これは遠い記憶の欠片。フランスでの、彼らの物語の前日譚。
鳥籠に囚われた日常。真実を囀ることさえ禁じられた彼は、ふと、自由を求めバルコニーから身を乗り出し──
(っ。今、僕……何を、考えてた……?)
誰もが彼を「そう」だと呼ぶ。
違う。違う。僕は此処にいる。
僕を、お前に奪われてたまるか。
たとえ血塗られた名だとしても、それは、僕が僕で在る証だ。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
──これは、世界連合軍フランス支部が
〇〇たちにアウトレイジャー討伐の救援を要請する
少し前の出来事。
グラース(※) | ……はぁ……。 |
---|---|
グラース | (頭が痛いし、視界がかすむ。 体もだるいし……最悪の気分だ) |
タバティエール | よっ。 |
グラース | ……! なんだ、タバティエールか。 |
タバティエール | 調子はどうだ? ……って、この雨じゃいいわけがないか。 |
グラース | ……マスターの警護はどうしたんだ。 |
タバティエール | マスターは部屋で休んでる。 俺がそばにいたら落ち着かないだろうと思ってな。 ちょっと散歩中ってところだ。 |
タバティエール | それにしても、本当に顔色が悪いな。 お前、ロクに休んでないだろ? |
グラース | …………。 |
タバティエール | ……おーい、聞いてるか? お前の調子が悪いと、マスターも心配するだろ。 無理せず休めよ。 |
グラース | ……っ! |
グラース | うるさい! いい加減にしろ!! |
タバティエール | ……! いきなりどうした、お前らしくもない。 |
グラース | 黙れ。二軍の銃が偉そうに説教するな。 |
グラース | 僕の弱った姿を見られて満足か? それとも、僕を利用して自分の評価を上げる気か? それは、さぞ楽しいだろうな……! |
タバティエール | シャスポー……。 |
グラース | ……そもそも、 今の君には僕を心配する理由はないはずだ。 もう僕に構うな。さっさと消えてくれ。 |
タバティエール | 待ってくれシャスポー! 俺は……っ! |
タバティエール | やれやれ……。 あんまり無理してねぇといいんだけどな……。 |
メイド | あの……先ほど大きな声を出されていたようですが、 何かございましたか……? |
---|---|
グラース | ……別に。 迷い込んできた犬がうるさかったから、 怒鳴って追い返しただけだよ。 |
メイド | さ、左様ですか……。 |
グラース | 僕はマスターのところに行くからこれで。 |
メイド | は、はい……。 |
グラース | (屋敷の人間も、他の貴銃士も、誰一人信用できない。 周りはすべて──マスターと、僕の敵だ) |
〇〇たちがフランスへ行く以前──
リリエンフェルト家にて。
グラース(※1) | ……っ、お前……。 |
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シャスポー(※2) | やあ、奇遇だね。こんにちは。 元気だったかい? |
グラース | ……なんで君がここにいるんだ。 |
シャスポー | もちろん、マスターがリリエンフェルト家に 用があったからだよ。 それ以外にここにいる理由、あると思う? |
グラース | …………。 言い方を変える。 マスターを放ってのんきに散策か。 |
シャスポー | マスターなら、移動で疲れて少し休んでる。 それと……その言葉、 そっくりそのまま君にお返しするよ。 |
グラース | ……僕も似たようなものだ。 マスターがゆっくり部屋で休めるように外に出ている。 |
シャスポー | ふぅん……。 |
グラース | ……なんだ。人の顔をじろじろ見たりして。 |
シャスポー | 別に? ……自分とよく似た自分じゃないヤツがいるのって、 やっぱり不愉快で目障りだなぁと思っただけ。 |
グラース | ……それは僕の台詞だ。 僕と瓜二つの顔で、したり顔をされるのは腹が立つ。 |
シャスポー | あまり意気がるなよ。 まともに戦うこともできない、 自分のマスター1人すら守れない役立たずのクセに。 |
グラース | ……っ! そっちこそ! 僕がいないと生まれもしなかった 後追いのクセに!! |
シャスポー | ……なんだと? お前、自分の立場が──。 |
タバティエール | 2人とも、そこまでだ!! |
グラース | タバティエール……! |
タバティエール | まったく。戻るのが遅いと思って見に来てみれば……。 |
シャスポー | ……相変わらず、僕の邪魔をするのが好きだね、君は。 |
タバティエール | リリエンフェルト家の廊下で 取っ組み合いを始めそうになってたら、 誰だって止めるに決まってるだろ。 |
タバティエール | それより、早く戻るぞ。 マスターが俺たちを探してる。 |
カトリーヌ | ……ねぇ。 彼──グラースを見かけなかった? |
テオドール | シャスポー、タバティエール。どこにいる? |
シャスポー | ああ、マスター。 |
グラース | 今戻るよ。 |
タバティエール | ふぅ、いいタイミングで呼ばれたな。 ほら、行くぞ。 |
