これは遠い記憶の欠片。アメリカでの、彼らの物語の前日譚。
暗い裏路地で無力だったあの日。傷だらけの記憶を胸に秘めて、スプリングフィールドは流星に願う。
「あれ……なんで、僕、泣いて……?」
一人でいたら、流れたのは涙。
みんなでいて、流れるのは星。
同じ暗闇で空を見上げていても、今は、振り向けば心が温かい。
どうか、それがずっとずっと……
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
これは、〇〇たちが
アメリカを訪れる、ずっと前のこと──。
スプリングフィールド | (……薄暗い、天井……朽ちた壁…… ……足の折れた椅子……) |
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スプリングフィールド | (……ここは、一体……?) |
??? | なっ!? 人間っ……!? |
スプリングフィールド | ……? |
突如聞こえてきた声の方に視線を向けると、
1人の男が、落ち窪んだ目を丸くして
スプリングフィールドを見つめていた。
??? | へ、へぇ……。あのうさんくさい野郎、 一応ちゃんとしたブツを渡してきたのか。 |
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スプリングフィールド | (この人が……僕のマスター……?) |
??? | に、してもだ……。 |
薄汚れた男の不躾な視線が、
目覚めたばかりのスプリングフィールドに向けられる。
スプリングフィールド | …………。 |
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??? | どうも、ひ弱そうな貴銃士様だぜ。 お前、ちゃんと俺の役に立てるんだろうな? |
スプリングフィールド | ……? |
??? | ……おい。何黙ってんだぁ。 俺ぁテメェのご主人様だぞ!? |
マスターの男 | 貴銃士ってのは、満足に挨拶もできねぇのか! |
スプリングフィールド | ひっ……!? |
突如憤慨した男は、スプリングフィールドを
足で思い切り蹴り上げる。
スプリングフィールド | ……ぁぐっ……! |
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マスターの男 | おい。チャンスはあと1回だけだ。 ──俺は、お前のなんだ? |
スプリングフィールド | マ、マスター……? |
マスターの男 | わかってんじゃねぇか。 なら──。 |
マスターの男 | 今の自分の態度について、 何か言うことがあるよなあ? |
スプリングフィールド | ……! ご、ごめんなさい……! |
マスターの男 | はあ? 「ごめんなさい」だぁ? そうじゃねぇだろ! |
スプリングフィールド | ……! |
男の足が、スプリングフィールドの
頭を、腹を、腕を、幾度となく蹴り上げる。
マスターの男 | てめぇは俺に使われる銃なんだぞ? ──もっと相応しい謝り方があるだろうが! |
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スプリングフィールド | うっ! うぐぅっ……! |
小さく身体を丸めながら、
スプリングフィールドは
自分を踏みつける男を見上げた。
スプリングフィールド | も、申し訳……ございませ、ん……! |
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マスターの男 | ……フン。 最初からそうやってりゃいいんだよ。 |
マスターの男 | チッ……ガラクタのクセに、手を煩わせやがって。 これで使えなかったら、へし折ってやるからな……。 |
スプリングフィールド | …………。 |
酒をあおる男を、スプリングフィールドは
呆然としながら見つめる。
スプリングフィールド | (この人が、僕のマスター……) |
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スプリングフィールド | (この人が……) |
スプリングフィールドが召銃されてから、
しばらく経った頃──。
スプリングフィールド | …………。 |
---|
人目を避けるように、
スプリングフィールドは路地裏を歩いていた。
脳裏によみがえるのは、数時間前の出来事だ。
マスターの男 | ……チッ……。 どいつもこいつも、俺を見るなり……! 殺してやる……! |
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スプリングフィールド | …………。 |
酒を煽る男の背後で、スプリングフィールドが
息を殺すように立っていると──
不意に腹の虫が空腹を訴え始めた。
マスターの男 | るせぇなぁ! 銃ごときが腹鳴らしてんじゃねぇよ! |
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スプリングフィールド | 申し訳、ございません! |
空の酒瓶が壁に当たって割れる。
スプリングフィールドは、ただただ頭を下げた。
マスターの男 | 俺、前に教えたよなぁ? 自分の餌はどうすればいいかってよぉ。 |
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スプリングフィールド | はい。 自分の餌は、自分で見つけてきます。 |
マスターの男 | わかってんならとっとと失せろ! てめぇの辛気臭ぇ顔見てっと、イライラすんだよ! |
