これは彼の運命が、一人の士官候補生と交差する前の物語。
西と東の孤独な銃が、雪の季節に邂逅する。
不器用同士袖すり合った小さな友。ジーグブルートは静かに瞑目する。
…いつかまた会って、笑い合えたら。
出会った瞬間、似てると思った。
群れを遠くから見つめる瞳は、鏡の中の誰かと同じ色。
でも、共に過ごす内にわかったのだ。
…お前は、俺とは違ぇよ、チビ。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
その日──ドライゼ、エルメ、ジーグブルート、ゴーストは、
オーストリア政府より招待を受け、
ヴァイスブルク宮殿を訪れていた。
ドライゼ | 世界連合軍ドイツ支部にて 指揮を任されているドライゼと申します。 レジスタンスの英雄にお会いできて、光栄の至りです。 |
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エルメ | 同じくドイツ支部のエルメです。 そして、後ろにいるのはジーグブルートとゴースト。 このたびは、ご招待いただき感謝します、カール閣下。 |
カール | やあ。そんなにかしこまらないでくれたまえ。 今回は親睦を深める催しなのだから、お気楽でいいのさ。 ふわ~んとね。 |
ドライゼ | は、はぁ……。 |
ローレンツ | オーストリアのローレンツだ。ところで、Mr.エルメ。 君の言う『後ろ』とはどこのことだろうか。紹介してもらった Mr.ジーグブルートとMr.ゴーストの姿が見当たらないが? |
ドライゼ | ゴーストならば、ここに。 |
ゴースト | …………う、うん。 ……い、いる……けど? |
カール | ……んん? |
ローレンツ | ……ほう! カール様、このへんを! このあたりをよくご覧ください。 |
カール | ……おや? 影が薄くて気が付かなかったよー。 すごいな。意識して見てみると、ちゃんといるね。 これは、噂に聞くアハ体験というヤツかな? |
ゴースト | …………くっ、いつか呪ったる。 |
ローレンツ | Mr.ゴーストは認識できたが、Mr.ジーグブルートの方は? Mr.ゴーストよりもさらに影が薄く、認知が難しいのだろうか。 |
エルメ | ……あれ、逃げたみたいだ。 やられた……この部屋に入る直前までいたのに。 |
カール | ハハハ! 仮説通りってやつかい? ローレンツ。 |
ローレンツ | ええ。事前に仕入れていた情報のとおり、問題児のようですね。 Mr.ジーグブルートは。 |
エルメ | 問題児というか……なんていうのかな。 そう、反抗期みたいなもので……。 |
ローレンツ | 反抗期? 反抗期と言えば……子供から大人への精神発達の過程で 見られる反抗的な言動が増す期間のことか? |
カール | へぇ? 面白そうな話題じゃないか。 |
ドライゼ | こちらに来る前に少々揉めたのだが…… それに腹を立てて、当てつけに規律を乱したのだろう。 我々の方で重い処罰を下しておくので許してほしい。 |
カール | ふーん……。 |
ドライゼたちからドイツ軍における反乱分子やアウトレイジャーの
対処法や戦闘方法などを聞き、休憩を挟むことになった。
カール | うむうむ、実に有意義な会じゃないか。 僕がもっと早くに正常化していればなぁ……。 |
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カール | 以前のモヤのかかった状態ならば、もう何度寝落ちていることか。 ……しかし、頭を使うというのは腹が減るねー。 |
カール | 戻る前に、何かつまむとするか。 |
カール | やぁ、シェフ。甘いケーキでも── |
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??? | こ、困ります……! |
??? | うるせえ……!! |
カール | おや? 彼は……。 |
ジーグブルート | いいから続きを教えろ。 じゃなきゃ、ザッハトルテにマジパン突っ込んで 雑にチョコでコーティングするぜ? |
シェフ2 | そんな無茶苦茶な~。 インペリアルトルテのレシピは古来より 門外不出とされているんです。どうかご容赦を……! |
ジーグブルート | なら、作る工程を見せるだけでいい。 |
シェフ1 | それも、ちょっと……。 |
ジーグブルート | ああ!? これだけ譲歩してやってるってのに、 まだ文句あんのか!? |
シェフたち | ひぃ~~~~っ!! |
カール | はっはっは、よく耐えているじゃないか。 |
シェフ2 | はっ……カール様! この方が、門外不出のレシピを所望されておりまして……。 |
