【孤独な晩餐】カトラリー

コメント(0)

解説

カード解説

いつからだろう。豪華で舌がとろけるような料理たちを、味気なく感じだしたのは。
「食事は何を食べるかではなく、誰と食べるかが重要だ」そんな言葉を、疎ましく思ったのは。ああ、もう。何もかも大嫌い!

心銃解説:無作法者にはお引き取りを

テーブルを彩る数多の馳走。
全てを頬張り飲み込んだところで、満たされないのはなぜなんだろう。
足りないのは、素材かな?味付けかな?
それとも……誰か?

カードストーリー

主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分

Ep1. カトラリーの目覚め

──ベルギー某所にて。

???……まぁ! これが銃だなんて、素敵だわ。
お願いよ、目覚めてちょうだい。
わたくしの可愛い貴銃士さん。

女性は、台に置かれている工芸品のようなカトラリー
──いや、銃へと、薔薇の傷跡が刻まれた手で触れる。

すると、薔薇の花びらが舞う幻影と眩い光の中から、
1人の少年が姿を現した。

???あ、れ……? ここは……。
???ファンタスティック!
ねぇコーパス、ほら!
ちゃんと応えてくれたわ。しかも、とっても素敵な子!
???えっと……、君が、マスター?
シャルロットええ、ええ! わたくしはシャルロット・サリバンよ。
あなたに会えてとっても嬉しいわ。
シャルロットこれからどうぞよろしくね。
食器の仕込み銃、“カトラリー”!
仲良くしてちょうだい。

シャルロットはカトラリーの手を取ると、
にっこりと笑みを浮かべる。

カトラリーよ、ろしく……?
シャルロットところで……あなた、お茶はお好きかしら?
美味しいお茶があるの。
ぜひ、ご一緒しましょう。こちらよ!

カトラリーの手を引いて、シャルロットは踊るように足を進める。
すると、後ろに控えていた執事と思われる男が口を開いた。

執事……失礼ながら、お嬢様。
まだ、大事なお話が済んでいないかと。
シャルロットまあ! そうだったわね。
ありがとう、コーパス。
シャルロットねぇ、カトラリー?
わたくしたち、あなたと大事な『お約束』をしたいの。
シャルロットあなたは『北海で使用された、ベルギーゆかりの食器型仕込み銃』
……そうよね?
カトラリーえ……? 何か勘違いしてる?
悪いけど、違うよ。僕はカリブ海の──
執事お黙りなさいませ。お嬢様のお話の途中です。
カトラリー……!?
シャルロットごめんなさいね。
でも、真実は秘めて、美しい衣装をまとってほしいの。
ここをステージだと思って、華麗に踊るのよ。
シャルロットわたくしたちの、愛するベルギーのために!

シャルロットは、ベルギーが国際社会で置かれている状況や、
国内での派閥争いなどについて、
まるでおとぎ話を読むような口調で話して聞かせた。

カトラリー……なるほどね。
船の中でも派閥や権力争いなんてのはよくあったし……。
カトラリー時代が変わったり、舞台が国になったりしたところで、
人のやることは変わらないってわけだ。
カトラリーとにかく、これから僕は、
『北海の海賊が使ってた、ベルギーにゆかりのある銃』ね。
まあ、別にいいよ。
シャルロット本当に? ああ、よかった!
これでお父様も安心なさるわ。
カトラリーただし……。
もちろんタダなんて言わないよね?
カトラリー言うことを聞くのは、こっちの条件を呑んでくれたらの話。
これは取引ってわけ。
シャルロットあら……! そうよね。
わたくしったら気が利かなくて申し訳ないわ。
あなたの条件を教えて? 可愛い貴銃士さん。
執事…………。
カトラリーん……と、高級で豪華な料理──そうだな。
毎日晩餐は高級フレンチ。その契約ならいいけど?
カトラリーじゃなきゃ、あんたの大事な国民にバラしちゃうよ。
それと、可愛いっていちいち言うのやめて。
シャルロット毎晩高級フレンチ、ね?
ええ、構わないわ。そういたしましょう。
カトラリーえっ……。
執事……お嬢様。そろそろ次のお時間です。
シャルロットまぁ! 楽しい時間が過ぎるのは早いものだわ。
それじゃあ、これからよろしくね。
私の可愛い貴銃士さん!
カトラリーちょ、ちょっと……。