スプリングフィールド | …………。 |
スプリングフィールド | ……何か……食べられるものを……。 |
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スプリングフィールドはふらつきながら、
ゴミ置き場を1人さまよい続ける。
スプリングフィールド | …………。 ここも、だめか……。 |
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スプリングフィールド | 確かあっちにも……ん? |
少し離れた大通りから、
数人の子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。
子供1 | じゃあ俺、ケンタッキー役~! ケンタッキーはすごいんだぜ! じーっと敵をねらって、絶対にうちぬくんだ! |
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子供2 | なら俺は、ペンシルヴァニアになる! COOLでサイコーの貴銃士だよ! |
スプリングフィールド | (貴銃士……ごっこ……?) |
『ケンタッキー』に『ペンシルヴァニア』──
子供たちの純粋な声で紡がれるその名前が、
スプリングフィールドにはひどく輝かしいものに思えた。
スプリングフィールド | …………。 |
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スプリングフィールド | (もし、僕が役立たずじゃなければ……) |
足取りは重さを増し、ついに歩みが止まる。
立ち尽くすスプリングフィールドの耳に、
楽しそうな子供たちの声だけが変わらず届いていた。
子供1 | ばんっ! よしっ、敵をたおしたぞ! やっぱりケンタッキーは強いんだ! |
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子供2 | ペンシルヴァニアだってすごいよ! 敵をはさみうちにしたんだから! |
母親 | あらっ、こんなところにいたの? もうごはんの時間よ! |
子供1 | ママ! あ、そういえばおなかぺこぺこー! |
母親 | そうでしょう? ほら、早くおうちに帰りましょうね。 今日はシチューを作ったのよ。 |
子供2 | わあっ、僕、シチュー大好き! いっぱい入れてね! |
子供1 | あっ、ズルイ! 俺も俺もー! |
スプリングフィールド | …………。 |
??? | にゃあ。 |
スプリングフィールド | えっ……!? |
ぼんやりと立ちすくむスプリングフィールドの足に
薄汚れた子猫が、甘えるようにすり寄ってきた。
猫 | にゃぁ、にゃぁ……。 |
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スプリングフィールド | あ……。 君も、お腹が空いてるの? |
その弱々しい鳴き声に気を引かれ、
スプリングフィールドはおそるおそる
猫を撫でようとする。
だが、その手が触れる直前──
飛んできた数匹のカラスが、
スプリングフィールドの手を鋭くつついた。
スプリングフィールド | ……っ! |
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怯んだスプリングフィールドの目の前で、
子猫はカラスの爪に囚われ、
連れ去られてしまう。
猫 | にゃー……にゃー……! |
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子猫のか細い悲鳴と、
あざ笑うようなカラスの鳴き声が
徐々に遠ざかっていく。
スプリングフィールド | …………。 |
---|---|
スプリングフィールド | ──ごめん……。 僕には、何も……。 |
スプリングフィールド | ……食べ物を、探さないと……。 |
ある日の夜──
隙間風の吹き込む小屋の片隅で、
スプリングフィールドは小さくうずくまっていた。
マスターの男 | ……ぐっあああ……! 傷、が……! 傷がぁ! |
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スプリングフィールド | …………。 |
粗末のベッドの上では、マスターである男が、
腕から首、腹部にまで広がった『薔薇の傷』を押さえ、
苦悶の声をあげている。
スプリングフィールド | …………。 |
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マスターの男 | ぐはっ……! はぁ、はぁ……くっ! |
その姿をぼんやりと眺めていたスプリングフィールドの視線に、
ふと男が気づいた。
マスターの男 | てめぇ…… また……てめぇが、やったのか! |
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男は鬼のような形相で、枕元の空瓶を
スプリングフィールドに投げつけた。
スプリングフィールド | ……っ。 |
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男が放った瓶は壁に当たり、
大きな音を立てて破片をまき散らす。
飛んできた破片の一つが頬を裂いたが、
スプリングフィールドは微動だにしない。
マスターの男 | くそっ……この、疫病神が! |
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マスターの男 | てめぇが来てから…… こんな、わけのわからねぇ傷がどんどん広がって……! なぁ! てめぇのせいなんだろ!? |
