いつからだろう。豪華で舌がとろけるような料理たちを、味気なく感じだしたのは。
「食事は何を食べるかではなく、誰と食べるかが重要だ」そんな言葉を、疎ましく思ったのは。ああ、もう。何もかも大嫌い!
テーブルを彩る数多の馳走。
全てを頬張り飲み込んだところで、満たされないのはなぜなんだろう。
足りないのは、素材かな?味付けかな?
それとも……誰か?
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──ベルギー某所にて。
??? | ……まぁ! これが銃だなんて、素敵だわ。 お願いよ、目覚めてちょうだい。 わたくしの可愛い貴銃士さん。 |
---|
女性は、台に置かれている工芸品のようなカトラリー
──いや、銃へと、薔薇の傷跡が刻まれた手で触れる。
すると、薔薇の花びらが舞う幻影と眩い光の中から、
1人の少年が姿を現した。
??? | あ、れ……? ここは……。 |
---|---|
??? | ファンタスティック! ねぇコーパス、ほら! ちゃんと応えてくれたわ。しかも、とっても素敵な子! |
??? | えっと……、君が、マスター? |
シャルロット | ええ、ええ! わたくしはシャルロット・サリバンよ。 あなたに会えてとっても嬉しいわ。 |
シャルロット | これからどうぞよろしくね。 食器の仕込み銃、“カトラリー”! 仲良くしてちょうだい。 |
シャルロットはカトラリーの手を取ると、
にっこりと笑みを浮かべる。
カトラリー | よ、ろしく……? |
---|---|
シャルロット | ところで……あなた、お茶はお好きかしら? 美味しいお茶があるの。 ぜひ、ご一緒しましょう。こちらよ! |
カトラリーの手を引いて、シャルロットは踊るように足を進める。
すると、後ろに控えていた執事と思われる男が口を開いた。
執事 | ……失礼ながら、お嬢様。 まだ、大事なお話が済んでいないかと。 |
---|---|
シャルロット | まあ! そうだったわね。 ありがとう、コーパス。 |
シャルロット | ねぇ、カトラリー? わたくしたち、あなたと大事な『お約束』をしたいの。 |
シャルロット | あなたは『北海で使用された、ベルギーゆかりの食器型仕込み銃』 ……そうよね? |
カトラリー | え……? 何か勘違いしてる? 悪いけど、違うよ。僕はカリブ海の── |
執事 | お黙りなさいませ。お嬢様のお話の途中です。 |
カトラリー | ……!? |
シャルロット | ごめんなさいね。 でも、真実は秘めて、美しい衣装をまとってほしいの。 ここをステージだと思って、華麗に踊るのよ。 |
シャルロット | わたくしたちの、愛するベルギーのために! |
シャルロットは、ベルギーが国際社会で置かれている状況や、
国内での派閥争いなどについて、
まるでおとぎ話を読むような口調で話して聞かせた。
カトラリー | ……なるほどね。 船の中でも派閥や権力争いなんてのはよくあったし……。 |
---|---|
カトラリー | 時代が変わったり、舞台が国になったりしたところで、 人のやることは変わらないってわけだ。 |
カトラリー | とにかく、これから僕は、 『北海の海賊が使ってた、ベルギーにゆかりのある銃』ね。 まあ、別にいいよ。 |
シャルロット | 本当に? ああ、よかった! これでお父様も安心なさるわ。 |
カトラリー | ただし……。 もちろんタダなんて言わないよね? |
カトラリー | 言うことを聞くのは、こっちの条件を呑んでくれたらの話。 これは取引ってわけ。 |
シャルロット | あら……! そうよね。 わたくしったら気が利かなくて申し訳ないわ。 あなたの条件を教えて? 可愛い貴銃士さん。 |
執事 | …………。 |
カトラリー | ん……と、高級で豪華な料理──そうだな。 毎日晩餐は高級フレンチ。その契約ならいいけど? |
カトラリー | じゃなきゃ、あんたの大事な国民にバラしちゃうよ。 それと、可愛いっていちいち言うのやめて。 |
シャルロット | 毎晩高級フレンチ、ね? ええ、構わないわ。そういたしましょう。 |
