きっかけは、憧れか羨みか。数多の願いが向かった聖杯は、奇跡と混沌を招く。
入れ替わり、姿が変わって気づいたのは、どんな見た目であろうと変わらない『心意気』の大切さ。
2人酔う宵は温かな人情に満ちている。
少しは自信がついたはずなのに
キセル君のようになりたい、でもなれやしないと、僅かに顔を出す劣等感。
確かになれないけれど、それでいい──俺は俺だから。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
士官学校でとある事件が起こる前日のこと──。
キセルは、フィルクレヴァート士官学校
創立7周年の記念行事に参加するため、
日本からフィルクレヴァートへやって来ていた。
十手 | キセル君、ちょっといいかい? 君に見せたいものがあるんだ。 |
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キセル | おお? いいぜ。 一体何を披露してくれるのか楽しみだな! |
十手は、キセルをプールサイドへと案内した。
キセル | んん……こいつは……! |
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十手 | ああ! 実は、ライク・ツー君と一緒に風呂を設置したんだ。 |
十手 | 士官学校の浴室には、湯船がないだろう? けど、たまには熱いお湯にザブンと浸かりたい……。 そんな願いがこれで叶ったんだ! |
十手 | 設置を手伝ったお礼に、 使ってもいいとライク・ツー君が言ってくれてね。 今日も了承をもらっているから、一緒にどうだい? |
キセル | そいつは最高だ! まさか英吉利で露天風呂に入れるとはなァ! 旅の疲れも吹き飛ぶってもんよ。 |
十手 | 喜んでもらえてよかったよ! 水着は準備してあるから、早速お湯を準備して入ろうか。 |
キセル | おう! |
十手たちはシャワー室で身体を洗い、水着に着替えた。
十手 | よーし、準備万端だな! それじゃ、軽く身体を慣らしてから湯船へ……。 |
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十手 | おや? キセル君、サングラスをかけたままじゃないか。 こっちの棚に置いておこうか? |
キセル | いや……こいつはこのままでいいんだ。 |
十手 | え? 湯気で曇って何も見えなくなりそうなもんだが……。 |
キセル | 構わねェ! |
十手 | そ、そうかい……? |
キセル | おう。ほら、入ろうぜ。 |
キセルと十手は湯船に入り、ほっと息をついた。
キセル | あ~、いい湯だなァ~! |
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十手 | 沁みるなぁ……! |
2人は、お互いの近況などを話しつつ、のんびり湯に浸かる。
十手 | (サングラスが真っ白に曇ってしまっているが、 キセル君は勝手悪くないんだろうか……? 視界を遮ることで、より温泉気分に浸っているとか……?) |
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気になった十手が、キセルのサングラスを見ていた時だった。
──ボチャン!!
キセル&十手 | うわっ!? |
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キセル | なんだ!? ……って、こりゃあボールか。 |
生徒 | すみません! あいつが飛ばしすぎてしまって……! 大丈夫ですか? 当たっていませんか!? |
キセル | おう、大丈夫だから気にすんな。 野球かい? 楽しめよ! |
生徒 | ありがとうございました! |
キセルの手からボールを受け取ると、
生徒はお礼を言って走り去っていった。
十手 | キセル君、サングラスを外して拭いたほうがいいんじゃないか!? 曇と水しぶきでびしゃびしゃになってしまっているよ……! |
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キセル | いーや! 外さねェ! これしきの水滴、なんてことはねェさ! |
キセル | ……ふぅ、だいぶ温まってきたな。 俺ァ1回出て、少し風にあたってからまた入ることにするぜ。 |
立ち上がってバスタブの外に出ようとしたキセルだったが、
サングラスの曇と水滴で視界が悪く、ぐらりと大きくよろける。
