アメリカの大地を旅してみたが、絶対高貴を掴めなかった。
しかし、今ならわかる。必要なのは旅に出て見聞を広めることではなく、ただひとすらに強い覚悟を持つことだったのだと。
旅路の果てに見つけたものは、変わらぬフロンティアスピリット。
風よ、大地よ、五十の星よ。どうか見守っていてくれ。
過ぎ去りし、変わり続ける時の中で。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
マークス | マスター! |
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マークス | 今日は合同訓練の日だな。 マスターと一緒の授業を受けられて嬉しい。 |
マークス | 俺たちは射撃の訓練だが、 マスターたちは何をするんだ? |
ライク・ツー | ……おい、マークス。 うろちょろして〇〇の訓練の邪魔すんな。 お前もとっとと自分の訓練メニューやれっての。 |
ライク・ツー | それから、〇〇たちの訓練は匍匐(ほふく)前進だ。 見りゃわかるだろ。 |
マークス | 俺たちのクラスとマスターのクラスで合同訓練なんだから、 マスターの相棒である俺がマスターのところにいてもいいだろ。 マスターが見てるんだから、俺の訓練もちゃんとする。 |
ライク・ツー | …………。 マスターのクラス、マスターの相棒、マスターのところ、 3回……いや、最後にもう1マスターで4回か。 |
マークス | は? 何を言って── |
生徒1 | うわ! なんだ、あいつ……! 速っ! |
生徒2 | フォームはめちゃくちゃだが、 ぶっちぎりで1番じゃないか! |
ライク・ツー | ……ん? |
にわかに生徒たちがざわつきはじめ、
〇〇たちは声の方へと視線を向ける。
すると、演習場をものすごい速さで匍匐前進している人物がいた。
ペンシルヴァニア | ……よし、ゴールだ。 |
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主人公 | 【ペンシルヴァニア……!?】 【どうして士官候補生クラスの訓練を!?】 |
ライク・ツー | はぁ……ったく。 あいつも自由すぎるな……。 |
ライク・ツー | おい、ペンシルヴァニア! そっちの訓練に勝手に混ざるな。 |
ペンシルヴァニア | ……混ざっては駄目だったのか? それはすまない。 見ていたら、俺もやってみたくなって……な。 |
ライク・ツー | 匍匐前進なんか、だるいし汚れるし、 見ててやりたくはならねぇだろ……。 変わった奴だな。 |
ペンシルヴァニア | そうか……? 身を潜めながら素早く進む技術……面白いじゃないか。 |
ペンシルヴァニア | ただ……地面に触れる面積が大きい分、痕跡は残りやすいな。 やはり、森の中を進むには不向きか……。 ゲリラ戦向きの動き方ではないということだな。 |
ライク・ツー | そりゃそうだろ。 世界連合軍がゲリラ戦に持ち込むことはあんまりねぇだろうし。 つーか、なんでゲリラ戦前提で考えてんだよ。 |
ペンシルヴァニア | ああ……俺は民兵の銃だったからな。 戦法と言えば、隠れ潜んで狙い撃つ、狙撃と遊撃なんだ。 |
マークス | 民兵……? あんたも、ジョージと一緒にアメリカ軍にいたんじゃないのか? |
ペンシルヴァニア | アメリカ軍で使われていたのも、間違いじゃない。 だが、民兵──ミリシアは、 国家に忠誠を誓う職業軍人とはまた違う。 |
ペンシルヴァニア | 一般市民が、自分たちや国を守るため、 銃を手に取って戦う兵となる……それが民兵だ。 自らの意思による志願兵……つまりはボランティアだな。 |
ペンシルヴァニア | 俺は独立戦争当時、アメリカ軍の民兵の持ち物だった。 独立戦争が始まった時は、アメリカにはまだ正規軍がなくて、 民兵隊が集まって軍になったようなものなんだ。 |
ライク・ツー | 民兵って……要するに、半分素人みたいなもんだろ? よくそれで、イギリスの正規軍に対抗できたな。 |
ペンシルヴァニア | 民兵たちの多くは、幼い頃から森に入り、狩りをしていた。 狙撃の腕に優れた者が、大勢いたんだ。 |
