日々健やかに過ごせることへの感謝と、望む未来の幸せを願って。
あけまして、おめでとうございます。
夢を、想いを募らせ、繰り返す言葉の戦。綴られるは偽りの物語。
されども浮世を彩る言葉は、愛の叙情詩となり彼方の心に刻み込む。
……うむ。よく書けたぞう!
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
邑田と在坂からの独立資金稼ぎをしたい八九と、
超高級盆栽の購入資金が欲しい十手。
彼らは夢の印税生活を目指し、ラノベを書くことにしたのだが……
十手 | で、らいとのべる……ってどうやって書くんだい? |
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八九 | いきなり核心突くじゃねーか。 そうだな、あー……。 |
八九 | ……まずは、原稿用紙を開く、と。 |
十手 | 八九君! 真面目に教えてくれよぉ。 読んだこともないものをいきなり書くなんて、 できるわけないじゃないか。 |
八九 | あー、そっか、十手はそもそもラノベを知らねぇもんな。 それなら……待ってろ、俺のオススメ持ってくる。 |
八九 | ほら、『八九式ラノベセレクション』だ。 ハチラノと呼んでいいぞ。 |
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十手 | は、ハチラノ……? すごい量じゃないか! でも、どれも表紙が煌びやかでいいねぇ。 |
八九 | おう。まずラノベってジャンルの説明からするか。 最近流行り出した新しい小説の形式でさ。 まぁなんつーか読みやすくて、若い層に人気なんだわ。 |
八九 | 内容はいくつか人気路線があるんだけど、 まずは魔法チート系だな。 主人公がくそ強い魔法を使って無双するやつ。 |
八九 | あ、チートっつってもせっかくのゲームを台無しにしやがる クソチーターどものことじゃなくって、 この場合は「スゲー強い特別感」くらいの意味で使われてる。 |
十手 | (むそー……? ちーたー……?) |
八九 | 最強の魔法でドラゴンとか魔王とかを倒したりするのが人気だ。 変わり種では魔法を使ってのんびり暮らすスローライフものとか、 内政ものとかもあるけど、俺はやっぱバトルを推したい。 |
十手 | おお、ドラゴンや魔法は西洋文化史の授業で出てきたな。 すろーらいふ……というのは、隠居生活みたいなもんかな。 |
八九 | ──で、これが今、俺がハマってるジャンル。 異世界転生モノだ。 |
十手 | い、異世界……? 転生っていうと、仏教の話なのかい? |
八九 | 異世界っつーのは、魔法がフツーにあるファンタジー世界だ。 中世だか近世だかのヨーロッパっぽい世界に ドラゴンや魔王や聖女やエルフ、獣人とかがいて……。 |
八九 | そういう世界にごく普通の現代人が転生すんだよ。 よくあるのが、主人公がトラックに轢かれて……。 |
十手 | ええ!? 死んじゃうじゃないか! |
八九 | それで転生すんだって。 チート能力と前世の知識で、異世界で最強になっていく主人公。 圧倒的に俺だけ強い、それが異世界転生モノのラノベだ! |
十手 | ふむふむ……? 突拍子もない設定だけど、それがいいのかなぁ……? |
八九 | だろ!? 根強く人気がある要素は、ハーレムだ。 |
十手 | はぁれむ……? |
八九 | あー、ほら、大奥的な? 男主人公1人に、ヒロインたくさんのやつ。 いろんなタイプのヒロインが出せるから、読者を掴みやすい。 |
八九 | それに、やっぱ……夢がある感じするんじゃねーの? 幼馴染やら王女やら女騎士、いろんなタイプに慕われんのってさ。 ま、描き方が雑で、なんで好かれてんのか謎だと今時キツイけど。 |
十手 | ふむふむ……。 たとえば、「将軍」という肩書でなく、 人柄や生き様で女人に好かれる色男を描くべしということだね。 |
八九 | おう、そんな感じだ。 ほら、とにかく読んでみろ! |
十手 | 了解! 夢の印税生活への第一歩と行くぞぅ! |
──数日後。
十手 | ……うっ……ぐ……。 …………っ!!! |
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八九 | よう、十手。 どうだ、読んでみたか──って……? |
十手 | くうっ……! ジョンソン次郎丸……! ここで妹だったと知るなんて……! なんて切ない真実なんだぁ……!! |
八九 | あ! もしかして『義理ギリ兄妹の裏表生活』読んだのか!? そこ泣けるよなぁ~! |
十手 | ああ、久々に大泣きしてしまったよ……。 はぁ……素晴らしい本をありがとう、八九君。 |
八九 | おう。ハマったやつあったか? |
十手 | そうだねぇ……『異世界の崩壊を最強チート魔法で救った件』 もよかったけど、一番のお気に入りはこれだよ。 『平凡勇者の異世界冒険録』シリーズ! |