キセル | うおっ!? |
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十手 | あ、あぶない! |
慌てて十手が支えて事なきを得る。
キセル | すまねェ……助かったぜ。 |
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十手 | なあ、キセル君……危ないから、やっぱりサングラスは── |
キセル | 外さねェ……!! |
十手 | (……キセル君、なんでここまで頑なにサングラスを 外さないんだろうか……?) |
十手 | (……あっ! そういえば、日本で会った時に……) |
キセル | ああ、そうだ。このサングラスを外すと、 俺はたちまち弱気な俺に戻っちまう。 ……このことは他言無用だぜ? |
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十手 | ……前に、サングラスを外すと──って話してくれたよね。 それと関係があるのかい? |
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十手 | 水臭いじゃないか。『裸の付き合い』って言うだろう? 俺はどんなキセル君でも気にしないよ。 |
キセル | 悪ィな。これは俺の意地と誇りの問題なんだ。 お前は気にしなくても、俺自身がな……。 |
キセル | ……てめェらの前では、格好つけさせてくれや。 |
十手 | ……そうか。うん、そういうことなら! |
十手 | (これは、キセル君の矜持なんだな。 どんな時も、自分が納得できる格好いい自分でいる……! その姿勢、俺も見習わなくてはなぁ……) |
フィルクレヴァート士官学校創立7周年記念行事の裏で、
貴銃士たちが入れ替わるという珍事件が起こっていた。
十手はキセルと入れ替わり、
彼と共に街のパブやバーで飲んだあと、士官学校へと戻ってきた。
十手 | あっはっは! いい夜だなぁ~。 |
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キセル | 俺のナリした十手と飲み交わす夜なんざ、 これきりかもしれねェな。 はっはっは、面白い夜だぜ、まったく! |
十手 | 本当だねぇ。 あぁ~♪ 旨い酒と月夜~♪ |
キセル | あ~ヨイヨイ! |
十手&キセル | だっはっはっは! |
上機嫌な2人が肩を組んで歌いながら寮に入ると、
ドライゼ──と入れ替わったシャルルヴィルと遭遇した。
シャルルヴィル | あ、2人ともおかえりなさい。 |
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十手&キセル | …………。 |
十手 | ……! ああ、そうだった、シャルルヴィル君か! ただいま。 |
十手 | いやぁ、見慣れない姿なもんで驚いてしまったよ。 |
キセル | 俺もだ。 酔いが回って幻覚が見えたのかと思ったぜ……。 |
シャルルヴィル | あはは……。 ボクもさっき、窓に写った自分の姿にびっくりしたよ……。 |
キセル | それで、こんな夜更けに寝巻姿でどうしたんだ? |
十手 | ああ、言われてみれば確かに。 シャルル君は普段なら寝ている頃だろう? |
キセルは招待客扱いのため、門限といったルールには縛られない。
十手も許可をもらって一緒に外出していたのだが、
通常であればもうとっくに就寝している時間だ。
シャルルヴィル | そ、それが……。 |
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キセル | モジモジしてどうした? 怪談話でも聞いて、トイレに行きづらくなったか? |
十手 | おお、それなら、俺でよければ付き合おう。 |
シャルルヴィル | ち、違うよ! よくわからないんだけど、身体がなんだか落ち着かなくて……。 横になっても眠れなくて参ってるんだ。 |
シャルルヴィル | 身体がカッカするっていうか、こう……。 ウワ~!ってなって、寝ていられない感じっていうか……。 |
十手 | ふむふむ。それで散歩をしていたんだね。 俺は特に、そういう落ち着かない感覚はないが……。 それも入れ替わりの影響なのかなぁ……? |
キセル | ……ああ! |
十手 | キセル君? 何かわかったのかい? |
キセル | シャルルヴィル、お前さん…… 今日は筋トレやら走り込みやらしてねェよな? |