シャルロットは軽く手を振ると、
鼻歌を歌いながら扉へ歩みを進める。

カトラリー……ねぇ!
シャルロットえ? 何かおっしゃって?
カトラリー理由、とか聞かないの? 条件の……。
シャルロットあら、特に忘れものはなくてよ。
シャルロットごめんなさいね。わたくし用事があるの。
ああ! 誰かにあなたのお茶のお相手をしてもらいましょうか。
コーパス!
カトラリー…………。別に、いらない。
シャルロットあら、そう? 屋敷内では自由にしてちょうだいね。
では、ごきげんよう。

シャルロットは再び鼻歌を歌いながら、
執事を引き連れて部屋を出て行った。

カトラリー僕は、“北海の海賊が使った”、“カトラリー”……。
カトラリー…………。
まあいっか。高級フレンチは食べられるみたいだし。
好きにしていいって言うんなら、そうさせてもらうよ。

カトラリーが部屋を出ると、
扉の前にいた使用人が、屋敷内の案内を申し出る。

カトラリーふーん……。豪華な屋敷じゃん。
毎日高級フレンチの契約をあっさりOKするだけあるね。
女性1あら、あの方ってもしかして……
シャルロット様が召銃された貴銃士様じゃないかしら。
使用人ええ、彼がカトラリー様で間違いないかと。
使っていたのは北海の海賊とのことですが、
芸術品のような一面もある銃だそうですよ。
女性1まあ! それは近くで見てみたいわ。
カトラリー…………。

遠巻きに眺められてカトラリーがそわそわしていると、
女性と使用人がゆっくりと近づいてくる。

使用人カトラリー様。
ぜひ、当家のお茶会へお越しいただけますでしょうか。
手厚くおもてなしをさせていただきますので……。
カトラリーう、うん……。
女性2まあっ……!
カトラリー様とご一緒よ。羨ましいわ……!
男性1古銃の貴銃士様を招いての茶会とは……
なんという贅沢でしょう。
女性1あら、お二方もいらっしゃる?
久しぶりにお話しましょうよ。
男性1よろしいのですか!?
女性1ええ!
カトラリー様さえよろしければ、ですけれど……。
カトラリー僕は……別に、いいけど……?
女性2ああ……! 夢みたいだわ……!
ありがとうございます、カトラリー様。
カトラリー…………。
カトラリー(僕は、海賊が使った銃で、
卑怯だって罵られることもある暗器なのに……
今の時代だと、こんなに受け入れられてるんだ……?)
カトラリー(古銃の貴銃士って……僕って……
贅沢もできて、みんなに必要とされて、案外悪くないのかも……)
カトラリー…………ふふっ。

Ep2. 不愉快な出会い

給仕カトラリー様、夕食をお持ちいたしました。
本日はオードブルに季節の野菜のテリーヌ、
スープはビシソワーズ、ポワソンに舌平目の──
カトラリーふーん、ま、悪くなさそうだね。
いただきます。
カトラリー……うん、味は悪くない。
でも、喉が渇いた。
給仕お飲み物──は、
いつも通りソーダがこちらにございますが……。
カトラリー気分じゃないの。それくらいわかんない?
そうだな……今日はクランベリーソーダにして。
甘酸っぱいものが欲しい。
メイド……かしこまりました。
すぐにご用意いたします。
カトラリーはいはい、10秒で持ってきて。
僕、無駄に待つの嫌いなんだよね。

カトラリー……ねぇ、まだなの?
もう1分は経ったよ?
給仕申し訳ありません、もう少々お待ちくださいませ。
ソーダの他にもグラニテをご用意いたしますので……。
カトラリーふぅん、なら……ま、いいけど。
とにかく、あんまり僕を待たせないでよね。
給仕……はい、カトラリー様。
カトラリー(……ここの人たちって、
僕の言うことをなんでも聞いてくれる。
王様になったみたいな気分だな)
カトラリー(ほんと、いいところに召銃されたよ。
マスターは……あんまり会いに来ないけど。
おかげで別にこき使われたりすることもないし、贅沢三昧でさ)
秘書カトラリー様、お食事の最中に失礼いたします。
明日のご予定をお伝えにまいりました。
カトラリー面白い予定だけ聞かせてよ。
つまんないことなんか聞いたら、食事が台無しになるから。
秘書……明日は、重要な予定がございます。
昼に首相官邸で行われる立食会へのご参加です。
カトラリーまた会食?
もう飽きたんだけど。
っていうかそれ、全然面白い予定じゃないよ。
秘書明日の立食会には必ずご出席をお願いいたします。
カトラリー様には『お役目』がございますので……。
カトラリー……ふぅん?
はぁ……面倒だけど、仕方ないね。

