春の陽気の中、主人に忠誠を誓う彼は静かに微睡む。
穏やかな日ばかりではなく、雨の日も風の日も、嵐の日もあったけれど……。
待ちわびた主人の帰りを、夢の中で一足先に体験するのだった。
ここで君を待つ。
冷たい雨に吹き荒れる嵐。雪が解けてまた花が咲いて。
姿が変わってしまっても、君を待ち続ける。
もう一度だけでもいい。君に逢いたい。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──春のある日のこと。
突然周囲から本物の犬扱いをされ始めたマークスは、
逃げ出した先で負傷し、動物病院で休んでいた。
色気のある猫 | シャーッ! おい、お前。僕の毛並みに変な癖をつけたな! |
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気品のある猫 | はぁ? 雑な寝方をしたせいで寝癖がついたんだろ。 自分の粗相を人のせいにするなんて、野蛮にもほどがある。 |
マークス | ……うるさいな。 なんなんだ、あいつら? |
ケージの中で目覚めたマークスが、院内の様子を窺っていると、
隣のケージの老犬も目を覚ました。
老犬 | やれやれ……またあの猫たちか。 昼寝時じゃというのに、毎度騒がしくて参ってしまうわい。 |
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マークス | あいつらは、よく来るのか? |
老犬 | うむ。あの通り気性が荒くてのう。 おまけに相性も悪いようじゃから、 よく喧嘩をしては、連れてこられておるわ。 |
シャルルヴィル | こらこら。 シャスポーもグラースも大人しくして! 喧嘩しちゃ駄目でしょ? |
シャスポー&グラース | シャーッ!!! |
シャルルヴィル | ぎゃあっ! ボクにまで威嚇しないでよ! 一応飼い主なんだからさ……! |
マークス | (シャルルヴィル……!? あいつは飼い猫に、シャスポーとグラースの名前を付けたのか? たしかに、あいつらが猫だったらあんな感じかもしれないが……) |
マークス | あいつら……あまり暴れていると、 さっきの俺みたいに、エルメの野郎に何かされるんじゃないか? |
マークス | 傷みがあったのは一瞬で、今も身体に不具合はないが…… あの、針がついた武器はなんだったんだ。 早くマスターのところへ行きたいのに、エルメめ……! |
老犬 | はっはっは。確かにエルメ先生は、 群れのボスのような威厳あるお人じゃがのう、 ドライヤーの手つきが最高で、みーんなとろけてしまうのじゃよ。 |
マークス | ん……? ドライヤーは、誰かにされると気持ちがいいものなのか? |
老犬 | 誰でもではないぞ。上手い人であれば、じゃ。 風が熱すぎてはいかん。程よい距離と風量と温度が大事での。 エルメ先生は、すべてが完璧なのじゃよ……! |
マークス | そういうものなのか……。ふむ。 |
ドライゼ | まずは診察をしましょう。 猫たちを診察台の上に乗せてください。 |
シャスポー&グラース | シャーッ!!! |
診察台の上に乗せられてすぐ、
2匹の猫は飛び降りて、診察室内を走り回る。
グラース | 僕が捕まるかっての! |
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シャスポー | 君に診察される謂れなんてないね! |
ドライゼ | くっ……! 逃げ足の速い……! |
マークス | 本当に騒がしいな……。 ドライゼも、たった2匹のターゲットに手間取る程度で、 獣医が務まるのか? |
シャム猫 | 心配ご無用よん。 ドライゼ先生の治療は、すっごく的確なんだから。 それにね、ブラッシングの腕が最高なの……♪ |
マークス | ブラッシングの腕? それは……重要なことなのか? |
シャム猫 | や~ねぇ、当たり前じゃない。 下手くそなやつのブラッシングは痛いし、 毛並みもいまいち整わないから、断固お断りよ。 |
シャム猫 | でも、上手な人のブラッシングはね…… 「ほわわ~ん」ってしちゃうの……♪ |
マークス | ふむ……ドライヤーにブラッシング……。 マスターの疲れを癒すためにも、習得する必要がありそうだ。 |
老犬 | 何を言っているんじゃ? おぬしは犬じゃろう。 |
シャム猫 | そ~よ。 犬はドライヤーとブラッシングをしてもらう方でしょ? 犬にはできないのよん。 |
マークス | 俺は犬じゃないっ! |
マークスが吠えた直後、暴れまわる猫たちがケージにぶつかり、
その衝撃でケージの鍵が開く。
マークス | (檻が開いた……! これでマスターのところへ行ける!!) |