ペンシルヴァニア | イギリス軍は物量で勝っていたから……。 平地で、マスケット銃での一斉射撃や白兵戦に持ち込まれると、 アメリカ軍は……圧倒的に不利だ。 |
ペンシルヴァニア | だから……民兵たちは、森に潜んでゲリラ戦を行った。 俺たち民兵の狙撃銃は、弾込めに時間がかかるから、 存在に気づかれる前に狙撃を終え……再び森の中へ姿を消す。 |
ペンシルヴァニア | そういう戦い方をしてきたから……だろうか。 ああやって身を潜める動きには、どうにも興味がそそられる。 |
主人公 | 【じゃあ、一緒に訓練しよう】 【匍匐前進の種類とフォームを教えるよ】 |
ペンシルヴァニア | ……いいのか? |
マークス | マスター! 俺も一緒にやる! |
〇〇は、いくつかある匍匐前進の種類と、
基本的なフォームについて、ペンシルヴァニアに伝えた。
ペンシルヴァニア | 第四匍匐は……ええっと……両肘をついて……。 ……右手で銃床、左手で銃身を……。 |
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ライク・ツー | おいおい、さっきの勢いはどうしたんだよ? |
ペンシルヴァニア | いや……この格好だとなかなか動きづらくてな。 肘で上体を支えつつ、交互に前に……こう……か? 足は出した肘と反対を前方に曲げて……。 |
主人公 | 【右手と右足が一緒に出てるよ】 【かかとは地面につけて!】 |
ライク・ツー | おい、気を付けろ。 銃口が地面に付きかけてるぞ。 |
ペンシルヴァニア | おっと……。 ん……なかなか進みづらいな……。 |
ライク・ツー | そりゃそうだろうな。 現代銃に比べて、お前らの銃ってだいぶ長ぇし。 |
マークス | おい、ぼやいてないで、さっさと前に進め! マスターの教え方が悪いと思われるだろ! 死ぬ気でやれ! |
ペンシルヴァニア | やってはみるが……思った以上に難しい。 ……くっ……ふっ……。 |
ペンシルヴァニアへの特訓は続いたが、
匍匐前進の速度は一向に上がらなかったのだった。
──翌朝。
マークス | ペンシルヴァニア! ペンシルヴァニアはいないか!? |
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主人公 | 【どうした?】 【何かあった?】 |
マークス | マスター……! ペンシルヴァニアを匍匐前進の特訓に連れ出そうとしたら、 部屋にこんな書き置きがあって、いなくなってたんだ! |
『地面を這っていたら、大地から水の囁きが聞こえた。
Hot springに入りたくなったので、ちょっと行ってくる』
マークス | なんなんだ、あいつは! マスターの指導を無駄にしやがって……! |
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恭遠 | この時間は射撃訓練を行う。 ……と言っても、射撃について君たちに教えることはないからな。 各自のやり方で、ある程度自由に訓練を行ってくれ。 |
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恭遠 | ただし、くれぐれも安全には留意すること! 貴銃士同士での撃ち合い、 校舎や生徒、その他生き物に向けての発砲は厳禁だ! |
ペンシルヴァニア | 生き物への発砲禁止か……。 では、狩りには行けないな。 |
八九 | いや、授業中だぞ。 狩りに行こうとすんなよ……。 訓練用の的があるじゃねぇか。 |
ペンシルヴァニア | そうか……。 なら、的を撃つことにしよう。 |
ペンシルヴァニアは銃を構えると、
1つ目のトリガーにかけた指をゆっくりと動かす。
しかし、銃声は鳴り響かない。
八九 | ……? |
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集中力をまったく切らすことなく、
ペンシルヴァニアは2つ目のトリガーを引いた。
──パァン!