カトラリー | えっ……。 |
執事 | ……お嬢様。そろそろ次のお時間です。 |
シャルロット | まぁ! 楽しい時間が過ぎるのは早いものだわ。 それじゃあ、これからよろしくね。 私の可愛い貴銃士さん! |
カトラリー | ちょ、ちょっと……。 |
シャルロットは軽く手を振ると、
鼻歌を歌いながら扉へ歩みを進める。
カトラリー | ……ねぇ! |
---|---|
シャルロット | え? 何かおっしゃって? |
カトラリー | 理由、とか聞かないの? 条件の……。 |
シャルロット | あら、特に忘れものはなくてよ。 |
シャルロット | ごめんなさいね。わたくし用事があるの。 ああ! 誰かにあなたのお茶のお相手をしてもらいましょうか。 コーパス! |
カトラリー | …………。別に、いらない。 |
シャルロット | あら、そう? 屋敷内では自由にしてちょうだいね。 では、ごきげんよう。 |
シャルロットは再び鼻歌を歌いながら、
執事を引き連れて部屋を出て行った。
カトラリー | 僕は、“北海の海賊が使った”、“カトラリー”……。 |
---|---|
カトラリー | …………。 まあいっか。高級フレンチは食べられるみたいだし。 好きにしていいって言うんなら、そうさせてもらうよ。 |
カトラリーが部屋を出ると、
扉の前にいた使用人が、屋敷内の案内を申し出る。
カトラリー | ふーん……。豪華な屋敷じゃん。 毎日高級フレンチの契約をあっさりOKするだけあるね。 |
---|---|
女性1 | あら、あの方ってもしかして…… シャルロット様が召銃された貴銃士様じゃないかしら。 |
使用人 | ええ、彼がカトラリー様で間違いないかと。 使っていたのは北海の海賊とのことですが、 芸術品のような一面もある銃だそうですよ。 |
女性1 | まあ! それは近くで見てみたいわ。 |
カトラリー | …………。 |
遠巻きに眺められてカトラリーがそわそわしていると、
女性と使用人がゆっくりと近づいてくる。
使用人 | カトラリー様。 ぜひ、当家のお茶会へお越しいただけますでしょうか。 手厚くおもてなしをさせていただきますので……。 |
---|---|
カトラリー | う、うん……。 |
女性2 | まあっ……! カトラリー様とご一緒よ。羨ましいわ……! |
男性1 | 古銃の貴銃士様を招いての茶会とは…… なんという贅沢でしょう。 |
女性1 | あら、お二方もいらっしゃる? 久しぶりにお話しましょうよ。 |
男性1 | よろしいのですか!? |
女性1 | ええ! カトラリー様さえよろしければ、ですけれど……。 |
カトラリー | 僕は……別に、いいけど……? |
女性2 | ああ……! 夢みたいだわ……! ありがとうございます、カトラリー様。 |
カトラリー | …………。 |
カトラリー | (僕は、海賊が使った銃で、 卑怯だって罵られることもある暗器なのに…… 今の時代だと、こんなに受け入れられてるんだ……?) |
カトラリー | (古銃の貴銃士って……僕って…… 贅沢もできて、みんなに必要とされて、案外悪くないのかも……) |
カトラリー | …………ふふっ。 |
給仕 | カトラリー様、夕食をお持ちいたしました。 本日はオードブルに季節の野菜のテリーヌ、 スープはビシソワーズ、ポワソンに舌平目の── |
---|---|
カトラリー | ふーん、ま、悪くなさそうだね。 いただきます。 |
カトラリー | ……うん、味は悪くない。 でも、喉が渇いた。 |
給仕 | お飲み物──は、 いつも通りソーダがこちらにございますが……。 |
カトラリー | 気分じゃないの。それくらいわかんない? そうだな……今日はクランベリーソーダにして。 甘酸っぱいものが欲しい。 |
メイド | ……かしこまりました。 すぐにご用意いたします。 |
カトラリー | はいはい、10秒で持ってきて。 僕、無駄に待つの嫌いなんだよね。 |
カトラリー | ……ねぇ、まだなの? もう1分は経ったよ? |
---|---|
