グラース | チッ……なんなんだよ、あの教官! |
---|---|
グラース | 「教官に向かってその口の利き方はなんだ!」って、 お前の方が、グラース様に向かって無礼だっての。 |
グラース | 何が罰掃除だぁ……!? ふざけてんじゃねぇよ! 僕を誰だと思ってんだ! |
グラース | 恭遠の野郎も、 止めねぇで苦笑いしてるだけの役立たずだし……! |
グラース | 掃除なんか、その辺のどうでもいい奴らに やらせときゃいいんだよッ!!! |
グラース | クソ野郎……クソ、クソクソクソ! |
グラース | ……フン。床が少し濡れてる感じがあれば、 掃除したと思わせられるだろ。 |
グラースは、モップの水気を雑に切っただけで、
適当に撫でるように床を拭いていく。
廊下を端から端まで拭き───
と言うよりは濡らし終えた、その時だった。
??? | うおっ!? |
---|---|
グラース | ……ん? |
ドライゼ | なんだ、このびしょ濡れの床は……! |
偶然通りかかったらしいドライゼが滑って転び、
憤怒の表情を浮かべながら立ち上がる。
グラース | ……やべ。 |
---|---|
ドライゼ | 貴様の仕業か、シャスポー! |
ドライゼ | 俺を敵視するのは勝手だが、 こんな幼稚な嫌がらせまでするとは……。 お前には呆れるばかりだ。 |
グラース | は? シャスポー? 勝手に何言ってんだ。 |
ドライゼ | ……む? |
ドライゼ | ……ああ、グラースか。 人違いをしたのは悪かった。 |
ドライゼ | だが、この床の有様は一体なんなんだ。 貴様は掃除を言いつけられていたはずだが…… 校内を水浸しにして回るつもりなのか? |
グラース | 説教なら余所でやれよ。 床なんざそのうち乾くんだから、どうでもいいだろ。 |
ドライゼ | どうでもいいわけがあるか。 これでは、転んで怪我をする者が出るかもしれない。 |
ドライゼ | それに……見てみろ。 肝心の汚れが、まだこんなに残って─── |
タバティエール | おーい、グラース! |
タバティエール | ん? ドライゼもいたのか。 |
ドライゼ | ああ、たまたま通りかかってな。 グラースの掃除がなっていないものだから、 注意していたところだ。 |
タバティエール | あー、やっぱりそうなったか。 このへんびっしょびしょだもんな……。 |
グラース | うるせぇな……。 僕に掃除なんかさせる方が間違ってるんだ。 |
タバティエール | きっちり掃除するようなガラじゃないもんなぁ。 お前だけだと色々と心配だし、俺も手伝ってやるよ。 |
グラース | フン……お前が構いたいのは、 僕じゃなくてシャスポーの方じゃねえのか? |
タバティエール | まあまあ、そう言うなって。 レザール家のよしみだろ? |
グラース | …………。 |
タバティエール | ほら、モップ貸してみろ。 もっとしっかり絞らないと、 誰かが滑ったら大変だぜ。 |
グラース | ……もう手遅れだけどな。 |
ドライゼ | …………。 |
タバティエール | あー……なるほど。 ドライゼが最初の被害者ってわけか。 |
タバティエール | 悪かったな、ドライゼ。 俺がもう少し早く来てればよかったんだが……。 |
ドライゼ | いや。お前が詫びることではないだろう。 これ以上の犠牲が出ないように、 そいつをきっちり監督してくれ。 |
タバティエール | ああ、そのつもりさ。 ……ほら、グラース。さっさと済ませるぞ。 |
グラース | ……ふん。 |
───後日。
グラース | おい、シャスポー。 |
---|---|
シャスポー | ……なんだ。僕に何か用事か? |
グラース | 聞け。お前のお守役は、僕がもらってやったぞ。 |
シャスポー | はぁ? 何を言ってるんだ。 |
タバティエール | ……ああ、この間掃除を手伝ってやったことか? |
グラース | そうだ。 |
タバティエール | ちゃんと掃除できるか気になって、 俺もちょっと手伝いに行ったんだ。 |
