暑さに弱いなんて言っていられない。不甲斐ない己を律するように、彼は赤く染まる海に身を投じるのだった。
暑さ。失敗作と指さされた原因。
一人で越えなきゃいけねえ壁だと思ってた。……けどよ。事実否認てのも馬鹿のやることだろ?
──お前らには、感謝、してる。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──夏季休暇を間近に控えたある日。
ジーグブルート | はぁ……あちぃな。 日差しがうざってぇ……。 |
---|
ジーグブルートが日陰のベンチで横になっていると、
数人の足音が近づいてくる。
生徒1 | なあなあ、この間の課題、お前はどこの銃について調べた? |
---|---|
生徒2 | 俺はイギリス! そっちは? |
生徒1 | オレはドイツにした! 名銃が多いし、特にドライゼ銃は銃の歴史の転換点だろ? 現代銃にも繋がる技術でロマンがあると思ってさ。 |
生徒2 | ボルトアクション式って格好いいよな~。 DG3とか、現代銃の名銃も多いし! あ、でも、DG36ってなんか揉めてなかったっけ。 |
ジーグブルート | ……! |
生徒1 | あー、なんか、直射日光や熱に弱いって話らしい。 砂漠とか、あっついところでトラブルが多かったって聞いたなぁ。 砂とかは一応大丈夫みたいなんだけど。 |
生徒2 | ふぅん……。 そういや、ジーグブルートさんってDG36の貴銃士だったよな。 銃と同じで暑いとこ苦手だったりするのかな? |
生徒1 | 銃の特性は貴銃士に出るって言うし、ありえるかもな……。 うわぁ……暑くてへばってる貴銃士とか想像したくねー! 夢が壊れる!! |
ジーグブルート | ……てめぇら、ずいぶんと面白そうな話してんなぁ? |
生徒たち | ……! |
生徒1 | ジ……ジーグブルートさん……! |
ジーグブルート | あ? どうしたんだよ、幽霊でも見たみてぇな顔して。 さっきまで楽しそうに話してただろうが。 俺の前でもう一回同じこと言ってみろや。 |
生徒たち | すっ、すみませんでした──ッ!!! |
ジーグブルート | 度胸もねぇ、逃げ足ばっかり速ぇガキが……! クソッ、一発ぶん殴ってやりゃあよかった。 |
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ジーグブルート | はぁ……だりぃ。 |
額に浮かんだ汗をぬぐったジーグブルートは、
じっとりと濡れた手の甲を見てハッとする。
ジーグブルート | チッ、なんでこんなに汗なんかかいてんだよ……! |
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ジーグブルート | 俺は弱くねぇ。失敗作なんかじゃねぇ。 暑さなんてなんともねぇって、証明してやる……!! |
──数日後。
ジーグブルートは南フランスのビーチにいた。
ジーグブルート | おっし。ここなら俺を知ってるヤツはいねぇだろ。 特訓が士官学校の奴らやドライゼ、エルメに知られることはねぇ。 思う存分鍛えられるぜ。 |
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ジーグブルート | 太陽もいい感じにギンギンだな。 この中でトレーニングすりゃ、 暑さなんてあっという間になれちまうだろ。ハハッ! |
ジーグブルート | まずは……そうだな、ランニングから始めるか。 っしゃ、行くぜ! |
女性1 | あら? お兄さん1人で何してるの? あたしたちとビーチハウスでアイス食べましょうよ。 |
ジーグブルート | あ? アイスが食いたきゃてめぇらで勝手に食ってろ。 俺はこれから走り込みだ、じゃあな。 |
女性2 | こんな暑いのに走り込みぃ? 変な人……行きましょ。 |
ジーグブルート | はぁ……はぁ……。 クソ、あちぃ……けど、俺はまだまだやれる……! |
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ジーグブルート | 泳いだあとでもういっちょ走り込みだ! |
──夕方。
ジーグブルート | ……ふぅ、いい汗かいたな。 着実に力が付いてる気がするぜ……! 今日はこのあたりで切り上げるか。 |
---|
荷物を置いていた場所に戻ったジーグブルートは、
荷物が荒らされ、タオルなど一部の持ち物しか
残っていないことに気づく。