翌日、立食会の会場にて。

カトラリー(……なるほどね。
あれが、『ファル』か)
カトラリーねぇ。
あんた、貴銃士でしょ?
──KB FALLの貴銃士、ファル。
ファル……そうですが、何か?
カトラリーなら、よろしく。
昨夜、あんたと仲良くなれって言われたんだよね。
カトラリーマスターの派閥は違うみたいだけど
人間は人間で好きにすればいいし。
僕らは同じ貴銃士同士、あっちで話でも──
ファルはぁ……。
あなたの主張はわかりました。
しかし、私は親しくする“フリ”さえも面倒なんです。
カトラリー……は?
ファルでは、私はこれで。
カトラリーちょ……ちょっと待てよ!
カトラリーこの僕がわざわざ話しかけてやってるのに、
勝手にどっか行こうとするなんて、どういう了見?
ファル……何か問題でも?
カトラリーあるに決まってるだろ!
あんたは元大罪人の薄汚い現代銃と同型の貴銃士で、
僕は古銃! 立場の違いがわからないわけ?
カトラリー誰のおかげで、ベルギーの地位が保証されてると思ってんの?
あんたは僕が話しかけてやったことに感謝するべきでしょ。
カトラリーそれとも……ああ、わかった。
そんなことも理解できないほど、あんたの頭って残念なんだ。
ファル………………。
カトラリー図星だからって黙ってないで、何か言えば?
ファル……、くっ……。
カトラリー……?
ファルふ……あはははっ……!
あなた、随分と面白いことを言いますね。
カトラリーはぁ……!? 馬鹿にしてんの!?
ファル馬鹿にする……というよりは、いっそ哀れといいますか。
勘違いもここまでくると、滑稽ながらも哀愁すらありますよ。
カトラリー意味わかんないんだけど!?
ファルおや、おわかりにならないとは。
残念な頭をされているようですので、
はっきり言って差し上げましょう。
ファルベルギーに──世界の人々に必要とされているのは、
あなた自身ではありません。
『レジスタンスの古銃』、その栄光でしょう。
ファルそしてあなたは、『レジスタンスのカトラリー』ではない。
機構と見た目がまあまあ似ているだけの別物の銃です。
ファルそちらのマスターも、本当に欲しかったのは
かのカトラリーでしょうねぇ。
ファルしかしあれは、行方を厳重に秘匿されているという、
元レジスタンスのマスターが持ったままだそうで。
本物には手出しができず、あなたを召銃した、と。
カトラリー……っ、……え……?
ファルわかりませんか?
要するにあなた、代替品なんですよ。
ファルレジスタンスのカトラリーと似ていて都合がいいので召銃され、
ただそこにいることだけを求められるお飾り……。
あなたの銃では、まともな戦力にはなりそうにありませんし。
カトラリーなっ……!
ファル勘違いしていると、後々痛い目に遭いますよ。
わきまえておくことをお勧めいたします。
“お人形さん”。
ファルでは、今度こそ失礼いたします。
カトラリーは、ちょっと……。
カトラリーなっ……なんだよあれ……!
お飾り……? お人形……? そんなわけ……。
シャルロット私の可愛い貴銃士さん!
カトラリー…………。
カトラリーなんなんだよあいつ! ムッカツク……!
現代銃のくせに、みんなが崇める古銃の僕を馬鹿にして……!
カトラリー本っ当に、ムカつく……!!

 

Ep3. 救いの天使

カトラリー(あーっ、もう最悪!
何日か経ったってのにまだむかつく!
ファルの奴……薄汚い現代銃のくせに……!)
給仕カトラリー様、ディナーのご説明をいたします。
本日はオードブルに真鯛とタマネギのカルパッチョ、
スープは枝豆のポタージュ、ポワソンにスズキの──
カトラリー(僕がお飾り?
本当はレジスタンスのカトラリーが欲しかった?
好き勝手言いやがって……)
給仕……カトラリー様?
お召し上がりにならないのですか?
カトラリー……食べる。

カトラリーは、少し乱雑な動作で、
カルパッチョを口へと運んだ。

カトラリー…………。
カトラリー……美味しくない。
給仕はい……?
カトラリー全っ然! 美味しくない!
何これ。どこが高級フレンチなの?
契約違反だろ。シェフ呼んで、シェフ!
給仕も、申し訳ございません……!
ただいまシェフを呼んで参ります!
カトラリーふんっ!!
シェフカトラリー様がお呼びだと伺って参りました。
何か料理に不備などございましたでしょうか……?
カトラリーこのカルパッチョ、美味しくないんだけど。
腕が落ちた? それとも、手を抜いたの?
シェフそのようなことは決してございません!
全力を尽くしましたが、お口に合わないようでしたら、
今すぐ作り直してまいりますので──
カトラリーまた待たせるつもり?
じゃあ、もういらないよ、こんなまずい料理!