シャスポー | ……罰として掃除を言い渡された時のことか。 |
シャスポー | ふん、好きにすればいい。 僕は君と違って、二軍の世話になる必要はないからな。 |
シャスポー | 僕は〇〇さえいれば、それでいい。 |
グラース | 残念だったな。〇〇だって、 より高性能な僕の方がいいに決まってる。 |
シャスポー | は? ずいぶんお幸せな夢でも見たんだね。 君みたいな傲慢で自己中心的な貴銃士、 〇〇が好むはずがないだろ。 |
グラース | いいや、ここは現実だぜ。 負けるのは時代遅れの格下、すなわちお前の方だ! |
シャスポー | 君ってヤツは……!!! |
タバティエール | 2人とも、落ち着けって。 ケンカしてると〇〇ちゃんが心配するぞ? |
グラース&シャスポー | ふんっ!!! |
タバティエール | やれやれ……。 |
グラース | はあ……。 ひどい目に遭った……。 |
---|---|
グラース | シャスポーの奴、 鈴蘭入りのテリーヌなんて、ひどいもん作りやがって! |
グラース | ったく……しばらくの間は、 テリーヌを見るだけで吐き気とめまいがしそうだぜ……。 |
───数時間前。
シャスポーが〇〇のために作ったテリーヌを
横から奪い取ったグラースだったが……。
そのテリーヌには猛毒を含む鈴蘭が入っており、
そうとも知らず平らげてしまったグラースは、
泡を吹いて倒れたのだった。
シャスポー | ……おい、グラース。いるか? |
---|---|
シャスポー | 少し、話がある。 |
グラース | なんだよ。 また僕に毒を盛るつもりか? |
シャスポー | 違う! 大体あれだって、〇〇のために 丹精込めて作ったものなんだ。 |
シャスポー | その…… 鈴蘭に毒があることを知らなかっただけで……。 |
シャスポー | 君は、呼ばれてもいないのに勝手に来て、 〇〇のためのテリーヌを勝手に食べて、 勝手に倒れたわけだけど……。 |
グラース | 僕だって、好きで倒れたわけじゃねぇよ! |
シャスポー | ……とにかく! 経緯はどうあれ、毒物を作ってしまった僕に、 大きな責任がある。 |
グラース | ……おう。 |
シャスポー | だから、何か君に詫びをしようと思う。 ……何か、望みのものはあるか? |
グラース | ……へぇ。 |
シャスポー | う……、なんだよ、その顔は。 |
グラース | ───決めたぞ。 |
グラース | 中央棟のホールに生徒全員を集めて、 その前で3回まわってouah(ウワ)と鳴け! |
シャスポー | ……はぁ? な、何ふざけたこと言うんだよ! |
シャスポー | 大体それじゃあ、詫びの品じゃなくて 盛大な罰ゲームじゃないか! 断る! |
シャスポー | もっとこう……欲しかったけど買ってないものとか、 ちょっと贅沢だけど食べたいものとか、 そういうものはないのか!? |
グラース | …………。 |
グラース | 欲しいもの、食べたいもの……。 |
グラース | そうだな……フォアグラとか、キャビアとか? |
シャスポー | へぇ……。 そういえば、君の好きなものは知らなかったな。 フォアグラとキャビアが好物だったのか。 |
グラース | いや、別に。 |
シャスポー | はぁ? だったらなんで……。 |
グラース | 高級食材って言ったら、その辺かと思って。 |
シャスポー | あのなぁ……。 君自身がちゃんと欲しているものじゃないと、 贈ったところで詫びにならないだろう? |
シャスポー | 本当に悪かったと思ってるんだから、 君も少しは真面目に考えてくれよ。 |
シャスポー | 君は強欲の権化みたいな貴銃士なんだから、 欲しいものくらいポンポン出てくるだろ? |
グラース | 僕自身が、欲しいもの……。 そうだな……。 |
シャスポー | 何かあるのか? |
グラース | …………。 |
グラース | ───お前の名誉。地位。 |
シャスポー | ……!? |
