銃が戦うこと以外に生きる意味や存在価値を求めるのは、可笑しいはずだ。
ただ、彼の本心は違った。全てを失くした今、彼はその身を赤に投げだすのだった。
紫の瞳に映るは過去の亡霊。歪んだ狂気に蝕まれ、囚人の行先は忘却の闇。
見知らぬ友の傍らで、空っぽの器が息を吹き返す。亡霊の消えた金の瞳をたずさえて。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──貴銃士特別クラスは、社会科の授業で、
イギリス有数の調理器具メーカーの工場見学に訪れていた。
恭遠 | みんな、誘導に従って進んでくれ。 説明をしっかり聞いて、機械や製品には勝手に触らないように。 |
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ジョージ | はーい! |
ファル | ……あの。 そもそも、調理器具の工場を見ることが、 我々にとってなんの役に立つんでしょう。 |
エンフィールド | 世の中の様々なことについて見識を深めるのは、 すぐに直接的に役に立たなくても、 僕たちを豊かにしてくれるのではないでしょうか。 |
十手 | うんうん。 それに、ここで学んだことが、 いつか任務や意外なところで役立つかもしれないよ。 |
ファル | そういうものでしょうか……。 |
工場長 | えー……では、皆さんこちらへどうぞ。 |
工場長 | 弊社では削り出しの高級鍋を生産しておりまして、 国内外で高い評価を得ています。 |
ファル | ほう……削り出し加工ですか。 私と同じですね。 |
十手 | えっ……! ファル君もこの鍋と同じように作られたのかい……!? |
ファル | 広義ではそうなりますかね。 |
ジョージ | What!? ファルって、銃になる前は鍋だったのか……!? |
ファル | そういうことではありませんよ。 加工方法が同じだという意味です。 |
ファル | 金属の加工方法には、代表的なものが2つあります。 |
ファル | 金属の塊を削って製品にするのが、削り出し加工。 鉄板をプレスして様々なパーツを作るのがプレス加工ですね。 |
ファル | 削る方が単価は高くなりますが、 ひと塊の鉄からできているので、耐久性で勝ると言われています。 今の技術だと、プレスも進化しているのかもしれませんが。 |
工場長 | おお、さすがは貴銃士様。 お詳しいですね! |
工場長 | 細かな部品を組み合わせて作る工業製品の場合、 プレス加工を採用するメリットも大きいのでしょうが……。 |
工場長 | 弊社の主力商品は鍋ですので、 削り出し加工にこだわっているのです。 |
十手 | 加工方法によって、そんなに出来栄えが違うものなのかい? |
工場長 | もちろん。 見た目の重厚感・高級感だけでなく、 料理の美味しさにも違いが出るんですよ。 |
工場長 | ……と言っても、鍋ひとつで変わるのかと思われるでしょう。 そこで、弊社の鍋と一般の鍋を使って料理をしてみました。 |
工場長が手を叩いて合図をすると、
従業員が鍋を持ってやって来る。
ジョージ | おっ! なんかいい匂いがする……! |
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工場長 | 弊社の削り出し鍋は、炊飯にも適していて、 日本での評価も高いのです。 |
工場長 | 違いもわかりやすいので、 日本出身の社員の協力で米を炊いてみました。 ぜひ食べ比べてみてください。 |
十手&ジョージ | おぉっ……いただきます! |
ジョージ | Wow! なんかうまく言えないけど、デリシャスっ! |
十手 | なんと……! これはすごい! |
十手 | 削り出し鍋で炊いた米はふっくらつやつやで、 米粒1つ1つがしっかり立ち上がっている……! |
十手 | 普通の鍋で炊いた米も美味いんだが、 噛めば噛むほどに違いがわかってくるなぁ……! |
エンフィールド | お米はリゾットやピラフ、ドリアで食べることが多いですが、 こうして単体で食べても美味しいんですね! |
工場長 | おわかりいただけて何よりです! |
ファル | ふむ……。 |
エンフィールド | おや? どうしたんですか、ファルさん。 |
ファル | 違いはわかりますが、普通の鍋の方が私は好みだったもので。 |
十手 | えっ……? |
ファル | 削り出し鍋で炊かれた方は、甘みが強く出ていますね。 主食としては主張が強くて、ややくどい印象と言いますか。 |
十手 | なにっ!? |
工場長 | …………。 |
十手 | あ、あー。いや、本当に美味しかった! 日本の人々がこの鍋を求めるのも納得できるなぁ! |
ファル | 料理への適性はさておき、 厚みもありますし、耐久性では間違いなく優れているでしょうね。 |
工場長 | あ、ありがとうございます……。 |