グラース | ……チッ。 |
シャスポー | 覚えておけよ。 |
シャスポー | 僕は欲しいものは絶対に手に入れる。 ──たとえ奪ってでも、ね。 |
グラース | …………。 |
グラース | マスターは僕が守る。 お前なんかには、絶対に渡さない。 |
シャルルヴィル | さ、どんどん食べて。 どのお菓子も一級品で美味しいよ! |
---|---|
グラース(※) | …………。 |
シャルルヴィル | あ、もしかして甘いものはあんまり好きじゃない? ほら、こっちなら甘さ控えめだよ。 |
グラース | いえ、味の問題ではなくて……。 ……どうして僕は、リリエンフェルト家の庭で あなたとお茶会をしているのだろうかと。 |
シャルルヴィル | そりゃあもちろん、ボクが招待したからさ。 最近ピリピリしてるみたいだから 息抜きでもどうかと思ってね。 |
グラース | 余計なお世── |
グラース | …………。 |
シャルルヴィル | どうかした? |
グラース | いえ……。 |
グラース | (……性能は僕より劣っていても、 僕のマスターより格上の家の貴銃士…… ヘタな真似はできないか……) |
グラース | ……気遣いは嬉しいですが、僕のためだけに、 他家の……それもリリエンフェルト家の貴銃士の手を わずらわせるわけにはいきません。 |
グラース | それに、できればマスターのそばにいたいので…… 申し訳ないですが、そろそろ戻らせてもらおうかと。 |
シャルルヴィル | あ、その紅茶、冷める前に一口飲んでみて? 冷めても美味しいけれど、 ボクは熱いほうが好きかな~。 |
グラース | ……僕の話、聞いてます? |
シャルルヴィル | まあまあ。いいから座ってよ。 ……そんなに焦らなくても大丈夫。 |
シャルルヴィル | 今回はボクのわがままで呼び出してしまったからね。 君のマスターは今頃もてなしを受けて、 ゆっくり休んでいると思うよ。 |
グラース | ……そういうことか……。 |
グラース | …………少しばかり不本意ですが、 マスターに休息の場を作ってくれたこと、感謝します。 |
シャルルヴィル | さて、なんのことやら。 ボクはただ、同郷の貴銃士とお茶会がしたかっただけだよ? |
グラース | ……建前は承知していますよ。 |
グラース | どうせなら、マスターも一緒に お茶会に呼んでもらえればもっと嬉しかったのですが。 |
シャルルヴィル | あはは、ごめんね。 でも、君たちがボクと結託して何か企んでる~、なんて 変な噂が立つのも困るでしょ? |
グラース | ……それは確かに困りますね。 マスターの立場を悪くするのは、 僕の本意ではありませんから。 |
シャルルヴィル | ……君は本当に、マスターを大切にしているんだね。 |
グラース | 当たり前でしょう。 マスターは僕を大切にしてくれるし、 僕もマスターのことを守りたい。 |
シャルルヴィル | そっか……。 ……うらやましいな。 |
グラース | ……? |
シャルルヴィル | あ、カップが空になってるじゃん。 紅茶のおかわり、いるよね? |
グラース | ……いただきます。 |
グラース | ……ん? これ、さっきのと違う……? |
シャルルヴィル | ご名答♪ これはハーブティーの一種でね。 リラックス効果があるんだって。 |
グラース | ……この茶葉、分けていただくことは? |
シャルルヴィル | もちろん! 今日のお礼ってことで、 帰りに茶葉をプレゼントするよ♪ |
グラース | ……ありがとう、ございます。 |
グラース | (帰ったらマスターにこのお茶を淹れてあげよう。 ふふ……マスターの笑顔を見るのが楽しみだな) |
グラース(※) | ──それじゃあ、僕はちょっと外すから、君は休んでいて。 僕が戻るまで、うかつにドアを開けてはいけないよ? |
---|---|
カトリーヌ | ええ……。 |
グラース | ……さてと。 |
グラース | ……ああ、執事長。ちょっといいかな。 |
---|---|
執事長 | おや、わたくしめに何か御用ですか? |
グラース | ここ最近のアウトレイジャー騒動もあって マスターは、少し気が滅入っているようでね。 |
グラース | 屋敷にこもりきりでは身体にも良くないし、 気分転換に少し外出させてあげたいんだ。 |
執事長 | ……申し訳ありませんが、それはなりません。 |
グラース | なぜ? ちょっとくらいならいいじゃないか。 |
執事長 | 外出は控えるようにと、 奥様から厳しく言いつけられておりますので。 |
グラース | ……! またあいつか……! |
グラース | ……はぁ。 わかった、じゃあ庭でいいから、お茶の用意を── |
執事長 | そちらもお受けしかねます。 今後一切、特別な用件を除いては、 屋敷の外へは一歩も出させてはならぬとのご命令です。 |
グラース | ……! どいつもこいつも言いなりか! |
執事長 | ……それがわたくしどもの務めですので。 |
グラース | 横暴に目をつぶり、加担し、 マスターを苦しめるのがそんなの楽しいのか? ……この外道どもが! |
執事長 | お待ち下さい、グラース様! |