カール | まぁ、せっかくオーストリアに来たんだ。 僕の顔に免じて1度だけ見せてやってくれたまえ。 |
シェフ1 | ……は、はい。 |
カールの言葉に、シェフたちがインペリアルトルテを作り始める。
ジーグブルート | ……へえ、やっぱり、そっから作るんだな。 ザッハトルテにマジパン突っ込むのはわりといい線、 ついてたみてぇじゃねぇか。 |
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ジーグブルート | ふーん……そこにアーモンドか。マジパンの処理もおもしれぇ。 確かに美味いケーキになるな、これは。 アプリコットやベリー系ジャムを入れてもよさそうだ。 |
シェフ2 | それ、僕も考えたこと、あるんですよ。 でも、伝統の作り方を守ることこそが、我々の役割であると。 |
シェフ1 | 皇帝に捧げるためのケーキですからね。 味を守り続けることが大切なんです。 |
ジーグブルート | チッ、つまんねぇな。 美味くなるなら、手を加えていきゃいいものを。 |
カール | あはは、話に聞く『オンコチシン』というヤツだねー。 |
ジーグブルート | ……そういや、てめぇは何モンだ? さっきから偉そうにうろちょろしてるが。 |
カール | ああ、紹介が遅れたね。 僕はカール。 |
ジーグブルート | ……げっ! |
ジーグブルート | て、めぇが……カール!? |
カール | そうだよー。今回は招待を受けてくれて感謝する。 ようこそオーストリアへ、ジーグブルート。 |
ジーグブルート | ……こっちの正体もバレバレかよ。 |
カール | 見慣れない貴銃士だしねー。 それに、さっきエルメやドライゼから君の話をたくさん聞いたから 推測するのは難しくなかったよ。 |
ジーグブルート | ………………。 |
カール | 君は、反抗期なんだって? まるで人間みたいじゃないか。 面白い。君とも色々と話がしたいなぁ。 |
ジーグブルート | うるせえっ!! |
カール | あ! まだインペリアルトルテはできていないよー……って、 行ってしまったか。 どうやら仲良くなるまでには時間がかかりそうだねー。 |
ジーグブルート | ……ったく。なんなんだよ、あいつ──。 |
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──ジーグブルートが、カールに連れられて
日本を訪れていた時のこと。
在坂 | ……うん、美味しい。 デカも食べるといい、ほら。 |
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ジーグブルート | なんだ、このシワシワしたのは。 |
在坂 | 軍で作った干し柿だ。 |
ジーグブルート | ──『Kaki』? これがか? ドイツにも『Kaki』はあるが、こんなんじゃねぇぞ? |
在坂 | 柿はもともと渋柿しかなかった。 だから、昔から人は干して食べていたと聞く。 甘柿はあとから発生したのだ。 |
ジーグブルート | アマKaki? シブKaki……? |
在坂 | 渋柿は渋い。そのままでは食べられない。 だから、干して甘くする。……とにかく、デカも食べろ。 |
ジーグブルート | ったく。まずかったら、突っ返すからな? どれどれ── |
ジーグブルート | ……へえ? いい甘さだ。ベタつかねぇ……上等な……。 ……もう1個もらうぜ。 |
在坂 | ……ふん。 |
在坂 | 在坂は、正しかった。 では、在坂も食べる。デカに食べ尽くされないうちに。 |
ジーグブルート | ……てめぇ、スゲー勢いで食うな。 チッ、負けるか! |
在坂 | ……はむ、はむっ。 |
ジーグブルート | はぐ……っ、はむ……──よし、最後の1個! |
在坂 | 在坂が、食べる……! |
ジーグブルートと在坂は、
同時に残り1つとなった干し柿へ手を伸ばす。
ジーグブルート | ……てめぇはチビなんだから、そのへんで満足しとけよ。 |
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在坂 | ……む。在坂はチビではない。 デカがデカすぎるだけだ。 |
ジーグブルート | んだと? さっきから、デカデカうるせーんだよ! 詫びとして、最後の1個は俺によこせ。 |
在坂 | ……わかった。 では、実力勝負といこう。 |
ジーグブルート | 勝った方が最後の1個を食えるってか? ハッ、負けても泣くんじゃねぇぞ、チビ! おらっ、外に出ろ。 |
在坂 | 受けて立つ。 在坂は負けない。そしてチビでもない。 |
最後の干し柿を賭けた決闘をするために