グラース | 革命戦争で戦った英雄と、同じ種類の軍用銃。 絶対高貴になれて、フランスの市民から 古銃の貴銃士様と慕われるシャスポー……。 |
グラース | ───僕に、シャスポー銃の名をくれよ。 尊敬を、名誉を、地位をくれよ。 |
シャスポー | それは……。 |
シャスポー | ……君は、何もわかってない。 僕の名を手に入れるということは、 罪を背負うことでもあるのに……。 |
シャスポー | ……僕は、君が時々羨ましくなるよ。 |
シャスポー | …………。 |
シャスポー | 君への詫びは……僕の方で、 よさそうなものを見繕って渡すことにする。 |
シャスポー | ……それじゃあ。 |
グラース | …………。 |
邑田 | ……おお、在坂。あれを見てみよ。 日向のところで、見慣れぬ鳥が寛いでおるわ。 |
---|---|
在坂 | ……なかなかの大きさだ。 在坂は、あれは食べられると思う。 |
邑田 | ほっほっほ。 そうじゃのう。どれ、ひとつ撃ってみるか。 |
在坂 | 在坂がやろう。 |
グラース | は……? 何やってるんだ、あいつら。 |
グラース | ……っていうか、あれは─── |
グラース | ───誰かと思えば、盗人じゃないか。 |
邑田 | …………。 |
すっと目を細めてグラースを眺めた邑田は、
ゆったりと歩を進めると、
その胸倉を容赦なく掴みあげた。
グラース | く……っ、何を、する……! |
---|---|
邑田 | ……わしが、何を、盗んだと? |
グラース | ……っ! |
邑田 | ほれ、言うてみよ。 それとも……その口は飾りか? |
グラース | お……お前は、僕を真似て日本で作られたものだろ!? つまり、僕の技術を盗んでデカい面してる奴、で……。 |
邑田 | ふん。そんなことか。 ……くだらん。 |
グラースの言葉を聞いた途端、
邑田は興味をなくしたように、
あっさりと手を離す。
グラース | ……っ! くだらなくはねぇだろ! |
---|---|
邑田 | やれやれ……。 この身がそなたを参考にして作られたと思うと、 嘆かわしくなってくるわ。 |
邑田 | 優れた銃を改良して新たな銃が生まれ、 系譜が続いていくのは、銃のならいであろうよ。 |
邑田 | 多くの後継が生まれるのは、 優れた銃の証でむしろ誇らしいこと。 ……違うか? |
邑田 | それを、盗人だのと、 見当違いも甚だしいことを言って騒ぎ立てるとは…… まったく、器の小さき男よ。 |
グラース | なんだと……! |
グラース | そ、それはそうと、僕の方が先に生まれたんだから、 年上として敬うとかなんとかしたらどうなんだ!? |
邑田 | わしに敬われたいのであれば、 それ相応の貴銃士でなくてはなぁ? ……そなたでは、到底足りぬわ。 |
グラース | お前……っ! |
シャスポー | ……おい、なんの騒ぎだ? |
グラース | お前には関係ないっ! |
邑田 | ほう……。 年上を敬えと言ったその舌の根の乾かぬ内に、 己の元となった銃に対し無礼な口をきくか。 |
グラース | くっ……! |
邑田 | ……そなた、シャスポー銃だな。 |
シャスポー | ああ、そうだが……? |
邑田 | これは、そなたの直系であろう? ……きちんと躾けておけ。 |
シャスポー | あ、ああ……?? |
グラース | おい、躾ってなんだ!!! |
邑田 | さ、在坂、待たせたの。 ……おや、鳥はどこぞへと消えたのか? |
在坂 | あっちだ。在坂が案内する。 |
シャスポー | ……話はよくわからないけど、これを機に 僕のことを兄としてきちんと敬ったらどうだ? |
グラース | ……ふん、お断りだね! |
───アウトレイジャー討伐任務にて。
タバティエール | 今日はこのあたりで野営だな。 |
---|---|
シャスポー | ああ。手分けして準備をするぞ。 タバティエール、テントを張るのを手伝え。 |
タバティエール | へいへい、了解。 〇〇ちゃんも、手を貸してくれるか? |
主人公 | 【わかった】 |