給仕 | 申し訳ありません、もう少々お待ちくださいませ。 ソーダの他にもグラニテをご用意いたしますので……。 |
カトラリー | ふぅん、なら……ま、いいけど。 とにかく、あんまり僕を待たせないでよね。 |
給仕 | ……はい、カトラリー様。 |
カトラリー | (……ここの人たちって、 僕の言うことをなんでも聞いてくれる。 王様になったみたいな気分だな) |
カトラリー | (ほんと、いいところに召銃されたよ。 マスターは……あんまり会いに来ないけど。 おかげで別にこき使われたりすることもないし、贅沢三昧でさ) |
秘書 | カトラリー様、お食事の最中に失礼いたします。 明日のご予定をお伝えにまいりました。 |
カトラリー | 面白い予定だけ聞かせてよ。 つまんないことなんか聞いたら、食事が台無しになるから。 |
秘書 | ……明日は、重要な予定がございます。 昼に首相官邸で行われる立食会へのご参加です。 |
カトラリー | また会食? もう飽きたんだけど。 っていうかそれ、全然面白い予定じゃないよ。 |
秘書 | 明日の立食会には必ずご出席をお願いいたします。 カトラリー様には『お役目』がございますので……。 |
カトラリー | ……ふぅん? はぁ……面倒だけど、仕方ないね。 |
翌日、立食会の会場にて。
カトラリー | (……なるほどね。 あれが、『ファル』か) |
---|---|
カトラリー | ねぇ。 あんた、貴銃士でしょ? ──KB FALLの貴銃士、ファル。 |
ファル | ……そうですが、何か? |
カトラリー | なら、よろしく。 昨夜、あんたと仲良くなれって言われたんだよね。 |
カトラリー | マスターの派閥は違うみたいだけど 人間は人間で好きにすればいいし。 僕らは同じ貴銃士同士、あっちで話でも── |
ファル | はぁ……。 あなたの主張はわかりました。 しかし、私は親しくする“フリ”さえも面倒なんです。 |
カトラリー | ……は? |
ファル | では、私はこれで。 |
カトラリー | ちょ……ちょっと待てよ! |
カトラリー | この僕がわざわざ話しかけてやってるのに、 勝手にどっか行こうとするなんて、どういう了見? |
ファル | ……何か問題でも? |
カトラリー | あるに決まってるだろ! あんたは元大罪人の薄汚い現代銃と同型の貴銃士で、 僕は古銃! 立場の違いがわからないわけ? |
カトラリー | 誰のおかげで、ベルギーの地位が保証されてると思ってんの? あんたは僕が話しかけてやったことに感謝するべきでしょ。 |
カトラリー | それとも……ああ、わかった。 そんなことも理解できないほど、あんたの頭って残念なんだ。 |
ファル | ………………。 |
カトラリー | 図星だからって黙ってないで、何か言えば? |
ファル | ……、くっ……。 |
カトラリー | ……? |
ファル | ふ……あはははっ……! あなた、随分と面白いことを言いますね。 |
カトラリー | はぁ……!? 馬鹿にしてんの!? |
ファル | 馬鹿にする……というよりは、いっそ哀れといいますか。 勘違いもここまでくると、滑稽ながらも哀愁すらありますよ。 |
カトラリー | 意味わかんないんだけど!? |
ファル | おや、おわかりにならないとは。 残念な頭をされているようですので、 はっきり言って差し上げましょう。 |
ファル | ベルギーに──世界の人々に必要とされているのは、 あなた自身ではありません。 『レジスタンスの古銃』、その栄光でしょう。 |
ファル | そしてあなたは、『レジスタンスのカトラリー』ではない。 機構と見た目がまあまあ似ているだけの別物の銃です。 |
ファル | そちらのマスターも、本当に欲しかったのは かのカトラリーでしょうねぇ。 |
ファル | しかしあれは、行方を厳重に秘匿されているという、 元レジスタンスのマスターが持ったままだそうで。 本物には手出しができず、あなたを召銃した、と。 |
カトラリー | ……っ、……え……? |
ファル | わかりませんか? 要するにあなた、代替品なんですよ。 |
