もう少し早ければ間に合ったかもしれない、もう少し早ければ違った結果だったはず。
いくら考えても、後悔は尽きない。しかし、初めて出来た友への感謝の気持ちだけは、この涙が乾いたら伝えよう。
遠くへ消えてしまった友達。
君を想うと、胸が痛くなる。そんなときは、そっと目を閉じるんだ。
だってそうすれば、いつでも君に逢えるから。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──ある日、在坂は実習中に木から落ちてしまい、
治療のために訪れた救護室で、
療養中のケビンという学生と知り合う。
在坂の目を見て怯える人々がほとんどの中、
ケビンは在坂のことを「面白い」と言って、
楽しそうに話をするのだった。
在坂 | ……ケビンは、在坂を面白いと言った。 面白い……在坂が、面白い……? |
---|---|
在坂 | (何故だろう……足元がふにゃふにゃするような感じだ) |
邑田 | おお、今日の朝食はおむれつらしいぞ。 在坂、よかったのう。 |
---|---|
在坂 | (……在坂が、面白い……) |
邑田 | む? どうしたのじゃ、在坂よ。嬉しくないのか? おむらいすには米のぶん後れをとるが、 おむれつもまた美味なものじゃ! ……在坂? |
在坂 | ……ん? なんのことだ? ああ、朝食か。在坂はオムレツを食べる。 |
邑田 | ……? |
在坂 | (ケビンは……。 在坂のどこが面白いと思ったのだろうか……?) |
---|---|
十手 | ……い。 おーい……在……く……。 在坂君! |
在坂 | ……っ! |
十手 | 驚かせてしまってすまない。 その……授業が終わったのにぼんやりしてるから、 具合でも悪いのかと思ってね。 |
在坂 | いや、在坂は元気だ。 |
十手 | それならよかったよ。 じゃあ、俺はこれで。 |
邑田 | 在坂や~。 すいーとぽてとなるものを買ってきたぞ! |
邑田 | 見よ、この滑かな丸みを。 ちょうどよい塩梅の焦げ、つややかな照り。 そしてなんともうまそうな、馥郁(ふくいく)たるこの香り! |
邑田 | これは絶品の予感じゃ。 さあ、一緒に食べよう! |
在坂 | 在坂は食べない。 |
邑田 | なっ!? |
在坂 | なぜなら、在坂には用事があるからだ。 ……では。 |
邑田 | まっ……在坂! 在坂やー!!! |
邑田の誘いを断った在坂は、
ケビンと話すために第ニ医務室を訪れていた。
ケビン | ……そういえば、この前も思ったんだけどさ、 珍しいもの持ってるよな。 |
---|---|
在坂 | この銃のことか? |
ケビン | 俺、写真で見たことあるぜ。 これ、アリサカ・ライフルだろ? |
在坂 | そうだ。正式名ではないが……。 英米ではそのように呼ばれたらしい……と、在坂は記憶している。 |
ケビン | 記憶? |
在坂 | これは、在坂の本体だ。 マスターに召銃されて、在坂は人の身を得た。 貴銃士という存在だ。 |
ケビン | お前が銃!? どーみても人だけど! へぇぇ~、そっか、銃なのか~。 やっぱりお前、面白いな~! |
在坂 | 『面白い』……。 それは、前にも言っていた言葉だ。 在坂は面白いというのがわからない。 |
ケビン | え? 面白いってそりゃ……笑っちゃうことだよ。 |
在坂 | 笑う……。 |
ケビン | そうそう。 在坂は最近笑っちゃったこと、何かないか? |
在坂 | そうだな……この間の授業中に、八九がこっそり 教科書に落書きをしていたものを見て、少し笑った。 |
ケビン | へー! どんな落書きしてたんだ? |
在坂 | 恭遠の肖像が教科書に載っていて…… その写真に、筋肉を増量していた。 意外に上手いと在坂は思った。 |
ケビン | あはは、やるやる! 筋肉描いて、ムキムキにしてみるやつな。 あと、ヒゲとか描いたり! |
在坂 | その後、八九は恭遠本人に落書きを見られて赤面していた。 在坂は、その様子を見てまた少し笑った。 |
