これは遠い記憶の欠片。日本での、彼らの物語の前日譚。
二度目に目覚めた世界は、かつてとあまりに違っていた。
けれど、様変わりした日常も、一つの形であって──
「はぁ……やっぱめんどくせー……」
消えてしまったセーブデータ。
でも、ここには確かにデータがあったんだ。そう思いながら、コンティニューの文字を押した。
ニューゲームには、なり得ない。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──日本で八九が召銃された、翌日のこと。
葛城輝彦 | 葛城輝彦(かつらぎてるひこ)、並びに貴銃士八九! 上様のお招きねきねき……お招きに与り、 馳せ参じた次第でございますッ! |
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従者 | ようこそおいでくださいました。 どうぞ、こちらへ。 |
葛城輝彦 | ははーッ! ありがたき幸せーッ!! |
八九 | …………。 |
八九 | はぁ……なんでわざわざ、 俺たちがここまで来なきゃいけねぇんだ? めんどくせぇ……。 |
葛城輝彦 | ななな!? 何をおっしゃいますか! 他でもない、上様からのお招きですぞ!? |
葛城輝彦 | 本来ならば拝謁どころか、同じ空間にいることさえ 叶わぬ身の私たちが! 小生の親族は皆、 葛城家始まって以来の名誉だと感涙に咽び泣いております! |
葛城輝彦 | ああっ! あまりの高揚に震えが……! 手に人と書いて、飲みこまねば……も、もう1回! |
八九 | いやいや……気負いすぎ。 上様っつっても、ただの人間だろ? んな構えることねぇって。 |
八九 | 顔見せてテキトーにちわーって挨拶して 終わりにしようぜ……。 |
葛城輝彦 | い、いいいけません! 下手をすると、小生の首が飛んでいまいます! 八九殿! 後生ですから、この通り!! |
八九 | うおっ……土下座とかやめろよ! ……はぁ、めんどくせーな。 わーったよ、ちゃんとやるって。 |
八九 | …………はぁ。 さっさと終わらせて、ゲームしてぇ……。 |
その後、八九と葛城は従者の後に続いて
いくつもの部屋を通り過ぎていくが、
一向に将軍の部屋につく気配がない。
八九 | (おいおい……どんだけ歩かせる気だよ……) |
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従者 | ……到着いたしました。 上様方は、こちらの奥にいらっしゃいます。 |
従者 | ──上様、イエヤス様。 貴銃士八九様と、そのマスター葛城少佐を お連れいたしました。 |
イエヤス | うむ、案内ご苦労。入ってくれ。 |
従者 | はっ! |
八九 | やっとかよ……ん? |
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イエヤス | 久方ぶりだな、八九。 ……と言っても、直接話すのは初めてか。 |
八九 | お前は……レジスタンスの……。 |
イエヤス | …………。 |
八九 | ハッ、偉くなったもんだな。 昔は地下でコソコソ隠れてた奴が、 将軍に呼び覚まされてるとか……驚いたぜ。 |
葛城輝彦 | は、八九殿!? なんという無礼を……!! 申し訳ございません! 申し訳ございません! |
イエヤス | ふっ……よい。 むしろ安心した。 |
八九 | いや、安心って……。意味わかんねぇ。 俺の経歴は知ってるんだろ? |
イエヤス | 無論、知っているとも。 革命戦争のあと、日本に返還された俺は、 上様に再び貴銃士として呼び覚まされ── |
イエヤス | そして、色々と教えを受けた。 ……これまでの日本の歴史や、 八九式と名付けられた小銃に関しても、な。 |
八九 | ……! |
イエヤス | 上様は、貴銃士としての八九の力を 借りたいと思っておられる。 |
イエヤス | 確かに君は、元世界帝の貴銃士だ。 だが……この国で作られ、人々の相棒となり、 親しまれてきた名誉ある制式銃でもある。 |
イエヤス | 故に……日本を共に守る同士となるのであれば、 桜國幕府は君を歓迎したい。 ……どうだろうか? |
八九 | …………。 |
上様 | 貴銃士八九、そしてそのマスター、葛城よ。 ──日ノ本を頼むぞ。 |
八九 | (まさか、俺のことを、なぁ……) |
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葛城輝彦 | …………。 |
八九 | (銃なんてのは、人に使われるもんだ。 俺が何を考えてよーが、命令されれば拒めない……) |
八九 | (貴銃士だからって、それは変わらない) |
葛城輝彦 | …………。 |
八九 | (……ん? そういえばコイツ、静かだな……) |
葛城輝彦 | ……くっ……ふっ……。 |
八九 | (な、泣いてる!) |
葛城輝彦 | 小生は……小生は、深く、強く、感動しました……ッ! 八九殿にかけられたあのお言葉……ッ! なんと、慈悲深く……ッ! くううぅぅッ!!! |
