エンフィールド。霧の城にて、彼は紳士な好青年として知られている。
大英帝国に忠誠厚く、立ち居振る舞いはまさしく高貴。
彼は今日も、気難しい弟銃の世話を焼き──その微笑の先の真実は、未だ誰も知らない。
大英帝国の歴史を繋ぐ礎となれたことほど、誇り高く幸福なことがありましょうか。
先輩、見ていてください。僕こそが、貴方に続く後継銃。前装銃の最高傑作です!
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
エンフィールド | 〇〇さん、エンフィールドです。 今よろしいですか? |
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主人公 | 【どうぞ】 |
エンフィールド | 失礼いたします。 季節の茶葉が手に入りましたので、 よかったら、ご一緒にと思いま── |
エンフィールド | な、何をなさっておられるのですか……? |
主人公 | 【機器の修理だよ】 【壊れたから修理を改良をするんだ】 |
エンフィールド | そ、それは……もしや、改造……!? |
エンフィールド | ま、まさか〇〇さんは……。 いいえ! マスターに限ってそんな……。 |
エンフィールド | マ、マスター! 僕を改造したり、しませんよね!? |
エンフィールド | もっと活躍できるように、力を尽くしますので! 絶対高貴の力も、より高められるようにしてみせます! |
エンフィールド | ええ! 貴銃士として以外の場でも、 マスターのお役に立てるように励みますので……! |
エンフィールド | だから見捨てないでください! 改造だけは、改造だけはどうか……! |
主人公 | 【落ち着いて】 【大丈夫】 |
エンフィールド | で、でも……! |
主人公 | 【エンフィールドはそのままでいい】 【エンフィールドを見捨てたりしない】 |
〇〇は、震えるエンフィールドの背中を、
安心させるようにさすってみる。
エンフィールド | …………。 |
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エンフィールド | ありがとう、ございます……。 落ち着いてきました。 |
エンフィールド | そ、その…… お見苦しいところをお見せして、 申し訳ありません。 |
エンフィールド | 実は……僕、エンフィールド銃は 前装銃最後の傑作と言われた名銃でしたが……。 |
エンフィールド | 速射性に優れた後装式銃が登場すると、 全葬式ではまるで歯が立たなくなってしまいました。 そこで各国はこぞって後装式銃を開発することに……。 |
エンフィールド | しかし! イギリス軍は、手っ取り早く 後装式を手に入れるため、大量に装備されていた エンフィールド銃を改造することにしたのです。 |
エンフィールド | エンフィールド銃の銃身後方を切断し、 右開きの蝶番式銃尾(ちょうつがいしきじゅうび)装置を 取り付けることで後装式にかい……かいぞ……うぅ……! |
エンフィールド | 改造のことを思うと、僕は……っ。 自分が世界から必要とされなくなったような感覚に 陥ってしまうんです……! |
主人公 | 【改造はしない!】 【今のままがいい】 |
エンフィールド | ……えっ、僕のこと……改造しない? 本当ですか? |
エンフィールド | 〇〇さんは、 僕をエンフィールドのままで いさせてくださるんですね……。 |
エンフィールド | うっ……! ありがとう、ございます……! そのお言葉を聞けて、少し安心しました……。 |
エンフィールド | いやぁ……取り乱してしまい恥ずかしい限りです。 ──あ、そうだ。ティータイムのお誘いに来たんでした。 お茶、入れてきますね……っ! |
士官学校での訓練中──エンフィールドは、
専用の薬包を使って射撃を行っていた。
エンフィールド | ……よし、命中! |
---|---|
ジョージ | Wow! スゲ~! エンフィールドは命中率がいいんだな! |
エンフィールド | ありがとうございます。 師匠に褒めていただけるなんて、光栄です! ええ! |
ジョージ | エンフィールドの銃って、トリガーガードのところに 鎖ついてるよな。それ、なんだ? |
エンフィールド | はい! これは火門蓋(かもんぶた)といいます。 射撃を行わない時、火門を保護するための蓋です。 |
エンフィールド | 師匠のフリントロック式は、 火蓋と当たり金(あたりがね)を一体化させているので、 何かの拍子に暴発する可能性もありますよね。 |
エンフィールド | ですが僕の場合、射撃を行わない時は、 この蓋を被せておけば安心、というわけなのです。 |
ジョージ | へぇ~! やっぱ技術の進歩って大事だな~! 何より、鎖で繋がってるのがイチバンの発明だよ! |
エンフィールド | えっ? どうしてですか? |