ケビン | 本人の目の前で写真に落書きしてたってこと!? 猛者すぎるだろ! そいつも面白いやつだなー! わははは! |
在坂 | なるほど。 八九は在坂にとって『面白い』のか……。 |
在坂 | (『面白い』と仲良くなる……) |
在坂 | …………。 |
──その日の夜。
邑田 | ううむ……。 魅惑のすいーとぽてとを断るほどの用事……。 わしにはわからぬ……! |
---|---|
邑田 | 八九よ、在坂から何か聞いてないか? |
八九 | 突然あんたに付き合えって連れてこられて、知ってると思うか? ……ったく、今日こそはラスボス戦クリアしたかったのに……。 |
邑田 | ほう……? 在坂の行方よりも気になるものがあると……? |
八九 | ひっ……! 全っ然! 在坂大先輩の方が大事っす!!! |
邑田 | ……ほっほっほ。そうじゃろうとも。 しかし、在坂は一体いつ帰ってくるのじゃ……? |
八九 | (はぁ……過保護すぎんだろ。 反抗期っつーか、親離れみたいなもんじゃねーの?) |
在坂 | ……ただいま戻った。 |
邑田 | おおっ、在坂!! 待っておったぞ! ほれ、すいーとぽてとは取っておいてある。早うこちらへ……。 |
嬉しそうに話しかけてきた邑田の横を通り過ぎ、
在坂は八九のそばへと向かった。
在坂 | 八九は面白いから、在坂はもっと仲良くなりたい。 |
---|---|
八九 | え……? |
邑田 | ほあぁぁぁぁ!? |
邑田 | な……なぜ……っ! 八九、そなた……わしをたばかっておったのか!? |
八九 | いや! なんも知らねぇ! |
在坂 | ……? 八九は面白いから、在坂は仲良くなりたいと言っている。 |
邑田 | 面白い……!? 面白いからこやつがよいのか!? 待つのじゃ! それなら……。 |
邑田 | あ……在坂!! わしも! わしも面白いぞ! |
在坂 | 邑田はどこが面白い? 教えてくれ。 |
邑田 | なっ……!? ど、どこが……!? |
八九 | (え、何その質問……キッツ……圧迫面接かよ) |
邑田 | お、おもしろ……オモシロイ……? な……ならば、わしはさつまいも踊りを披露しよう!! |
邑田 | え~んやこらせ~のどっこいしょ! あゝさつまいも、さつまいも~ ここ掘れ大漁どっこらしょ~! |
在坂 | …………。 |
邑田が愉快に踊るのを、在坂が真顔で見つめる。
その様子を見ながら、八九はじわじわと後ずさった。
八九 | (なんだこの空気! 帰りてぇ!!) |
---|---|
邑田 | 薩摩の泥にまみれ~培った男気よ~! あ~ヨイヨイ! |
在坂 | …………。 |
──ある日、ケビンとの約束のために外出しようとした在坂は、
それを止めようとした邑田と喧嘩になってしまう。
酷いことを言ったと反省する在坂をケビンは励まし、
仲直りするよう背中を押してくれたが……
在坂は踏ん切りがつかず、代わりにとある部屋へと向かった。
八九 | うおっ! なんだ、在坂か。 |
---|---|
在坂 | …………。 |
八九 | …………。 あー……悪い、俺一旦ログアウトするわ。またあとで。 |
八九は通信相手に断ると、
ゲームを中断して在坂の様子を窺った。
在坂 | …………。 |
---|---|
八九 | (これはあれか? 邑田と喧嘩したから、 気まずくて部屋に帰りたくねーとか、そんな感じか……?) |
八九 | えーっと……腹減ってねぇ? これ、食うか……? |
在坂 | ……在坂は自衛軍でこれを見たことがある。 乾いた麺だ。 |
八九 | か、乾いた麺……間違っちゃいねぇけど、 そう言われると一気に不味そうに感じるな……。 |
八九 | カップラーメンだっての。 これくらいしか部屋にねーんだよ、悪かったな。 |
在坂 | ……? 悪いことはない。感謝する。 |
八九 | 今、お湯沸かしてやるから、ちょっと待ってろよ。 |