葛城輝彦 | 小生はッ! お2人のためならば 喜んで命を捧げる覚悟でありますッ! ずびっ──!! |
八九 | はぁ……? 何をそんな感動してんだよ…… マジで変なヤツだな、コイツ……。 |
八九 | はぁ……やっぱ目覚めるんじゃなかったぜ。 だりぃ……。 |
八九が日本で召銃されてから、
少し経った頃──。
未だ在坂と邑田とまともに会話をしていない八九は、
どこか彼らのことを恐れていた。
八九 | ふぁ~……。 あー、ねみぃ……やる気出ねぇ……。 |
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八九 | 昨日結局寝たの4時だったからな……。 昨日じゃなくて今日じゃねぇか、ふぁ~~……。 |
邑田 | ──八九よ。 |
八九 | は、はいぃっ!? |
八九 | あの……何か……? |
邑田 | 本日は、よき蒼空が広がっておるからのう。 そなたにも声をかけてみたくなったのだ。 |
在坂 | 在坂は、昼食は弁当がいいのではないかと思う。 外で食べることを提案する。 |
邑田 | おお……それならば、食事のみならず眺めも楽しめるな。 実によき考えじゃ。 ……八九。そなたも、共にどうじゃ? |
八九 | は、はぁ……。 |
邑田 | となれば、次の関心は弁当の中身じゃな。 八九よ、そなたの好きなにぎり飯の具は? |
八九 | ……は? |
在坂 | 八九は知っているか。 在坂は……梅も鮭もタラコもおかかも、 全部美味しいと知っている。 |
邑田 | うむうむ。 在坂はなんでも食べるよき銃じゃな。 |
邑田 | わしは、つなまよ一択じゃ。 |
八九 | お、俺は……醤油つけて焼いたやつ、かな……。 |
在坂 | 醤油つけて焼く……? 在坂はそれを知らない。 |
邑田 | わしもじゃ。はて……気になるのう、在坂。 |
八九 | (なんだ、この中身空っぽの会話は……) |
八九 | (はぁ……? まさか、いつもこの調子なのか? そういや最初も昼メシの話してたな……。 食うことが好きなのかもしれねぇ) |
八九 | (ま、とりあえず、 思ってたほどおっかない奴らじゃなさそう……か) |
八九 | ……そんじゃ、2人で食堂にでも行ってくれよ。 俺は眠いからパス。部屋で休ませてもら── |
邑田 | ──! |
次の瞬間──八九の頬を邑田の拳が掠めて、
背後の壁にめり込んだ。
八九 | ひぃぃっ……!? |
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邑田 | ──ふぅ、危なかったのう。 そなたの後ろに、油虫がおったぞ。 |
八九 | …………。 油虫……? |
在坂 | 油虫は、1匹見かけたら30匹は潜んでいるらしい。 在坂は、急ぎ害虫駆除を実行するべきだと考える。 |
八九 | ……あ、ゴ〇ブ〇のことか……。 |
邑田 | 油虫の駆除と清掃の徹底を周知せねばな。 八九。その役目、そなたに任せてよいか? |
八九 | ……あ、ああ。やっとくやっとく。 |
邑田 | うむ。頼んだぞ。 |
八九 | (はー……なんだよ、ビビらせやがって……) |
八九 | (ゴ〇ブ〇とかどーでもいーし……サボろ。 部屋に戻ってゲームすっぞ……!) |
八九 | よっし! あと一息でクリアだ! 集中しろ……全集中!! よし、行くぜ!! |
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邑田 | ──八九! |
八九 | うおっ!? |
八九 | い、いきなり入ってくるんじゃねぇよ! せめてノックぐらい── |
邑田 | ほう……? 人との契とを易々と破っておいて、その言い草…… 覚悟はできておるのじゃろうな? |
八九 | えっ……? あ、ああ! 例の黒い害虫のことか……。 |
邑田 | その顔……そなた、すっかり忘れていたようじゃな。 |
八九 | い、いやいや! ゲームがひと段落ついたらしようと思っ── |
その時、つかつかと部屋に入ってきた在坂が、
ゲームの電源コードを引き抜いた。
八九 | ギャーーーッ!!! |
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在坂 | 八九は約束を破った。 約束を破るのはよくない。 |
八九 | あああ……! ひでぇ、ひでぇよ…… 昨日から寝る間も惜しんでずっとやってたのに……! |
八九 | 何しやがんだこのサイコパス野郎! 鬼畜! 外道めー! |
在坂 | ……邑田。八九はまったくはんせいしていないようだ。 |
邑田 | 八九……そなた…… ちと歯を食いしばってもらおうかの……。 |
八九 | ヒッ! ま、待ってくれ……! 血祭りだけは勘弁してくれっ……! |
邑田 | 問答無用。 |
八九 | げごぶふぉぁぁァァっ!!?? |
邑田 | そなたの足りん頭でも理解できるよう よーく躾けておかぬとなぁ……? |
