これは遠い記憶の欠片。イギリスでの、彼らの物語の前日譚。
道を誤った者の教育は高貴なる者の責務である。
エンフィールドは秘匿された闇の中、兄弟愛の義務を果たす。
「駄目だよ。僕の言いつけを守らなきゃ」
いいこでいて。いいこでいてよ。
そうすれば、おしおきしなくてすむんだから。
……青年は一人、その心を高貴、その情動を愛と名付けて慈しむ。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
これは〇〇たちが
イギリスに招待されるよりも、前の話──。
エンフィールド | ……! |
---|---|
スナイダー | …………。 |
??? | お目覚めでしょうか? 我が国の、新たな貴銃士様── |
エンフィールド | はじめまして、マスター! |
エンフィールド | 僕は大英帝国が誇る前装銃最後の傑作、 エンフィールド銃です! あなたの期待に応えてみせましょう! ええ! |
アッカーソン | あ……私はアッカーソン。 イギリスの国務大臣を務めております。 どうぞよろしく、エンフィールド殿。 |
エンフィールド | ええ! よろしくお願いいたします、 マスター! |
アッカーソン | ゴホン。 ……あなたのマスターは私ではなく、 こちらの者です。 |
ロナルド | ロナルド、と申します。 エンフィールド様とスナイダー様、 お2人のマスターに選ばれました、国務省の者です。 |
エンフィールド | これは失礼! あなたがマスターでしたか。 ロナルドさんですね。 ──おや? |
ロナルド | ……? 何か……? |
エンフィールド | いえ……ロナルドさんは、もしや何かスポーツを? |
ロナルド | ……! |
アッカーソン | これは……よくおわかりで。 彼は元オリンピック選手で、銀メダルをとったこともある 優れたスポーツマンなんですよ。 |
エンフィールド | やはり! 均整の取れた身体つきだと思いまして。 そんな方が、僕のマスターになってくださるなんて光栄です。 |
ロナルド | 恐縮です。エンフィールド様は── |
スナイダー | おい。くだらん話は十分だ。 |
スナイダー | 俺たちを召銃した目的を言え。 すぐに終わらせてやる。 |
エンフィールド | こら、スナイダー! ダメだろう? 初対面の方々だよ。 |
アッカーソン | これは失礼を。話を先へ進めましょう。 我々があなた方に望むことは1つ……。 |
アッカーソン | 革命戦争の際もエンフィールド銃とスナイダー銃は、 レジスタンスの貴銃士として召銃されておりました。 |
アッカーソン | 絶対高貴の力で前線に立ち、 世界帝軍との戦いでも活躍していたという話です。 |
アッカーソン | ならば、同型の銃であるあなた方にも、 絶対高貴になれる素質は十分に備わっているはず! |
アッカーソン | 是非ともその絶対高貴の力で、 イギリスを支えていただきたいのです。 |
エンフィールド | ──お任せください! このエンフィールド、 必ず絶対高貴の力を使いこなしてみせましょう! |
スナイダー | …………。 |
エンフィールド | スナイダー。さっきの態度、良くないよ。 君は僕にとっては弟みたいな存在なんだから、 ちゃんと注意していくからね! |
---|---|
スナイダー | ……弟、か。 |
アッカーソン | くれぐれも注意するように……。 |
---|---|
ロナルド | はい……心得ております。 |
エンフィールドとスナイダーが召銃されてから、
数日が経過したころ──。
エンフィールド | どうして、早く教えてくださらなかったのですか!? まさか── |
---|---|
エンフィールド | ブラウン・ベス先輩が 既にイギリス王室で召銃されているなんて……! ぜひ、お会いしたいです! 今すぐにでも! |
アッカーソン | それはなりません。マスターである女王陛下は 公務でお忙しく、その警護を務めるブラウン・ベス様も とても時間が取れるような状態ではないのです。 |
アッカーソン | 公式謁見の機会を待つしかないかと。 |
エンフィールド | ……わかりました。ブラウン・ベス先輩に、 ご迷惑をかけるわけにはいかないですしね……。 |
──数日後。
エンフィールド | (ふぅ……いつになったらブラウン・ベス先輩と お会いできるのか……) |
---|---|
使用人 | ブラウン・ベス様。 次の会合のお時間が迫っております。 |
ブラウン・ベス | わかった。急ごう。 |
エンフィールド | ……っ! |
