物事がうまくいかない時に限って、追い打ちをかけるように降り出した雨。
どうすればあの二人に気持ちが届くのだろうか。
思考を巡らすために、一人紫煙を燻らせた。
煙をくゆらせ、過去を思う。
届かない小鳥に息を吐いて、
……隣のトカゲの不機嫌顔に、噛みつかれてようやく気づくのだ。
お前さんの世話も焼かなきゃな。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
フランスにて、タバティエール、シャスポー、グラースが
呼び覚まされてから間もない頃のこと──
タバティエール | (召銃されて早々に、あんなことになっちまうなんて……。 あいつにとっちゃ、とんでもない苦痛だよな) |
---|---|
タバティエール | (召銃パーティー以降、顔を合わせる機会もないが、 今頃どうしてるんだか……。荒れてなきゃいいんだがな) |
タバティエール | (……ちょっと、様子を見に行ってみるか) |
タバティエール | Bonjour、マダム。花束を1つ頼むよ。 気分が明るくなりそうな色で、 中くらいの花瓶に合うサイズがいい。 |
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花屋の店主 | はぁい、ちょっと待ってちょうだいね。 お見舞い? それとも恋人のご機嫌伺いかい? |
タバティエール | はは……どっちかというとご機嫌伺いかねぇ。 昔の戦友に久々に会うんだが、 気の利いた手土産の1つや2つないと、怒られちまうもんで。 |
花屋の店主 | あらあら! 気難しいお友達に気に入ってもらえるように、 花をちょっとサービスしとくわね。 |
タバティエール | Merci. ああ……そうだ。もしあったら、リボンはトリコロールで頼むよ。 愛国心の強い奴なんだ。 |
花屋の店主 | トリコロール柄のはないけど、 青と白と赤のリボンを重ねておくわね。 ……はい、完成! |
花束の他に、手土産の焼き菓子も購入したあと、
タバティエールはシャスポーがいる屋敷へと向かった。
──ロシニョル家、正門。
ロシニョル家門番 | ……っ!? あなたは、レザール家のタバティエール様……! 一体なんのご用で当家へいらっしゃったのでしょうか。 |
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タバティエール | ここの貴銃士に会いに来たんだが…… 取り次ぎを頼めるかい? |
ロシニョル家門番 | も、申し訳ありませんが…… お約束のない方は屋敷に入れるなと厳命されております。 貴銃士様であれ、レザール家の方となればなおさらでございます。 |
タバティエール | 参ったな……。 そこをなんとか頼むよ。 |
タバティエール | マスターの生家同士は因縁があるかもしれないが、 俺はロシニョル家に対して特に思うところはない。 昔馴染みの顔をちょっと見に来ただけなんだ。 |
ロシニョル家門番 | し、しかし、私の一存で決められるようなことでは……。 |
グラース | ……おい、騒がしいぞ。 マスターが休んだところなんだ。静かにしてくれないか。 |
ロシニョル家門番 | ……っ、グラース様! |
グラース | ……お前……。 |
タバティエール | ……よう。パーティ以来……だな。 |
グラース | ……タバティエール。 レザール家の貴銃士が、何をしにきた。 |
グラース | ここはお前が足を踏み入れていい場所ではない。 僕に撃たれる前にさっさと出ていけ! |
タバティエール | おいおい、それはないだろ。 前線と第二戦で一緒に戦った仲だろうが。 |
タバティエール | 召銃の経緯はアレだが、俺はお前と対立する気なんてない。 ただ、お前のことが気にかかって── |
グラース | 黙れ。 僕を憐れみ嘲ろうとして顔を見に来たんだろう! |
グラース | 残念だったな。 僕はこの通り、お前に“ご心配”いただかなくても平気だ。 わかったら、さっさと僕の前から消えろ。 |
タバティエール | ……っ、違う、俺はそんなつもりは──! |
グラース | 門を閉じろ。 |
ロシニョル家門番 | はっ! |
タバティエール | 待ってくれ、おい! |
手を伸ばすタバティエールを拒むように、
門が重い音を立てて閉じられる。
タバティエール | …………っ。 |
