【喪失の音色】ファル

コメント(0)

解説

カード解説

これは遠い記憶の欠片。ベルギーでの、彼らの物語の前日譚。
ファルが無意識に叩いた鍵盤の音は、『その日』を境に変化した。
幸か、不幸か。解放か、喪失か。
その変化の意味は、誰にも規定できない。

心銃解説:ルイン・メロディー


虚を突いた、残響。
空に響いた、誰かの音。
もう、ここにはなにもない。

カードストーリー

主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分

Ep1. かつての仲間の痕跡

7念前──
革命戦争最終決戦後、イレーネ城にて。

ファル皆さんまとめて地下牢に案内してさしあげますよ。
ふふふ……。

不敵に笑う男を
レジスタンスたちがじっと見据える。

そして、銃声が鳴り響き──

──その日から、幾年もの月日が流れた。


ファル…………。
ファル……、……。
???目覚めたか、KB FALL。
ファル…………。

ファルが目覚めて始めて目にしたのは、
こちらを見下ろす見知らぬ女の冷たい視線だった。

次に、俯いて自分自身を見る。
椅子に座らされ、縄で縛り付けられていた。

ファル……ええ。この通り。
ところで、あなたは?
ファルのマスター私はお前のマスターだ。名を教える必要はない。
ファルのマスターこれからいくつか確認をする。簡潔に答えろ。
ファル…………。
ファルのマスター『KB FALL、コードネームはファル。
世界帝の貴銃士として目覚める』
ファルのマスター『同じく世界帝の貴銃士である……通称「アインス」の
補佐兼世界帝現代銃のナンバー2として
世界帝の名のもとに暴虐の限りを尽くす』
ファルのマスター『レジスタンスに現れたマスター、貴銃士と
幾度も交戦。最終的に本拠地であった
世界帝軍本部・イレーネ城にて激突し、敗北』
ファルのマスター『世界帝敗北後は、他の現代銃ともども回収され
最終的に製造元となった国へ返還された』
ファル(……!)
ファルのマスター──以上が、お前の経歴で間違いないな。
ファル……そうですね。
おおよそは私の認識と合致しています。
ただ……最後のことは知りませんでしたが。
ファル成程。我々は、負けたのですね。
ファルのマスターもう7年も昔のことだ。過去を知りたければ
自分で勝手に調べるといい。
ファルのマスターそれを知った上で、お前は──
かつての主をどう考える?
ファル…………。
特になんとも。時代は変わるものですから。
ファルのマスターでは、今のお前に世界帝に対する忠誠心はないと?
ファル銃ですから。
銃は、ただ持ち主に従うのみでしょう。
この場合は、現在のマスターである──あなたに。
ファルのマスター……いいだろう。

女が指を鳴らすと、スーツの男が入ってきて
ファルを縛っていた縄を解いた。

ファル質問は以上ですか?
ファルのマスターああ。
──ついて来い。

ファル……ふぅ。
出会い頭にずいぶんと不躾ですね。
ファルのマスター世辞や遠慮が必要とでも?
ファルいいえ。そういうものは反吐が出るほど嫌いです。
ファルのマスターそうか。私もだ。
ファル──で、これからどこへ連れて行かれるのですか?
ファルのマスターここだ。