エンフィールド | ブラウン・ベス……先輩!! |
ブラウン・ベス | ……!? |
使用人 | ブラウン・ベス様。 早くお乗りに……。 |
ブラウン・ベス | ……ああ。 |
エンフィールド | ……やった……! |
エンフィールド | (ああ……! 目が合った! 絶対に僕のことを見てくださった! 嬉しいなぁ……!) |
---|---|
エンフィールド | (噂に聞いた通りの、凛々しいお姿だった……。 さすが大英帝国を築いた名銃ブラウン・ベス……! ああ、もっとお話したい……!) |
エンフィールド | (──そうだ。女王陛下のスケジュールを調べれば、 先輩が単独でいる時間帯はわかるはず……) |
エンフィールド | (そこを狙って、 偶然、外で会ったということにできれば……) |
エンフィールド | よし! 早速情報収集だ!! |
エンフィールド | (そろそろかな……) |
---|---|
ブラウン・ベス | …………。 |
エンフィールド | (あ! き、来た……っ!) |
エンフィールド | ブ、ブラウン・ベス先輩! ……偶然ですね! |
ブラウン・ベス | ん……? |
ブラウン・ベスを待ち伏せしていたエンフィールドは、
狙い通り、2人きりで語り合う時間を手に入れようとしていた。
ブラウン・ベス | えっと……。 |
---|---|
エンフィールド | ようやくお話ができますね……! 僕はずっと、あなたにお会いしたかったんです! |
エンフィールド | ご存知かとは思いますが、 僕は1か月ほど前に召銃されたエンフィールドです! どうかお時間の許す限り、僕の想いを語らせてください! |
ブラウン・ベス | ……!? |
エンフィールド | 僕はずっと、ブラウン・ベス先輩に憧れていたのです。 大英帝国を築いた名銃と言われる、偉大な方ですし……! |
エンフィールド | イギリスの銃としての大先輩で、 革命戦争の英雄たちと同じく、絶対高貴を使えると! あなたはとても高貴で偉大な、イギリスの誇りです! |
ブラウン・ベス | …………。 |
エンフィールド | 僕も、先輩のように絶対高貴になりたいのです。 参考にするためにも、 ぜひ先輩の絶対高貴のお力を見せてくださいませんか? |
ブラウン・ベス | ……っ! そ、それは……。 |
エンフィールド | 突然申し訳ございません……! ですが、どうか! お願いします! イギリスのために! なにとぞ!! |
ブラウン・ベス | す、すまない……! |
エンフィールド | あ、待ってください! どこに行かれるんですか先輩!? 先輩!! |
使用人1 | ブラウン・ベス様? |
使用人2 | どちらにいらっしゃるのですか? |
エンフィールド | (人が……。 はぁ、仕方ない……ここは一度退こう) |
エンフィールド | (それにしても……なぜブラウン・ベス先輩は、 ほとんど言葉を交わしてくださらなかったのだろう?) |
それから数日後。
懲りないエンフィールドは、今度はブラウン・ベスの
自室近くの廊下の物陰に隠れ、彼を待ち構えていた。
エンフィールド | (ようやくまた、チャンスが巡ってきたぞ……!) |
---|---|
エンフィールド | (先輩が部屋に入る瞬間を狙って、僕も室内へ入る。 鍵さえ閉めてしまえば、 この前のように逃げられる心配もないし、人目も気にならない) |
エンフィールド | (前回は他の人が来て、ゆっくり話せなかったから…… 今日こそ絶対高貴を見せてもらわなければ……!) |
エンフィールド | あっ……! |
ブラウン・ベス | …………。 |
エンフィールド | ブラウン・ベス先ぱ── |
エンフィールドが声をかけるよりも早く、
ブラウン・ベスは俯き、きつく眉根を寄せた苦し気な表情で、
急いで自室へと入っていってしまった。
エンフィールド | (どうしたんだろう……? 僕にもまったく気づいてないみたいだったし…… ……あっ!) |
---|
ブラウン・ベスの動作が乱暴すぎたせいか、
部屋の扉はきちんと閉まりきっておらず
──少しだけ、隙間が空いていた。
エンフィールド | (先輩の様子を確かめないと……) |
---|
ブラウン・ベス | くそっ……! こんなこと、いつまでやらなきゃいけねぇんだ……! |
---|---|
ブラウン・ベス | もう限界だ。俺は──。 |
エンフィールド | ……っ!? あれは……。 ま、まさか……そんな……!? |
エンフィールドがブラウン・ベスの秘密を