マスターの男 | この傷はお前の存在が…… いや、お前が俺の寝ている間に付けたんだ……! げほっ、げほっ……! なぁ、そうなんだろ!? |
スプリングフィールド | ……! |
マスターの男 | なんだ、その反抗的な目はぁ! 所有物が持ち主様に反抗してんじゃねぇ! |
スプリングフィールド | ……っ! |
よろよろとベッドから立ち上がった男は、
スプリングフィールドの頭を殴り、壁に叩きつけた。
マスターの男 | 貴銃士とマスターは、一心同体なんだよなぁ!? じゃあ、俺が傷ついてる分── お前も傷つくべきだよなぁ!? |
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スプリングフィールド | ──っ。 |
スプリングフィールドは、
無抵抗のまま、男の拳を受け止め続ける。
マスターの男 | なんとか言えよ! おいっ!! |
---|---|
スプリングフィールド | ぐ、ぅぅ……! |
スプリングフィールドが思わず吐き出した血が、
床を赤黒く染めていく。
マスターの男 | はぁ……また、部屋を汚しやがって。 そうやって弱ってるふりをすりゃ、 俺が手を緩めるとでも思ったのか? |
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マスターの男 | 銃のくせして……同情を買おうとしてんじゃねぇ! お前より俺の方が……チッ! |
マスターの男 | あの時しくじりさえしなきゃ、 こんなごみ溜めみてぇなとこにいることもなかったのに……! |
マスターの男 | お前みてぇな変なもん拾ってくることも……! 俺はまだやれたっつーのに……! |
マスターの男 | 全部、全部お前のせいだ! お前が俺を傷つけるせいだ! お前なんか……持たなきゃよかった! |
スプリングフィールド | …………。 |
延々と続く怨嗟の声を、
スプリングフィールドは
ただ呆然と聞いていた。
──数日後。
スプリングフィールド | はぁ、はぁ……。 ……っ! |
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??? | おい、そっちにはいたか!? |
??? | いや……ったく、逃げ足の速い……! |
??? | あいつは窃盗犯の片割れだ。 絶対に捕まえるぞ。 おい、そっちも探せ! |
スプリングフィールド | ……逃げなくちゃ。 見つからないように、道を選んで……。 |
スプリングフィールド | あれ? でも…… 逃げるって──どこへ? |
スプリングフィールド | (食料や金銭を盗まないと、マスターの元には帰れない。 このままじゃ、僕はまた……) |
マスターの男 | 全部、全部お前のせいだ! お前が俺を傷つけるせいだ! お前なんか……持たなきゃよかった! |
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スプリングフィールド | ……っ! |
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??? | ──おい、いたぞ! |
スプリングフィールド | あっ……! |
スプリングフィールドは、反射的に走り出した。
だがその目は──
夜道の中で微かに赤く、光っていたのだった。
それから時間は流れ、現在。
これはスプリングフィールドたちが
士官学校に来てからの話──。
〇〇とスプリングフィールド、
そしてケンタッキーとペンシルヴァニアの4人は
特別任務を無事に終え、帰路を急いでいた。
ペンシルヴァニア | 日が暮れてしまったな……。 仕方ない、今日のところはここで野営としよう。 |
---|---|
スプリングフィールド | は、はい……。 |
ケンタッキー | チッ、森の中で野犬なんかと遭遇さえしなけりゃ……。 |
ペンシルヴァニア | ま、こういうこともあるさ。 とにかく、完全に暗くなる前に食料を調達しないとな。 |
ペンシルヴァニア | マスターもそれで構わないか? |
主人公 | 【もちろん!】 【そうしよう】 |
その後、にぎやかに食事を終えた4人は、
明日に備えて早めに寝ることとなった。
ペンシルヴァニア | この辺りは動物などもいないようだが…… 念のため、見張りはいた方がいいだろう。 俺がしておくから、みんなは先に寝── |
---|---|
ケンタッキー | は? てめぇにだけ任せられっかよ! 俺が見張る! |
ペンシルヴァニア | だが……いや、止めても無駄か。わかった、 見張りは俺とケンタッキーの交代制にしよう。 それならいいな? |
ケンタッキー | ……ああ。 |
ペンシルヴァニア | マスターとスプリングフィールドは しっかり休んでくれ。 |
スプリングフィールド | えっと……ありがとう、ございます。 |
ペンシルヴァニア | 気にするな。 |
主人公 | 【ありがとう】 【何かあったらすぐ起こして】 |
ペンシルヴァニア | ああ。……ん? |
見張りの準備の為立ち上がろうとした
ペンシルヴァニアだったが、
ふと、夜空を見上げて動きを止めた。
ペンシルヴァニア | 見ろ、流れ星だ……。 |
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ケンタッキー | え、マジ!? |
一斉に空を見上げると、
幾筋もの光が、夜空を駆け抜けていく。
主人公 | 【流星群……!?】 【すごい……!】 |