そういう八九を横目に、在坂はカップラーメンの蓋を開け、
乾燥した麺を手でつかんで取り出すと、ボリッと噛み砕いた。
八九 | はぁっ!? |
---|---|
八九 | ちょっ……待て待て待て!? |
在坂 | 塩辛い。 |
八九 | うっそだろ、おい! お前、もしかしてカップラーメン食ったことないのか? たしかに食ってんの見たことはねぇけど……! |
在坂 | 糧食として人気が高いとは聞いていたが、 在坂は食べる機会がなかった。 |
八九 | マジかよ……。 あー……でも、邑田が止めてそうだもんな。 健康に良くないとか言いそ……。 |
在坂 | 正しい食べ方があるのならば、在坂はそれを学ぼうと思う。 八九は詳しいはずだ。教えてほしい。 |
八九 | 教えるつっても、小学生でも作れる簡単さだぞ? カップの内側にある線のところまでお湯を注いで蓋をする。 んで、蓋かカップに書いてある時間待つ。 |
八九 | これの場合は、3分待ったらよく混ぜて完成。 スープとかかやくが別の袋になってるやつは もうちょい手順あるけど、簡単なのはお湯入れて待つだけだぜ。 |
在坂 | ……それだけなのか。 |
八九 | おう。ただ、俺的には食ってる間に麺が伸びることも考えて、 3分きっちりより2分半くらいのちょい硬麺派だな。 野菜とかチャーシュー追加したり、アレンジする奴もいる。 |
在坂 | ふむ……興味深い。 |
八九 | 種類も色々あるし、いくつか食ってみて 好みの食べ方を見つけるのもいいと思うぜ。 ……っと、もう3分になるな。食うか。 |
在坂 | いただきます。 |
在坂 | んん……美味い。 温かくて醤油の味がする。喉越しもいい。 |
八九 | だろ? 俺は味噌ラーメン派だけど醤油も悪くねぇ。 味噌なら、七味ちょい足しするのもいいぞ。 |
在坂 | ……八九、もう食べ終わってしまった。 在坂は味噌味も食べてみたい。 |
八九 | 早っ! もう食い終わったのかよ! ……てか、食ったならそろそろ帰れよ。 俺、人待たせてるし、忙しいんだよ。 |
在坂 | ……? 人などここにはいない。 八九はおかしくなったのか? |
八九 | いやそうじゃなくって、 通話しながらゲームするんだって! |
八九 | それに、邑田も心配してるぞ……。 |
在坂 | ……八九、ベッドの下に何か落ちている。 あれはなんだ? |
八九 | うぉいおいおいやめろ!!! |
在坂 | ……疑わしい慌てようだ。 在坂は、不審者でも匿っているのかと思う。 |
八九 | ち、違うけど! そこは男の休戦地帯だから! いいか!? 俺は今、在坂の人間関係を心配して、 超真剣にアドバイスしてる!! |
八九 | 俺以外の部屋に行っても、 勝手にあさるのは厳禁だ、マジで! |
在坂 | ……? わかった。 |
ベッドの下を覗くのを大人しくやめた在坂は、
今度はテーブルの上にあった
ゲームのコントローラーに目を向けた。
在坂 | これがゲームか。 |
---|---|
八九 | お、おいっ! コントローラー触るなって! |
在坂 | これはなんだ……? ふむ、通話はこれでするのか……。 ……こちら在坂、感明送れ。 |
八九 | ちょっ……! 勝手にいじるなっての……! |
八九のゲーム仲間 | おっ、豊田(ほうだ)氏の弟さんですかな? こんにちはー。 |
在坂 | いや。強いて言うなら兄……。 しかし、直系ではない……。 |
八九のゲーム仲間 | えっ! まさかの複雑なご家庭……! |
八九 | やーめーろー!! 頼むから!!! |
在坂と邑田の喧嘩の原因となった出来事が解決し、
2人は外出先から士官学校へと戻るため、
外の景色を眺めつつ、列車に揺られていた。
邑田 | おお、在坂。 あれをごらん。見事な花畑じゃ。 |
---|---|
在坂 | ……白い。雪のようだ。 |
邑田 | そうじゃのう、白くて綺麗じゃな。 |