カトラリーは持っていたナイフとフォークを
テーブルに乱雑に叩きつける。
それは皿に当たって、耳障りな音を立てた。

カトラリーあんたら、せいぜいクビを切られないようにね。
まずい料理は契約違反だからっ!

カトラリーああ、どいつもこいつも……!
僕を苛つかせることばっかして、なんなわけ?
カトラリー(あいつの言う通り……僕が代替品だから?
本当はどうでもよくて、心の中では馬鹿にされてるの?)
カトラリー……ん。
カトラリーこの音は──ピアノ?

どこからか聞こえてくるピアノの優しい旋律に、
カトラリーは思わず目を閉じて聞き入った。

カトラリー(この演奏……上手い。
なんだか……聞いてると、少し気持ちが落ち着く。
弾いてるのは誰なんだろう……?)

音に引き寄せられるようにして、
カトラリーは廊下を進んでいく。

カトラリー……お邪魔、します。
???………………。
カトラリー(あの人……貴銃士だ。現代銃だけど……。
貴銃士でもピアノって弾けるんだ)

奏者の青年は一心に弾き続けており、
カトラリーに気が付いていないようだった。
邪魔にならないよう、静かに近くの椅子に着席する。

美しく、どこかもの悲しさもあるピアノの音色に聴き入って、
カトラリーの荒れていた心は少しずつ鎮まっていった。

窓から射した光が青年の上に降り注ぎ、その背中を照らす。
その姿はまるで、羽が生えた天使のようだった。

???……気に入った?
カトラリーあ……。
僕、もう出てくから。
???ふふ……いいんだよ。
逃げずにここにいて。
カトラリー……いいの?
???もちろん。
カトラリー……ありがと。
あ、あの。僕、カトラリーっていって──……
???ノン……言葉は要らないよ。
僕が欲しいのは音だけさ。
……ねぇ、きみも弾いてみる?
カトラリーえ……? 弾く?
でも僕、ピアノなんて弾いたことないし……。
???それでいい。
必要なのは、心からの響きだけ。
ほら、弾いてごらん。
カトラリー…………うん。

カトラリーは促されるまま、
ピアノのそばに歩み寄り、鍵盤を押す。

カトラリーこれでいい?
???……綺麗な音だね。
まるで、きみみたいだ。
カトラリーそう……かな。
お飾りの貴銃士らしく、上辺だけは綺麗なのかも。
???お飾りなの?
カトラリーたぶん……。
きっと、みんなそう思ってるから……。
???……まだ、誰もきみの心の底を知らないんだね。
本当のきみは実に柔らかく繊細で、でもとても力強い。
こんなに芯のある音を出せるんだから。
???なぜ人はピアノを弾くのか?
それは、個が奏でる唯一の旋律を創り出すため……。

青年は再び、ピアノを弾き始めた。
今度の曲はしんしんと降り積もる綿雪のように、
冷たくノスタルジックなメロディだった。

カトラリー……ねぇ。
僕、ここにいてもいい?
???もちろん。
きみがいたいのなら、いつまでも。
カトラリー君の名前は?
ミカエル……ミカエル。
カトラリーミカエル……。
カトラリー(ミカエル……って、確か、天使の名前だっけ?
優しげで慈愛に満ちている感じで……。
……この貴銃士に、ぴったりだ……)

Ep4. 高級フレンチとチーズ

ミカエルとの出会いから数日後。
カトラリーは、空腹を訴えるお腹をさすりながら、
あてもなく廊下を歩いていた。

カトラリーはぁ……。
カトラリー(ミカエルと出会ってから、苛つきはおさまったけど……。
やっぱり、食事が美味しくないんだよなぁ)
カトラリー……わざとまずい料理作って嫌がらせしてるんじゃないよね?
料理を無駄にするようなこと、いくら僕が気に食わなくても、
シェフならしないと思うけど……。
カトラリー今朝も昼も……味がしなくてろくに食べずに出てきたから、
さすがにお腹すいたなぁ。
カトラリー……食堂に、ちょっと顔出してみようかな。