八九 | ……おお、すげぇ。ど真ん中だ。 古銃でよくやるな。 |
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ペンシルヴァニア | 俺たちは……ライフリングされているし、銃身も長いからな。 遠距離から獲物を仕留められるくらいには、命中精度が高い。 |
ペンシルヴァニア | もちろん、苦しめずに一発で仕留めるためには、 急所を一発で確実に撃ち抜く腕が不可欠だが……。 でないと、再装填に時間がかかるから、獲物を逃してしまう。 |
八九 | へぇ……。なんか、職人技って感じだな。 プロの猟師的な。 |
八九 | つーかよ、あんたの銃って、なんで引き金が2つあるんだ? 連射……はできるわけねぇし、 1つ目の時は発射されなかったし、なんなんだ? |
ペンシルヴァニア | ん……? 見たことがないか? これは、二段式のセット・トリガーだ。 |
ペンシルヴァニア | 前方の引き金を押してから、 手前の引き金を引くことで発射できる仕組みだ。 |
ベルガー | んぁ? なんだソレ! 引き金を押すぅ? |
八九 | げ、お前かよ。 お前の鳥頭じゃ理解できねぇ仕組みだろうから、 どっかで大人しくしてろ。 |
八九 | んで? なんのために二段式にしてるんだ? |
ペンシルヴァニア | こうすることで、撃鉄をごく軽い力で落とせるんだ。 銃身のブレもタイムラグも少ない。 つまり……命中率が上がるようになっている。 |
八九 | へぇ……よく考えられてるもんだな。 あんたは確か、18世紀の銃っつってたっけ。 百年以上前の技術でそれって、結構すげーな。 |
ペンシルヴァニア | おそらく……生きるための知恵でもあったんだと思う。 弾も火薬も貴重だから、無駄撃ちはできない。 乱射しては、音で獲物が驚き逃げてしまう……。 |
ペンシルヴァニア | だから、森の中に静かに身を潜め、 獲物に気づかれる間を与えず、最小限の発砲で仕留める。 そういう風に作られたのが……俺たちだ。 |
ベルガー | よくわかんねーけどよぉ、 逃げても逃げらんねぇくらいハチの巣にすればいいんじゃねーの? |
ベルガー | テキトーに撃ってもだいたい当たるんだしよぉ。 ぷくく、あひゃひゃ! |
ベルガー | こんなカンジで……おらおらァ! |
八九 | お前……! 弾もタダじゃねぇんだから、無駄に撃ちまくるな! |
ベルガー | キョードーが好きにしろって言ってただろ! 動物もハクセイも撃ってねーし問題ナーシ! |
八九 | はぁ……。銃声と馬鹿の声で耳痛ぇわ。 |
ペンシルヴァニア | ……すごいな。 連射の速度も、命中精度も。 さほど狙いを定めているようには見えないが……。 |
ベルガー | ほい! 的は~ゲキハ~! うお……! ゲキハってすげー頭いいな俺! |
八九 | ……一周まわって、逆に…… お前の脳味噌レベルだと銃生楽しいかもな……。 |
ベルガー | はぁ~あ、飽きたァ! プッシー連隊にエサやりしてこよー。 |
ペンシルヴァニア | …………。 |
八九 | ん……? どうかしたか? あの馬鹿の馬鹿さ加減に呆れたか。 |
ペンシルヴァニア | いや……俺が作られてから200年以上経っているから当然だが、 現代銃の技術はすごいなと……驚いていた。 |
八九 | まあ……そりゃあな。 200年もあれば、色々変わるだろ。 あんたの狙撃の腕は、それでもすげーと思うぜ。 |
ペンシルヴァニア | ……そうか。 |
ペンシルヴァニアは装填を終えると、
銃を構え、再びトリガーを引いた。
しかし、的に当たった様子はない。
八九 | どうした? ……あんたでも、外すことがあるのか。 |
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ペンシルヴァニア | いや……。 |
ペンシルヴァニアは的の近くの木に歩み寄ると、
その幹のあたりで何やらゴソゴソしてから戻ってくる。
ペンシルヴァニア | ……ほら。 |
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ペンシルヴァニアが差し出したのは、1枚の枯れ葉だった。
中央部分には、ぽっかりと穴があいている。
八九 | は……? まさか、落ちてきた葉っぱを狙って撃ったのか!? うっそだろ……あんなひらひらしたちっさいもんに、 どうやって当てんだ……。 |