ファル | レジスタンスのカトラリーと似ていて都合がいいので召銃され、 ただそこにいることだけを求められるお飾り……。 あなたの銃では、まともな戦力にはなりそうにありませんし。 |
カトラリー | なっ……! |
ファル | 勘違いしていると、後々痛い目に遭いますよ。 わきまえておくことをお勧めいたします。 “お人形さん”。 |
ファル | では、今度こそ失礼いたします。 |
カトラリー | は、ちょっと……。 |
カトラリー | なっ……なんだよあれ……! お飾り……? お人形……? そんなわけ……。 |
シャルロット | 私の可愛い貴銃士さん! |
カトラリー | …………。 |
---|---|
カトラリー | なんなんだよあいつ! ムッカツク……! 現代銃のくせに、みんなが崇める古銃の僕を馬鹿にして……! |
カトラリー | 本っ当に、ムカつく……!! |
カトラリー | (あーっ、もう最悪! 何日か経ったってのにまだむかつく! ファルの奴……薄汚い現代銃のくせに……!) |
---|---|
給仕 | カトラリー様、ディナーのご説明をいたします。 本日はオードブルに真鯛とタマネギのカルパッチョ、 スープは枝豆のポタージュ、ポワソンにスズキの── |
カトラリー | (僕がお飾り? 本当はレジスタンスのカトラリーが欲しかった? 好き勝手言いやがって……) |
給仕 | ……カトラリー様? お召し上がりにならないのですか? |
カトラリー | ……食べる。 |
カトラリーは、少し乱雑な動作で、
カルパッチョを口へと運んだ。
カトラリー | …………。 |
---|---|
カトラリー | ……美味しくない。 |
給仕 | はい……? |
カトラリー | 全っ然! 美味しくない! 何これ。どこが高級フレンチなの? 契約違反だろ。シェフ呼んで、シェフ! |
給仕 | も、申し訳ございません……! ただいまシェフを呼んで参ります! |
カトラリー | ふんっ!! |
シェフ | カトラリー様がお呼びだと伺って参りました。 何か料理に不備などございましたでしょうか……? |
カトラリー | このカルパッチョ、美味しくないんだけど。 腕が落ちた? それとも、手を抜いたの? |
シェフ | そのようなことは決してございません! 全力を尽くしましたが、お口に合わないようでしたら、 今すぐ作り直してまいりますので── |
カトラリー | また待たせるつもり? じゃあ、もういらないよ、こんなまずい料理! |
カトラリーは持っていたナイフとフォークを
テーブルに乱雑に叩きつける。
それは皿に当たって、耳障りな音を立てた。
カトラリー | あんたら、せいぜいクビを切られないようにね。 まずい料理は契約違反だからっ! |
---|
カトラリー | ああ、どいつもこいつも……! 僕を苛つかせることばっかして、なんなわけ? |
---|---|
カトラリー | (あいつの言う通り……僕が代替品だから? 本当はどうでもよくて、心の中では馬鹿にされてるの?) |
カトラリー | ……ん。 |
カトラリー | この音は──ピアノ? |
どこからか聞こえてくるピアノの優しい旋律に、
カトラリーは思わず目を閉じて聞き入った。
カトラリー | (この演奏……上手い。 なんだか……聞いてると、少し気持ちが落ち着く。 弾いてるのは誰なんだろう……?) |
---|
音に引き寄せられるようにして、
カトラリーは廊下を進んでいく。
カトラリー | ……お邪魔、します。 |
---|---|
??? | ………………。 |
カトラリー | (あの人……貴銃士だ。現代銃だけど……。 貴銃士でもピアノって弾けるんだ) |
奏者の青年は一心に弾き続けており、
カトラリーに気が付いていないようだった。
邪魔にならないよう、静かに近くの椅子に着席する。
美しく、どこかもの悲しさもあるピアノの音色に聴き入って、
カトラリーの荒れていた心は少しずつ鎮まっていった。
窓から射した光が青年の上に降り注ぎ、その背中を照らす。
その姿はまるで、羽が生えた天使のようだった。
??? | ……気に入った? |
---|---|