カトラリーねぇ。
何か食べるものない?
シェフカ、カトラリー様!
ディナーはまだ仕込みの段階ですので、
今お出しできるものは何もございません……!
カトラリー別に料理を食べさせろって言ってるわけじゃない。
何か軽くつまみたいだけ。
カトラリーそのまま食べられる……果物とか、パンとかチーズとか。
そういうのくらいあるでしょ。
ファルチーズ……?
カトラリー……げっ。ファル……!
ファルあなたもチーズをお求めですか。
でしたら、ご一緒にどうです?
カトラリー……ご一緒に……って。
あんた、ここで何してんの?
ファルアペリティフをたしなんでいました。
いいチーズが手に入ったもので。
カトラリーアペリティフ……って食前酒、だよね。
ファルええ。
あなたにお酒はお勧めしませんが、
このチーズは食べて損はありませんよ。
カトラリー(は……なんだよ、こいつ。
この前、僕のことあれだけこき下ろしておいて、
よく何事もなさそうな顔で一緒にとか言えるな!)
カトラリー(……そうだ!
こいつが勧めるチーズを食べて、まずいって馬鹿にしてやろう!
それくらいの仕返ししてやらないと、許せないし)
カトラリー……ふぅん、それなら食べてみるよ。
僕には食前酒じゃなくてソーダを用意して。
給仕は、はい……!

給仕がソーダを用意すると、
ファルはチーズを数種類取り分けて、
クラッカーを添えてカトラリーに差し出した。

ファルはい、どうぞ。
カトラリーどうも。
言っとくけど、僕、味にはうるさいから。
ファルそれは、楽しみですね。
カトラリー(ふん。その余裕ぶった顔もすぐおしまいだよ)

カトラリーはチーズを口に放り込み、
もぐもぐと咀嚼する。

ファルいかがですか?
カトラリー……え。
…………お、おいしい……。
ファルふふ、そうでしょう。
ファルこのチーズは、サラサンデ地方で10世代に渡って
手作りしている秘伝の……国際コンクールで優勝し……。
カトラリー(ちゃんと、味がする……。
濃厚で、ちょっと癖があるけどどれも美味しく思える……。
何かを美味しいって思えるの、久しぶりだ……)
カトラリー(……あ、もしかして、
実は体調が悪くて味覚が鈍ってたとか?
なら、もう治ったみたいだし、今日の夕食は期待できるかも!)
ファル対してそちらのチーズの方は、発酵方法に
最新の科学技術を取り入れたもので、なんと……。
カトラリー(それはそうと……)
カトラリーふふっ。……ふふふふ!
おっかしーの!
ファルはい?
失礼な。どのチーズも一級品です。
おかしなところなど──
カトラリーじゃなくて! だってあんた、
この前みたいに澄ました顔しといて、チーズの話だけ
めちゃくちゃ語るんだもん……! ふふふっ!
ファル……チーズを馬鹿にする方に
語る言葉はありませんが……。
カトラリー違う違う。馬鹿にとかしてないって、逆だって!
あんたがあんまり楽しそうだから興味出てきたの。
じゃあ、このチーズは?

その日の夜──。
ファルト別れた後、カトラリーは改めて
独り、食卓についた。

カトラリー(おかしいなあ……)
カトラリー(……やっぱり、味がしない。
さっきチーズを食べた時は、すごく美味しかったのに……)
給仕お待たせしました。
子羊のローストでございます。
ガルニチュールにはアリゴをご用意いたしました。
カトラリー…………いらない。
給仕えっ……?
カトラリーだから、いらないって言ってんの!
まずいんだから、食べられるはずないでしょ?
給仕し、しかし!
このメニューはカトラリー様がお昼にリクエストされたもので、
シェフが丹精込めて調理したものですよ……?
カトラリー子羊なら食べられるかなと思ったけど、
前菜がこんなんじゃメインディッシュも期待できないよ!
どうしてこんなにまずくつくれるわけ? 反省しなよ。
給仕も、申し訳ございません……。
カトラリー……ふんっ!