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ペンシルヴァニア | 時代の流れには勝てないが、それでも……俺は貫ける。 スナイパーとしての信念も……小さく困難な的も、な。 |
──ある日の夕方。
ケンタッキー | あっ、マスター! ただいま戻りましたー! |
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主人公 | 【おかえり!】 【お疲れ様!】 |
スプリングフィールド | ケンタッキー……、おかえり。 |
ジョージ | Hey! 任務おつかれ~! |
ペンシルヴァニア | その様子だと……任務は順調だったみたいだな。 |
ケンタッキー | そりゃあな! ったり前だろ! |
胸を張ったケンタッキーは、〇〇の方を見ると、
なんだか緊張した様子で、ビシッと背筋を伸ばした。
ケンタッキー | えーっとですね、マスター。 あのー……今週末、ご予定はあいているでしょうかっ! |
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主人公 | 【特に予定はなかったはず】 【あいてるけど、どうかした?】 |
ケンタッキー | 【特に予定はなかったはず】 →マジっすか! よっしゃー! もしよかったら、なんすけど…… 一緒に映画見に行きませんか!? 【あいてるけど、どうかした?】 →実は、っすね……。 自分、マスターと映画を見に行きたいなーと思いまして! |
ペンシルヴァニア | 【特に予定はなかったはず】 →ケンタッキーは、映画に興味があったのか……? 知らなかった。 |
ジョージ | 【あいてるけど、どうかした?】 →Wow! 映画か~! いいな~! 何か気になるヤツでもあるのか? |
ケンタッキー | いや……今日の任務の帰り、 ちょっと困ってそうなおばちゃんの手伝いをしたら、 お礼にってチケットをもらってさ。 |
ケンタッキー | 5枚あるから、マスターと、俺と…… スーちゃんも行くだろ? |
スプリングフィールド | えっ……僕も、いいの? |
ケンタッキー | 当たり前だろ! |
ジョージ | 残り2枚だから……オレとペンシルヴァニアも行けるなっ! |
ペンシルヴァニア | 俺も……いいのか? |
ジョージ | おう! みんなで行こうぜ~! |
ケンタッキー | おい、勝手に決めんなっての! |
ジョージ | えー、なんでだよ! みんなで行ったほうが楽しいじゃん! |
主人公 | 【仲間外れはよくないよ】 【だめかな?】 |
ケンタッキー | うっ……、了解っす。 んじゃ、この5人で行きましょう! |
ケンタッキー | おい、ペンシルヴァニア! いきなり旅に出たりすんじゃねぇぞ! |
ペンシルヴァニア | ああ、わかった。 週末だな……楽しみにしている。 |
──そうして迎えた週末。
ケンタッキー | 忘れ物ないかー? 準備OKなら出発するぞ。 |
---|---|
ジョージ | 財布OK、水筒OK! エンフィールドから、ビスケットとキャンディももらったぜ! |
ジョージ | 映画か~! オレ、映画館行くの初めてだからすっげーワクワクする! |
スプリングフィールド | 僕も、映画なんて初めてで……ドキドキ、します。 |
主人公 | 【ちょっと待って!】 【ペンシルヴァニアがいない!】 |
ケンタッキー | 【ちょっと待って!】 →どうしたんっすか? マスター。 |
ケンタッキー | 【ちょっと待って!】 →……って、あいつがいねー!!! |
ケンタッキー | 【ペンシルヴァニアがいない!】 →あ、あいつ……! 寝坊したとかじゃねぇだろうな……! それか、また勝手に旅に出たとか……!? |
ペンシルヴァニア | ……悪い。少し遅くなってしまった。 |
ジョージ | おおっ! ペンシルヴァニア! いなくなったわけじゃなくてよかったぜ☆ |
ペンシルヴァニア | 遅くなったのは、 こいつの紐の長さを調整していたからなんだ。 |
そう言ったペンシルヴァニアは、
紐がついた長方形の箱のようなものをいくつも持っている。
スプリングフィールド | ペンシルヴァニアさん……それはなんでしょうか? |
---|---|
ペンシルヴァニア | ポップコーンボックスだ。 蓋と紐がついているから、落としたり零したりする心配がない。 ……映画には、ポップコーンが付きものなんだろう? |