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タバティエール | (あいつと俺は、前線と第二戦で使われた場所は違っても、 同じ時代、同じ戦いを越えた戦友みたいな間柄だ) |
タバティエール | (多少の憎まれ口を叩かれることは覚悟していたが、 ここまでとは……) |
閉じられたもんを前に、タバティエールはうなだれる。
力が抜けてしまった手から、花束と菓子の袋が
冷たい地面へと落ちていった。
ロシニョル家を訪れたものの門前払いされたタバティエールは、
他にどうすることもできず、レザール家へと戻った。
タバティエール | (はぁ……参ったな。 あの様子だとあいつは「ちょっと気落ちしている」程度じゃない。 相当参ってるのに、俺には何もできない……) |
---|---|
タバティエール | くそっ……。 |
シャスポー | あ~、楽しかった。 |
タバティエール | ……また出かけてたのか。 |
シャスポー | ああ。 パリの劇場で公演している『椿姫』を観てきたんだ。 |
シャスポー | 主演女優の評判がかなり良いみたいでさ。 どんなもんかと思って行ってみたら、噂に違わぬいい公演だった。 |
シャスポー | それに……何より、女優がいい。 ほら、これ見てみろよ。彼女のブロマイド。 |
シャスポー | 「また来てね?」ってキスマーク付き。 ふふ……僕、積極的な人間は嫌いじゃないぜ。 |
シャスポー | タバティエール。お前はこういう子、どう? 好みなら、今度の公演はお前も連れてって── |
タバティエール | ……悪いが、そういう気分じゃない。 |
タバティエールは眉根を寄せて、
ブロマイドから視線を背ける。
シャスポー | へぇ……? |
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シャスポー | いつもヘラヘラしているお前が不機嫌だなんて、 珍しいこともあるもんだ。 |
タバティエール | ……俺だって、虫の居所が悪い時くらいある。 |
シャスポー | ふぅん。 腹でも壊したか? それとも、うぶなメイドに振られた? |
タバティエール | お前には関係ないだろ。 |
テオドール | ……シャスポーには無関係でも、私には関係がある。 |
タバティエール | ……マスター。 |
テオドール | タバティエール。 私への事前相談もなしに、ロシニョル家を訪れたそうだな。 |
シャスポー | へぇ! はははっ! それはずいぶんと面白いことをしたな、タバティエール! |
シャスポー | それで? 不機嫌ってことは……もしかして、追い払われたとか? |
タバティエール | …………。 |
シャスポー | まさか! 図星か? |
テオドール | シャスポー、お前は黙っていろ。 |
テオドール | ……タバティエール、考えなしな行動は慎め。 レザール家の貴銃士としての自覚を持って行動しろ。 |
テオドール | 当家の貴銃士がロシニョル家で門前払いにされた…… などという話が広まれば、面目が潰れる。 |
シャスポー | あはははっ! 本当に追い払われたのかよ! はは、あはははっ、こいつは傑作だな! |
シャスポー | そういえば…… お前は召銃パーティーの日も不機嫌だったな。 いや……僕に怒っていたと言うべきか。 |
シャスポー | ……そんなにもあいつが気になるのか。そうだろ? |
タバティエール | …………。 |
タバティエール | ……マスター。少し外を歩いてくる。 屋敷の近くを歩くくらいなら、許可はいらないだろう。 |
テオドール | ……ああ。好きにしろ。 |
シャスポー | …………。 |
──ある日のレザール家にて。
タバティエール | マスター、ちょっといいか……って、 ここにもいないのか。 |
---|---|
タバティエール | ……参ったな。 明日のパーティー関係で早めに確認したいことがあるんだが……。 |
??? | ……クソッ、なんで僕がこんなことを……! |
タバティエール | ……っ、シャス、ポー……? |
シャスポー | ああ、タバティエールか。 なんだよ、幽霊でも見たような顔して。 |
タバティエール | お前……その格好はどうしたんだ? |
シャスポー | マスターの命令だ。 この格好でロシニョル家に忍び込んでこいだとさ。 一体何を考えてるんだか。 |
タバティエール | そ、そうか……。 あんまりそっくりなもんで、びっくりしたぜ。 |