知ってしまってから、しばらくが経ったころ──。
エンフィールド | …………。 ……やっぱりいないか。 |
---|---|
スナイダー | おい。マスターはいたのか? |
エンフィールド | いいや。メイドや使用人の部屋どころか、 厩舎まで探したけど……どこにもいなかったよ。 |
エンフィールド | どこに行ってしまったんだろう……。 マスター……突然、いなくなるなんて。 |
エンフィールド | 僕、もう一度同じ場所を見て回ってくるよ。 スナイダーもそれで── ……っ!? |
スナイダー | ──? なんだ、これは──。 |
エンフィールドの目の前にいたスナイダーが、
突然金色の光に包まれ──
跡形もなく、消えてしまった。
エンフィールド | スナイダー!? ど──。 |
---|
エンフィールド | (ん……? あれ、ここは……) |
---|---|
アッカーソン | エンフィールド殿。 ご気分はいかがですかな。 |
??? | ほう、こちらが……。 |
スナイダー | …………。 |
エンフィールド | そうだ。確か突然スナイダーが消えて……! 僕たちに一体何があったのです……? |
アッカーソン | あなた方は、銃に戻られてしまったのです。 |
エンフィールド | えっ……? |
アッカーソン | マスターからの力の供給が止まると、 貴銃士は人の姿を保てなくなってしまうのだとか……。 |
エンフィールド | そんな……。 マスターは!? マスターはいったいどこに……! |
アッカーソン | ……残念ながら見つかっておりません。 ですが、おそらくはもう……。 |
エンフィールド | ……っ! |
アッカーソン | 彼は……あなた方を絶対高貴にしてやれない 不甲斐ない自分を恥じていたようでしたから……。 もしかしたら、自ら命を……。 |
エンフィールド | まさか…… 僕が……絶対高貴に、なれなかったから…… マスター……! |
スナイダー | ……フン。 終わったやつなどどうでもいい。 |
スナイダー | ならば、おまえが新しいマスターというわけか。 今度は俺を上手く使えよ? |
新しいマスター | ……! ええ、もちろんでございます。 見た通り、老いてはおりますが……これでも元軍人。 革命戦争では、レジスタンスを率いた将の一人で──。 |
スナイダー | もういい。 |
エンフィールド | ……スナイダー!! 君はなんとも思わないのかい!? あのマスターの下で絶対高貴になれていたら、と! |
エンフィールド | 君が、そんなだから……! マスターが思いつめてしまったとは考えないのか!? |
スナイダー | ……おまえに言われなくとも、俺は力が欲しいさ。 現状を歯がゆくも感じている。 |
スナイダー | だが──目覚めないのであれば、 どうすることもできまい。 |
エンフィールド | ……っ! でも、君の態度はあまりにも……! |
スナイダー | おい。俺に八つ当たりしてる暇があるなら、 大好きなブラウン・ベス先輩に 絶対高貴のコツでも聞きにいったらどうだ? |
エンフィールド | そ、それは……。 |
スナイダー | ……? 何を躊躇する必要がある? |
エンフィールド | と、とにかく! 僕は今度こそ絶対高貴になるために努力する! だから、君もちゃんと頑張るんだよ! |
エンフィールド | それじゃあ、これからよろしくお願いしますね! |
新しいマスター | は、はぁ……。 |
スナイダー | ……? |
これは〇〇たちが
イギリスを訪れる直前のこと。
──イギリスで起こった、ある出来事の前日譚。
エンフィールド | ──食事を持ってきたよ。 今日こそはちゃんと食べてね……あれ? |
---|---|
スナイダー | 後ろががら空きだ── 『エンフィールドお兄ちゃん』? |
エンフィールド | なっ……!? |
スナイダー | 俺をこんなところに閉じ込めたんだ。 それ相応の罰は受けてもらうぞ。 |
エンフィールド | 君が悪いんだろう!? 僕は兄として正しいことをしたまでだよ! |
スナイダー | 黙れ。 今日こそ、おまえをねじ伏せ……脱出してやる。 |
エンフィールド | ……っ! |
殴りかかってくるスナイダーの猛攻を防ぎながら、
エンフィールドはその動きを抑え込みにかかる。
激しい攻防の末、勝利をつかんだのは──。
エンフィールド | ふぅ……残念だけど、脱出は無理みたいだね。 |
---|
スナイダーを床に押さえつけながら笑う、
エンフィールドだった。
スナイダー | ……チッ! |
---|---|