在坂 | 白いで、在坂は思い出した。 邑田は、この前食堂に追加された料理を食べたか? グラタンという料理だ。 |
邑田 | む? ぐらたんとな? わしは食べたことがないのう。 |
在坂 | 美味だった。 邑田も気に入るだろうと思う。 |
邑田 | ほっほっほ。そうかそうか。 ならば、今度共に食べるとしような。 |
在坂 | それと……以前、邑田が買ってきたスイートポテト…… 在坂は、あれにも興味がある。 |
邑田 | おお……! あれは美味であったぞ。 よしよし、今度また買ってくるとしよう。 |
在坂 | よろしく頼む。 どんな味か、今から楽しみだ……。 |
在坂 | それと…………。 在、坂は…………。 |
邑田 | 在坂? |
在坂 | …………。 |
在坂が、邑田に軽く寄りかかる。
どうしたのだろうかと邑田が様子を窺うと、
静かな寝息が聞こえてきた。
邑田 | よしよし。 ……どうか、良い夢を。 |
---|
在坂 | ……邑田とケビンが教室で相撲を取っていて、 十手と八九はそれを観戦している。 |
---|---|
在坂 | 十手が「相撲観戦には弁当だ」と、 天井に届くぐらい高い重箱を開けると……。 中は全部白いマシュマロで……。 |
在坂 | 重箱が全部ひっくり返って、八九が埋もれて、 それを十手が助けようとして頑張って……。 |
在坂 | その横で、ケビンがマシュマロを額に乗せて 「フェイス・ザ・クッキーしようぜ!」と、言うと 邑田は「わしはサツマイモを乗せる!」と対抗して……。 |
在坂 | ……教室の外からマスターが、 こっちを覗いて笑っている……。 それと、知らない女性も笑っていた。きっとあれは……。 |
在坂 | なるほど。 こういうのを「楽しい」と、言うのかもしれない……。 |
在坂 | …………。 |
---|
目を覚ました在坂があたりを見回すと、
車窓から見える空は、茜色に染まっていた。
駅員 | 終点です。 列車が車庫に入ります、お忘れ物のないようにお降りください。 |
---|---|
邑田 | どれ……在坂、降りようか。 |
邑田に手を引かれた在坂が列車を降りると、
そこには見知らぬ風景が広がっていた。
在坂 | ……邑田。 ここはどこだ……? |
---|---|
邑田 | はてなぁ。どこじゃろうか? |
在坂 | 在坂たちは、士官学校へ帰還中だったと記憶している。 ここはフィルクレヴァートの駅ではないのか? |
邑田 | それがなぁ、通り過ぎてしまったのじゃ。 在坂がぐっすり気持ちよさそうに眠っておるものだから、 起こすのがあまりにも忍びなくてのう。 |
在坂 | …………。 |
在坂は、近くにいた駅員に声をかけ、
士官学校のある駅からどれほど離れているかを尋ねる。
駅員 | 士官学校というと、フィルクレヴァートですね。 ここから3時間ほどかかりますが……。 |
---|---|
在坂 | そうか。次の列車は何時に来る? |
駅員 | そちらの方面へ向かう今日の最終列車は、 15分くらい前に出たばかりで……。 明日の便は、朝10時過ぎ発ですよ。 |
在坂 | それはよくない。 明日の午前の授業が無断欠席になる。 |
邑田 | では、歩きで帰ろうかの。 |
駅員 | ええっ!? いや、行けなくはないですが……。 舗装されていない道をずっと歩くことになるし、 慣れてないとそれこそ1日かかってしまいますよ? |
駅員 | 明日の始発を待ったほうが確実かと……。 |
駅員の言葉を聞いた2人は、顔を見合わせて笑う。
在坂 | 問題ない。 在坂も邑田も、悪路には慣れている。 |
---|---|
邑田 | うむ。 ずっと離れておったから、たまには2人旅もよかろう。 |
駅員に手を振って別れを告げると、
在坂と邑田は、夕暮れの田園地帯を並んで歩き始める。
2人伸びた影は、寄り添うように重なっていた。
Protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.
まだコメントがありません。