ジーグブルート | なんだと……!? |
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ジーグブルート | ……っ! 財布がねぇ! クソッ、誰かが盗みやがった……!! |
『盗難注意! 貴重品は肌身離さず持つようにしましょう』
と書かれた張り紙が、虚しく風にはためくのだった──。
──翌日。
ジーグブルート | ………………。 |
---|---|
ジーグブルート | 金はねぇがまだ特訓は切り上げられねぇ。 宿代を稼ぎつつ特訓にもなるっつったら……これしかねぇな。 |
ジーグブルート | ……おい、そこのおっさん。 |
ビーチハウスの店主 | ひぃっ!? |
ジーグブルート | ビビってんじゃねぇよ。 ここでアルバイトを募集してるんだろ? 表の貼り紙見たぜ。 |
ビーチハウスの店主 | ま、まさか、君が……? |
ジーグブルート | おう。 なんか文句でもあるってのか? |
ビーチハウスの店主 | い、いや……。 それじゃあ、軽く面接をさせてもらおうかな。 君、生年月日は? |
ジーグブルート | せいねん……? ああ、制式年か。1996年だ。 |
ビーチハウスの店主 | はい、1996年ね。 じゃあ今年でじゅう……じゅっ、10歳!? |
ジーグブルート | あー、そうか……。 普通の人間なら、20くらいか? だったら、1985年生まれっつーことで。 |
ビーチハウスの店主 | ならってなんだい!? 君の生まれた年だろう! |
ジーグブルート | ……ああ? |
ビーチハウスの店主 | ひっ……! ま、まあいいか……。どう見ても10歳ではなさそうだし。 それじゃあ、志望動機は? |
ジーグブルート | 暑さを克服してぇ。以上。 |
ビーチハウスの店主 | えっ? |
ジーグブルート | なんだよ。 志望動機なんて下らねぇものより、 実際仕事できるかの方が大事だろうが。 |
ビーチハウスの店主 | そ、それもそうだな……。 調理も業務に含まれるんだけど、君、料理はできるの? |
ジーグブルート | 料理か、任せろ。 ……ちょっと厨房借りるぜ。 この俺の腕前、見せてやる! |
ジーグブルート | ほらよ。 |
---|---|
ビーチハウスの店主 | おお……これはすごい……! シンプルだが食欲をそそる香りが素晴らしいな。 いや、しかし大事なのは味だ。 |
ビーチハウスの店主 | ……う、うまい! 特にこのデザート……ビーチハウスではなく一流カフェのようだ! 顔つきは少々怖いが……ぜひ君に働いてもらいたい! |
ジーグブルート | 採用か。当然だな。 なんたって俺は、最高の成功作様なんだからよ。 |
こうして、ジーグブルートは、
海の家でアルバイトに励むこととなったのだった。
──ジーグブルートがビーチハウスで働き始めてから、
数日経ったある日のこと。
ジーグブルート | 待たせたな。 ほら、かき氷3つだ。 |
---|---|
ジーグブルート | ……さて、と。 これで、今来てる注文は全部出しちまったか? |
ビーチハウスの店主 | お疲れ様、ジーグブルートくん。 この仕事にもだいぶ慣れてきたみたいだね。 |
ジーグブルート | 当たり前だろ。 この程度の仕事、俺にかかりゃあ楽勝だ。 |
ビーチハウスの店主 | 頼もしいね。 料理の腕はピカイチだし、アレンジメニューも好評だ。 接客も形になってきたし、君を雇って本当によかったよ。 |
ビーチハウスの店主 | 今日から時給をアップするから、 これからもよろしく頼むよ。 |
ビーチハウスの店主 | ……んん? なんだか目立つ2人組がいるね。 |
エルメ | ねぇ、ドライゼ。 あそこで一息つくとしようか。 |
ドライゼ | うむ。涼めそうでいいところだな。行くとしよう。 |
ジーグブルート | ……! なんであいつらがこんなとこにいるんだよ!! |
ジーグブルート | ……クソ、絶対バレるわけにはいかねぇ……! |
ビーチハウスの店主 | ジーグブルートくん、急にしゃがみこんでどうしたんだい? 気分でも悪いなら── |
ジーグブルート | おい、俺に話しかけんな! 名前を呼ぶな!! |
ビーチハウスの店主 | ……? わ、わかったよ。 まったく、最近の若い子の考えにはついていけないなぁ……。 |
エルメ | やあ、席は空いているかな。2人分。 |
ビーチハウスの店主 | ええ、お好きな席にどうぞ! |