女が扉を押すと、そこは広い工場のようだった。
作っているものは──銃器だ。

ファルここは……。
ファルのマスターお前ならどこかわかるだろう?
ファルええ。……私の生まれ故郷です。
ファルのマスターそうだ。お前は世界帝の下で働いていた経歴が
あるとはいえ、もとはKBエースタル社──
ここ、ベルギーで生まれた銃だ。
ファルのマスターこれからはお前の力を、
祖国ベルギーのために存分に使ってもらうぞ。
ファル(…………)
ファル……なるほど。
私はベルギーの貴銃士として、召銃されたのですね。
ファルのマスターそうだ。
私は政府からお前を任された身。
ファルのマスター……返事をしろ。
祖国に仕える気はあるか?
ファルフッ……私の“気”など。
先ほども言いましたが私は銃。
持ち主に従うまでですよ。
ファル世界帝に召銃されれば、特別幹部として振る舞う。
あなたに召銃されれば、祖国のために働く。
なんら変わりはありませんね。
ファル……ですが……ここはレジスタンスが勝利した
世界なのでしょう? 元世界亭の貴銃士である
私を呼び出して、そんなメリットがあるのでしょうか。
ファルのマスターそれに答えるには……まず前提として、
ベルギーの現状を教える必要があるな。
今現在、ベルギーは国際社会において非常に厳しい立場にいる。
ファルかつて世界帝のもとで、
兵器を製造していたからですね。
ファルのマスターああ。
ベルギーは世界連合に加盟する他国からの信用が薄く、
国家として独立して間もないため国力も弱い。
ファルのマスターよって、ベルギー政府はこの現状を打破し、
信頼回復に務めたいと思索している。
ファルのマスター私たちはその一端として、
アウトレイジャーの討伐を請け負うことになった。
ファルアウトレイジャー……?
スーツの男失礼します。
──様が……──にて……。
ファルのマスター了解。すぐに向かうと伝えろ。
ファルのマスターファル。私は急用ができた。
命令がくだるまで、部屋で待機するように。
その男に案内をさせる。
ファルええ。

去っていくマスターの背中を見ていると、
……ふと、ファルの脳裏に
先ほど聞いた言葉が頭をよぎった。


ファルのマスター『他の現代銃ともども回収され
最終的に製造元となった国へ返還された』

ファルマスター!
ファルのマスター……?
ファルそういえば、他の現代銃……
アインスやエフは今どこにいるか、
マスターはご存じなのですか?
ファルのマスターお前が知る必要はない。
ファル…………。
ファルそれもそうですね。

Ep2. 知ってしまった行為

ベルギーにて召銃されてから、
しばらくが経ったある日──

ファルは遠方のアウトレイジャー討伐の任務から
戻ってきていた。

ファル(まずは帰還の報告に……ん?)
ミカエル──おや、久しぶりに見る顔だね。
ファルた……っ……。
ミカエル……「た」?

様子を確かめるように、
ミカエルの手がファルの頬へと伸びる。

ミカエルどうしたのかな、ファル。

ファルはその手を軽く払うと、ため息をついた。

ファル……やめてください。
ファルふぅ……声の出し方を忘れてしまっていたようです。
もう10日も声帯を使用していませんでしたからね。
ファルどうにも、人間の身体を持っているということを
失念してしまいがちで。
お恥ずかしい限りです。
ミカエルなるほど……きみは相変わらず、
人の体を持つ自覚が薄いようだ。
ミカエル今回のアウトレイジャー退治は大変だったみたいだね。
最後の1体がなかなか捕まらず、
追いかけっこしていたとか……。
ファルええ、さすがに一人では骨が折れました。
出来の悪い弟とはいえ、エフでもいれば
まだマシだったでしょうが……。
ミカエルエフ……?
それは人の名前かな?
ミカエルきみに一緒に戦うような相手がいたなんて
知らなかったよ。
ファル…………。
いえ、今の言葉は忘れ──、
ファル……っ!?

自身の発言を取り消そうとしたとき、
突如、ファルの心臓が早鐘を打ち始めた。

ミカエル何か……?
ファル…………。
最近、心臓の調子がおかしいようで。
ミカエル──ああ、本当だ。リズムが崩れているね。
変拍子になっている……どういうことだろう。
マスターに相談してみたら?
ファルいえ、大したことではありませんので。
ファルでは、私はこれで失礼します。
上へ報告に行かねばなりませんので。
ミカエルうん、引き留めて悪かったね。
──ああ、そうだ。そのエフという人、
そのうち僕にも紹介しておくれよ。
ファルふふ。それは難しいでしょう。

ドク、ドクドクッ……。
未だ不規則に鼓動する心音から、
ファルは無理やり意識を引き離す。

ファルなんなんでしょうかね、これは……。

薄暗い地下牢の中……
ファルの目の前には、きつく拘束され
なす術もないまま呆然とした男がいた。

ファル我々としては、あなたの持つトルレ・シャフの情報を
洗いざらい吐き出してもらいたいのですが……。
ファルマスターの前では、口を割らなかったそうですね。
さて、いかがいたしましょうか。
ファルああ……このペンチ、何に使うかわかります?
こうして挟んで──
ひっ……!
ぐあああああっ!
ファルおや、そんなに声を上げなくてもいいじゃないですか。
しばらくすれば、治りますよ。
こちらは、少し時間がかかりそうですけどね……?
うぐっ……もう、やめっ……!
ファルふふ……大丈夫ですよ。
一本くらいなら、歩くのに支障は出ませんから。
安心してくださいね。
……っ!
た、助け……!
うわぁあああああっ!
ファル…………。