八九 | お、俺もそれイチ押しなんだよ! |
十手 | 本当かい!? この主人公が平凡な青年というのがオツだねぇ。 自信なさげなところも、思わず感情移入してしまうというか。 |
十手 | 20冊近くもあるのに一気に読んでしまったよ。 特にこの12巻からの古代迷宮攻略編なんか、最高だ。 |
八九 | そこな……! ごく平凡な主人公なのに、攻略隊に志願することになってさ。 そこのアワアワ感としっかり活躍してくれる期待通り感がいい。 |
十手 | うんうん、そうなんだよ! 今までの冒険で出会った仲間との思わぬ再会もよかったね。 偉ぶらない主人公の態度が、人を惹きつけるんだなぁ。 |
八九 | チート系も人気なんだけどよ、平凡主人公系も人気あるんだぜ。 生まれも育ちもエリート!イケメン!チート!みたいなのより、 読者が親近感を抱きやすい、等身大感がいいんだろうな。 |
八九 | それに、俺ら的にも書きやすそうだよな。 |
十手 | なるほどねぇ……うん。その通りだ。 俺は派手な方ではないし、 銃の性能でも最強には程遠いし……。 |
八九 | や、お前は歴史あるしよ。 同心が使ってた十手ってだけでキャラ立ち十分だろ。 俺なんか、邑田の茶汲み係だぜ……。 |
十手 | いやいや。 八九君はいろんなことを知っているし── |
十手&八九 | ……はは……。 |
八九 | ……なんか、虚しいな……。 |
十手 | そうだね……。 |
八九 | よ、よし! じゃあ設定とか考えようぜ。学園モノとかどうだ? ハーレムとの相性もいいし。 |
十手 | いいじゃないか、学園モノならイメージがつきやすい。 あとは、俺たちの日常の知識が活かせるような設定もいいなぁ。 よーし、燃えてきたぞぅ! |
夢の印税生活を目指してラノベを書くことにした八九と十手だが、
早速、とある問題に直面していた。
八九 | なぁ……女子ってこれで合ってんのか……? |
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十手 | さ、さぁ……? あんまり力になれなくてすまない、八九君……。 |
八九 | クソ……女子の言動がよくわかんねぇ。 魅力的なヒロインの有無は人気の有無に直結するってのに……! |
十手 | うーん……小説執筆の指南書を見てみよう。 ふむ。『現実味のある小説のためには取材が大事』とあるね。 |
八九 | 取材って……え、現実の……その、 じょ……女子と……え? そういうこと……? |
十手 | よーし! 士官学校内の女生徒を取材してみることにするよ。 八九君も来るかい? |
八九 | 俺はいい。頑張れ。 |
十手 | あ、ああ……。 |
十手 | ……とは言ったものの、いざ話しかけるとなると緊張するな。 ええっと、とりあえず話を聞いてくれそうな子は……? |
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グラース | ん……。 あれ、十手じゃねぇか。何してんだ── |
グラース | って、へぇ……? 案外おもしろいオモチャかもな。 |
十手 | うーん、あの子かな……むむ、まずは行動をよく観察して……。 |
グラース | おい、十手。 |
十手 | う、うわぁ! グラース君、驚かせないでくれよ! |
グラース | なぁ、もしかしてあの子に気があるのか? |
十手 | え……? |
グラース | さっきから目で追ってるのがバレバレだぜ? あの子に不審がられる前に、 僕が『グラース流口説き落とし術』を教えてやるよ。 |
十手 | 待ってくれ、く、口説き落とし……!? あの……今のはそういうわけじゃなくて……。 |
グラース | まぁ、遠慮するなよ。行動あるのみだ。 そんなんじゃモテねぇぞ? |
十手 | だから、本当にそんなんじゃ……。 |
十手 | (いや、しかし……グラース君は華やかで、 女人への接し方を心得ていそうだ……! 話しかけ方の助言をもらえるのは有難い、か……?) |
グラース | いいか、いきなり話しかけるのは素人だ。 まずは……視線で誘惑する。 |
十手 | なるほど、視線で……! |
グラース | ふふん、メモを取るとは熱心な生徒だな。 そして、目が合ったら……もう、僕の虜ってワケ。 |
十手 | 本当かい!? 目が合っただけで!? |
グラース | ああ。向こうが頬を赤らめたら、話しかけに行く合図だ。 近づいて、大げさなくらい、ちょっとわざとらしく褒める。 『キミ、可愛いね。すみれの花の妖精さんかと思ったよ』とかね。 |
グラース | そうすると、基本的に最初は真に受けられない。 『お上手ね』とか、『そんなこと言って』とか、 笑って受け流される。 |
十手 | ええっ……それでいいのかい? |
グラース | いや、ここからが本番だ。相手がくすっと笑って 警戒心が緩んだら、すかさず真面目な顔になる。 そして、口説きにかかるんだ。 |