ドライゼ | エルメ、あそこが空いているようだ。 座ってメニューを見るとしよう。 |
エルメ | うん、そうだね。 |
ジーグブルート | (くそっ、やっぱり入ってきちまった……! よりによってエルメとドライゼがなんで南フランスにいるんだよ! 頼むから、俺に気づくんじゃねぇぞ……!) |
エルメ | スペインに行く予定が流れたのは残念だったけど、 南フランスのビーチもいいものだね。 |
ドライゼ | ああ。これはこれでいいな。 鉄道が復旧したら、スペインにはまたの機会に行こう。 |
ジーグブルート | (鉄道トラブルでスペインに行けずにフランスに来たってことか! チッ、ついてねぇ。 スペインに行ってりゃ、鉢合わせずに済んだってのに……!) |
ビーチハウスの店主 | ジーグブルートくん。 体調が大丈夫なら、今来たお客さんの注文を取ってきてくれ。 |
ジーグブルート | ……っ! |
ジーグブルート | (畜生……! 仕事を放り投げるなんざ、成功作様がやることじゃねぇ。 だが、どうすれば……) |
ジーグブルート | (……そうだ!) |
ジーグブルートは、店の壁に飾られている仮面を取り、
装着してからドライゼたちがいる席へと向かう。
ジーグブルート | ご注文はお決まりデショウカ~? |
---|---|
ビーチハウスの店主 | (ジ、ジーグブルートくん!? なんだい、その変な裏声とお面は……!) |
エルメ | コーヒー2つと、ホットドッグ2つね。 |
ジーグブルート | かしこまりマシタ~! |
ジーグブルート | (よし、バレてねぇ! この調子で乗り切るぞ……!) |
エルメ | あ……! |
ジーグブルート | ……っ! |
ジーグブルート | (やべぇ! バレたか……!?) |
エルメ | やっぱり、ホットドッグはやめて、 かき氷2つにしようかな。 |
ジーグブルート | ハイ……。 |
エルメ | ……待って。 |
ジーグブルート | くっ……! |
エルメ | 海の家スペシャルも捨てがたいな……。 |
ジーグブルート | (ウゼェ!!) |
ジーグブルート | かしこまりマシタ。 では、コーヒー2つとかき氷2つ、 海の家スペシャルで! |
ドライゼ | おい、そんなに頼んで大丈夫か? |
エルメ | ふふふっ。 大丈夫、君なら食べられるでしょ。 ドライゼ? |
ジーグブルート | お待たせシマシタ。コーヒー2つとかき氷2つ、 海の家スペシャルデス。海の家スペシャルには、 たーっぷりタバスコをソウゾ~! サービスデス! |
---|---|
ドライゼ | む……タバスコたっぷりがここの流儀か。 ならばそれに従うのがよかろう。 |
ドライゼ | 君、ちょうどいいところで知らせてくれ。 |
ドライゼは、ジーグブルートの言葉を忠実に受け取り、
タバスコをどんどんかけていく。
ジーグブルート | マダマダで~す。 |
---|---|
ドライゼ | む……もっとか。 |
ジーグブルート | Goodデース。 |
エルメ | それじゃあ、いただくよ。 |
エルメはタバスコで真っ赤に染まった料理を、
涼しい顔で食べ始める。
エルメ | うん、これはおいしいね。 夏は冷たいものばかりじゃなくて、 辛いものや熱いものを食べるのがいいって言うし。ちょうどいいよ。 |
---|---|
ジーグブルート | (こいつ……そういや味覚音痴気味だったな) |
ドライゼ | ……うっ。 これは……か、辛……っ! |
ドライゼ | しかし、残すのは俺の流儀に反する。 辛さが強烈とはいえ味は美味いのだからな……! |
汗をかきつつ食べていたドライゼは、
やがて、テーブルに勢いよく手をつくと立ち上がる。
ドライゼ | ……くっ!! |
---|---|
ジーグブルート | (……水持ってきてやるか……?) |
ドライゼ | ……オォーーーレェイ!! |
ビーチハウスの店主 | なんだい、今の大きい声は……って、彼は一体……!? 只者の動きじゃないな……有名なダンサーかい!? |
エルメ | おやおや、今日はお酒を飲んでないのに。 辛さが限界量に達してもこうなるのか。 ふふ……覚えておこう。 |
エルメ | いい仕事をしたね、ジグ。 |
ジーグブルート | なっ、お、お前……! 気づいてたのかよ!! |
エルメ | ふふっ、いい休暇になったな。 |
──ジーグブルートが、フランスの海で
シャルルヴィルやカトラリー、ローレンツたちと夏を過ごし、