カトラリー | あ……。 僕、もう出てくから。 |
??? | ふふ……いいんだよ。 逃げずにここにいて。 |
カトラリー | ……いいの? |
??? | もちろん。 |
カトラリー | ……ありがと。 あ、あの。僕、カトラリーっていって──…… |
??? | ノン……言葉は要らないよ。 僕が欲しいのは音だけさ。 ……ねぇ、きみも弾いてみる? |
カトラリー | え……? 弾く? でも僕、ピアノなんて弾いたことないし……。 |
??? | それでいい。 必要なのは、心からの響きだけ。 ほら、弾いてごらん。 |
カトラリー | …………うん。 |
カトラリーは促されるまま、
ピアノのそばに歩み寄り、鍵盤を押す。
カトラリー | これでいい? |
---|---|
??? | ……綺麗な音だね。 まるで、きみみたいだ。 |
カトラリー | そう……かな。 お飾りの貴銃士らしく、上辺だけは綺麗なのかも。 |
??? | お飾りなの? |
カトラリー | たぶん……。 きっと、みんなそう思ってるから……。 |
??? | ……まだ、誰もきみの心の底を知らないんだね。 本当のきみは実に柔らかく繊細で、でもとても力強い。 こんなに芯のある音を出せるんだから。 |
??? | なぜ人はピアノを弾くのか? それは、個が奏でる唯一の旋律を創り出すため……。 |
青年は再び、ピアノを弾き始めた。
今度の曲はしんしんと降り積もる綿雪のように、
冷たくノスタルジックなメロディだった。
カトラリー | ……ねぇ。 僕、ここにいてもいい? |
---|---|
??? | もちろん。 きみがいたいのなら、いつまでも。 |
カトラリー | 君の名前は? |
ミカエル | ……ミカエル。 |
カトラリー | ミカエル……。 |
カトラリー | (ミカエル……って、確か、天使の名前だっけ? 優しげで慈愛に満ちている感じで……。 ……この貴銃士に、ぴったりだ……) |
ミカエルとの出会いから数日後。
カトラリーは、空腹を訴えるお腹をさすりながら、
あてもなく廊下を歩いていた。
カトラリー | はぁ……。 |
---|---|
カトラリー | (ミカエルと出会ってから、苛つきはおさまったけど……。 やっぱり、食事が美味しくないんだよなぁ) |
カトラリー | ……わざとまずい料理作って嫌がらせしてるんじゃないよね? 料理を無駄にするようなこと、いくら僕が気に食わなくても、 シェフならしないと思うけど……。 |
カトラリー | 今朝も昼も……味がしなくてろくに食べずに出てきたから、 さすがにお腹すいたなぁ。 |
カトラリー | ……食堂に、ちょっと顔出してみようかな。 |
カトラリー | ねぇ。 何か食べるものない? |
---|---|
シェフ | カ、カトラリー様! ディナーはまだ仕込みの段階ですので、 今お出しできるものは何もございません……! |
カトラリー | 別に料理を食べさせろって言ってるわけじゃない。 何か軽くつまみたいだけ。 |
カトラリー | そのまま食べられる……果物とか、パンとかチーズとか。 そういうのくらいあるでしょ。 |
ファル | チーズ……? |
カトラリー | ……げっ。ファル……! |
ファル | あなたもチーズをお求めですか。 でしたら、ご一緒にどうです? |
カトラリー | ……ご一緒に……って。 あんた、ここで何してんの? |
ファル | アペリティフをたしなんでいました。 いいチーズが手に入ったもので。 |
カトラリー | アペリティフ……って食前酒、だよね。 |
ファル | ええ。 あなたにお酒はお勧めしませんが、 このチーズは食べて損はありませんよ。 |
カトラリー | (は……なんだよ、こいつ。 この前、僕のことあれだけこき下ろしておいて、 よく何事もなさそうな顔で一緒にとか言えるな!) |
カトラリー | (……そうだ! こいつが勧めるチーズを食べて、まずいって馬鹿にしてやろう! それくらいの仕返ししてやらないと、許せないし) |
カトラリー | ……ふぅん、それなら食べてみるよ。 僕には食前酒じゃなくてソーダを用意して。 |