グラース | もういい! 言い訳は聞きたくない! |
グラース | ……ついに軟禁にまで……! |
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グラース | マスター相手にここまでするとは、 いったいどれだけ性根が腐っているんだ……! |
メイド1 | ……見て……よ…… |
メイド2 | ……や……ね…… |
グラース | ……! |
グラース | ……はぁ。 |
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グラース | これじゃあ僕たちは、まるで籠の中の鳥だ……。 |
グラース | 閉じ込められて、徐々に飛ぶ力を失っていき…… 最後には鳥籠の中で── |
グラース | うぐっ……。 |
グラース | 今日は特に湿気もないはずなのに、頭痛が…… いや、マスターの現状を鑑みれば当然か……。 |
グラース | (窮屈な屋敷の一室で 些細な自由すら奪われていくマスター……) |
グラース | (マスターは僕以外の誰にも頼れない。 力になれるのは僕だけなのに 僕は彼女を守りきれていない) |
グラース | (どうすればいい。 どうすれば僕はマスターを守れる? どうすれば、この地獄から逃げ出せる……?) |
グラース | ……ああ、そうだ。簡単なことじゃないか。 |
グラース | いっそマスターと一緒にこのバルコニーから 飛び降りてしまえば、楽に── |
??? | チチチッ。 |
グラース | ──っ!! |
グラース | ……僕は今、何を……! |
サヨナキドリ | ピュイッピュイッ |
グラース | そうか…… 君が僕を引き留めてくれたんだね。 ありがとう……。 |
サヨナキドリ | チチチッ |
グラース | まったく……僕もどうかしていたな。 ──いや、だが……。 |
グラース | 「飛び降りる」っていうのはさすがに短絡的だけど、 「この家を出る」という考え自体は 悪くないかもしれないな。 |
グラース | いっそ、マスターを連れて、 誰も僕たちを知らない土地へ逃げてしまおうか……。 |
グラース | この小鳥のように、 何も持たずに羽ばたいてしまえば、 幸せに少しは近づけるのかな……。 |
サヨナキドリ | ピチチチチッ! |
グラース | あっ……。 |
グラース | 行ってしまった……。 |
グラース | …………。 |
グラース | ……そろそろマスターのところへ戻らないと。 遅れると心配させてしまうしね。 |
──〇〇たちがフランスでの任務を終えて
しばらく経った頃、士官学校にて。
主人公 | 【シャスポー、いる?】 【ちょっといいかな】 |
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シャスポー | 〇〇? どうしたんだい? |
主人公 | 【届け物だよ】 【シャスポーに会いにきた】 |
シャスポー | えっ? 僕に? |
シャスポー | これ……前のマスターからの手紙? |
シャスポー | そういうことか。 届けてくれてありがとう、〇〇。 |
シャスポー | 宛名に君の名前も書いてあるみたいだけど、 もう読んだ? まだなら今から僕と一緒に読もうよ。 |
シャスポー | えっと……この前の結婚式のお礼と 近況報告が中心みたいだね。 |
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シャスポー | ……ふふっ。 『みなさんに祝福してもらえて本当に幸せでした』だって。 こんなに喜んでもらえて、僕も嬉しいな。 |
シャスポー | それに、この結婚がいい機会になって、 レザール家とロシニョル家は 以前よりも歩み寄りの姿勢が強くなってきたみたい。 |
シャスポー | 少しずつだけど交流も増えてきてるって。 |
主人公 | 【よかった】 【これからが楽しみだね】 |
シャスポー | うん。 両家の仲が良くなればきっと、 彼らはもっと幸せになれるだろうしね。 |
シャスポー | ……あの家には、 つらい思い出も多いけれど…… あの人が幸せになれて、本当に良かった。 |
主人公 | 【前のマスターのところに戻りたい?】 【彼らのことが気になる?】 |
シャスポー | えっ! それは……もちろん少しは気になるよ。 だけど、彼らはもう、僕たちがいなくても大丈夫。 |
シャスポー | 2人が今こうして幸せに生きているのなら、 僕はそれだけで満足だよ。 |
シャスポー | 今の僕は君のもので、 君のために力を使うと誓った貴銃士だ。 |
シャスポー | 今の僕にとって一番大事な人は、 前のマスターじゃなく──君なんだよ。 |
シャスポー | 君は僕に自由をくれた。 ……今度こそ、僕は僕の大切なものを…… 君のことを守ってみせるよ、〇〇。 |
シャスポー | ……だから、絶対に僕を見捨てないで。 僕を君のそばにいさせてね。 |
シャスポー | ……ずーっと、一緒だよ? 〇〇。 |
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