グラース | …………。 |
シャスポー | おい、グラース。 お前も何かしたらどうなんだ? |
グラース | ……何かって、何をだよ。 テントの方は、十分手が足りてるだろ。 |
シャスポー | はぁ……だからって、何もしないつもりか? やるべきことくらい、自分で考えたらどうなんだ。 |
グラース | なんだと? |
タバティエール | あー……それなら、薪を拾ってきてくれよ。 料理にも、暖をとるにも必要だからな。 |
グラース | なんで僕が薪拾いなんか……。 |
グラース | ……チッ、わかったよ。このままここにいて、 グチグチ文句言われ続けるよりはマシだろうからな。 |
タバティエール | 悪いな、グラース。助かるぜ。 |
グラース | ……ふん。 |
グラース | なんなんだよ、シャスポーのやつ、偉そうに……! |
---|---|
グラース | タバティエールもへらへらして、 僕1人に薪拾いなんか任せやがって……。 |
グラース | 何が「レザール家のよしみ」だ! この中じゃあ、僕が一番性能がいいってのに、 前線と二軍で一緒に戦ったからって……! |
グラース | どうせ、レザール家にいた頃は仕方なくで…… 本心では今みたいに、 シャスポーに構いたくて仕方なかったんだろ! ふん! |
グラースが苛立ちに任せて太い枝を折っていると、
茂みが微かに揺れる音がする。
グラース | ───誰だっ!? |
---|---|
グラース | ……ああ、〇〇か。 何しに来たんだよ。 |
主人公 | 【様子を見に来た】 【手伝いに来た】 |
グラース | ……そうかよ。 |
しばらく黙々と薪を拾っていたグラースだったが、
ふと顔を上げる。
グラース | ……なぁ、〇〇。 お前はなんでこっちに来たんだ? |
---|---|
グラース | あいつらのとこにいなくてよかったのかよ。 |
主人公 | 【4人だから、半々に分かれた方がいい】 【グラースが1人だったから】 |
グラース | へえ。 それで〇〇が来たってことはつまり、 お前はシャスポーより僕を選んだってわけだ。 |
グラース | ま、当たり前だよな。 あいつは古銃の割に性能がいいことを自慢してるけど、 僕の方がもっと性能がいいんだから。 |
グラース | 〇〇も知ってんだろ? あいつが湿気に弱いこと。 雨が降ると、頭が痛いとかごちゃごちゃ言ってるしな。 |
グラース | でも、僕は違う。金属薬莢を使っているから、 湿気への弱さは克服済みだし、 たとえ不発になったとしても、簡単に排莢できる。 |
グラース | それに、シャスポーは手動でやってるコッキングも、 僕の方はボルトの操作と連動しているから、 余計な手間がなくて速射性にも優れている。 |
グラース | ルベルの野郎がいなけりゃ、 僕はもっとずっと長く───…… |
グラース | ……ん? なんだよ、〇〇。 そんなに僕の銃を見て。 汚れでもついていたか? |
主人公 | 【何か刻まれてる……?】 【P……t……ie?】 |
グラース | ……ああ、銃床に刻まれてる文字のことか。 |
グラース | 「Patrie」───フランス語で「故郷」って意味だ。 |
グラース | …………。 戻るにはまだ早いし……少し、昔の話をするか。 |
グラース | ……少し、昔の話をするか。 |
---|---|
グラース | 〇〇は、 僕が作られた経緯を知ってるか? |
主人公 | 【大体は……】 【改めて聞きたい】 |
グラース | ……そうか。 |
グラース | ま、知ってる部分もあるだろうけど、 時間はまだあるから、のんびり話してやるよ。 |
グラース | ……銃が前装式から後装式に転換していってた頃、 これまで紙製だった薬莢を、 金属薬莢に変える動きも出てきた。 |
グラース | フランスのライバルだったイギリス、 普仏戦争で戦ったドイツ帝国───…… |
グラース | そこらへんの国に続いて、 フランスでも、シャスポー銃を金属薬莢に対応した 新しい銃へ改良しはじめたんだ。 |