給仕 | は、はい……! |
給仕がソーダを用意すると、
ファルはチーズを数種類取り分けて、
クラッカーを添えてカトラリーに差し出した。
ファル | はい、どうぞ。 |
---|---|
カトラリー | どうも。 言っとくけど、僕、味にはうるさいから。 |
ファル | それは、楽しみですね。 |
カトラリー | (ふん。その余裕ぶった顔もすぐおしまいだよ) |
カトラリーはチーズを口に放り込み、
もぐもぐと咀嚼する。
ファル | いかがですか? |
---|---|
カトラリー | ……え。 …………お、おいしい……。 |
ファル | ふふ、そうでしょう。 |
ファル | このチーズは、サラサンデ地方で10世代に渡って 手作りしている秘伝の……国際コンクールで優勝し……。 |
カトラリー | (ちゃんと、味がする……。 濃厚で、ちょっと癖があるけどどれも美味しく思える……。 何かを美味しいって思えるの、久しぶりだ……) |
カトラリー | (……あ、もしかして、 実は体調が悪くて味覚が鈍ってたとか? なら、もう治ったみたいだし、今日の夕食は期待できるかも!) |
ファル | 対してそちらのチーズの方は、発酵方法に 最新の科学技術を取り入れたもので、なんと……。 |
カトラリー | (それはそうと……) |
カトラリー | ふふっ。……ふふふふ! おっかしーの! |
ファル | はい? 失礼な。どのチーズも一級品です。 おかしなところなど── |
カトラリー | じゃなくて! だってあんた、 この前みたいに澄ました顔しといて、チーズの話だけ めちゃくちゃ語るんだもん……! ふふふっ! |
ファル | ……チーズを馬鹿にする方に 語る言葉はありませんが……。 |
カトラリー | 違う違う。馬鹿にとかしてないって、逆だって! あんたがあんまり楽しそうだから興味出てきたの。 じゃあ、このチーズは? |
その日の夜──。
ファルト別れた後、カトラリーは改めて
独り、食卓についた。
カトラリー | (おかしいなあ……) |
---|---|
カトラリー | (……やっぱり、味がしない。 さっきチーズを食べた時は、すごく美味しかったのに……) |
給仕 | お待たせしました。 子羊のローストでございます。 ガルニチュールにはアリゴをご用意いたしました。 |
カトラリー | …………いらない。 |
給仕 | えっ……? |
カトラリー | だから、いらないって言ってんの! まずいんだから、食べられるはずないでしょ? |
給仕 | し、しかし! このメニューはカトラリー様がお昼にリクエストされたもので、 シェフが丹精込めて調理したものですよ……? |
カトラリー | 子羊なら食べられるかなと思ったけど、 前菜がこんなんじゃメインディッシュも期待できないよ! どうしてこんなにまずくつくれるわけ? 反省しなよ。 |
給仕 | も、申し訳ございません……。 |
カトラリー | ……ふんっ! |
カトラリー | はぁ……。 なんで、また味がしなかったんだろ? おかしいな、チーズはあんなに美味しかったのに……。 |
---|---|
カトラリー | ……あ、そういえば付け合せはアリゴって言ってたっけ。 あれなら、チーズが入ってるから味がするかも。 よし、戻って食べてみようっと。 |
カトラリーが再び部屋に入ろうとすると──。
給仕 | まったくあのガキは! 貴銃士だからって調子に乗って……! |
---|---|
メイド | まあまあ、落ち着いて。シャルロット様のご命令ですよ。 こちらの思い通りに踊ってもらうために、 せいぜいご機嫌取っておきましょ? |
給仕 | 今まで我慢してたけどなぁ! 今日はもう殴ってやろうと腕が震えて……! |
メイド | ダメよ、お給料が出ないじゃないの。 ほらほら、私が慰めてあげるからぁ……。 |
ファル | 勘違いしていると、後々痛い目に遭いますよ。 わきまえておくことをお勧めいたします。 “お人形さん”。 |
---|
カトラリー | (なんで、今さらあいつの言葉を思い出すんだよ……。 別に、僕だってちゃんとわかってたし……) |