ジョージ | なくさないからな! オレ、授業で使うモノとか色々なくしてばっかで、 〇〇にも注意されるんだ~。 |
エンフィールド | あ……アハハ。 確かに師匠は忘れっぽいですからね。 |
ジョージ | そうだ! もうなくさないように、 教科書とノートとペンはこんな風に 紐とか鎖とかで繋ぐようにしようかな? |
ジョージ | よし、さっそく丈夫なやつを探さないと。 HAHAHA☆ なーんてな! |
エンフィールド | なるほど! それは素晴らしいお考えです! |
ジョージ | えっ? |
エンフィールド | 僕、ちょうど予備の鎖を持ってますよ! よければ使いますか? |
ジョージ | あはは! ノリがいいな~エンフィールド! 最高だよ! |
エンフィールド | ええ! 恐縮です! どうぞこの鎖をお使いください! ちょうど3本ありますよ。 |
ジョージ | おおっ! 準備バッチリだな~! って、こんなにいらねぇって! HAHAHA! |
エンフィールド | いえいえ、ご遠慮なく! ジョージ師匠が喜んでくださるのなら、 いくらでもご用意いたしますよ! |
ジョージ | HAHAHA! 冗談もほどほどに……って、 ……あれ? もしかして、本気……!? |
??? | ──ん? おや、鳥羽(とば)ではないか。懐かしいのう。 |
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エンフィールド | (トバ……? どこかで聞いたことがあるような……?) |
邑田 | ほほほ。そなたじゃ、そなた。 |
エンフィールド | えっ……僕のことですか!? |
エンフィールド | ……ああ! 誰かと間違えてるんですね。 僕はエンフィールドで、 トバという名前ではありませんよ。 |
邑田 | いやいや。そなたには書いてあるではないか。 『トバ』とな。 |
エンフィールド | ……? |
邑田 | 日本に輸入されたときの鳥羽ミニエーには そう刻まれておったし、 幕末の頃には誰もがそう呼んでおったそうじゃぞ。 |
エンフィールド | ああ、そういうことか……! あなたは日本の銃なのですね。 これは鳥羽ではなく、TOWERと読むんです。 |
エンフィールド | 僕のロックプレートに書かれている 『BRITISH CROWN』と 『TOWER』の刻印は、ロンドン塔の検印なんですよ。 |
エンフィールド | 昔、日本で間違ってそう呼ばれていたと、 何かの資料で目にしたことはありますが…… 僕にはエンフィールドという素晴らしい名前がありますので! |
邑田 | 成程。 そうであったか、鳥羽よ。 |
エンフィールド | だから、鳥羽じゃないと言ったではありませんか! エンフィールドです! |
エンフィールド | そもそも僕自身は日本に渡ったことがないし、 あなたが誰だかも知らないのですが……。 |
邑田 | ふむ……そうすげなくされると、 悲しいではないか。 |
邑田 | 言ってみれば── そなたはわしの、父のようなものであるというのに。 |
エンフィールド | えっ……? |
邑田 | わしを作った人間が、鳥羽ミニエーやスナイドル銃を 幕末の戦争で使ったり研究したりしたことで、 わし──邑田銃は生まれたのだぞ。 |
邑田 | そなたがいなければ、 わしは生まれなかった可能性がある、ということじゃ。 |
邑田 | ならば己の元となった先達と、 親しくしようと思うのはおかしいことではなかろう? |
エンフィールド | なんだ……そうでしたか。 それならそうと言ってくれれば…… 先ほどの態度については、すみませんでした。 |
邑田 | 気にするでない。 これからもよろしく頼むぞ──鳥羽よ。 |
エンフィールド | ……っ! だからっ! 僕は鳥羽じゃないって言ってるだろう! 話を聞いてなかったのかい!? |
邑田 | ふふ、「父上」殿は威勢がいいのう! ほっほっほ……! |
エンフィールド | はぁ……。 |
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十手 | おや、エンフィールド君。 どうしたんだい、ため息なんかついて。 |
エンフィールド | あ、いえ……。 さっき、自信のあった問題が間違っていたんです。 僕としたことが、情けなくて……うぅ! |
十手 | なぁんだ、そんなことか。 君みたいに優秀でも、たまにはそういうこともあるんだな。 俺としては、なんだかほっとするよ。 |
十手 | エンフィールド君は、銃としても優秀だって有名なんだろう? 確か……『世界の工場』生まれで、性能も折り紙つきって! |
エンフィールド | ……! |
エンフィールド | ふふん。もちろんですよ。 なんたって、大英帝国の名銃ですから。 優秀で当然です! |
十手 | ははっ! 堂々と言い切れるなんて、羨ましい限りだよ。 俺はあいにく外国の銃については詳しくなくてね。 いい機会だし、イギリスの銃について教えてほしいなぁ。 |