十手 | は、ははは……。 |
ベルガー | あ~! シャムシャムする!! |
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ベルガー | この辺まで来てんのに思い出せねぇんだよな~。 何を忘れてんのかも忘れてんだけどよぉ。 |
八九 | いや、意味わかんねぇよ。 つーかシャムシャムって何? 間違えるにしてもムシャムシャだよな? |
ファル | ……あの。 廊下の真ん中で止まらないでいただけます? 通行の邪魔なのですが。 |
八九 | あ……悪ぃな、ファル。 |
ベルガー | ……おっ!? 思い出した! ファル、お前のアレだよ! |
ファル | ……アレ、とは? |
ベルガー | なんかよ、よくつるんでるオトウト?いただろ。 なんかクネクネしてるヤツ。 |
八九 | ……っ、おい! |
ファル | …………。 |
ジョージ | Hey! こんなとこで集まってどうしたんだ? |
ファル | 大したことではありませんよ。 彼が、私の弟銃について気になるようでして。 |
ジョージ | へー! 弟ってどんなヤツなんだ? |
八九 | ちょっ、お前まで……! |
ファル | 名前はKB FNC。 世界帝軍では“エフ”と名乗っていたそうですね。 |
八九 | (あれ……なんかあっさり話してんな……) |
ジョージ | ファルと結構似てんのかな。 それとも、エンフィールドとスナイダーみたいに、 見た目は割と違う感じ? |
ベルガー | だ~か~ら、クネクネしてんだよ。 |
ジョージ | Wow! 身体が柔らかいヤツなんだな。 バレエやってたとか? |
ベルガー | あっ、もういっこ思い出したぜ。 |
ベルガー | 俺、あいつにムカつくこと言われた! んーっと……そうだ、クソウサギとかよぉ! |
ジョージ | HAHAHA! たしかにベルガーの服ってウサギっぽいもんな☆ |
ジョージ | ……って、ベルガーじゃなくて弟の話! |
ファル | あいにく、私には記憶がないので 彼の貴銃士としての容姿や性格について話せることはありませんが、 銃についてならわかりますよ。 |
ファル | 私、KB FALLは多くの国で採用された銃ですが、 しばらくすると小口径ライフルが注目されるようになりまして。 私は大口径ですから、シェアが縮小していったのです。 |
ファル | そこでKB社は小口径ライフルの開発を進め…… まあ、いろいろとありつつ誕生したのがFNCというわけです。 |
ベルガー | んぁ……? コーケーコーケー……コーク!! |
八九 | おい、ベルガー。もういいだろ? コーク買ってやるから来いよ。 |
八九 | ついでに腹減ったしハンバーガーも買ってやるから、 ジョージも来い。 |
ジョージ | えっ、いいのか? Thank you!! |
ベルガー | ポテチもつけろよぉ? |
八九 | チッ……しゃーねぇ。 じゃあな、ファル。 |
ファル | ええ。 |
八九 | (ファルにエフやアインスのこと思い出させるなって ミカエルから言われてたんだよな……。 それが、ファルのためになるからって) |
八九 | (あいつ自身は、別になんとも思ってなかったみてぇだけど…… はぁ。何かの拍子に思い出すんじゃねぇかってヒヤヒヤしたぜ。 ……悪ィな、ファル) |
エルメ | やあ、ファル。今日はよろしく。 |
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ファル | 今日の作戦はあなたと一緒なのですね。 よろしくお願いします。 |
連合軍兵士 | ほ、本日はよろしくお願いいたします! |
連合軍兵士 | エルメ様とファル様……! 4大アサルトライフルの貴銃士にお会いできるなんて…… 本当に光栄ですっっ!! |
エルメ | 4大アサルトライフルか。考えてみたら、 そういう風にもてはやされているのって、なんだか不思議だよね。 |
エルメ | 優れた銃の代表格は、本来時代によって変化するものだろう? 世界の情勢次第で、求められる性能やトレンドも移り変わるし。 |
ファル | そうですねぇ。 言われてみれば、誰がどうやって、どんな基準で 4大アサルトライフルと決めたのか不思議です。 |
ファル | そもそもなぜ、4大を選ぼうとしたのでしょうか。 そしてなぜ人々は、その肩書に魅力を感じるのか……。 |
連合軍兵士 | 選出基準ですとか、そのあたりのことは、 私にもよくわからないのですが……! |
連合軍兵士 | し、しかし、やはり圧倒的なオーラがあるといいますか……! お2人は世界の多くの国で使われ、 現代銃の一時代を築いた名実ともに素晴らしい銃ですし!! |
連合軍兵士 | 数多ある銃の中で、多くの人々が「4大に相応しい!」と 思ったからそう呼ばれているのでしょうし、 それより、その……っ。 |