シャスポー | ま、僕らは銃もそっくりだし、貴銃士としての顔もよく似てる。 格好や口調を揃えたら、そうそう見分けがつかないだろうな。 |
タバティエール | ああ……。 |
シャスポー | だからこそ、マスターも僕にこんな命令を下したんだろ。 面倒だが……スリルがありそうなことだけは、悪くない。 |
タバティエール | …………。 |
シャスポー | ……なんだよ、タバティエール。 僕の変装に不備でもあるか? |
タバティエール | ……いや。 それで、これからどうするんだ? すぐにロシニョル家に行くのか? |
シャスポー | 急げとは言われていないし、軽く何か食べてからにする。 そうだな……サンドイッチでも頼んでくるか。 |
タバティエール | ……待て。 それなら、俺が取りに行く。 |
シャスポー | へぇ、気が利くじゃないか。 ついでに、ローストビーフのサンドも用意してくれよ。 |
タバティエール | いいぜ。 なかったら、パストラミビーフでもいいか? |
シャスポー | ああ。 |
タバティエール | 待ってろ。すぐ作ってくる。 |
シャスポー | ……ふーん……。 |
タバティエール | ……どうした? |
シャスポー | なるほどな。 やけに甲斐甲斐しいと思ったら、この格好だから……か。 |
タバティエール | なんのことだ。 |
シャスポー | お前は本当は、 僕じゃなくてあいつの世話を焼きたくて堪らないんだろ。 |
タバティエール | 俺はただ…… お前がその格好でレザールの屋敷を歩き回ったら目立つから、 部屋で待ってる方がいいと思っただけだ。 |
シャスポー | ……そういうことにしといてやる。 サンドイッチ、急げよ。 |
タバティエール | (多少無理やりにでも、あいつと話す機会を作りたい。 だが、正面から行ってもまた門前払いを喰らうだろうし……) |
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タバティエール | (あいつの部屋に乗り込めば、 さすがに追い出すわけにもいかなくて、話せるか……?) |
決意を固めたタバティエールは、
再びロシニョル家を訪れ、
警備が薄い部分の塀を越えて中へと侵入した。
タバティエール | さて……問題は、あいつの部屋がどこかだな。 |
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グラース | ……おい。 どうしてお前がここにいる。 |
タバティエール | ……っ! はは、お前の方から迎えに来てくれるとはな。 探す手間が省けたぜ。 |
グラース | 不法侵入とはいい度胸だ。 よくものこのこと……僕に撃たれに来たのか? |
タバティエール | 頼む。話を聞いてくれ。 俺はお前が置かれている状況をなんとかしたい。 ただそれだけなんだ。 |
グラース | ……余計なお世話だ。 お前にできることなんて、何もない。 |
グラース | わかったら、使用人たちに見つかる前にさっさと帰れ。 |
タバティエール | …………。 |
タバティエール | (俺にできることは何もない、か……。 あいつの言う通りかもしれない) |
---|---|
タバティエール | (あいつが置かれている状況を根本からどうにかするのは、 古銃として褒めそやされても、 実質的権力がない俺には……厳しい、だろうな) |
タバティエール | はぁ……。 |
重いため息をついたタバティエールの頬に、
ポツ、ポツ……と雨粒が落ちてくる。
タバティエール | ……こんな日に雨かよ……。 |
---|
再びのため息のあと、
タバティエールは雨宿りできそうな場所を探して駆け出した。
タバティエール | ……ふぅ。 ずいぶん濡れちまった。 |
---|---|
タバティエール | (こんな雨だと……あいつは体調崩してそうだな。 大丈夫か……って、 俺が心配しても余計に不愉快にさせるだけか) |
タバティエール | 昔は昔で、矢面に立ったのはあいつで…… 今も今で、俺は大して助けになれないまま、何も変わらねぇな。 |
タバティエール | ……はぁ。 |
グラース | こんなところでシケたため息なんかついて、無様だな。 |
タバティエール | …………。 |
グラース | なんだよ。せっかく僕が追いかけてきてやったのに無視か? いい御身分だな。 追い返されるとわかってて、なんでまた屋敷に来たんだか。 |