エンフィールド | そういうことなら喜んで! まずは、基本的なことから説明しましょう。 |
エンフィールド | 初期のマスケット銃というのは、 射程90メートルから270メートルくらいが精々で、 かつ命中精度も50%程度だったわけですが……。 |
エンフィールド | 僕の射程はなんと、約910メートル! それに加えて高い命中率も実現したことで、 歩兵の概念を大きく変えた立役者なのです! |
十手 | 900メートル以上……!? そんなに遠くまで弾が飛ぶなんて、すごいなぁ! |
エンフィールド | ふふん、そうでしょうとも! 特にイギリス軍の制式小銃として採用されてからは 様々な戦争で活躍し、完成度の高さを証明しました。 |
エンフィールド | イギリスは世界で最初に産業革命が起こった国。 世界の工場とまで言われるほどでしたので、 銃を安価に大量生産することも可能だったのです。 |
十手 | なるほどなぁ。 それでイギリスだけじゃなくて、いろんな国で使われたんだね。 日本にも輸出されたって聞いたよ。 |
エンフィールド | ええ、その通りです! 海外でも、僕は大活躍でしたとも! |
エンフィールド | たとえば、アメリカの南北戦争。 北軍の標準装備だったスプリングフィールド銃は 生産が追いついていませんでした。 |
エンフィールド | さらに、民間の軍需品製造業者は 粗悪品を平気で納入してくるケースも多く……。 |
エンフィールド | そこで北軍は、敵である南軍の主要武器だった エンフィールド銃を大量に輸入しました。 |
十手 | 南北で同じ銃を……。 陣営を問わず多くの人に認められるなんて、 本当にすごい銃だったんだなぁ。 |
十手 | 詳しく教えてくれてありがとう。 君も元気になったみたいだし、 そろそろ──…… |
エンフィールド | いえ、まだ初歩中の初歩ですよ。 これくらいでは僕の歴史に詳しくなったとは言えません! そしてですね! |
十手 | あ、そ、そうかい……! なるほどなぁ……。 |
──1時間後。
エンフィールド | さらにさらに! 聞くところでは、日本の戊辰戦争では──……。 |
---|
──さらに2時間後。
十手 | (ぜ、全然終わらない……!) |
---|
エンフィールド | (さて、次の授業は──ん?) |
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スプリングフィールド&ケンタッキー | あっ……。 |
エンフィールド | 君は……! |
スプリングフィールド | エンフィールド、さん……。 |
ケンタッキー | お前もいたのかよ……。 |
エンフィールド | そうですか、君もここへ……。 確か、A1865だそうですね。 A1861を、か……改造した。 |
エンフィールド | …………。 |
エンフィールドの脳裏に、南北戦争の記憶がよぎる。
しかしすぐに気持ちを切り替え、
スプリングフィールドへ握手を求めた。
エンフィールド | あの頃は戦争で戦う銃同士でしたが、 今は〇〇さんの貴銃士同士です。 これからは仲良くしていきましょう! |
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スプリングフィールド | ……は、はい……。 |
ケンタッキー | スーちゃんに近づくな! |
握手に応じようとしたスプリングフィールドを制して、
ケンタッキーはエンフィールドの手を叩き落とした。
エンフィールド | ……!? いきなり何をするんです? |
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ケンタッキー | てねぇみたいなうさんくせー笑顔のヤツと 仲良くする必要なんかねーってことだよ! |
スプリングフィールド | その……僕は……。 |
エンフィールド | なっ……ひどいなぁ。 こちらは友好的な態度を見せているのに、 その言い草は流石に非常識じゃないですか? |
エンフィールド | 大義のためには、過去の因縁は笑って水に流す ──それが紳士というものですよ? |
エンフィールド | ほら、ご覧ください。 僕はしっかり笑えているでしょう? |
ケンタッキー | ……ハッ! 偉そーにご高説垂れる前に、 てめぇのツラを鏡で見てから出直せっての! |
ケンタッキー | もう行くぞ、スーちゃん! |
スプリングフィールド | え……えっと……。 |
スプリングフィールド | 待って、ケンタッキー……! |
エンフィールド | …………。 |
ふたりの後ろ姿を見送り、
エンフィールドは自分の頬にそっと触れる。
エンフィールド | ……まったく、なんて失礼な奴なんだ。 いったい僕のどこを見れば、 水に流せていないと思えるんだろう。 |
---|---|
エンフィールド | ……僕はちゃんと、笑っているのにね? |
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