グラース | ほら、シャスポーのやつ、湿気に弱いだろ? 紙だとどうしても湿気の影響を受けちまうからさ。 |
グラース | フランスじゃあ問題なく使えても、 湿気が多い地域ではまともに撃てなくて、 前装式の旧式に負けることすらあった。 |
グラース | ハッ……あいつ、普段旧式のことバカにしてるくせに、 そいつらにボロ負けしたことがあるんだぜ? |
グラース | 最新式の銃のはずが、肝心なところで役に立たなくて、 銃剣で戦う羽目になるとか、悪夢だよな。 |
グラース | ……で、あいつがそんなんだったから、 弾薬が湿度の影響を受けにくい 金属薬莢にするのが重要だったってわけ。 |
グラース | それに、金属薬莢なら、 不発になった時の排莢も楽だしな。 |
グラース | 湿気に強く、速射性もいい僕は、 シャスポーに替わってフランス軍の制式銃になった。 |
グラース | そして……フランス軍は僕を手に、 再び植民地拡大へ向けて動き出したんだ。 |
グラース | イギリスやポルトガル、スペイン、オランダ…… 並み居る強国たちと、覇を競いながらな。 |
グラース | 僕の力もあって、フランスは躍進し───…… 世界の多くを手に入れた。 |
グラース | 力を示し、奪い、豊かになる。 僕はいわば、そういう時代の寵児ってわけだ。 |
主人公 | 【植民地政策……】 【奪い、豊かに……】 |
グラース | ああ。 強いものが奪い、支配する─── |
グラース | 侵略はよくねぇだとか綺麗ごとを並べたところで、 人の本性なんざ、そうそう変わりゃしねぇよ。 |
グラース | むしろ、下手に隠さずに強欲な本心を晒した方が、 素直でいいってもんじゃねぇか。 |
グラース | ……欲しいものは、奪ってでも手に入れればいいんだ。 |
グラース | 遠慮してて横からかっ浚われるより、 その方がずっとずっといいだろ? |
グラース | だから僕は、奪うことを躊躇わない。 これまでも……これから先も、な。 |
グラース | ……“これ”の話もしとくか。 |
---|
グラースは、銃床に刻まれた
歪な「Patrie」の文字を、指先でなぞる。
グラース | 「Patrie」───…… これは、僕の最初の持ち主が刻んだものだ。 |
---|---|
主人公 | 【どんな人だった?】 【文字を刻んだ理由は?】 |
グラース | 焦るなって。 ちゃーんと話してやるからよ。 |
グラース | 僕の最初の持ち主は…… 貧しい村に生まれた、普通の青年だった。 |
青年 | はぁ……今年も豊作には程遠いな。 年々土地が枯れていきやがる……。 うまいメシなんざ、もう何年も食ってねぇのに……。 |
---|---|
青年 | くそっ……! 俺はこんな村で、貧乏なまま つまんねぇ一生を過ごすのは御免だ! |
青年 | この村じゃ、どう頑張ったって金持ちにはなれない。 けど、街に出て商売するにも元手がねぇし……。 |
青年 | それに、また戦争があるっていうじゃねぇか。 徴兵で連れていかれて─── |
青年 | ───ん? 徴兵……? |
青年 | そうだ……! 軍でのし上がればいいんじゃねぇか! 金も土地もねぇ俺でも、力さえあれば……! |
青年 | よし! 俺はやってやるぜ。 手柄を立てて、富と名誉を手に入れてやるんだ……! |
───かくして、青年は入隊の日を迎える。
軍で活躍し、英雄と崇められ、富を掴む未来を夢見て。
青年 | これが、グラース銃……。 結構ずっしり重いんだな……。 |
---|---|
青年 | すごく性能がいい銃だっていうし、こいつは心強いぜ。 誰よりもうまく使いこなしてみせる……! |
夢と野心を原動力に、青年は自らを鍛え上げた。
そして───運も味方してか、
望み通り、派兵先で手柄を立てることに成功する。
青年 | ふ……あははは! やった、やったぞ……! |
---|---|
青年 | 俺は本当に、フランスを代表するような、 すごい軍人になれるかもしれない……! |