グラース | 余所の家の貴銃士に構う時間があれば、 自分のところのお仲間でも構えばいいだろう。 |
タバティエール | …………。 そうかもな。 |
グラース | ……おい。それ、寄越せ。 |
タバティエール | 煙草か? やめとけよ。お前、吸ったことないだろ。 |
グラース | うるさいな。僕に指図するな。 煙草ぐらい── |
グラース | ゲホッ、ゲホゴホ……ッ!! |
タバティエール | ほら、言わんこっちゃない。 |
グラース | こ、これくらい平気だ! |
タバティエール | ほら、大人しく返せ。 雨が止んだらレザール家に戻るぞ。 |
シャスポー | レザール家って、お前……気付いてたのかよ! いつからだ? |
タバティエール | 最初からだ。 |
シャスポー | ……チッ。それならそうと早く言えっての。 |
タバティエール | ……お、雨が弱まってきた。 やれやれ。やっと帰れそうだな。 |
シャスポー | んじゃ、行こうぜ。 |
タバティエール | ……ああ。 |
──ある日の士官学校にて。
タバティエール | ふぅ……。 |
---|---|
主人公 | 【こんなところで煙草?】 【休憩中?】 |
タバティエール | おっと、〇〇ちゃん。 寮の裏手まで来るなんて、どうしたんだい? |
タバティエール | 俺は……実は、シャスポーに追い出されちまってな。 臭いから出て行け、だと。 |
タバティエール | 「せっかくの紅茶の香りが台無しになる。 そもそも、ここは学生寮だ!」って。 |
タバティエール | その紅茶を淹れたのは俺なんだが、 まあ、あいつの言うことももっともだしなぁ。 こうして、人気のないところに来たってわけ。 |
主人公 | 【シャスポーと仲がいいんだね】 |
タバティエール | これは、仲がいいって言うのかねぇ……? 俺はせいぜい、シャスポーのお世話係ってところさ。 |
タバティエール | 主力のシャスポーが最前線で戦って、 二流の俺は、後方支援やら防衛に回る。 それで、上手く回るんだ。 |
タバティエール | あいつは俺よりずっと性能がいいし、 それに甘えずに努力し続けてる。 そんな奴だから、俺はこき使われるくらい構わ── |
シャスポー | おい、タバティエール! 砂糖が足りないぞ!! |
突然、2人の頭上から怒鳴り声が聞こえる。
〇〇が見上げると、
寮の窓から顔を出しているシャスポーと目が合った。
シャスポー | わっ! 〇〇っ!? |
---|---|
タバティエール | そんなに大声で言わなくても聞こえるって。 それに、〇〇ちゃんが驚いてるぞ。 |
シャスポー | ご、ごめんね、〇〇……! |
窓から顔を出していたシャスポーが消え、
数分後、慌てた様子で寮の裏に現れた。
シャスポー | 〇〇、こんなところでどうしたの? |
---|---|
シャスポー | 景色もよくないこんな場所で、 タバティエールの煙草に付き合ってやるなんて…… 君は優しいね。 |
シャスポー | ……おい、タバティエール! 〇〇の前で煙草を吸うなよ。 その煙で〇〇の健康が損なわれたらどうするんだ。 |
タバティエール | おっと、それもそうだな。 すまねぇ、〇〇ちゃん。 |
シャスポー | ……ふん。 |
シャスポー | ああ、そうだ。 〇〇、君も一緒にティータイムにしない? 美味しい焼き菓子があるんだ。君が来てくれたら嬉しいな。 |
主人公 | 【部屋から砂糖を持っていくよ】 |
シャスポー | うっ……! 〇〇、さっきの僕の醜態は忘れてほしいな。 大声で怒鳴るなんて、みっともないところを見せてしまったね。 |
シャスポー | おい、タバティエール。 煙草の匂いを落としたら、〇〇の分も紅茶を頼む。 |
シャスポー | お前が淹れる紅茶は……美味いからな。 |
タバティエール | そいつはどうも。 褒められたからには、気合入れて淹れないとだな。 |
タバティエール | ……そうだ、〇〇ちゃん。 カヌレは食べたことあるかい? 試しに作ってみたんで、君にも味見してほしくてな。 |
タバティエール | シャスポーも気に入ってたみたいだし、 悪くない味だとは思うぜ? |
主人公 | 【ありがとう】 【いただきます!】 |
タバティエール | へへっ。いっぱい食べてくれよ。 |
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