ジョージ | Wow……Amazing! オレのはバーガーのペイントがしてあるっ! |
ジョージ | 〇〇のはバラで……スプリングのはイーグル! ケンタッキーはワンコだ! これ、ペンシルヴァニアが作ってくれたのか? |
ペンシルヴァニア | ああ。パッチボックスから思いついたんだ。 ちょっとした荷物をしまえるアイテムがあったら便利だと思って。 |
スプリングフィールド | パッチ……ボックス? |
ペンシルヴァニア | 名前の通り、オイルを染み込ませた布──パッチを入れる場所だ。 ほら……俺やケンタッキーの銃の銃床には、 パッチをしまえる小さなスペースがあるだろう? |
ジョージ | えっ! 銃床のそれって、オシャレな飾りとかじゃなくて、 便利な収納スペースだったのかよ!? |
ケンタッキー | いや、お前も一応俺らと一緒に独立戦争で戦ったんだから、 そこは知っとけよ! |
ジョージ | HAHAHA☆ 百何十年か越しの発見だな☆ |
スプリングフィールド | ペンシルヴァニアさん……ありがとうございます。 ずっと……大事に使いますね。 |
ケンタッキー | まあ……悪くねぇ出来だし、俺ももらっといてやるよ。 |
ペンシルヴァニア | ああ。この犬の絵のは、お前のために作ったものだから…… そうしてくれると、嬉しい。 |
ケンタッキー | そ、そうかよ……。 んじゃ、今度こそ出発するぞ! |
恭遠 | ……よし、今日はみんな揃っているな。授業を始めよう。 まずは、近代史の教科書、134ページを開いてくれ。 |
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ファル | すみません。 私、帰っても構いませんか? |
恭遠 | か、帰る……!? 構わないわけがないだろう……。 何かよほどの理由や用事があるなら別だが。 |
ファル | いえ……大したことではないのですが、 近代史の教科書を忘れてきてしまったので。 |
恭遠 | なんだ、そんなことか。 それなら予備の教科書があるから、これを使ってくれ。 |
ファル | わかりました。お借りします。 |
恭遠 | それじゃあ始めよう。 前回の続きで── |
シャスポー | ……ちょっといいかな。 その、言いにくいんだけど……実は僕も……。 |
恭遠 | 教科書忘れか? 困ったな……予備は1冊しかないんだ。 |
恭遠 | 仕方ない、隣のローレンツと机を近づけて、 見せてもらってくれ。 |
シャスポー | なっ……!? ローレンツにだと? |
ローレンツ | 教科書を忘れた君が、無為に時間を過ごすのは気の毒だ。 Mr.シャスポー。 授業は既に始まっている。さっさと机を寄せるんだな。 |
シャスポー | ……ふん。 |
恭遠 | えー、今回は近代ヨーロッパの議会について学んでいこう。 教科書134ページの図を見てくれ。 |
シャスポー | 図……? どれのことだ? |
ローレンツ | おい、Mr.シャスポー! これは俺の教科書だぞ。あまり引っ張るな! 俺が読めなくなるだろう。 |
シャスポー | うるさいな……! もっとしかっり折り目を付けて開いたらいいだろう! |
ローレンツ | ああ……っ! なんてことをするんだ! 書物に対する冒涜だぞ! |
グラース | おい、うるせぇぞ! |
シャスポー | 君の方こそうるさいじゃないか! |
ペンシルヴァニア | ……ふぁあ……。 ん……これはなんの騒ぎだ……? |
シャルルヴィル | わ! ペンシルヴァニアさん、授業始まったのに寝てたの? あれはね、シャスポーとローレンツが…… 教科書を巡る領地と流儀の問題……?で揉めてるんだ。 |
シャスポー | だから、それじゃあ見えないって言ってるだろう! |
ローレンツ | 見せてもらっている分際で図々しいぞ、Mr.シャスポー! 前言撤回だ! 君は断じて気の毒なんかではない! 君は教科書なしでぼーっと無為な時間を過ごすがいい! |
恭遠 | こら、2人ともやめないか! |
恭遠 | はぁ……。予備の教科書を増やすか……。 教室の棚を増やして、 重い教材を置いておくのもありかもしれないな……。 |
ペンシルヴァニア | ……そうか。 |
──翌日。
恭遠 | みんな、おはよ── |
---|
教室に入った恭遠は、黒板の横にある
大きな木製の棚に目を奪われた。