ミカエルおや、ファル。また面談かい?
変拍子は治ったみたいだね。
ファル……はい?
ミカエルきみの心臓だよ。
ファル……そういえば。

胸に手を当ててみれば
規則的な鼓動が、
わずかな振動となって伝わってきた。

ミカエルふふ……。
何か心が落ち着くような、
楽しいことでも見つけたのかな?
ファル……!
ファル私にとてあれは、楽しくて心が落ち着く行為
……なのですね。
そうでしたか……。
ミカエル……?

 

Ep3. 心を映し出す音色

──ある日、ファルは式典の打ち合わせのため、
とある部屋を訪れていた。

ファルおや……? 誰もいないのですか。
早く来すぎましたかね。
ファルん……?

あたりを見回していたファルは、
式典のために運び込まれていたピアノへと
ふと意識を向ける。

ファル(ああ、今日はミカエルさんが演奏するんでしたっけ。
記憶を一部なくしても、あの人は相変わらず
ピアノが好きな様子……不思議なものだ)
ファル…………。
確か……こんな感じ、でしたかね。

以前耳にしたミカエルの演奏を思い出しながら、
ファルはゆっくりと鍵盤をなぞっていった。

ファル…………。
ミカエルおや?
誰の演奏かと思ったら……きみだったのか。
ピアノに興味があったのかい?
ファル……いえ。
少し暇を持て余していたところで目に入ったので、
なんとなく手慰みに。
ミカエルふむ……。
ファル……何か?
ミカエルきみは知ってる?
ピアノの奏でる音色は、弾く者によって変わると。
ファルいえ……知りませんが、
それがどうしたというんです?
ミカエル『音は心を映し出す鏡』なんだよ。
ミカエルきみの奏でる音は、一音一音を確かめるような丁寧さと
どこか無機質な硬さを醸し出しながら──
ミカエル不意に大切なものに触れるかのような柔らかさと、
何かを求めるような寂寞を覗かせる。
そんな多彩な顔を見せる、複雑で味わい深い音がした。
ファル…………。
ミカエルけれどそれらは綺麗に混ざりあわず、煩雑だ。
ぶつかりあい、決して交じり合わず、
無理矢理絵の具を上から塗り重ねていくようだった。
ミカエル……一音ごとに、前の音を台無しにする演奏だ。
ミカエルきみは表向きはとてもドライで薄情に見えるけれど、
実際はきみ自身が思っている以上に
繊細で不安定な心の持ち主のようだね。
ファル……?
ファル……あなたが何を言っているのか、
ちんぷんかんぷんですよ。
ファルピアノの音色なんて、どれも同じです。
音で心が読めるなどありえないでしょう。
ミカエルけれど──
執事既にお集まりでしたか。
お待たせして申し訳ございません。
ファルいえ、我々が少し早く来すぎただけですので
お構いなく。
執事ありがとうございます。それではさっそく、
明日の式典の打ち合わせを始めましょう。
こちらがスピーチの──
ミカエル…………。
ファル(……私が繊細で不安定?
面白い冗談だ……)

Ep4. 彼の理想の音

そして時間は流れ──
これは、ファルが士官学校にやってきてからの話。

〇〇からミカエルへの言伝を頼まれたファルは、
任務の帰り際、ベルギー某所を訪れていた。

今日はこの場所で、演奏会が行われるらしい。

ファルおや……? ミカエルさんはまだでしたか。

あたりを見回すと、ミカエルのピアノだけが
先に運び込まれていることに気づく。

ファル……ん?