---|---|
カトラリー | ………………。 |
これは、カトラリーたちが
士官学校に来るようになってからのこと──。
カトラリー | ファル! |
---|---|
ファル | ……? |
カトラリー | どう? 元気してた? |
ファル | ああ、カトラリーさん……でしたね。 どうしてここに? |
カトラリー | どうして……って、 普通にベルギーから来ただけだけど? 何か問題でもある? |
ファル | いいえ? ありませんが。 |
カトラリー | ……あっそ。 |
カトラリー | ところで、ファルってさ。 ちゃんとマスターの役に立ってる? |
ファル | 命令されたことについては問題なくこなしていますので、 相応に役に立っているかと思いますが。 |
カトラリー | どうだかね。 記憶がないのに、ちゃんと立ち回れてるのか怪しいよ。 |
ファル | はぁ……。 今のところ特に不便はありませんよ。 |
カトラリー | ……っ、そんなんだから駄目なんじゃない? もっと必死で思い出そうとしなよ! 記憶ってあんたを構成する一部なんだよ。 |
カトラリー | ……僕とのことも、忘れたままなのに。 |
ファル | カトラリーさん? |
カトラリー | な、なんでもない! とにかく、記憶のないあんたなんて、ただのお荷物だから……! |
主人公 | 【そんな言い方はよくない】 【ファルはお荷物じゃないよ】 |
カトラリー | うわっ、〇〇……!? いつからそこにいたの!? |
カトラリー | その……違うんだよ、これは……! ちょっとした挨拶代わりっていうか……。 ……ああ、もう、ファルからもなんか言ってよ! |
カトラリー | ……って、いない!? おい、ファル! |
カトラリー | ……はぁ。 まあ、ファルのことはいいや。 |
カトラリー | ……えーっと、〇〇。 これ、あげるよ。 ベルギーのお土産! |
カトラリーはリボンで丁寧にラッピングされた
高級そうな箱を〇〇に差し出した。
驚きつつもさっそく開けてみると、
中にはマーマイトが1つだけ入っていた。
主人公 | 【マーマイト……?】 【あ、ありがとう……?】 |
---|---|
カトラリー | 僕が最近食べて一番美味しかったから! だからわざわざお土産に持ってきてあげたんだよ。 せいぜい感謝して! |
主人公 | 【(美味しい……?)】 【(マーマイトって、イギリスの名物だけど)】 |
カトラリー | な、何、その顔。 もうちょっと、ほらさ、何か言うこととかあるでしょ。 |
ミカエル | ……ふふ。 どうやらマスターはよくわかっていないみたいだね。 カトラリー、僕が説明してあげる。 |
カトラリー | ミカエル……!? え、ちょっと……! |
ミカエル | 〇〇、少し考えてごらんよ。 彼はね、わざわざベルギーから来たのに、 イギリスの人にご当地のものを渡したんだ。 |
ミカエル | マーマイトは好き嫌いが分かれる上に、 ベルギーできちんとお土産を用意しなかったって、 気分を損ねる人もいるだろう。 |
ミカエル | きみがそういう風に何か反応をしたら、 「期待しちゃって馬鹿だね!」って、 からかうつもりだったのかな? |
カトラリー | ち、ちが……! |
ミカエル | 僕が思うに、今回のは少し、 きみなりのいじわるがわかりづらかったみたいだ。 残念だったね、カトラリー。 |
ミカエル | 今度はもっとわかりやすいいじわるにするといいよ。 ……ね、きみもそう思うでしょ、〇〇。 |
カトラリー | ば、バカ! ミカエルも〇〇もバカ──っ! |
主人公 | 【待って、カトラリー!】 【いいリアクションできなくてごめん!】 |
ミカエル | おやおや、逃げ足が速いね。 よっぽど恥ずかしかったみたいだ。 |
ミカエル | ……ねぇ、〇〇。 あの子はね、初めて会った時から、 とっても繊細な子だったんだ。 |
ミカエル | だから、そのつもりで接してあげて。 よろしく頼むよ。 |
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