恭遠 | えっ……!? こんなところにいつの間に棚が!? |
---|---|
ペンシルヴァニア | ああ……おはよう、恭遠。 この棚は俺が作った。 これで、予備の教科書や皆の教材を置けるだろう? |
恭遠 | あ、ありがとう……! 助かるよ。 しかし、1日足らずでこれを作るなんて、君はすごいな……。 |
グラース | へぇ……。装飾はなくてさっぱりしてるけど、 板もいいやつ使ってそうだし、なかなかのもんだな。 そうだ、バーカウンターも作ってくれよ。 |
邑田 | ほう……? それならわしは、囲炉裏が欲しいのう。 昼飯に餅を焼いて食うのもよかろう。 |
ライク・ツー | 昼寝用のベッドもあったらいいと思うぜ? 適度な仮眠は集中力を向上させる。 興味ねぇ授業の時はぐっすり眠る。 |
恭遠 | はは……。 授業中に堂々とベッドで眠られたら困るな……。 冗談はそのあたりにして、今日も授業を始めよう。 |
ペンシルヴァニア | …………。 |
──翌週。
恭遠 | な、な、なんだこれは……!? |
---|
授業を始めようと教室に入った恭遠は、
様変わりした室内を見て絶句した。
恭遠 | 廊下になんだか香ばしい匂いが漂っていると思ったら、 君か、邑田……! 教室で餅を焼くんじゃない! そもそもなんで、教室のど真ん中に畳と囲炉裏があるんだ! |
---|---|
邑田 | おや……恭遠、そなたは餅が嫌いか? それとも、砂糖醤油派ではないと申すか? 砂糖多めのじゃりっと甘じょっぱいのがよいというに……。 |
恭遠 | 餅の好みではなく、 教室で餅を焼く行為そのものが問題なんだ……! |
恭遠 | グラース! 君は教室で一体何を飲んでいる……!? というか、なんでバーカウンターが教室にあるんだ! ライク・ツー、起きないか! 堂々とベッドを持ち込むな……! |
グラース | これに注目するとは、さすがだな。 ブルターニュ産の逸品さ。 |
ライク・ツー | 持ち込んだんじゃない……できてたん、だ……。 |
思い思いに寛いでいる貴銃士たちを前に、
恭遠は頭を抱えた。
ペンシルヴァニア | ……どうだろう。 教室の仕様が充実して、快適になったな。 |
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恭遠 | これは……まさか、ペンシルヴァニアが……!? |
ペンシルヴァニア | ああ。 恭遠は……何か欲しいものはあるか? 作れそうなものなら、俺が作っておこう。 |
恭遠 | …………。 |
恭遠 | ペンシルヴァニア……。 君に悪気がないことはわかっているし、 棚を作ってもらえたのはすごくありがたかった。 |
恭遠 | ……だがな、ここは教室! 教育の場であって、 なんでもありのレクリエーションルームではないんだ……! |
恭遠 | いいか、みんな。 授業に無関係なものは撤去だっ!! 談話室や、あいている寮の部屋に運ぶぞ!! |
貴銃士たち | ええーっ!?!?!? |
その日は授業どころではなくなり、
ペンシルヴァニア作の数々のアイテムを、
寮などへ移動するだけで1日が終わったのだった──。
スプリングフィールド | 着替え、寝袋、歯ブラシ、応急セット……。 弾薬とコンパス、飲料水と非常食……よし。 |
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シャルルヴィル | やっほー、スフィー。 野営訓練の準備はカンペキ? |
スプリングフィールド | あ、シャルル兄さん……! はい、チェックリストに書いたものは、すべて揃っていました。 |
シャルルヴィル | チェックリスト作ったんだ! 偉いっ! 賢いっ! それじゃ、集合場所に一緒に行こうか。 |
スプリングフィールド | はい……! |
シャルルヴィル | よいしょ、っと……! |
---|---|
スプリングフィールド | シャルル兄さん……荷物、多いですね。 |
シャルルヴィル | えっ、そうかな? 必要なものを入れてたら、こんな感じになったんだけど……。 |
ジョージ | Good morning~! って、シャルルの荷物デカッ! そんなんじゃ、山道でへばっちまうぞ? |
シャルルヴィル | ええ~! でも、必要なものしか持ってきてないよ? 帽子、おやつ、櫛、歯ブラシ、あと枕! 着替えと、ポットとカップと、虫よけと……。 |