シャルルヴィル | え? してないよ。 だって今日はそれどころじゃなかったし……。 |
キセル | 理由はそれかもしれねえなァ。 |
シャルルヴィル | ど、どういうこと!? |
キセル | 俺が知ってる方のドライゼの話になるが、 あいつは毎日厳しい訓練を己に課していたモンだ。 |
キセル | 俺はこっちのドライゼの日常を詳しく知ってるわけじゃねェが、 あの鍛え上げられた身体つきだ。 日々相当な鍛錬をしてるのは間違いなさそうだろ? |
キセル | つまり、だ。 そんなドライゼの身体を大して動かしていない今日、 体力があり余り過ぎて、うまく寝つけねェってことだ。 |
十手 | ほほう! なるほどなぁ~! いよっ、キセル君、天才っ! これにて一件落着だね。 |
シャルルヴィル | えっ、ええっ!? そうかもしれないけど、全然解決してないよ!? |
十手 | なぁに、体力を使ってしまえばいいのさ。 こんな風にあらよっと踊って──ふぉっ!? |
シャルルヴィル | 十手さん!! |
酔いが回って少し足元がおぼつかなかった十手がよろめく。
シャルルヴィルはとっさに手を伸ばし、
十手の手首をつかむが──……
十手 | あいだぁっ! |
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シャルルヴィル | わっ! ごめんなさいっ! |
ドライゼの身体でいつものようにぐっと力を入れたため、
十手の手首が軋むほどの力になってしまう。
悲鳴を聞いて、シャルルヴィルは慌てて手を離してしまった。
十手 | いででで……。 |
---|
結局、十手は勢いよく尻もちをつくことになり、
手首と尾てい骨のあたりをさする。
シャルルヴィル | だ、大丈夫……!? ごめんなさい、ボク……! |
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十手 | いやいや、酒を過ごした俺が悪いんだから気にしないでくれ。 |
立ち上がろうとした十手だったが、
足に力を入れた途端、その眉間にしわが寄る。
キセル | おい、どうした? 立てねェのか? |
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十手 | も、申し訳ない、キセル君……。 キセル君の身体だってのに、足を捻ってしまった。 |
シャルルヴィル | ええっ!? た、大変! 治療しないとだよね……。 〇〇のところに行こう! |
キセル | 悪ィが、シャルルヴィル。 俺も足元がちぃとふらついててな。 十手のことを頼めるか? |
シャルルヴィル | うん、任せて。肩を貸すよ! |
キセル | …………。 |
シャルルヴィル | キセルさん? |
キセル | なあ、シャルルヴィル。 今のお前なら、十手を抱えられるんじゃねぇか? |
シャルルヴィル | ええ!? ボク、エスコートとかダンスならしたことあるけど、 大人の男の人を持ち上げたことなんて……。 |
キセル | お前はな。けど、考えてみろ。 今のお前にはドライゼの力があるんだぜ……? |
シャルルヴィル | ……! 試してみる! |
シャルルヴィルは慎重に十手へと手を伸ばす。
そして、ひょいっと軽く抱え上げた。
シャルルヴィル | わぁ! すごい! 持てる!!! |
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キセル | だろォ~? |
シャルルヴィル | まだまだ余裕ってことは、もしかして……。 |
ジーグブルート | ったく、なんの騒ぎだ……? この状況で落ち着かねぇのはわかるが、何時だと思ってやがる。 |
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在坂と入れ替わっているジーグブルートの視線の先には、
ネグリジェを着たドライゼが十手とキセルを肩に乗せ、
廊下を駆け回ってる姿があった。
シャルルヴィル | すごーい! ドライゼさんの身体って本当にすごい! 何人乗っても大丈夫そう!! |
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キセル&十手 | あっははははは!! |
在坂 | ……デカ、在坂もあれに乗ってみたい。 乗れるだろうか? |
シャルルヴィル | おっ、乗っちゃう? |
ジーグブルート | や、やめろ。何言ってんだ。 絶対やめろ。 |