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ケンタッキー | っし、ペンシルヴァニアより先に 願い事言って叶えてやる! |
ケンタッキー | ペンシルヴぁにゃあっ!? ……ってー! ひた、ひたかんら……! |
ペンシルヴァニア | 大丈夫か……? |
ケンタッキー | へ、平気だ……。 てめぇに、ひんぱいされることじゃねぇっ……! |
ペンシルヴァニア | まったく…… とりあえず、血が出ているなら口をゆすいだらどうだ。 |
ケンタッキー | なっ!? 別に大丈夫だって言ってんだろーが! |
いつもの言い争いを横目に、
1人離れて星を見上げるスプリングフィールドへと
〇〇は近づいた。
スプリングフィールド | …………。 ──ますよう、に。 |
---|---|
主人公 | 【願い事?】 【なんて言ったの?】 |
スプリングフィールド | それは、あの……内緒、です。 |
主人公 | 【そっか】 【願い事、叶うといいね】 |
スプリングフィールド | はい……。 以前は……アメリカにいたころは、 星空はただの明かりでした……。 |
スプリングフィールド | なのに今は、心から綺麗だって思えるんです。 不思議ですよね。 |
主人公 | 【みんなと一緒だからかも】 【ひとりじゃないからかな】 |
スプリングフィールド | あ……そうかもしれないですね。 |
スプリングフィールドが穏やかに微笑むと、
まるでそれに返答するように
流れ星が次々と空を駆け抜けていく。
スプリングフィールド | 本当に、綺麗ですね……。 |
---|
星々に照らされ、スプリングフィールドの瞳は、
静かに輝いていた。
自室で授業の予習と復習に励んでいた
スプリングフィールドの耳に、
来訪を告げるノックの音が届いた。
スプリングフィールド | ……! ど、どなたでしょうか……? |
---|---|
主人公 | 【スプリングフィールド、いる?】 【今、いいかな?】 |
スプリングフィールド | えっ……は、はい。 |
慌ただしく扉を開けると、〇〇が
2人分のアップルパイと紅茶のセットを
トレーに乗せて立っていた。
スプリングフィールド | あ、あの……? |
---|---|
主人公 | 【勉強、頑張ってるみたいだから】 【作ってみたから、一緒に食べない?】 |
スプリングフィールド | え……でも、僕なんかが相手では── |
スプリングフィールド | あ……っ。 |
戸惑うスプリングフィールドとは裏腹に、
かぐわしいアップルパイの香りに誘われたのか、
お腹が鳴り始めた。
スプリングフィールド | い、今のは……その……。 |
---|
マスターの男 | るせぇなぁ! 銃ごときが腹鳴らしてんじゃねぇよ! |
---|
スプリングフィールド | ごめ……なさ……っ! |
---|---|
主人公 | 【ちょうどよかった!】 【一緒に食べよう】 |
スプリングフィールド | ……っ! |
スプリングフィールド | …………。 |
こわばっていたスプリングフィールドの身体が、
〇〇の穏やかな表情を見てほぐれていく。
スプリングフィールド | ……僕で、いいなら……。 |
---|
部屋に入った〇〇は、
テーブルの上にアップルパイを置いてから
ゆっくりと紅茶をカップに注いでいく。
主人公 | 【士官学校には慣れた?】 |
---|---|
スプリングフィールド | えっと……はい。 最初に比べれば、それなりには。 皆さん、不慣れな僕に、優しくしてくださいますし……。 |
スプリングフィールド | 体調に不安はありますが、 それもケンタッキーやペンシルヴァニアさんが 何かと気にかけてくれているので……。 |
スプリングフィールドは、
言葉を選びながら、たどたどしく話をする。
他愛のない会話を続けながら、
〇〇は紅茶と、
切り分けたアップルパイを差し出した。
スプリングフィールド | ……ありがとうございます。 いただきます……。 |
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スプリングフィールド | ……! |
恐る恐る口へと運んだ最初の一口を皮切りに、
スプリングフィールドは夢中で、
勢いよくアップルパイを食べはじめた。
スプリングフィールド | はぐ……むぐ……。 |
---|---|
主人公 | 【美味しい?】 |
スプリングフィールド | ……っ! も、申し訳ございません……! |
スプリングフィールド | もう食べません! すみません……っ! |
主人公 | 【どうして?】 【好きなだけ食べて】 |
スプリングフィールド | ……マスター。 ……はい……。 |
今度はゆっくりと、
味わうようにフォークを運んでいく。
その直後──
スプリングフィールド | ……っ。 |
---|
スプリングフィールドの瞳から、
ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
主人公 | 【どうしたの!?】 【お、美味しくなかった……!?】 |
---|---|
スプリングフィールド | え……? あれ……なんで、僕、泣いて……? |
スプリングフィールド | えっと……違うんです……。 よくわからないけど、嫌とか苦しいとか、 そういうのではない気がします……。 |
スプリングフィールド | マスター……アップルパイを作ってくれて、 ありがとうございます。 |
泣き笑いの幸せそうな表情で、
スプリングフィールドは、
温かなティータイムを過ごしたのだった。
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