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マークスはケージを鼻で開け、
制止するドライゼの声を無視して、外へと駆け出した。
ドライゼ | あっ! 待て、ファングツァーン号! |
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シャスポー&グラース | 隙あり! |
ドライゼ | んぐはッ!!! |
シャム猫 | ……行っちゃったわぁ。 あの子、大丈夫かしらね? 自分のことを人間だと思ってたみたいだけど……。 |
老犬 | うーむ……変わった犬もいるもんじゃのう……。 |
──マークスは、見渡す限り広がる花畑を、
〇〇と並んで歩いていた。
マークス | この前見つけた花畑だ。 どうだ、マスター? |
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マスター(?) | わぁ、とても素敵だね……! ありがとう、気に入ったよ! |
マークス | そうか……! よかった。マスターが喜んでくれて嬉しい。 |
マークス | 向こうに、とてもいい匂いのする花が咲いているんだ。 ついてきてくれ、マスター。 |
マスター(?) | もちろん! マークストならどこにでも、どこまでも行くよ。 |
マークス | マスター……! |
マークス | あっ。見てくれ。蝶がいる。 捕まえてくるから見ていてくれ。マスター! |
マスター(?) | 一緒に行こう。 だって、マークスと自分は相棒だからね! |
マークス | マ、マスター……! ああ! 俺はいつだってマスターと一緒だ! 相棒だからな!!! |
マークスと〇〇が蝶を追いかけていると、
不機嫌そうな冷たい声が聞こえてくる。
ライク・ツー(?) | おい、何してんだ。 遊んでないでトレーニングするぞ、〇〇。 |
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マークス | ライク・ツー……! マスターを横取りしにきたのか。 |
ライク・ツー(?) | んだよ、お前もいたのか。 お前はここで虫でも追っかけてろ。 〇〇は俺とトレーニングするんだからな。 |
マークス | あんたはそう言ってマスターをいじめる気だろう! 安心してくれ、マスター。 マスターは、相棒の俺が守る!! |
ライク・ツー(?) | うわっ! |
マークス | ふん。トレーニングが必要なのはあんただけみたいだな。 |
ライク・ツー(?) | くっ……! こいつ、強ぇ……! 今の俺は雑魚だ、全然敵わねぇ……! |
ライク・ツー(?) | お、覚えてろよ……! |
マークス | どうだ、マスター! 俺たちの時間を邪魔するヤツを追い払ったぞ! |
マスター(?) | マークスはすごいね。世界一だ! |
マークス | マスターも世界一だ! |
マークス | ハッ……! マスターも俺も世界一なら、 俺たち……相棒ペアには、誰も敵わないということだな……! |
マスター(?) | そうに決まってるよ、相棒! |
マークス | わっ……! マスターに撫でられるのは嬉しいが、少し、恥ずかしいな。 |
マークス | いや、でも、それ以上にもっともっと幸せだ。 マスター……もっともっと撫でてくれ……! |
マークス | ふ……あはは……! |
マークス | ふふ……むふふ……。 ……ん? |
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ケンタッキー | よーしよしよし! よーしよしよしよし! うはは! なんだ、思ったより素直じゃねぇか。 |
ケンタッキー | 構内に凶暴な犬が座り込んでるって噂になってたけど、 わりと大人しいな。 これだけモフり放題なら今度はスーちゃんも連れてきて── |
マークス | ……おい、てめぇかよ!? 何しやがる!! |
ケンタッキー | うわっ!? 怒るなよ! さっきまで幸せそうな顔してたじゃねぇか! |
マークス | それは、マスターが俺を褒めてくれたからだ!! |
ケンタッキー | わかったっての! 俺はもうどっか行くから、そんなに吠えんな! はぁ……こんなに気難しい犬、なかなかいねーぞ。 |
マークス | ……ふん。 |
マークス | …………。 ……さっきのは、夢だったのか……。 |
マークス | ……マスターに……早く会いたい……。 |
マークスはその後も、
校門前でマスターを待ち続けるのだった。
──マークスが、授業中の居眠りで、
「犬になった夢」を見てから数日。
マークス | はぁ……あんな変な夢を見るなんてな。 俺のことを犬みてぇだとか言うやつらのせいだ。 |