連合軍兵士 | なんだか、ロマンを感じるではありませんか……!! |
エルメ | ふぅん……。 じゃあ4大文明とか4大元素にも、君はロマンを感じるのかな。 |
エルメ | 特定の対象を4つに限定すると、より魅力を感じる…… 興味深いけれど、理解しがたい心理だね。 人間というのは、そういうふうにできているものなの? |
連合軍兵士 | う、うーん……? 4つに絞るからこそ魅力的なのでしょうか……? ちょっと、自分でもわからなくなってきました……。 |
ファル | ……4大ではありませんが、 私も世界3大ブルーチーズには魅力を感じますね。 |
エルメ | えっ? |
ファル | ねっとりとした濃厚な味わいのもの、 ピザやパスタなどの料理に使いやすいもの、 強めの塩気が効いていて、品のある仕上がりのもの……。 |
ファル | それぞれ違い、個性があって、どれが一番とは選び難い……。 そういう優れたものは確かに、 3大や4大で表すのがいいかもしれません。 |
エルメ | ファル……? |
ファル | ただ、ワインには今のところ、3大も4大もなさそうですね。 ブルゴーニュとボルドーが2大生産地として知られていますが。 |
ファル | ブルゴーニュ地方のワインは赤・白共にミネラルが豊富で、 エレガントなスタイルが売り……。 |
ファル | ボルドー地方の赤ワインはタンニンが豊富で重厚な一方で、 白ワインは甘口の貴腐ワインが有名ですし……。 |
ファル | ふむ……こう考えてみると、魅力的なワインが多すぎて、 4大に絞るのは難しそうですね。 |
連合軍兵士 | す、素晴らしい!! |
連合軍兵士 | 自分にはチーズやワインのことはわかりませんが、 ファル様に共感していただけるなんて幸せです……! |
エルメ | ファル……君とは、気が合うと思ってたんだけどな……。 |
その日、貴銃士クラスでは射撃訓練が行われていた。
ベルガー | オラオラオラァァァァーー!! あひゃひゃっ、食らえ食らえぇぇ!! |
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カトラリー | うわっ、あいつ、声だけじゃなくて銃までうるさいわけ……!? |
カトラリー | でも……あんなふうに一気に撃てるのはすごいかも。 僕は装填が大変だし……。 |
ファル | …………。 |
カトラリー | あれ……? |
カトラリー | ねぇ、ファル。 1発ずつ撃つんじゃなくて、連射はしないの? あいつみたいにさ。 |
ファル | フルオートですか? できますが、私の場合はセミオートの方がやりやすいので。 |
※セミオートとは、引き金を一回引くことで、
発砲後の空薬莢の排出と次弾の装填を
自動的に行う仕組みのこと。
カトラリー | なんで? 1発ずつ撃つより、連射した方が楽な気がするけど。 |
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ファル | 私は元々、もう少し小さい口径で開発されていましてね。 それが、使用を想定する地域的な都合で 途中から大口径に変わったんです。 |
ファル | その結果、フルオートだと命中精度が少し落ちてしまいまして。 精密な射撃をしたい時は、セミオートの方がいいんです。 |
カトラリー | ふぅん……そういうものなんだ。 じゃあ、大口径じゃない方がよかったのかな。 |
ファル | それも一概には言えませんね。 やはり大口径は威力で勝りますし。 しかし、反動はどうしても大きくなります。 |
ファル | 小口径と大口径、セミオートとフルオート…… どちらが有効かは、どんな場面で使うか次第でしょうね。 銃そのものより、戦略や使い方が重要かと。 |
カトラリー | 現代銃って……全部似たような感じに見えるけど、 結構いろいろ違いとか個性があるんだね。 |
ローレンツ | ──その通りだ、Mr.カトラリー! |
カトラリー | わっ……! いきなりなんだよ! |
ローレンツ | そしてさらに、銃の性能を語る上で忘れてはいけない要素がある。 それは、誰がどのように使うかということだ。 |
ローレンツ | モルモット1号──a.k.a.ベルガーの場合は、 トリガーの引き加減で発射モードを切り替えることができる。 しかし──……。 |
ベルガー | あひゃ、あひゃひゃひゃ! |
ファル | そういえば、彼の銃、トリガーを浅く引けばセミオート、 深く引くとフルオートになるんでしたっけ。 |
カトラリー | えっ、そうなの? でもあいつ、さっきから連発しかしてないよ。 |
ローレンツ | ああ……モルモット1号が発射モードを切り替えることはない。 なぜなら、彼は切り替え方を知らないからだ。 フッ……Q.E.D. |
カトラリー | うわ……。 そんなバカに銃持たせていいわけ? |
ファル | あの銃が彼自身ですし、やむを得ないのではありませんかねぇ。 |
