少年1 | 待ってくれ! |
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政 | い、一太!? |
合力 | なんだぁ? 坊主。 ここはガキの来るところじゃねぇぞ! |
一太 | 頼む、父ちゃんの店は取り上げないでくれ! 代わりにこれをやるから! |
少年は、十手から盗んできた銃を、
胴元へと差し出す。
胴元 | ……十手? 馬鹿言うんじゃねぇ。 こんなモン1本じゃ、おめぇの親父が作った借金の 利子にもならねぇよ。 |
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一太 | これはただの十手じゃねぇっ! 鉄砲としても使える珍しいモンなんだっ! だからっ……! |
胴元 | おい、とっととつまみ出せ。 |
合力 | へいっ。 ……ほら、来いっ! |
政 | 一太っ……! やめろ、息子に手を出させねぇでくれ! |
一太 | くそっ、離せよっ! 離せ! 父ちゃん……っ!! |
??? | ──ちょいと待ちな。 |
合力 | なんだ、てめぇは? |
キセル | 歌舞妓町に店構えておいて、 俺の顔を知らねェとは言わせねぇぞ。 |
胴元 | あんた、鷲ヶ前組の──! |
キセル | 知ってるなら話は早い。 ……この勝負、俺が引き継ごうじゃねェか! |
胴元 | そいつはまた、どうしてで? 縁もゆかりもないこいつを助けても、 あんたにはこれっぽっちも得はないと思うが……。 |
キセル | なに、まったく知らねェってわけでもねェ。 お前は7番街にある射的屋の店主── たしか、政だったな? |
政 | へ、へぇ! その通りです……! |
キセル | 袖振り合うもなんとやらだ。 さァ、この勝負……俺に預ける気があるかないか、 どっちだ? |
政 | キセルさんが、 俺のために勝負を張ってくださるんで……? |
胴元 | ……こちらは構わねぇが、勝負は勝負。 キセルさんとはいえ、もらうもんはもらいますからね。 |
キセル | 構わねェ。それが筋ってモンだ。 賭け金だが……あいにく持ち合わせがねェ。 ここはひとつ、この時計でどうだ? |
合力 | なっ、そいつは……! |
キセル | おうよ。 こいつは、カシラと盃交わした時にもらった、 舶来の腕時計だ。 |
キセル | 文字盤に金剛石がたんまりついてる。 家一軒建つくらいの値打ちはあるぜ。 |
キセル | ただな。この時計はカシラとの絆……。 俺にとっちゃ値打ちよりも、そっちのほうが大事だ。 だが、勝負時を見誤るほど、俺ァ落ちぶれちゃいねぇ! |
キセル | どうだい? 不足はあるか!? |
胴元 | …………。 |
キセル | さァ、どうする? 俺が勝ったら、政に店を返してやれ。 てめェらが勝てば、この腕時計はくれてやる。 |
キセル | この大勝負──伸るか反るか、どっちだァ! |
十手 | む、無茶だ! 助けたい気持ちはわかるが、博打なんて危うすぎる! 何かまっとうな方法で── |
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キセル | カタギの出る幕じゃねェ! てめぇは黙って見てろ! |
十手 | ……っ! |
胴元 | ──よし、この勝負、乗ってやろうじゃねぇか。 |
胴元 | ただし、今度は丁半博打だ。 3本勝負で決着をつけよう。 それで構わねぇな? |
キセル | ああ、もちろんだ。 |
胴元 | ……おい、おめぇ、賽を振れ。 |
合力 | 承知! |
十手 | ああ……とんでもないことになっちまった……。 |
八九 | あんたが手出しできることじゃねぇ。 勝負すんのはあいつなんだ。 俺らは腹括って、ここで見とくしかねぇよ。 |
十手 | けど、キセル君が負けたら── |
政 | もう、どうしようもねぇんです。 俺に融資してくれるようなとこはどこもなくて、 博打にすべてをかけるしかなかった……。 |
政 | どのみち俺はここで終わるはずだったんだ。 キセルさんがもう一勝負やってくれるってんなら、 俺には止める理由なんざ何もない。 |
主人公 | 【見守ろう】 【信じよう】 |
十手 | 〇〇君……。 ……わかった。 |
合力 | ……入ります。 |
合力が2つのサイコロをツボに入れ、
盆布の上に伏せる。
合力 | さぁ……どうですか! |
---|---|
