|---|
ミカエル | どうやら待たせてしまったようだね。 |
ファル | ああ、やっと来ましたか。 |
ミカエル | …………。 この花の甘やかな芳香と、青臭い草の香り……。 きみ、また花びらをむしってしまったのかい。 |
ファル | ええ、どうやらそのようです。 ……花を見ていると、 なぜか、ばらばらにしたくなるんでしょうね。 |
ミカエル | そう……。 |
ミカエル | ……ねぇ、もう一度ピアノを弾いてみてくれるかい? |
ファル | ……? こうですか? |
ポーン……ポーン……。
ミカエル | ……うん。澄み切ったとても綺麗な音色だ。 洗いたてのシーツのようにまっさらで、 凪いだ海のように平らで穏やかで……。 |
---|---|
ミカエル | シルクのように、なめらかな、 まるで風が穴を通り抜けていくような……。 |
ファル | ……? やはりあなたの感性は、私には難解すぎますね。 |
ファル | そもそも音に違いなんてないでしょう。 私にはどれも同じ音にしか聞こえませんよ。 |
ミカエル | いいや──違いはあるよ。 |
ミカエル | ピアノの音色は、弾くものの心を映し出す。 前にも教えただろう? |
ファル | ですから、それはあなただけにしか わからないんですよ。 |
係員 | ──その花瓶はこちらの部屋に配置してください。 ゆっくりとお願いいたしますよ! |
ミカエル | うん……やはり今のきみの方が好ましいね。 |
見学がてら、士官学校を歩いて回っていたファルは、
上質なピアノが置かれている
部屋の前を通りかかった。
ファル | これは、ミカエルさんが喜びそうですね……。 |
---|
ファルがゆっくりと編版の蓋を開けたところで、
〇〇が部屋に入ってくる。
主人公 | 【どこに行ったかと思った】 【もしかして、迷ってた?】 |
---|---|
ファル | 別に……散策をしていただけですよ。 |
主人公 | 【ピアノ、好きなの?】 |
ファル | いえ、ただそこにあったもので。 |
ファル | どちらかというと、 ミカエルさんが気に入りそうな代物ですからね。 きちんと調律されてるか確かめておくのもいいかと。 |
ポーン……ポーン……。
ファルの指先が、音色を奏でる。
ファル | ……問題なさそうですね。 よく調律されている。 …………。 |
---|
ミカエル | ピアノの音色は、弾くものの心を映し出す。 前にも教えただろう? |
---|
ファル | ミカエルさんが言うには、 音色は弾く人の心境を表すそうですよ。 |
---|---|
ファル | ……まあ、私には音色の違いなどわかりませんし、 そもそも我々銃に心があるなどとは 到底思えませんが。 |
ファル | あなたは……私の奏でる音から、 何か感じ取れますか? |
ポーン……ポーン……。
主人公 | 【なんとなく】 【わからない】 |
---|---|
ファル | おや、そうですか。 ……ミカエルさんは、私が奏でる音を とても綺麗だと言っていました。 |
ファル | 澄み切っていて、まっさらで、 穏やか……だそうですよ。 |
主人公 | 【綺麗で、穏やか……?】 【澄み切ってまっさら……?】 |
ファル | おや、そこで首を傾げるとは。 私の奏でる音は、お気に召しませんか。 |
主人公 | 【……寂しくて悲しい気持ちになる】 |
ファル | 悲しい? なぜです? |
主人公 | 【なんだか、胸に大きな穴が空いたような……】 【なんだか、大切なものを失ってしまったような……】 |
ファル | ふむ……聞く人によって、 音色の受け取り方がこうも変わるのですね。 |
ファル | 人の持つ感情というものは やはり不思議なものです。 |
──バン!
唐突に響く、鍵盤の蓋が乱暴に閉められた音。
主人公 | 【……!?】 |
---|---|
ファル | ……銃である私にとっては、 すべてどうでもいいことです。 |
ファル | もうここにいる理由はありません。 他の場所を見学するとしましょう。 |
ファル | ああ、そうだ。 マスターさえよければ、お付き合いいただけますか? |
主人公 | 【ああ、うん……】 【自分でよければ】 |
ファル | そうですか。では、参りましょう── |
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