ジーグブルートと在坂は中庭へと出た。
在坂 | ……覚悟はいいか、デカ? |
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ジーグブルート | それはこっちのセリフだぜ、チビ。 |
邑田 | あ、在坂!? これは何事じゃ……!? |
八九 | 決闘するんだと。干し柿を賭けて。 |
邑田 | なんじゃと!? |
邑田 | や、やめるのじゃ、在坂! どうしてもと言うのであれば、わしが代わりに戦う!! |
在坂 | 邑田の役目は、そこで見ていることだ。 |
邑田 | し、しかしっ── |
在坂 | ……うるさい。 |
邑田 | はうっ!! 在坂ぁ……!! |
自衛軍兵士1 | 俺は我が軍の貴銃士を応援するぞ! |
自衛軍兵士2 | いや、ここはドイツの強さも見せてほしいな! |
在坂 | ……行くぞ。 |
ジーグブルート | おう、いつでも来いっ! |
在坂 | ──たぁあ!! |
ジーグブルートに向けて、在坂が突進する。
ジーグブルート | ……甘い。 |
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在坂の攻撃を避け、
ジーグブルートはその脇腹に拳をたたき込んだ。
在坂 | ……ぐっ。 |
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邑田 | んんんあ在坂ぁあああ~!! |
ジーグブルート | (よし、このままたたき伏せる……!) |
在坂 | ……甘いのはデカだ。 |
在坂は隠し持っていた鏡で、日光を反射させた。
ジーグブルート | うっ、まぶし── |
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在坂 | ……これで、終わりだ。 |
視界を奪われ、ひるんだジーグブルートのみぞおちに
在坂は重い一撃を食らわせる。
ジーグブルート | ぐ、ふ── |
---|
耐えられず、ジーグブルートは地に膝をついた。
八九 | そこまで! 勝者、在坂!! |
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ジーグブルート | ふざ、けるな……! 俺はまだ、戦える……!! ゴホッ……! |
八九 | もうやめとけって。キレイにみぞおち入ってたぞ。 |
在坂 | いい勝負だった。在坂は楽しかったと思う。 お礼に干し柿はデカと分ける。半分はデカが食べろ。 |
ジーグブルート | ……は? 食い意地張ってるてめぇが分けるだと? 一体全体、どういう風の吹き回しだ? |
在坂 | 今、説明した。在坂が楽しかったからだと。 邑田は在坂と本気で手合わせをしない。 八九も、邑田に怒られるからと言い訳して同じ。他の人たちは── |
自衛軍兵士1 | ……あー、コホンっ。 |
自衛軍兵士2 | そういえば、報告が残っていたような……? これは、大変だ! 急げ! 急げ……!! |
ジーグブルート | ……避けられてんぞ。 なんかやったのか、チビ? |
在坂 | いつもあんなものだ。 だから、在坂は本気の手合わせをしたことがない。 ……今、デカとやったのが初めてだ。 |
ジーグブルート | そうか。 ……なら、干し柿は半分もらってやる。 |
在坂 | ……うん。 |
邑田 | おおお、なんということじゃ……! 在坂の慈悲深き微笑み……! まるで人々に救いの手を差し伸べる菩薩の如し! |
八九 | ……うわぁ、いつも以上にうぜぇ。 |
ジーグブルート | しかし、半分もらってもな……。 …………そうだ。 |
ジーグブルート | いいこと思いついたぜ。 ちょっと待ってろ。 |
ジーグブルート | 待たせたな。 ほら、食え。 |
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在坂 | ……! これは──……。 |
ジーグブルート | 干し柿のトライフルだ。 これなら、量が少なくてもお互い楽しめるだろ。 ついでに、邑田や八九の分も作ってやったぜ。 |
八九 | えっ……なんか洒落た……食べ物!? |
邑田 | ほう……敵ながらやるのう。 |
在坂 | はむはむ……うん、美味しい。 干し柿……こんな食べ方もあるのか……もぐ……。 |
ジーグブルート | ……フンッ。 気に入ったなら、また……作ってやるよ。 |
──連合軍ドイツ軍支部。
エルメ | おかえり、ジグ。 日本は楽しかった? |
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ジーグブルート | ……ま、それなりに。 |
