これは彼の運命が、一人の士官候補生と交差する前の物語。
西と東の孤独な銃が、雪の季節に邂逅する。
不器用同士袖すり合った大きな客人。在坂は椿に、頬と思いを寄せる。
…いつかまた会って、笑い合えたら嬉しい。
出会った瞬間、似てると思った。
共に過ごす内に、それは確信に変わった。だからこそ気にかかる。
在坂はもっと、話したかった。
デカ。今、どこで何してる?
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──日本、自衛軍基地。
在坂たち貴銃士は背中に大きなカゴを背負い、
秋の収穫へと出発した。
在坂 | む……ふっ……。……っ。 |
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在坂 | ……在坂の身長では、柿に手が届かない。木に登る。 |
邑田 | 待て待て! 柿の木は枝が細くていかん! どれ、わしが肩車をしてやろう。 |
在坂 | そうか……では、お願いする。 |
邑田 | うむうむ、遠慮なくわしの肩に乗るがよい♪ |
在坂は邑田に肩車をしてもらう。
在坂 | ほう……視界が高い。在坂は気に入った。 |
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邑田 | ほっほっほ。遠くまで見渡せるかの? 在坂のためなら何時でも肩車をしてやるぞ! |
八九 | …………親子かよ。 |
八九 | (あ~~~~だる。漫画の最新刊を買いに行くつもりだったのに、 なんで柿拾いなんか……つーか、眠くなってきたな……) |
自衛軍兵士1 | ここから先は渋柿で、あちらが甘柿です。 収穫したものはそれぞれ分けて……──。 |
八九 | ふぁ……。 |
邑田 | 八九、何をさぼっておる。 |
八九 | うあっ!? さ、さぼってません!! |
邑田 | わしは在坂を肩車していて忙しい。 さっさと柿を取って働かぬか。 |
八九 | へいへい、仰せのままに~……っと。 |
八九 | (ん? なんでカゴが別々に置いてあるんだ? ま、いっか。採った柿を適当に入れときゃ……) |
八九は、地面に置かれたカゴに
自分が収穫した柿をどさどさと入れていく。
自衛軍兵士1 | ああー! 八九殿!! そちらは甘柿を入れるカゴです! |
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自衛軍兵士2 | 八九殿は渋柿を採っていらしたのでは!? |
八九 | えっ? そーだったのか? 俺……マズイことした? |
邑田 | あぁ……渋柿と甘柿がごちゃ混ぜに……! おぬしはいったい何をしておるのじゃ!! |
八九 | スマセンっした!! |
在坂 | 綺麗な土下座だ。 八九は悪気があったわけじゃない。 謝ったのなら許してあげればいいと思う。 |
邑田 | 在坂がそう言うのなら……。 しかし、罪は償ってもらうぞ。 柿の皮を剥いて、渋柿か甘柿かを確かめるのじゃ。 |
八九 | うっ……りょ、了解。 ええと、身に黒い斑点があるのが甘柿……だったか? |
八九が包丁を手に取り、柿の皮をむいていく。
在坂 | 八九、在坂も柿の皮をむきたい。 包丁を貸してくれ。 |
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八九 | えっ!? いいけど……手切らねぇように気をつけろよ。 |
在坂 | わかった。きちんと手をそえて、包丁を滑らし……あ。 |
邑田 | ほわああぁぁっ!? |
在坂 | ……指が破けてしまった。 |
邑田 | あ、あ、在坂の白魚のような手に傷がぁぁっ! |
葛城 | いかがされましたかー!? |
葛城 | これで完治です! 刃物を扱う際は、注意してください! |
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在坂 | わかった。気をつけることにする。 |
邑田 | はぁぁ……たまたま葛城が近くにいて助かったわ……。 |
葛城 | さて、栗と銀杏部隊もそろそろ戻ってくるようですし、 我々も渋柿と甘柿の仕分けをすませてしまいましょう! |
──その日の夜。
邑田 | ほう、栗ご飯、銀杏焼き、柿の食後の甘味……。 今日の夕飯は秋の味覚が満載じゃな。 |
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在坂 | 在坂は栗ご飯が気に入った。 栗が甘くて、ほくほくしている。 |
在坂 | ……そういえば、干し柿が料理の中になかった。 渋柿で作ると聞いたのだが、今日は食べないのだろうか? |
邑田 | 残念じゃが、干し柿を作るのは時間がかかるからのう。 ほれ、今日在坂がむいた柿も、 あの窓の外に干してある中にあるはずじゃぞ。 |
在坂 | ああして甘い柿になるのか……。 食べられるのはいつだろう……? |
在坂 | 在坂は、とても楽しみだ。 |
──歌舞伎町自治区入口。
キセル | よォ、邑田と在坂じゃねぇか! 自治区の方まで来るとは珍しいな。何しに来たんだ? |
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邑田 | 自治区に住む者に用があってその帰りだ。 ついでに茶でもしようかと思っての。 |
在坂 | キセル、在坂は腹ぺこだ。 美味しいものが食べられる場所を教えてほしい。 |
キセル | それなら、おすすめが2つあるぜ。 『鈴茶屋』は紅あずさを使った団子、 『タカナ喫茶』は紅ほのかを使ったサンデーが秋限定メニューだ。 |
邑田 | むむむ……。紅あずさと紅ほのか……。 茶屋と喫茶……双方に魅力的な菓子……。 |
邑田 | よし、どちらも行くとしよう。 |
キセル | おぉっ!? |
邑田 | まずは在坂が食べたい方に行き、 その後わしが食べたい方という順で一緒に行けばよかろう。 |
在坂 | 別々に食べたい店が違うのなら、 分かれて別々に行けばいいと在坂は思う。 |
邑田 | それはだめじゃ! |
邑田 | こんな可愛らしい在坂が1人で店にいるなど…… どこぞの悪党に甘味を奢ってやると誘われ、 誘拐でもされたらどうするのじゃ!! |