青年 | 村に帰ったら、みんななんて言うんだろうな。 ははっ……! あっという間に 村一番の有名人になるに違いない! |
この頃、フランスは再び植民地を拡大していった。
かつての戦争で減少した労働人口を補う人手、
フランスにはない物品など、
植民地から得るものは大きかった。
青年 | もっとフランスが支配権を広げたら、 もっともっと豊かになれるのか……? |
---|---|
青年 | 戦いがあるほど、俺が手柄を立てる機会も増える。 どんどんやってやるぞ……! |
グラース | ……そうやって、そいつは再び戦場に向かった。 |
---|---|
グラース | 一度味わった蜜の味───…… 手柄と名誉を再び得ようと目論んだんだろう。 |
グラース | けど、世の中、うまくいくことばかりじゃねぇよな。 それは、そいつにとっても同じだった。 |
グラース | ま、そいつは未来に何が起きるかなんて知らねぇから、 自分ならやれるって信じて、 意気揚々と戦地へ乗り込んだんだけどな。 |
グラース | ……あー、のんびり話しすぎたか。 なんか腹減ってきた。 |
---|---|
グラース | 薪は……これだけあれば十分だろ。 あいつらのところに戻るぞ。 |
主人公 | 【話の続きは?】 【その青年はどうなった?】 |
グラース | …………。 |
グラース | ……くだらねぇ最期だったよ。 |
───再び手柄を立てようと向かった次なる戦地で、
青年が所属していた隊は襲撃を受ける。
その場で絶命する兵士もいれば、
深い傷を負って、痛みに呻く兵士もいた。
……青年は、後者だった。
青年 | ううっ……こんなことになるなんて……。 俺は、こんなところでくたばってる場合じゃ……! |
---|---|
兵士1 | おいっ、大丈夫か!? ……弾は抜けてるが、 肩の肉が少し持ってかれてるな……。 |
青年 | 熱、い……痛ぇ、よ……! |
兵士1 | もう少し堪えろよ! こっちだ! 衛生兵───! |
───幸いにしてそれは、
すぐに死に至るような大きな傷ではなかった。
だが、衛生的とは言えない戦地では、
満足な手当てができず……傷は悪化の一途をたどる。
青年 | はぁ……、はぁ……。 傷口、だけじゃなくて……身体中が、熱い……。 |
---|---|
軍医 | ……熱が高いな。 傷口を確認しよう。 |
青年 | うぅっ……。 |
軍医 | これは……。 |
軍医 | 化膿して……壊死が始まってる。 手足の先なら切り落とすところだが、 肩ではどうしようも……。 |
青年 | 俺、は……手柄を、た、てて……。 こんな、と、ころ、で……。 |
やがて、起き上がることすらできなくなった青年は、
己に死が迫っていることを悟るほかなかった。
青年 | と、うさん……母、さん……。 あね、き……。 |
---|---|
青年 | 俺……なんで、こんなとこ、で……。 |
青年 | 帰、りた……い……。 村に……みんなの、とこ、に……。 |
青年 | (貧乏な村で貧乏なままの一生なんて、 クソ食らえだと思ってた……) |
青年 | (手柄を立てて、名誉と富を得て、 俺はそのへんのつまらない男とは違うんだって…… 特別なんだって、証明してやりたかった) |
青年 | (だけど……そんなの、どうでもいい。 俺は、ただ……村に帰りたい) |
青年 | (貧乏で、ありふれてて、富も名誉もない、 つまらねぇ生き方かもしれないけど……) |
青年 | (俺の幸せは、貧乏な村の、 小さくてボロいあの家の中にあったのに……) |
青年 | ああ……帰りたい───…… |
グラース | 死に際に、そいつは力を振り絞って文字を刻んだ。 それがこれ───「Patrie」だ。 |
---|---|
グラース | そいつの身体はその地に埋葬されて、 本国に帰ることはなかった。 |
グラース | だが、遺品のいくつかは、家族の元に送られた。 その中の1つが、この僕───グラース銃ってわけだ。 |
グラース | 普通、銃は軍が回収するもんだろうが、 刻まれた文字を見て、 特別な計らいがあったのかもしれねぇな。 |