八九 | わ、わかっ……ごめんなさいっ! わかりましだぁ! 今すぐ行ってぎます、のでッ……ッ! ガハァッ!! |
八九 | (ちくしょう…… やっぱめちゃくちゃ怖いじゃねぇかー!!!) |
八九 | あと、もうちょっと……! あっ、てめぇっ! 逃げんじゃねー! |
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八九 | 回り込んで、と……。 よし、これで……っしゃ! クリアだ! |
八九 | ふぅ……いやー、このゲーム、思ったよりよかったな。 背景のグラフィックもなかなか…… ベルギーの街中をモデルにしたって話だったか……。 |
八九 | ベルギー……KB、エースタル……。 |
自衛軍兵士1 | へぇ……。 ベルギーがまた貴銃士を召銃したらしいな。 |
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自衛軍兵士2 | ああ。 あの国は今、世界連合の仲間入りに熱心らしいからな。 |
自衛軍兵士1 | ベルギーのKBエースタル社の銃は、 ドイツのKK社と並んで、世界帝のお気に入りだったから、 今のままじゃ肩身が狭かったんだろ。 |
自衛軍兵士2 | 今いつ貴銃士は確か……ファル、ミカエル……。 それと、もう1人新しいのが加わるのか。 |
八九 | ……! |
八九 | ……あれって、あいつらなのかなぁ……。 |
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??? | 「君もピアノに興味があるの?」 |
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??? | 「嬉しいな。 ここには、粗野な輩が多すぎるものだから……」 |
八九 | でも、俺は日本から出れねーし…… もしあいつらだとして、いまさら会うのもな……。 あいつらにも都合があるかもしんねーし……。 |
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八九 | …………。 |
八九 | ──そうだ。 手紙……でも、書いてみるか。 |
八九 | ついでに、ベルガーにも……いや、それはきめぇな。 あいつの頭じゃ、字もまともに読めねーだろうし。 まずはミカエルに出せば十分だ。 |
八九 | じゃ、さっそく便箋を用意しねーと。 ……せっかくだし、和紙の便箋とかいいかもな。 どっかで調達してくるか……! |
八九 | ──で、この手紙なんだけどよ。 届けてもらえるよう頼めるか。 |
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葛城輝彦 | なるほど……承知いたしました! さっそく郵政の者に確認しましょう。 |
──後日。
八九 | ……葛城? 珍しいじゃねぇか……んな暗い顔して。 |
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葛城輝彦 | 八九殿……。 お預かりしていた手紙なのですが…… 小生の力不足で……実に、申し訳なく……。 |
八九 | あー……そういうことね。 ふーん……。 |
八九 | ま、当然っちゃあ、当然だよなぁ。 元世界帝の貴銃士同士が 連絡を取り合おうなんてよ……。 |
葛城輝彦 | …………。 やはり、もう一度別の方法で── |
八九 | いいって、もう。 暇つぶし程度だったからよ。気にすんな。 |
そう言って、八九は葛城から
受け取った手紙を──そっとポケットにしまう。
葛城輝彦 | …………。 |
---|
葛城は一礼すると、踵を返し立ち去った。
八九 | …………。 |
---|---|
八九 | ……はぁ……。 |
在坂 | 今のため息はフジヤマ級だ。 |
八九 | おわぁっ!? |
在坂 | 八九、何を転んでいる? 甘蕉の皮でも踏んづけたか? |
八九 | いや、お前がいきなり出てくるからビビッたんだよ! 気配が全っ然なかったぞ……。 ゴーストじゃあるまいし、やめてくれよな。 |
在坂 | ……在坂には、八九は元気がないように見える。 |
八九 | なっ……!? ちげ……んなことねーよ……。 |
在坂 | …………。 |
八九 | んなことねぇって! もう、どっか行けよ! |
在坂 | …………。 |
在坂 | ……在坂ははーとぶれいくした。 八九のせいだ。邑田に言いつける。 |
八九 | あっ……ちょっ、待て! 悪かったって! 悪かったから邑田には言うなー! |
八九が日本で召銃されてから、しばらくが経った頃──。
八九 | ここ、いけるか? ……よっしゃ! ボーナスポイントゲット! |
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通信の相手 | さすが豊田(ほうだ)氏! どんどん前進といきましょうぞ~! |