キセル | 丁! |
胴元 | 半だ! |
全員 | …………。 |
合力 | ……勝負っ! |
十手 | 出目は……両方2だ! |
合力 | ……ニゾロの丁。 |
キセル | まずは、俺の勝ちだな。 |
胴元 | ……なに、3番勝負だ。 ここから勝たせてもらうぜ。 |
主人公 | 【今ので勝ち?】 【……よくわからない】 |
八九 | 丁半賭博のルールは簡単だぜ。 賽の目の合計が、奇数か偶数かを当てれば勝ちだ。 |
八九 | 奇数が半で、偶数が丁── 今回は2と2で合計4だったから、丁ってわけ。 |
十手 | うう……まずは1勝できたが、 見てるだけで寿命が縮みそうだ……。 |
合力 | ……次、入ります。 |
合力 | さァ、お願いします。 |
キセル | 半! |
胴元 | 丁! |
合力 | 勝負っ! |
八九 | 今度の出目は、2と6か。 |
合力 | ……ニロクの丁。 |
胴元 | 今度は俺の勝ちだな。 |
キセル | ……次で決める。 |
胴元 | ああ、泣いても笑っても、 次勝った方が勝ちだ。さぁ、勝負! |
政 | 神様、仏様、桜國様……! |
一太 | …………。 |
合力 | ……最後、入ります。 どうぞ。 |
キセル | 半! |
胴元 | 丁! |
合力 | 勝負っ! |
十手&八九 | ……っ! |
キセル | …………。 |
合力 | ……シロクの丁。 |
胴元 | 悪いな、鷲ヶ前組の。 ……俺の勝ちだ。 |
十手 | そ、そんな……! これじゃあ、店も時計も取られちまう……! |
---|---|
キセル | …………。 |
キセル | ……ちょいと待ちな。 |
キセルが煙管鉄砲で盆台のサイコロを軽く叩くと、
綺麗に2つに割れて中から鉛玉が現れた。
胴元 | ……っ……。 |
---|---|
十手 | これは……っ!! |
キセル | 俺の目は誤魔化せねェ……いや、この場合は耳か。 2回目から、サイコロの音が少し変わった。 |
キセル | こいつは丁しか出ねェ仕込みだな。 あんたが、勝負の途中でサイコロを入れ替えた…… そうだろう! |
合力 | くっ……。 |
キセル | 外の世界じゃ生きていけねぇ奴らが集まるのが、 この歌舞妓町── |
キセル | そんな俺たちが、 これだけは守らなきゃいけねぇってのが仁義だろうが。 |
キセル | 違うか、ああ!? |
胴元 | ……クッ……。 …………俺の、負けだ……ッ。 |
キセル | 政とそこの坊主は俺が預かるぜ。 俺を相手にイカサマを働いたんだ。 厳しい沙汰が下ると覚悟しておけ! |
胴元 | くそっ……! |
一太 | 父ちゃん……! |
政 | 一太……、心配かけてすまねえ……! |
十手 | ふぅ……寿命が縮んだ気がするよ……。 |
八九 | ……なぁ。あいつがイカサマするかもしれねぇって、 最初から睨んでたのか? |
八九 | イカサマを見破れば、 勝負は無効で大事な時計も失わずに済む。 |
キセル | さァな。俺は勝負強さには自信があるんでね。 正々堂々もう一勝負しても、勝ってやらァ! |
政 | ……キセルさん。 この度は、本当に世話んなりました! |
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一太 | ……親父を助けてくれて、どうも。 |
キセル | いいってことよ。 |
十手 | はぁ……。 なんとかなって、本当によかった……。 |
主人公 | 【すごかった】 【ハラハラした】 |
十手 | ああ、同感だ、〇〇君……。 生きた心地がしなかったが、鮮やかなものだったなぁ! 最後、シロクの丁が出た時はもうダメかと……! |
八九 | それより……十手。 お前、もっと気にすべきもんがあるだろ。 |
十手 | ……はっ! 俺の銃! |
キセル | ほら、坊主。十手に返してやれ。 |
一太 | ……わかったよ。 返せばいいんだろ。ほら。 |
十手 | ふぅ……。ようやく戻ってきたか……! |
八九 | ったく……クソ生意気で腹立つガキだな。 |
一太 | うるさいな。愛想が悪いのは生まれつきだ。 |
政 | こら、一太! |
一太 | …………。 |
政 | ……すみません、お世話になったってのに。 |
キセル | いや、構わねェよ。 |
キセル | 坊主。何かあればいつでも声をかけろ。 俺が必ず力になるからよォ。 |