カトラリー | うーん……。 |
ローレンツ | とにかく、Mr.ファルは自分の特性をしっかりと理解した上で、 効果的に使っているということだ。 |
ファル | 当然のことなんですが……。 |
ジョージ | Welcome! 今日はバーガーパーティーだっ☆ みんな、好きなだけ食べてってくれよ~! |
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食堂のテーブルには、バンズやパティ、
野菜やドレッシングなどバーガーの材料が
きれいに並んでいた。
ケンタッキー | おおっ! ウマそう! これ、全部ジョージが用意したのか? |
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ジョージ | ううん、エンフィールド! まだまだ厨房で焼いてくれてるぜ! トッピングもたくさんあるから、自由にアレンジしてくれよ☆ |
エンフィールド | このパティ、大きすぎますよね……。 でも師匠のために……! ……えいっ!! |
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ペンシルヴァニア | このサイズ感……アメリカを思い出すな。 バンズも、パティも……どれも美味そうだ。 |
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スプリングフィールド | アメリカのハンバーガー……こんなに大きいんですね。 |
ケンタッキー | そっか……スーちゃんは向こうで食べたことなかったな。 ほら、見てみろよ! このバンズなんか、スーちゃんの顔くらいデカいぜ! |
スプリングフィールド | わ……本当だ……! |
ファル | ハンバーガーですか。 炭水化物とタンパク質を手軽に摂取できて、 急速栄養補給にはいいかもしれませんね。 |
カトラリー | でもこれ、どうやって食べればいいわけ? このままじゃ口に入らないし……。 |
ケンタッキー | んなの、豪快にかぶりつくに決まってんだろ? ほら、ジョージみてぇに。 |
ジョージ | んがががが……!! |
カトラリー | ええっ!! 大口開けるどころか、目も鼻も開いてるよ。 こわ……っ。 |
カトラリー | ねぇ! ファル、こんなの食べられないよね。 |
ファル | ……何か足りないような……。 |
ファル | ハンバーガーとは、もっと赤いものではないのですか? |
カトラリー | 赤? 具をブルーで焼いたステーキにするとか……? それとも、ラディッシュとかトマトとかそういうの? |
ジョージ | Oh! バーガーに赤って言ったら、トマトかケチャップだなっ☆ ほら、ケチャップなら用意してるぜ! |
ファル | ありがとうございます。 なんとなくですが、しっくり来ました。 |
ファル | そう……これが、ハンバーガー……。 |
ファルは、パティの上にケチャップをたっぷりと……。
さらにたっぷりとつけた。
カトラリー | ファル……こんなハンバーガーってないよ……。 |
---|
──その夜。
??? | ……あ、なる……ど……それは確かに難しい問題ですねぇ。 |
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??? | でしょ? ファルちゃんも、こういうところはわかってくれるのねぇ。 |
??? | 気を付けてはいるんだけど……中身がこぼれて……♥ いつも手が真っ赤に汚れちゃうのぉ。 |
??? | あなた、しっかり刺したままにしていますか? すぐに抜くのは駄目ですよ。 |
??? | それか、ぐっと押し潰すのも効率的ですかねぇ。 |
??? | あらん! 最初に潰しちゃうなんてもったいないじゃない! |
??? | それなら切る方がいいわぁ♥ あの断面もたまらないわよねぇ~♥ |
??? | こら、品がない言い方はおよしなさい。 ……まあ、わからなくもありませんが。 |
??? | ああ、話していたら、その気になってきましたよ。 ……これから、どうです? |
??? | やだぁ、気が合うわね♥ アタシもたまらなくなってきちゃったもの……♥ |
??? | やっぱりいいわよねぇ……。 |
???&??? | ハンバーガー。 |
──翌朝。
ファル | ……? 何か、夢を見ていた気が……。 |
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ファル | ふむ……。 思い出せませんね……。 |
ファル | 妙な気分ですが…… 思い出せないということは、きっと、 大した内容ではなかったのでしょうね。 |
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