八九 | だなっ! これなら、次の敵も……。 |
邑田 | ──暗い部屋じゃのう。 |
八九 | ほあっ!? |
在坂 | 在坂は、八九の部屋を見学に来た。 |
邑田 | そなた……このような明かりだけで、 ちゃんと見えているのか? |
八九 | てか、勝手に入ってきてんじゃねぇ! お前ら、何……って、ああ!? |
八九 | 負けそ……と、とにかく早く出てけ……! |
在坂 | 在坂は、この機械が気になる。 |
邑田 | ふむ……この光は何を表しているのだ、八九? |
八九 | いや、今はそれどころじゃ……って、やめろ! 変なとこ触るんじゃねぇぞ! |
邑田 | 確かに、それどころではないようだのう。 推察するに、この棒は体力を示しているのだろう? もう、残りがあまりないではないか。 |
在坂 | 八九は、危ないのか? |
邑田 | うむ。今の八九では体力がもたぬ。 ここは画面奥にある角の方に身を潜め、 遠距離攻撃に転じた方が── |
八九 | ……! う、うるせぇ……! 集中できねぇだろーが! |
通信の相手 | あのう、豊田氏~。 後ろでしゃべっているのは誰ですか? |
通信の相手 | いやぁ、ずいぶんと的確な指示をされてるなと思いまして~。 |
八九 | た、ただの知り合いだ! 気にしないでくれ! |
八九 | お前ら……頼むから、余計なこと言うなよ! |
邑田 | うむ、わかっておる。わしらに任せよ。 ……こほん。 |
邑田 | 夕飯できたわよ~あっくん! あら? まーた、げーむばっかりしてー! もうっ! |
通信の相手 | おっ? 母上に呼ばれておりますぞ豊田氏~。 |
八九 | いや、お前も乗るなっつーの! 大体、誰だあっくんて!? |
在坂 | 在坂は呼ばれたので、行くべきだと判断する。 |
八九 | いや、お前があっくんなのかよ!? いい加減にしろ……! |
──八九が士官学校に来て、
しばらく経ったある日のこと。
八九 | ……っし! これなら、ぜってーいける! 今日こそあのラスボスを倒す……! |
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八九 | この間もいい線いってたんだけどなー…… 惜しかったぜ。 けど、今のこの装備なら── |
──コンコン
八九 | ……ノック? ノックするってことは邑田じゃねーな。 ったく誰だよ! |
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主人公 | 【お邪魔します】 【ちょっといいかな】 |
八九 | ……えっ! マ、マスター!? どうした、なんか用か? |
主人公 | 【ゲームをやってみたくなって】 |
八九 | は? お前が? ゲームに興味あったのか!? |
主人公 | 【八九が好きなものだから気になった】 【あまりやったことがないから興味がある】 |
八九 | そ、そうかよ……。 |
八九 | (士官候補生ってのは、室内でゲームするより、 訓練とかで体動かす方が好きな陽キャ連中だと思ってたが…… 〇〇は興味あんのか。意外だな) |
八九 | (けど……興味を持ってもらえるのは…… なんか、こう……悪い気はしねぇ) |
八九 | ……え、っと、とりあえず、入れよ。 |
八九 | 2人なら……対戦ゲームでもしてみるか。 お前がこっちのコントローラーな。 |
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八九 | ……んで、どうする? 初心者相手モードで手加減してやろうか? |
主人公 | 【大丈夫!】 【本気でやろう!】 |
八九 | へぇ、大した自信だな。 ……よし。それじゃ、始めるぞ。 |
八九 | はい、俺の勝ち~。 完全勝利だな。ぷぷっ、ざまぁ。 |
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主人公 | 【…………】 |
八九 | (あ、ヤベ……ついボコボコにしちまった) |
八九 | (やっぱ俺とこいつじゃ、 熟練度もテンションが違いすぎんだよ……) |
主人公 | 【さっきの技を教えてほしい】 【もう1回勝負しよう!】 |
八九 | は? いや……無理すんなよ。 そもそも、お前はこんなことしてるヒマないだろ? |
八九 | 俺と違って偉い立場なんだから、 ゲームなんかしてねぇで、他のやるべきことしろよ。 ほら、もう帰れ。 |
主人公 | 【……迷惑だったかな】 【……嫌じゃなければ、また遊ぼう】 |
八九 | …………。 |
八九 | (最後のあれは……さすがに言い過ぎたな……) |
八九 | 次会ったときに、ちゃんと謝ってみるか? いや、でも……俺の言ったことなんて 気にしてないかもしれないし……。 |
八九 | …………。っだーもう! これだから付き合いってのは面倒なんだ! くそっ! |
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