エンフィールド | まったく……君がちゃんと僕の言うことに従えば、 こんなことにはならないのに。 |
スナイダー | …………。 |
エンフィールド | 睨みつけたって駄目だよ。 本当のことだろう? 本来なら、僕より君のほうが力は強いはずなんだから。 |
エンフィールド | それなのに、君がまともに食事をとろうとしないから、 今や五分五分どころか僕に競り負けるほどだ。 かわいそうに……。 |
エンフィールド | ちゃんと僕の言う通りに、 大人しく食事をとっていれば、 こんな悔しい思いをしなくても済んだんだよ? |
エンフィールド | この状況は──君のわがままが招いた結果だ。 わざわざ拘束まで解いて頑張ったみたいだけど、 残念だったね。 |
スナイダー | チッ……偉そうに。 |
エンフィールド | はぁ……君こそ、強情だね。 |
エンフィールド | ほら、戻って。 今日の食事は、さっきのでダメになってしまったから、ナシだ。 どっちにしろ食べなかっただろうけど……明日こそは食べてよ。 |
エンフィールドは優しく語りかけながら、
スナイダーを拘束しなおし、起き上がらせる。
スナイダー | ……おまえが何を言おうと同じことだ。 俺は俺の考えを変えるつもりはない。 |
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エンフィールド | それなら君はずっとこのままだ。 大丈夫、銃には戻らないように、 無理矢理にでも食べさせてあげるから。 |
エンフィールド | そして……必ず君を正しい道に引き戻してみせるよ ──君は僕の弟だから、ね? |
そして時間は流れ──
これは、エンフィールドとスナイダーが
士官学校で生活するようになってからの話。
エンフィールド | 〇〇さん、エンフィールドです。 よろしければ一緒にアフタヌーンティーをしませんか? |
---|---|
主人公 | 【もちろん!】 |
エンフィールド | ああ、よかった。 いい茶葉が手に入ったんです。 スコーンも焼きたてですから、とても美味しいですよ! |
主人公 | 【それは楽しみ!】 【嬉しいなぁ……!】 |
エンフィールド | ええ、僕もです! さあ、どうぞこちらに──。 |
エンフィールド | 〇〇さん、いかがですか? |
---|---|
主人公 | 【香りのいい紅茶だね】 【スコーンがザクザクで美味しい!】 |
エンフィールド | 喜んでいただけてよかった……! 天気にも恵まれて、とても嬉しいです! ええ! |
エンフィールド | それで、あの……今日は他にもですね……。 |
エンフィールド | 実は、マスターを想って詩を書いてきたんです。 聞いていただけますか? |
主人公 | 【あ、ありがとう】 【もちろん!】 |
エンフィールド | ありがとうございます! ではさっそく、披露させていただきます! |
いそいそとノートを取り出したエンフィールドは、
どこか恍惚とした様子で、自作の詩を朗読し始める。
エンフィールド | 『絶望に囚われた僕を救い上げた2つの希望 その名は〇〇さんとジョージ師匠』 |
---|---|
エンフィールド | 『この出会いは、意地悪な神様からの 気まぐれなプレゼント あなたの愛が世界(ぼく)を生まれ変わらせて』 |
エンフィールド | 『師匠の導きが絶対高貴(ぼく)を輝かせた 人々を癒し、光をもたらす存在(ぼく)を 照らす2つの希望(ひかり)』 |
エンフィールド | 『尊き我が主(ひかり)に永遠の敬愛を ──ありがとう 僕の救世主』 |
主人公 | 【…………】 |
エンフィールド | 以上です! お付き合いいただき、ありがとうございました……! |
主人公 | 【す、すごいね……!】 【す……すごい、ね……】 |
エンフィールド | あ……そ、そんな拍手まで…… 本当に、ありがとうございます……! |
エンフィールド | それで、〇〇さんさえよろしければ…… これからも新しく詩を作ったら、 聞いてもらえないでしょうか? |
主人公 | 【次も楽しみにしてる】 【う、うん……!】 |
エンフィールド | ええ! 約束ですよ。次はもっと気合を入れて…… マスターにスタンディングオベーションまで していただけるような詩を、用意しておきますので! |
エンフィールド | ですからどうか、この約束を破って…… 僕の前からいなくなったりしないでくださいね。 |
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