スプリングフィールド | お、多いですね……。 |
ペンシルヴァニア | ……来たか。おはよう。 |
スプリングフィールド | あ、ペンシルヴァニアさん。 おはようございます。 荷物は……どうしたんですか? |
ペンシルヴァニア | ……? 荷物なら、揃っている。 これで全部だ。 |
シャルルヴィル | ええっ!? いつもの小さな鞄と銃だけ? 野営訓練なのに、それだけで足りるんですか? |
ペンシルヴァニア | ああ。必要なものは、この鞄に全部……入っている。 あとは、現地調達で事足りるだろう。 |
ペンシルヴァニア | 身軽に、いつも通りに、風が導くまま……。 そうすれば、迷わずに行くべきところへ行ける。 |
シャルルヴィル | はぁ……なんか、そういうのってかっこいいなぁ。 ボク、あれもこれもないと不安になっちゃって、 荷物をなかなか減らせないんだよね。 |
ペンシルヴァニア | シャルルヴィルは……あまり、野営に慣れていないだろう。 心細さを感じて、荷物が多少増えるのも……当然だと思う。 無理をして減らす必要はないさ。 |
ケンタッキー | ……! |
スプリングフィールド | あ……ケンタッキー、来てたんだね。 おはよう。 |
ケンタッキー | ……お、おう。 |
ケンタッキー | ……っと、俺としたことが、 寝袋なんて、余計なもん持ってきちまったぜ。 ちょっとこれ置いてくるわ。 |
シャルルヴィル | えっ? 寝袋は必要でしょ? |
ケンタッキー | い、いや。いらねぇし! 今の時期なら寝袋なしでも平気だっての。 |
スプリングフィールド | 本当に……? |
──その日の夜、野営訓練地の山中にて。
訓練1日目を終えた4人は天幕を張り、眠りにつこうとしていた。
シャルルヴィル | よーし、完成~! ボク、歯磨きしてくるね。 スフィーは先に寝てて! |
---|---|
スプリングフィールド | はい。 おやすみなさい、シャルル兄さん。 |
ペンシルヴァニア | …………。 |
スプリングフィールド | あの……ペンシルヴァニアさん……? 天幕の下に入らないんですか? |
ペンシルヴァニア | 開拓民は……夜空が屋根代わりなのさ。 星の子守唄で十分だ。 |
スプリングフィールド | え? ええっと……? |
ケンタッキー | スーちゃん、そいつの言うことは気にす……へっくしゅん! |
スプリングフィールド | ケンタッキー……? やっぱり、寝袋なしだと寒いんじゃない……? |
ケンタッキー | いや、別に! そんなことねぇし……! |
ペンシルヴァニア | ……そうか。 |
ケンタッキー | おう、そうだ! さっさと寝る……っくし! |
ペンシルヴァニア | …………。 |
スプリングフィールド | あれ……? ペンシルヴァニアさん、どこに行くんだろう? |
ケンタッキー | さぁな。 風に誘われでもしたんだろうさ。 あいつは気ままだからな。 |
ケンタッキー | (あー……くそっ! やっぱ寒ィ! あいつみたいに地面に直で寝転がると、 地面の冷たさが伝わってきてマジ寒い……!) |
---|---|
ケンタッキー | (つーか、ペンシルヴァニアは、よくこんなんで眠れるな……。 ……いや、俺だって眠れるはずだ!) |
ケンタッキーは、目を閉じてどうにか眠ろうとするが、
冷えが邪魔をしてなかなか寝付けない。
その時……ふと、瞼の向こうが明るくなる。
ケンタッキーが目を開けると、
ペンシルヴァニアが火をおこしていた。
ケンタッキー | ……何してんだ? |
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ペンシルヴァニア | 見ての通り、焚き火だ。天幕の下では無理だが…… 星空の下、大地のベッドで眠るなら、暖をとるにはこれがいい。 |
ケンタッキー | 別に……焚き火がなくても、これくらいの寒さなら眠れるっての。 余計なことすんなよ! |
ペンシルヴァニア | そうか……。 だが、暖かい方がよく眠れるし、動物除けにもなる。 |
ケンタッキー | それも……そう、だな……。 明日も早いし、さっさと寝る、ぞ……。 |
ケンタッキーのまばたきが緩慢になり、
やがて、穏やかな表情で目を閉じる。
ペンシルヴァニア | ……おやすみ。 |
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