主人公 | 【悲しい話だ】 【グラースが遺族の元に残ったのはよかった】 |
グラース | そうか? 僕としては、くだらねぇ話だけどな。 文字なんか刻まれて迷惑だとすら思ってるしよ。 |
グラース | ……あいつは、奪うには弱すぎたんだ。 |
グラース | 奪うには強さが必要だ。 郷愁にかられて気力を失うような男は、 奪う側に向いていなかったんだ。 |
シャスポー | おーい、〇〇! グラース! どこだー!? |
グラース | ……呼ばれてんな。 |
グラース | 昔話はこれでおしまいだ。 さっさと戻るぞ、〇〇。 |
グラース | ん……、うう……。 |
---|
グラース | …………。 |
---|---|
女性1 | ご覧になって! シャスポー様がいらしたわ。 |
女性2 | ああ、今日も優美で凛々しいお姿……。 さすが、フランスが誇る麗しの古銃の貴銃士様ね。 |
女性1 | シャルルヴィル様と並ぶお姿の、 なんと絵になること……! |
シャスポー | Bonsoir、美しいマダム。 今日の夜会を楽しんでもらえているかな? |
シャルルヴィル | 食事もスイーツも絶品だから、 そっちもぜひ楽しんで♪ |
女性たち | ええ! |
シャスポー | やぁ、グラース。 マスターのそばにいなくていいのか? |
グラース | …………。 |
グラース | お前もわかってるだろ。 僕が近くにいると、マスターが……。 |
男性1 | シャスポー様が現代銃へお声がけに……。 |
男性2 | 人間で言う弟のようなものと言うが、 現代銃など信用できんよ。恐ろしい……! |
女性1 | 現代銃というのは、 世界帝に使役されたものなのでしょう……? |
女性2 | いつ牙を剥くかわからない存在なんて、 いくらシャスポー様の弟君でも近づきたくないわ……。 |
グラース | …………。 |
グラース | (うるさい奴らだ…… 僕が現代銃だから、なんだってんだ。 僕は世界帝に使われたことなんかねぇってのに!) |
グラース | (現代銃ってだけで…… グラース銃ってだけで、僕は忌み嫌われる) |
グラース | (僕は、僕のままじゃ愛されない……) |
人々 | 現代銃の貴銃士……。 |
人々 | ああ、おぞましい……。 |
グラース | (……うるさい) |
グラース | (黙れ、黙れ黙れ黙れ!) |
グラース | 黙れっ!!! |
---|---|
主人公 | 【……!!】 |
グラース | あれ……、〇〇……? |
グラース | ここは……ああ、そうか。 僕は、夢を見ていたのか。 |
主人公 | 【よくない夢?】 【魔されていた】 |
グラース | ああ……最悪の夢だったからな。 |
グラース | ったく、昼寝にうってつけのいい天気だってのに、 台無しになっちまった。 |
主人公 | 【……どんな夢か聞いても?】 【話すと正夢にならないらしいから】 |
グラース | …………。 |
グラース | ……僕が僕のままでいたら、っていう夢。 |
主人公 | 【……それが、悪夢?】 【グラースはグラースのままでいいと思うけど】 |
グラース | ……ッ! ふざけるな! 僕はグラースだぞ! 奪って……すべてを手にしてきた銃なんだ! |
グラース | ……ああそうか、同情してるんだな。 今は落ちぶれた――誰からも愛されない ただの古いだけの銃だって! |
グラース | ついてくるな! 放っといてくれ! |
グラース | ああ、くそっ……! どいつもこいつも……!! 同情なんて!! |
---|---|
グラース | 僕は、シャスポーより高性能で、力のある銃…… フランスを強国に押し上げた……! |
グラース | だけど……僕は、1人だ……。 ずっと、1人だった……。 |
グラース | レザール家でも、ここでも……。 |
グラース | …………。 |
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