キセルは少年の頭を撫でようとするが、
少年は一歩身を引いて、その手を避けた。
キセル | …………。 |
---|---|
一太 | ……ふんっ。 こんなの、どうせ気まぐれなんだろ。 |
一太 | 大人なんて、見て見ぬふりするやつばっかりだ……。 |
政 | こら、一太! なんてこと言うんだ! すんません、倅には俺から よーく言い聞かせますんで……! |
八九 | なんなんだよ、あのガキ。 |
キセル | …………。 |
十手 | 彼は、どうしてあんな態度を……。 |
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キセル | 仕方ねェさ。 今日は俺が居合わせて店は取り戻したが、 政は金に困ってんだろう。 |
キセル | あの親子は、これからも苦労していかなきゃならねェ。 |
十手 | そうか……。 また、盗みなどしなければいいのだがな。 |
キセル | ……今の歌舞妓町の状態じゃあ、 そいつは叶わねぇ望みかもしれねぇな。 |
十手 | どういうことだい? |
キセル | ……あの坊主みたいに、路頭に迷ったり、 盗みに手ェ出したりするガキが増えてんだ。 |
キセル | ──イカサマをしてたさっきのヤツらは、 最近、歌舞妓町に出入りしてるタチの悪い連中でなァ。 |
キセル | 博打で借金を背負わせて、 そのカタに店やらなんやらを奪ってるらしい。 |
キセル | やり口は汚ェが、イカサマでもしてない限り、 鷲ヶ前組が手を出すわけにもいかねぇ。 |
キセル | 借金でにっちもさっちもいかなくなって 一家で夜逃げするならまだいい。 |
キセル | 中には一家心中するほど追い詰められたり、 親を亡くした子供が盗みに走ったり、 詐欺集団に加担したりするやつもいる。 |
キセル | なんとかしてぇとは思ってんだがな……。 |
八九 | ひでぇ話だな。 |
キセル | まァ、あの坊主には親父さんがいる。 これから親子で踏ん張ってくれりゃあいいが……。 |
キセル | ハァ。俺にもっと力がありゃあ、 あいつらを丸ごと救ってやれるってのに……。 もどかしいったらありゃしねェ。 |
キセルは己の手をじっと見つめた。
キセル | 行き場をなくした者、外ではみ出し者だったヤツでも、 家族になれるのが鷲ヶ前組であり、 この歌舞妓町自治区だ……ほれ、あれを見てみろ。 |
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??? | さぁ、子供たち! 食うもん食わずの子はみんな寄っといで! |
??? | うちの店からの炊き出しだよ。 まだまだあるから、友達も呼んどいで。 |
??? | 明日もその次も、うちの店に来れば助けてやる。 さぁ、たんと食え! |
少年2 | おーい、大黒屋のおっちゃん! こっちこっち、おいらにもくれよ~! 1番でっかい握り飯なっ! |
少年3 | あ、一太。こっちだ、こっち! 早くしねぇと、なくなっちゃうぞー! |
一太 | 待てよーっ! 俺はおかかおにぎりだからな! |
十手 | あの店は……? |
キセル | あれは大黒屋って言ってな。 歌舞妓町きっての大店(おおだな)で、 ああして子供らに施しをしてる。 |
十手 | それは立派なお店だ……! 小児は白き糸の如し──糸を黒く染めようって輩も、 ああして救おうとする御仁もいるんだなぁ。 |
大黒屋 | これ、押すな押すな! そんなに慌てなくても、まだまだあるんだから。 |
少年3 | 大黒屋のおっちゃん、いつもありがとう! |
大黒屋 | 困った時はお互い様だ。 そのうち、みんなの力を貸しとくれ。 |
キセル | ……世の中、意外と捨てたもんじゃねェだろ? |
キセル | 俺は、この街を心底大切に思ってる。 オヤジも、カシラも、組のみんなもそれは同じだ。 |
キセル | 子供らは宝……。 あいつらが助けを求めて手を伸ばしてきたら、 その手を残らず握れる男でありてェもんだ。 |
キセル | まだまだ、先は長いがなァ……。 |
八九 | 鷲ヶ前組ってのは、 自治区でもっと威張り散らしてるもんかと思ってたが、 イメージとだいぶ違ってたわ。 |
キセル | はっはっは! 仁義を貫き、困ってる奴らのために 身体張ってこそ、任侠の男だからな! |
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