在坂 | 在坂は邑田と同じ貴銃士だ。 悪漢に出会ったとしても、在坂だけで対処できる。 |
邑田 | しかし……。 |
キセル | そんなに心配なら、俺が在坂について行ってやろうか? |
邑田 | わかっておらんのう。 1人にするのは心配じゃが、そういうことではなし。 |
邑田 | 美味そうに甘味を食べる在坂を見たいが、 わしは紅ほのかの甘味が食べたいのじゃ!! |
キセル | 難儀だなァ……。 |
在坂 | 両方食べられる店はないのだろうか? |
キセル | うーん……調べればあるかもしれねェが、 今すぐには思い浮かばねェんだよな……。 |
キセル | 両方食べられる店……か……。 |
キセル | おっ、そうだ! |
邑田 | おお、店を思いついたか? |
キセル | いや、店じゃなくて提案を思いついた。 |
キセル | 『タカナ喫茶』で紅ほのかサンデーを持ち帰りにして、 持ち込み可能な『鈴茶屋』に行きな。 それであんたらの問題は解決するんじゃねェか? |
邑田 | なんと素晴らしい!! |
在坂 | 邑田が駄々をこねなくなった。 在坂は感謝する。 |
キセル | ははっ! 駄々か。 |
邑田 | わしの真摯な気持ちを駄々とまとめられるのは 寂しいが……ともあれ一件落着じゃ。 早う店に向かおうぞ。 |
在坂 | ああ、わかった。 |
邑田 | では、また会おうぞ。 |
キセル | おう、またな! |
キセル | ハハッ……相変わらず仲のいいこった! |
──とある任務の帰り。
在坂は立派な庭園がある家の前を通りかかった。
在坂 | ……椿の花だ。 |
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在坂 | (あの作戦で入った屋敷にも椿が咲いていた) |
在坂 | ん……? |
在坂が椿を見ていると、家主らしき男性が現れた。
綺麗に咲いている椿の花を摘んでいく。
在坂 | ……そこの家人。尋ねてもいいだろうか。 |
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男性 | おや、軍人さんが我が家に何用ですかな? |
在坂 | 綺麗に咲いているのに、 なぜ摘んでしまうのか在坂はわからない。 |
男性 | 椿はぽとりと落ちる。 落首みてぇで縁起が悪いって言いますのでな。 |
在坂 | そうなのか? |
男性 | ……おや、そのマントに入っている模様。 雪椿ですな。風流な柄でいらっしゃる。 |
男性 | どうでしょう、この椿の枝、持っていかれますかな? |
在坂 | もらっていいのか? |
男性 | 家に飾るには限度があります。 綺麗に咲いているうちに貰ってくれた方が、 椿も喜んでくれましょう。 |
在坂は椿の枝を男性から受け取った。
在坂 | ありがとう。大切に飾らせてもらう。 |
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在坂は貰った椿を持ち帰り、自室に飾ることにした。
──それから少し経ったある日。
葛城 | 失礼します! 在坂殿、次の任務ですが……おや? |
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在坂 | …………。 |
葛城 | どうされました? |
在坂 | ……少し前に貰った椿……元気をなくしてきている。 そのうち、首のようにぽとりと落ちてしまうのだろうか……。 |
葛城 | ああ、なるほど……。 |
葛城 | でしたら、押し花にしたらいかがでしょうか? |
在坂 | 押し花……? |
葛城 | こう……花を紙に並べて、平らに乾燥させるんです。 花の風合いがそのまま残って、綺麗ですよ。私の母が 押し花を趣味にしておりまして、子供の頃によくやったものです。 |
在坂 | それは……すぐ作れるものなのだろうか? |
葛城 | ええ! 一緒に作ってみましょう! |
在坂 | よろしく頼む。 |
葛城 | 椿のような大きな花は、このままですと難しいので いったん花びらを分解してから、 新聞紙の上に半紙を乗せ、その上に花びらをならべます。 |
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在坂 | む……こうか? |
葛城 | お上手です! ならべ終わったら上にまた半紙を乗せ、新聞紙を重ね……。 そしてそれを本の間に挟んで重し代わりにします。 |
葛城 | 後はこのまま、1週間ほど置いておきます。 |
在坂 | 1週間か……。 |
──次の日。
在坂 | まだだろうか? |
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邑田 | 1週間であろう? まだ1日目じゃて。 |
在坂 | あと6日……早く過ぎないだろうか。 |
邑田 | 一日千秋というやつじゃのう。 |
──そして、1週間後。
葛城 | 上手に乾燥したようですね。 それでは、この花びらを葉書に乗せ 元の椿の花に戻していきましょう。 |
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葛城が押し花の葉書を作り、在坂に手渡す。
在坂 | すごい……ちゃんと、椿の花だ。 在坂も作ってみたい。 |
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葛城 | では、残りの花びらで作りましょうか。 |
在坂は葛城に教えてもらいながら、押し花葉書を完成させる。
在坂 | できた……! 葉書は外国に届くと聞いた。これをデカに送る。 |
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八九 | あー…… 前、その……国際郵便送ろうとして調べたんだけどよ。 海外に花送んのって、結構大変だぜ? |
葛城 | そうですね、 押し花は検疫の証明書が必要になりますね…… |
在坂 | それでも、これを送りたい。 在坂は頑張る。 |
在坂 | いつか……届くといい。 |
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