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マークス | ……マスターは、そろそろ部屋から出てくるころだろうか。 |
──〇〇の部屋にて。
主人公 | 【課題は終わったし、少し休憩しよう】 【談話室にでも行こうかな】 |
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立ち上がった〇〇は、
部屋を出ようと、ドアを開けた。
マークス | マスター!! |
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〇〇の部屋の前に座っていたマークスが、
勢いよく立ち上がって、ずいっと迫ってくる。
主人公 | 【……!?】 【(なんで部屋の前に座ってたんだろう……)】 |
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マークス | どうした、マスター? 俺の顔か何かに変なところがあっただろうか……? |
主人公 | 【変なところはない……かな】 【大丈夫だよ】 |
マークス | そうか! なら、散歩に行こう。 こっちだ、マスター。俺が案内する! |
マークスが〇〇の手を引いて歩き出し、
2人は士官学校内の散歩を始めた。
マークス | ……今度こそ本当に、マスターと散歩している……! 最高の気分だ。 |
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マークス | なぁ、マスター。 今度は花畑に行かないか? いや、あの花畑が本当にあるのかはわからないが……。 |
主人公 | 【……?】 【どういうこと?】 |
ライク・ツー | 〇〇、こんなとこにいたのか。 探したぞ。 |
マークス | ライク・ツー……! マスターをトレーニングに連れていくつもりか? |
ライク・ツー | は? 今日はそういう予定ねぇけど。 |
マークス | ……ふん、どうだか。 |
ライク・ツー | 意味わかんねぇ奴だな。 で、〇〇。 この前話してたコンテストの締め切りっていつだったっけ。 |
主人公 | 【少し待って、確認する】 |
ライク・ツー | おう。 |
マークス | わかったぞ、マスター! |
マークスは、その場に座ってぴたりと動かなくなった。
ライク・ツー | …………。 こいつ、何やってんだ……? |
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ライク・ツー | ……ま、マークスがおかしいのはいつものことか。 で、こっちが頼まれてた、俺特別仕様のプロテイン・シェイクな。 |
マークス | 「シェイク」……こうだ! |
プロテインを受け取ろうとして、
〇〇が差し出していた手に、
マークスは自分の手を乗せた。
ライク・ツー | ……はぁ? 何やってんだよ。お前、さっきからいつも以上に変だぞ。 |
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ライク・ツー | なんでプロテイン・シェイクで──……あ。 ……わかったぞ、そういうことか。 |
主人公 | 【どういうこと?】 【何がわかった?】 |
ライク・ツー | おい、〇〇。 もう面倒くせぇから詳細は省くけど、俺の言う通りにしろ。 |
ライク・ツーは、マークスに聞こえないように、
〇〇へ近づいてから耳打ちした。
ライク・ツー | マークスに、「ハウス」って言ってみろ。 |
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主人公 | 【ハウス……?】 |
マークス | 了解だ、マスター! うおおぉぉぉぉ……! |
全速力で、寮の方向に走り去っていくマークス。
〇〇が呆然とその背中を見つめていると、
ライク・ツーが堪えかねたように笑い始めた。
ライク・ツー | ぶっ、あっはっはっはっは! マジかよ、あいつ、いよいよ犬じゃねえか……! |
---|
「待て」「シェイク(お手)」「ハウス」……
マークスの奇行の引き金となったワードの共通点がわかり、
〇〇は慌てて叫ぶ。
主人公 | 【マーーークスーー!!!】 【今のナシーーーー!!!】 |
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──その後もしばらく、突然座ったり寝転んだり、
動かなくなったりといったマークスの奇行は続いたのだった。
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