ドライゼ | 何か迷惑をかけたのではないだろうな? |
ジーグブルート | 知るか。オーストリアの貴銃士も日本の貴銃士も、 好き勝手やりやがって…… ……俺は振り回された側だ。 |
エルメ | ……ふーん? |
ジーグブルート | これは、土産だ。 いらなきゃ、捨てろ。 |
ジーグブルートはドライゼとエルメに紙袋を渡す。
ドライゼ | これは──Tシャツか? |
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エルメ | へぇ……文字が書いてあるね……日本の漢字? というやつかな。 |
エルメ | ──『冷奴』? なんていう意味なの? |
ジーグブルート | 『Cool Guy』って意味らしいぜ。悪くねーだろ? |
ドライゼ | なるほど。 しかし、自称しているようで着用する場に悩むな。 |
エルメ | ……ドイツでは、漢字が読める人は少ないし、 あんまり気にしなくてもいいんじゃないかな? |
ドライゼ | 確かに。 では、積極的に着ていこうと思う。 |
エルメ | …………。 |
兵士1 | 失礼します! 兵舎内で兵同士の揉め事が発生いたしました。 ドライゼ特別司令官、起こしいただけないでしょうか? |
ドライゼ | ……わかった、行こう。 エルメ、お前も来い。 |
エルメ | いいよ。 やれやれ……みんな、血気盛んだね。 |
ジーグブルート | ……あいつら、Tシャツ持ったまま行っちまったぞ? いいのか? ま、気に入ってくれたんなら何よりだが。 |
ジーグブルート | ……へっ。 |
ジーグブルート | あいつらが、豆腐……へへへっ! |
ゴースト | (……笑ってるジーグブルート……キモ……) |
ゴースト | (……ていうか、俺の存在、気づかれてない……?) |
ジーグブルート | あ……。 |
ジーグブルート | そういや、ゴーストのヤツに渡す土産、 すっかり忘れてたな。……あいつ、影、薄いし。 |
ゴースト | ……っ!! |
ゴースト | (ひ、ひど……ッ!! ここにおるっちゅうねん……!!) |
ジーグブルート | ま、言わなきゃバレねぇか……? ……でも、わかった時にショックだよな。 1人除け者にされたわけだし。 |
ゴースト | (ほんまにな! 呪われても文句言えへんで……!!) |
ジーグブルート | ……他には何、買ったっけな。 あいつに渡せそうなもん、あったか……? |
ジーグブルートは紙袋を漁って、日本で買ってきた物を確認する。
ジーグブルート | いかの燻製……鮭とば……海苔……、つまみ系ばかりだな。 割と食う相手を選ぶが……あいつは食えんのか? つーか、あいつの好きなもんってなんだ? |
---|---|
ジーグブルート | ……そういや、 食堂で見かける時は、いつもスパゲッティ食ってんな。 |
ジーグブルート | ……よし、あの手をもう一度使うか。 |
ゴースト | 行ってもた……。 あの手ってなんやろ? |
ゴースト | ……ま、一応、部屋に戻っとくか。 期待はしてへんけど、一応な。一応。 |
──30分後。
ゴースト | あいつ、お土産、何くれるんやろ? リアクションに困るボケは勘弁やな……。 |
---|---|
ジーグブルート | おい、いるか? |
ゴースト | (……! 来たっ!!) |
ゴースト | ……あ、開いてる、けど? |
ジーグブルート | おう。入るぜ。 |
ジーグブルート | ほら、これ。 日本土産だ。食え。 |
ゴースト | ……す、スパゲッティ、が、日本のお土産……なの? |
ジーグブルート | ああ。正確には、中の具がな。 海苔といかの燻製、鮭とばを和えてソースを作った。 |
ゴースト | ……いい匂い……。 た、食べても……いい? |
ジーグブルート | だから、食えっつってんだろっ!! |
ゴースト | い、いただきます……ッ! |
ゴーストは、慌てた様子でスパゲッティを口に運ぶ。
ゴースト | ……あ、磯の香り……。 でも、香ばしくて、不思議な味……。 |
---|---|
ジーグブルート | シーフード感はいかの燻製と鮭とばを使ったから。 香ばしさは海苔をあぶったからだな。 |
ゴースト | ……お、おいし。 |
ジーグブルート | 口に合ったようなら何より。 じっくり味わって食えよ。 |
ゴースト | …………。 |
ゴースト | (こいつのせいで、何度も銃に戻って 絶対呪ったるって、思っとったけど……ええとこもあるやん) |
ゴースト | (……しゃーない、今日だけは呪わんと、祝ったるわ) |
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