近づいてみると、ピアノの上には
鮮やかな赤いカーネーションが置かれていた。

ファルなぜこんなところに生花が……?
ミカエルさんの信奉者の捧げものですかね。
ファル…………。

しばらくカーネーションを眺めた後、
ファルはおもむろに指先を動かし、
1枚、1枚と花弁をむしり取っていく。

ファル…………。

そして無表情のまま、花弁をなくしたカーネーションを投げ捨てた。

ファル……おや、また……。
ミカエルさんはまだ来ませんか。
暇ですね。

緩慢な動きで椅子に座り、
指先で適当に鍵盤を押してみる。

ポーン……ポーン……。

ファル…………。
ミカエルどうやら待たせてしまったようだね。
ファルああ、やっと来ましたか。
ミカエル…………。
この花の甘やかな芳香と、青臭い草の香り……。
きみ、また花びらをむしってしまったのかい。
ファルええ、どうやらそのようです。
……花を見ていると、
なぜか、ばらばらにしたくなるんでしょうね。
ミカエルそう……。
ミカエル……ねぇ、もう一度ピアノを弾いてみてくれるかい?
ファル……? こうですか?

ポーン……ポーン……。

ミカエル……うん。澄み切ったとても綺麗な音色だ。
洗いたてのシーツのようにまっさらで、
凪いだ海のように平らで穏やかで……。
ミカエルシルクのように、なめらかな、
まるで風が穴を通り抜けていくような……。
ファル……?
やはりあなたの感性は、私には難解すぎますね。
ファルそもそも音に違いなんてないでしょう。
私にはどれも同じ音にしか聞こえませんよ。
ミカエルいいや──違いはあるよ。
ミカエルピアノの音色は、弾くものの心を映し出す。
前にも教えただろう?
ファルですから、それはあなただけにしか
わからないんですよ。
係員──その花瓶はこちらの部屋に配置してください。
ゆっくりとお願いいたしますよ!
ミカエルうん……やはり今のきみの方が好ましいね。

Ep5. 彼の本当の音色は?

見学がてら、士官学校を歩いて回っていたファルは、
上質なピアノが置かれている
部屋の前を通りかかった。

ファルこれは、ミカエルさんが喜びそうですね……。

ファルがゆっくりと編版の蓋を開けたところで、
〇〇が部屋に入ってくる。

主人公【どこに行ったかと思った】
【もしかして、迷ってた?】
ファル別に……散策をしていただけですよ。
主人公【ピアノ、好きなの?】
ファルいえ、ただそこにあったもので。
ファルどちらかというと、
ミカエルさんが気に入りそうな代物ですからね。
きちんと調律されてるか確かめておくのもいいかと。

ポーン……ポーン……。

ファルの指先が、音色を奏でる。

ファル……問題なさそうですね。
よく調律されている。
…………。

ミカエルピアノの音色は、弾くものの心を映し出す。
前にも教えただろう?

ファルミカエルさんが言うには、
音色は弾く人の心境を表すそうですよ。
ファル……まあ、私には音色の違いなどわかりませんし、
そもそも我々銃に心があるなどとは
到底思えませんが。
ファルあなたは……私の奏でる音から、
何か感じ取れますか?

ポーン……ポーン……。

主人公【なんとなく】
【わからない】
ファルおや、そうですか。
……ミカエルさんは、私が奏でる音を
とても綺麗だと言っていました。
ファル澄み切っていて、まっさらで、
穏やか……だそうですよ。
主人公【綺麗で、穏やか……?】
【澄み切ってまっさら……?】
ファルおや、そこで首を傾げるとは。
私の奏でる音は、お気に召しませんか。
主人公【……寂しくて悲しい気持ちになる】
ファル悲しい? なぜです?
主人公【なんだか、胸に大きな穴が空いたような……】
【なんだか、大切なものを失ってしまったような……】
ファルふむ……聞く人によって、
音色の受け取り方がこうも変わるのですね。
ファル人の持つ感情というものは
やはり不思議なものです。

──バン!

唐突に響く、鍵盤の蓋が乱暴に閉められた音。

主人公【……!?】
ファル……銃である私にとっては、
すべてどうでもいいことです。
ファルもうここにいる理由はありません。
他の場所を見学するとしましょう。
ファルああ、そうだ。
マスターさえよければ、お付き合いいただけますか?
主人公【ああ、うん……】
【自分でよければ】
ファルそうですか。では、参りましょう──

コメントを書き込む


Protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

まだコメントがありません。

×