思い出と共に士官学校に戻ったあとのこと。
ジーグブルート | はっ、はっ……。 |
---|---|
生徒1 | ジーグブルートさん、すげぇ……。 |
生徒2 | 頑張れ、ジーグブルートさん! 大記録を打ち立ててください!! |
カトラリー | ……この人だかり、一体なんなの? |
ローレンツ | 説明しようではないか。 |
カトラリー | うわっ!? びっくりした! いきなり出てこないでよ、ローレンツ。 |
ローレンツ | その言動から推測するに……Mr.ジーグブルートは、 グラウンド100周走破記録を打ち立てようとしている。 |
カトラリー | ひゃ、ひゃく……!? 冗談でしょ!? |
ローレンツ | いや、まぎれもない事実だ。 今は53周目を走っている。残りは47周だな。 |
カトラリー | な、なんでそんなことしてんの……? |
ローレンツ | 俺が目撃した内容を伝えるとしよう。 |
ジーグブルート | おい! |
---|---|
生徒1 | ……ッ! ジーグブルートさん……! |
生徒2 | 俺たち、もう余計なこと言ったりしません! この間は本当にすみま── |
ジーグブルート | ごちゃごちゃうるせぇ。 口先だけならなんとでも言えるんだよ。 てめぇらのクソみてぇな認識ごときっちり変えてやる。来い。 |
生徒1&生徒2 | え……? |
ローレンツ | 思うに、あれが彼なりの『証明』なのだろう。 たしかにやり抜けば、暑さを克服したとも言える。 |
---|---|
カトラリー | でも、そんなの無茶苦茶だよ! こんな暑い日に……っていうか、 グラウンド100周がそもそも無謀でしょ。馬鹿じゃないの!? |
ローレンツ | ……Mr.カトラリーの言うことにも一理ある。 しかし、彼は時に愚直なほどにひたむきだ。 彼なりの証明を俺は尊重し、見届けたいと思う。 |
カトラリー | 信じられない……。 またぶっ倒れても知らないから。 |
生徒3 | すげーっ!! ジーグブルートさん、ついに70周目に入ったぞ!! |
生徒4 | DG36は直射日光や熱に弱いんじゃなかったのか? |
生徒5 | これは、本当に100周行けるかもしれない……。 |
カトラリー | 70……!? ねぇ、もう十分でしょ! 暑さに強いことならもうとっくに証明できてるよ! |
ローレンツ | きっと、俺たち外野がどうこう言うことではないのだ。 彼は他者への証明のためだけでなく、 おそらく自分自身の信念のためにも走り続けている……。 |
ローレンツ | それに……ほら、あれを見てみるといい。 彼ならば大丈夫だ。 |
ジーグブルート | ……はぁ……はぁ……。 そろそろ、水分と塩分補給するか……。 |
カトラリー | あ……。 ちゃんと学んだんだ。 |
ローレンツ | 元来彼は優れた知能を持っているからな。 学習能力は十分すぎるほどに高い。 |
その後もジーグブルートは、
75周、80周と、グラウンドを走り続ける。
ジーグブルート | ……よし。 これで90周目だな……うっ。 |
---|
だが、さすがに疲労が溜まったのか、
足がもつれ、ふらついたジーグブルートは、
転倒しそうになり膝をついた。
カトラリー | あいつ……! |
---|---|
カトラリー | も、もういいじゃん! それだけ走れば十分だよ!! |
ジーグブルート | うるせぇ。 ……黙って、見てろ! |
ジーグブルートは立ち上がると、
再び走り始める。
ジーグブルート | はぁ……はぁ……。 俺は……最後まで……走り抜いて……やる……!! |
---|---|
生徒1 | ジーグブルートさん……。 |
ジーグブルート | これで……99、周目……。 |
生徒たち | あと1周!! あと1周!! 頑張れーっ!! |
ジーグブルート | ひゃく……周──……。 |
ジーグブルートは倒れ込むように、
100周目のゴールを切った。
生徒たち | うおおおお~~~!!! |
---|---|
ジーグブルート | どうだ……。 俺は……成功作……様……だ……。 |
カトラリー | ……バカなんじゃないの。 |
ジーグブルート | へっ、なんとでも言ってろ。 |
カトラリー | こんなことしなくても、あんたはすごいよ。 ……はい、タオル。 |
ジーグブルート | ……おう。タオルはもらっとくぜ。 |
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