在坂 | 在坂はデカの指図は受けない。 |
ジーグブルート | 今のテメェは俺の身体だろうが! やめろ! なんか……なんか絵面が見たくねぇ! |
シャルルヴィル | あはははっ! 大丈夫、やっちゃおやっちゃお! |
シャルルヴィル | 持ち上げるよ~! |
在坂 | ああ。 |
ジーグブルート | おい、や、やめろ……! |
ジーグブルート | うわぁぁあああ……! |
士官学校ザクロ寮では、ジーグブルートを抱えるドライゼという
この一夜しか見られない謎の光景が広がることになったのだった。
──7周年記念行事を終え、入れ替わりも無事に解決し、
キセルが日本へ帰国する日がやってきた。
キセル | よぉ、帰る前に挨拶に来たぜェ! |
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主人公 | 【大変な滞在になったね】 【今回はいろいろあったね……】 |
キセル | いやいや、面白かったぜ。 他人の体になるなんて、経験したくてもできねえことだからなァ! |
主人公 | 【イギリスは楽しめた?】 →キセル「おう! レジスタンス時代を思い出して懐かしくもあったな!」 【士官学校はどうだった?】 →キセル「賑やかで退屈しなかったぜ! 露天風の風呂にも入れたしな。ははっ!」 |
キセル | しっかし、楽しい時間ってのはあっという間だなァ。 楽しかった分、別れが寂しくなっちまうぜ。 |
主人公 | 【またいつでも来てほしい】 【また会える日を楽しみにしてる】 |
キセル | もう少し行き来が楽になるといいんだが……。 お偉いさんたちに頑張ってもらうしかねえなァ。 |
キセル | ……それはそうと、十手のことなんだが。 あいつ……最初に日本に来た時と比べると、本当に変わったなァ。 |
キセル | 佇まいが凛として、男前になってきたじゃあねェか。 自信もついて、真っ直ぐに前を見るようになった。 優しくて思いやりのある温かいところは変わらねェ。 |
キセル | 粋でいなせないい貴銃士になったもんだ! |
主人公 | 【自分もそう思う】 【あれからまたいろいろあったから……】 |
十手には良いことばかりでなく、
悲しいことも辛い出来事もあった。
しかし、十手は一度打ちひしがれたとしても、
自分のできる最善を尽くそうと顔を上げ、
前を向き走り続けたのだと〇〇は話す。
キセル | そうか……。 努力家の十手らしいな。 |
---|---|
主人公 | 【十手はすごいと思う】 【十手のそういうところを尊敬している】 |
キセル | 〇〇にそう思われて、 十手も嬉しいだろうよ。 |
キセル | …………。 |
キセル | 十手は、ことあるごとに俺のことを尊敬してると言ってくれる。 俺ァ、それが本当に嬉しくて、ありがたくてな……。 |
キセル | ……でも、それと同時に申し訳ない気持ちにもなるんだ。 |
主人公 | 【どうして?】 【申し訳ない……?】 |
キセル | ……〇〇、お前さんには言ったことがあったかねェ? 俺は、サングラスがなきゃだめでよ。 これがないとあっという間に、弱い自分に戻っちまう。 |
キセル | 本当はそっちの方が素なんだよ。 今は四六時中、仮面を被っているようなもんさ。 |
キセル | カシラを支えて、組の奴らを引っ張っていける、 強く堂々とした粋な俺でなくちゃあならねェ。 そうありたい俺が選んだ道だ。 |
キセル | だってのに──…… いや、悪ィ。話が逸れちまったな。 俺のことはいい、十手の話だ。 |
キセル | あいつは弱い自分を受け入れて、成長している。 俺よりあいつのほうがよっぽどすごいと、俺は思うぜ。 |
十手 | 【十手の成長はキセルのおかげでもある】 |
十手を励まし、道筋を示してくれたキセル。
十手も恐れずに自分自身をさらけ出し、
まっすぐに周囲と向き合ったからこそ今がある。
〇〇が考えを伝えると、
キセルは静かに瞼を伏せた。
キセル | …………。 |
---|---|
主人公 | 【キセル?】 【大丈夫?】 |
キセル | ……っ、ああ、悪ィ。 ぼーっとしちまったか。 |
キセル | なんでもねェさ。ただ、俺にも昔、 そういう風に言ってくれた奴らがいた……と思い出してな。 |
キセル | …………。 |
キセル | ……恐れずにさらけ出す、か。 |
キセル | (俺はまだ怖いよ、──) |
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