カトラリーはぁ……。
なんで、また味がしなかったんだろ?
おかしいな、チーズはあんなに美味しかったのに……。
カトラリー……あ、そういえば付け合せはアリゴって言ってたっけ。
あれなら、チーズが入ってるから味がするかも。
よし、戻って食べてみようっと。

カトラリーが再び部屋に入ろうとすると──。

給仕まったくあのガキは!
貴銃士だからって調子に乗って……!
メイドまあまあ、落ち着いて。シャルロット様のご命令ですよ。
こちらの思い通りに踊ってもらうために、
せいぜいご機嫌取っておきましょ?
給仕今まで我慢してたけどなぁ!
今日はもう殴ってやろうと腕が震えて……!
メイドダメよ、お給料が出ないじゃないの。
ほらほら、私が慰めてあげるからぁ……。
ファル勘違いしていると、後々痛い目に遭いますよ。
わきまえておくことをお勧めいたします。
“お人形さん”。
カトラリー(なんで、今さらあいつの言葉を思い出すんだよ……。
別に、僕だってちゃんとわかってたし……)
カトラリー………………。

Ep5. 意地悪は大好きの証

これは、カトラリーたちが
士官学校に来るようになってからのこと──。

カトラリーファル!
ファル……?
カトラリーどう?
元気してた?
ファルああ、カトラリーさん……でしたね。
どうしてここに?
カトラリーどうして……って、
普通にベルギーから来ただけだけど?
何か問題でもある?
ファルいいえ?
ありませんが。
カトラリー……あっそ。
カトラリーところで、ファルってさ。
ちゃんとマスターの役に立ってる?
ファル命令されたことについては問題なくこなしていますので、
相応に役に立っているかと思いますが。
カトラリーどうだかね。
記憶がないのに、ちゃんと立ち回れてるのか怪しいよ。
ファルはぁ……。
今のところ特に不便はありませんよ。
カトラリー……っ、そんなんだから駄目なんじゃない?
もっと必死で思い出そうとしなよ!
記憶ってあんたを構成する一部なんだよ。
カトラリー……僕とのことも、忘れたままなのに。
ファルカトラリーさん?
カトラリーな、なんでもない!
とにかく、記憶のないあんたなんて、ただのお荷物だから……!
主人公【そんな言い方はよくない】
【ファルはお荷物じゃないよ】
カトラリーうわっ、〇〇……!?
いつからそこにいたの!?
カトラリーその……違うんだよ、これは……!
ちょっとした挨拶代わりっていうか……。
……ああ、もう、ファルからもなんか言ってよ!
カトラリー……って、いない!?
おい、ファル!
カトラリー……はぁ。
まあ、ファルのことはいいや。
カトラリー……えーっと、〇〇。
これ、あげるよ。
ベルギーのお土産!

カトラリーはリボンで丁寧にラッピングされた
高級そうな箱を〇〇に差し出した。

驚きつつもさっそく開けてみると、
中にはマーマイトが1つだけ入っていた。

主人公【マーマイト……?】
【あ、ありがとう……?】
カトラリー僕が最近食べて一番美味しかったから!
だからわざわざお土産に持ってきてあげたんだよ。
せいぜい感謝して!
主人公【(美味しい……?)】
【(マーマイトって、イギリスの名物だけど)】
カトラリーな、何、その顔。
もうちょっと、ほらさ、何か言うこととかあるでしょ。
ミカエル……ふふ。
どうやらマスターはよくわかっていないみたいだね。
カトラリー、僕が説明してあげる。
カトラリーミカエル……!?
え、ちょっと……!
ミカエル〇〇、少し考えてごらんよ。
彼はね、わざわざベルギーから来たのに、
イギリスの人にご当地のものを渡したんだ。
ミカエルマーマイトは好き嫌いが分かれる上に、
ベルギーできちんとお土産を用意しなかったって、
気分を損ねる人もいるだろう。
ミカエルきみがそういう風に何か反応をしたら、
「期待しちゃって馬鹿だね!」って、
からかうつもりだったのかな?
カトラリーち、ちが……!
ミカエル僕が思うに、今回のは少し、
きみなりのいじわるがわかりづらかったみたいだ。
残念だったね、カトラリー。
ミカエル今度はもっとわかりやすいいじわるにするといいよ。
……ね、きみもそう思うでしょ、〇〇。
カトラリーば、バカ!
ミカエルも〇〇もバカ──っ!
主人公【待って、カトラリー!】
【いいリアクションできなくてごめん!】
ミカエルおやおや、逃げ足が速いね。
よっぽど恥ずかしかったみたいだ。
ミカエル……ねぇ、〇〇。
あの子はね、初めて会った時から、
とっても繊細な子だったんだ。
ミカエルだから、そのつもりで接してあげて。
よろしく頼むよ。

コメントを書き込む


Protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

まだコメントがありません。

×