グラース | 『キミのことを、可愛くて素敵だと思ったのは本当だよ』ってね。 そっと手を取ったら、2人だけの場所へ……。 唇を撫で、重ねる……mission accomplie? |
十手 | そんな……俺にはそんなことできないよ……! |
グラース | いいからやってみろ、ほら! |
十手 | え? う、うわぁっ! |
グラースに背中を押された十手は、体勢を崩して転倒した。
十手 | あいてて……しまったなぁ……。 |
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女子生徒 | あの……大丈夫ですか……? |
十手が顔を上げると、先ほどの女子生徒が手を差し伸べていた。
十手 | ああ、すまない……! 助かったよ。 えぇっと、その……。 |
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十手 | (どうしよう、グラース君……助けてくれ……) |
十手が助けを求めてグラースを見ると、
グラースは勝ち誇った顔で「いけいけ!」と
ジェスチャーで追い立ててくる。
十手 | (ええ、そんなぁ……えーい、ままよ!) |
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十手 | か、感謝申し上げる! か、か、可憐なお嬢さん! |
女子生徒 | まぁ、そんな、可憐だなんて……。 |
十手 | ええっと、次は……。 そうだ、その、あちらで少しお話しませんか! |
女子生徒 | ええ、もちろん。 |
十手 | (おお、すごい! ちゃんと話を聞いてもらえたぞ……! さすがはグラース君だ!) |
八九 | はー……十手のやつ、取材っつって何時間経つんだよ。 なかなか帰ってこねぇなぁ……。 |
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十手 | ただいま、八九君! |
八九 | お、やっと帰ってきた。 どうだったよ、取材は? |
十手 | うん、学生さんと交流できて楽しかったよ! 流行の本を教えてもらったし、 俺もラノベを読んだばかりだったから、話が弾んでねぇ……! |
八九 | へぇ……やるじゃねぇか。 で、ヒロインたちの参考になりそうか? |
十手 | ……あ。 |
十手 | すまない、取材のことをすっかり忘れていたよ……。 |
八九 | そーいうオチかいっ! |
八九との共作で人気ラノベ『地味俺』を執筆した十手は、
夢の印税生活こそは送れなかったものの、
その後も士官学校の新聞部で創作活動を続けていた。
ライク・ツー | 十手のおっさん、最近なんかやけに楽しそうだな。 |
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十手 | やあ、ライク・ツー君! いやぁ、すっかり文筆活動の虜になってしまってねぇ。 |
十手 | 新聞部に入部して、 校内新聞で連載小説を書かせてもらってるんだ。 やはり〆切があると背筋が伸びるというか、張り合いがあるよ。 |
ライク・ツー | ふーん。 ま、俺は興味ねぇけど……。 |
ライク・ツー | ……第3話で出てきた謎の組織の正体とか、 マジで興味ねぇから……。 主人公の意味深なセリフとかも気になってねぇし。 |
主人公 | 【自分は気になる!】 【今月のも面白かった!】 |
十手 | 〇〇君! ありがとう、その一言がどんなに励みになるか。 |
十手 | ライク・ツー君もああして励ましてくれるし、 書き手冥利に尽きるね。 読者の感想が、何より物書きの滋養だよ。 |
恭遠 | おーい、十手はいるか? |
十手 | 恭遠教官! 何かあったのかい……? |
恭遠 | 十手……! ありがとう、本当に感謝するよ! |
十手 | んん……? 何か感謝されるようなことをしたかな……。 |
恭遠 | ああ、すまない……説明が足りなかったな。 実は、十手のおかげで マークスが国語の授業を熱心に受け始めたんだ! |
十手 | マークス君が国語の授業を……。 たしかに今までは興味なさそうだったけれど、 それが俺のおかげ……? |
恭遠 | そうなんだ。 十手が校内新聞で連載している小説があるだろう。 それで── |
マークス | くそ……最近、マスターは校内新聞を楽しみにしている。 十手の小説をいつもマスターは褒めている……! |
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マークス | 物語を書くことでマスターに褒められるなら、俺も書く。 俺も十手を超える作品を書いて、マスターに楽しんでもらう……! |
マークス | 恭遠、国語の補習をしてくれ! |
恭遠 | な、なん……だと……! |
恭遠 | ……というわけなんだ。 |
