追悼式典に向かう途中で貴銃士たちが迷い込んだのは、1960年代のベルリン。
明かされる過去、無情な戦場。それでも過去は変えてはならないとミカエルは警告する。
繊細な『歴史』の旋律を乱さないように。
『同じ』で『違う』過去の『僕』
旋律をなぞって気づくのは、近しいけれど決して重ならないこと。
ねぇ、『きみ』はそこにいるの?
いたとしてもどうか眠っていて。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
過去の僕より、今の僕を
君には見てほしいんだ。
──トルレ・シャフの隠れ家に関する情報を入手したという
連合軍の要請で、八九は突入任務に参加していた。
連合軍兵士 | ……クリア! 無人です。 |
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八九 | クソ……少し遅かったみてぇだな。 けど、慌てて逃げたならなんか情報は転がってるか……? |
八九は、もぬけの殻になっている家の中で、
トルレ・シャフの動きに関する手がかりがないか探す。
八九 | うおっ……!? なんだ、この部屋……!? 楽譜に楽器にすげぇ量だな……。 |
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ある一室には、トルレ・シャフのアジトとは思えないほど大量の
楽譜、楽器、レコードなど、音楽関連の品々が収められていた。
八九 | (トルレ・シャフ──要するに世界帝信者で、 こんだけの音楽好きって……) |
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1つの可能性を思い浮かべながら、
八九は棚から楽譜の束を取り出してみる。
八九 | ……! ミゼルリスト・N・ミカエル……。 |
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──数日後。
ミカエル | ……以前の僕の曲の、楽譜? |
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八九 | おう。アジトにいた奴が音楽コレクターだったみたいでさ。 いろいろ置いてある中にそれがあったんだ。 |
カトラリー | わぁ、ミカエルが作った曲……!? 見せて見せて! |
カトラリー | (……って、これ、世界帝軍時代のなんだよね……? でも、曲に罪はないし……うん。 ミカエルの演奏で聴いてみたいなぁ) |
八九 | (楽譜見ただけじゃどんな曲かぱっとわかんねぇけど、 聴いたことあるやつだったりするか?) |
ミカエル | ……どうして譜面が残っているんだろうね? |
八九 | へ? |
ミカエル | 当時のことはわからないのだけれど…… 僕は楽譜を書けなかったのではないかな。 |
八九 | ……あ。 |
ミカエル | 手を借りるなりすれば不可能ではないだろうね。 でも違う僕だとしても……そんな面倒なことをするよりも、 思い浮かぶままに新たな曲を奏でることを選びそうだ。 |
カトラリー | それなら、ほら、あれじゃない? ミカエルの演奏を聴いた人が感激して、 自分で楽譜に起こしてみたとか! |
主人公 | 【すごく耳が良い人ならできるかも】 【音楽に詳しい人なら可能かも……?】 |
八九 | 耳コピってやつか。 不可能ではねぇと思うけど、マジでやってたらすげぇな。 |
カトラリー | 大変でも楽譜にしたいって気持ちはわかるよ……! |
ミカエル | ……そう? |
カトラリー | ミカエルの演奏は即興が多くて、 もちろん、即興だからこその良さもあるんだけど……。 |
カトラリー | でも、聴いているそばから消えていってしまうのが惜しくて……! この曲をもう一度聴きたい、 感動を残しておきたいって思うもん。 |
カトラリー | この一瞬がずっと続けばいいって思う気持ちは…… 僕も、ミカエルとか十手とかファル、 〇〇と出会ってから何回か感じたことあるよ。 |
カトラリー | だからわかるし、そういうものだって思うと、 すごく納得するっていうか……。 |
ミカエル | …………。 |
ミカエル | ホールに行こうか。 士官学校にある中で、あそこのピアノが1番好きだから。 |
〇〇たちがホールに着くと、
ミカエルはピアノを弾き始めた。
八九 | (この曲、あの時の……) |
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──革命戦争中の12月。
ミカエルは、世界帝軍特別幹部の貴銃士89とホクサイへ
白いカードを手渡す。
ミカエル | そうそう……これは、君たちへの招待状だよ。 はい、89。ホクサイ。 |
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89 | えっ……! い、いいのかよ! うぉ、やべえ……クリスマスにピアノの演奏会とか……! |
ホクサイ | ミカエルクンのピアノかぁ。 ゆっくり聴くのは久しぶりだから、楽しみだよ~。 |
89 | ……っし! 明日のためにもさっさと逃げたヤツ捕まえっか! |
八九 | (懐かしいな……。 あのクリスマスリサイタルで弾いてた曲だったのか。 まさか、また聴ける機会が巡ってくるとはな) |
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ミカエル | ────……。 |
ミカエルは突然指を止めると、
やや乱雑に鍵盤蓋を閉め、両手で耳を押さえる。
カトラリー | ミカエル……! どうしたの!? |
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八九 | お、おい……!? |
ミカエル | ──変拍子で飛び交う銃弾と、快哉の声。 無邪気に笑う幼い声。 並んで口にする、様々な食事の美味……。 |
ミカエル | 夜を思わせる甘さの香水。 これが青だ、と指先に触れる器具の冷たさ……。 |
ミカエル | 世界と自らを呪う声と、それを覆い囲う独善の言の葉の雨。 空に溶けるような透明の感触。 花壇に揺れる花々の、柔らかな香り……他にも……。 |
八九 | ……! よくわかんねぇど、それって……。 |
ミカエル | ……きみには、これが何かわかるの……? これは……以前の僕の記憶だと思う? |
八九 | お前……思い出したのか……? |
ミカエル | ……確かにこれは、僕に近しい者が作った曲、だと思う。 でも、今の僕の曲じゃない。 |
ミカエル | 鼓膜から胸の奥に無理やり手を入れられて…… 臓腑をかき回されているみたいだ。 ……僕とは半音ずれていて不協和音にしかならないよ。 |
ミカエル | 何か……少しだけれど確実に違う何かがある。 砕け散った硝子を、血だらけになるほど必死に拾い集めても、 それはもう2度と元には戻らないんだ……。 |
ミカエル | ……そうか。こんなに違うんだ。 はじめは同じ白でも、染まった布は二度と元には戻らない。 ファル、きみも……。 |
カトラリー | ……ミカエル! もういいよ、思い出したりなんてしないで……! |
ミカエル | (……かつての『僕』は、どこでどう壊れたのだろうね。 今となっては、僕自身ですらわからない) |
ミカエル | (実はイレーネ城の戦いの最中で壊れていたのか、 あるいは僕自身がそれを選んだのか、 記録にあるように輸送中の乱闘で破損したのか……) |
ミカエル | (……まあ、わからなくてもいい。 今の僕には関係のない、知る必要のないことだから) |
ミカエル | ねぇ……きみたちは、僕に、昔の僕になってほしい? |
主人公 | 【自分が知るミカエルは1人だ】 【ミカエルが望まないことを自分は望まない】 |
カトラリー | そうだよ! 昔なんて知らない! 僕にとってミカエルは、ここにいるミカエルなんだから……! |
ミカエル | ……そう……。 |
八九 | …………。 |
ミカエルは譜面台に置いていた楽譜を手にすると、
八九に差し出した。
ミカエル | どうぞ。きみにあげる。 |
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八九 | えっ。 |
ミカエルは、八九が受け取った楽譜の表紙に書かれている
『ミゼルリスト・N・ミカエル』の名を、
最後にそっとひと撫でした。
ミカエル | ……さよなら。 きみには、ここはあげないよ。 |
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