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恭遠 | その後もマークスは熱心に国語の授業を受けているし、 授業後には質問にも来るようになったんだ。 あのマークスが……と、感慨深いよ。 |
恭遠 | これもすべて十手のおかげだ。 本当にありがとう。 |
十手 | そ、そんな……。 でも、俺の作品が少しでも役に立ったなら嬉しいなぁ……。 |
エンフィールド | お話し中、失礼します! |
エンフィールド | 僕も十手さんにならって新作の詩を書いてみました。 我がイギリスにおいて詩作は歴史と伝統あるジャンルですからね。 さぁ、ぜひ読んでください! マスター! |
マークス | おい、抜け駆けするな! 俺はマスターが出てくる物語を書いたんだ。 |
マークス | 最強のマスターが大活躍して、俺のことを褒めてくれる。 ……そんな物語だ。すでに53章まで書いてある。 読んでみてくれ、マスター! |
主人公 | 【ちょっと落ち着いて……!】 →恭遠「驚いたな……。 十手の作品の影響力はすさまじい。 作家として、少し指南してあげたらどうだ?」 【助けて、十手先生!】 →十手「大丈夫かい、〇〇君! 紙っていうのは案外重いからね、それにこの量だし……。」 十手「よ、こら、しょ……っと。 これを……こっちの机に……!」 十手「ふぅ、これで大丈夫だ。 というか、〇〇君……その、先生ってのは照れるよ。」 恭遠「しかし、驚いたな。 貴銃士特別クラスで創作活動が流行り始めるとは……。 十手、先輩作家として、少し指南してあげたらどうだ?」 |
十手 | え、俺が……? うーん……、そうだなぁ。 |
十手 | ちょっと見せてもらってもいいかい、2人とも。 |
十手 | ふむふむ……なるほど……。 |
十手は、2人の作品に目を通していく。
マークスとエンフィールドは、
その様子を少し落ち着かない表情で見守った。
エンフィールド | ど、どうでした……? |
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十手 | 詩歌のことは素人なんだけど、 音読したときのリズムが心地いいねぇ。 きっちりとした韻がエンフィールド君らしいというか。 |
エンフィールド | ああ……! そこは、こだわったポイントなんです。 わかってくださって光栄ですよ! |
十手 | ただ、こことここ……少し持って回った表現すぎて、 せっかくのジョージ君の勇姿が伝わりづらいかもしれないね。 ここを少し削って、この単語とこの単語を入れ替えると……。 |
エンフィールド | はっ……! 素晴らしいです。 ジョージ師匠らしい軽やかで明るいリズムが生まれました! 十手先生、ありがとうございます! |
十手 | どういたしまして。 マークス君の小説なんだけれど……。 |
十手 | 〇〇君が、最強で心優しい 完全無欠の主人公という設定がすごくよく活かされているよ。 特に、マークス君との出会いのシーンがじーんとくるなぁ。 |
十手 | 〇〇君の魅力に、 みるみる引き込まれてしまう良作だね! |
マークス | ほ、本当か! マスターがモデルだから当然だが……。 |
恭遠 | モデルというか、本人のようだが……。 |
十手 | ただ、話の展開で、勝利が少しあっさりしている印象もあるね。 〇〇君の強さや聡明さを表現するなら、 あえて一度「負けそう」と読者に思わせておくのはどうだい? |
十手 | 敵が奥の手を隠していたため味方が驚く! あわや大ピンチに陥ってしまう……と思いきや、 それすらも〇〇君がお見通しだったという展開だね。 |
十手 | あっさり勝利するよりも敵の卑劣さも際立つし、 その後に敵に手を差し伸べる〇〇君の 心の高潔さも引き立つと思うんだが……どうかな? |
マークス | なるほど、そうか……! あんたのことを見くびっていたかもしれない。 十手、修正と続きの執筆をするから、またアドバイスをくれ! |
エンフィールド | 僕もお願いします、十手先生! |
十手 | ああ、もちろんだよ。 でも「先生」ってのは、くすぐったいからやめてほしいなぁ……。 |
恭遠 | …………。 |
十手 | む……? 恭遠教官? |
恭遠 | 素晴らしい……! 褒めるべきところはきちんと褒めて、 指摘するべきところは的確で手短に、 わかりやすく納得感のある伝え方をしている……! |
恭遠 | 十手、俺の助手になってくれ! |
十手 | ええ、恭遠教官!? あの、そんなにがっしり手を握らなくても……! |
主人公 | 【素晴らしい助手ができましたね、恭遠教官】 【さすが十手先生!】 |
十手 | 〇〇君まで……! |
──それから間もなくして、
校内新聞に新たな人気コーナー、
「十手先生の赤ペン講座」が誕生したのだった。
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