ダンスホールの扉が開き、眩いスポットライトがエルメたちを照らす。
二人の情熱的なステップに会場は盛り上がり、月も燃やしてしまうような熱気が夜の闇に溶けていくのだった。
カレイドスコープを覗き込むと、そこはパッションの華が燃え盛っている。
華麗に、絢爛に。激しく燃える情熱は、見る者を掴んで離さない──あなたはもう、かのマタドールの虜。
主人公名:〇〇
主人公の一人称:自分
フィルクレヴァート士官学校にて、
貴銃士と一般生徒の交流を目的とした
ダンスパーティーが開かれることとなり──
その花形である“ナイト”に選ばれたエルメは、
完璧なダンスを披露すべく、思案に暮れていた。
エルメ | (引き受けた以上は、完璧に踊るのが俺の信条……。 でも、ダンスの経験はないし、まずは基礎知識の習得からだ。 図書館に行って、資料を集めよう) |
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──数時間後。
エルメ | ふむ……世界に数多存在するダンスのうち、 メジャーなものの概要についてはおおよそ把握できた。 あとは、こっちの本も見ておくべきか……。 |
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ローレンツ | おや……? Mr.エルメ。 もう消灯の時間だが……。読書に精が出るようだな。 |
エルメ | ああ……ダンスについて、色々と調べていてね。 |
ローレンツ | ナイトになったからには、 ダンスへの造詣を深めようということか。 その姿勢には感心するが、いささか書籍のテーマが偏っているな。 |
エルメ | そう? まずはダンスの全体像を掴もうと思って、 幅広い分野の本を読んでみているんだけれど。 |
ローレンツ | 確かに、ダンスの“種類”については幅広いが、 君の前に積まれている本は、技術面に関するものが多い。 |
ローレンツ | 現在のそのダンスがどのようなものであるかは確かに重要だが、 より深い表現をするためには、各ダンスの起源や それぞれの振り付けが持つ意味も理解しておくと役立つだろう。 |
ローレンツ | 歴史や文化的な面について丁寧に解説がなされているのは、 この本と……それから、こちらの本も実にいい。 |
ローレンツは、文化や舞踊の書架から何冊もの本を抜き取ると、
エルメがいる机に次々と積み重ねた。
本の塔がいくつもできていく様を、エルメは感心しつつ眺める。
エルメ | へぇ……君、ダンスに関しても知識があるんだね。 ありがとう。 さっそく読んでみるよ。 |
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──さらに2日後。
エルメ | ひとまず……これで全部かな。 |
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ドライゼ | ……エルメ、ここにいたのか。 お前が丸2日寮に戻らないと、マスターが心配していたぞ。 |
ドライゼ | まさかとは思うが…… ずっとここで本を読んでいたのか? |
エルメ | うん。 今ようやく、ダンスをする上で必要な情報を網羅できたところ。 何を踊るのかも決まったよ。 |
ドライゼ | この量を2日で読み終えたのか。 妥協を許さないその姿勢……流石だな、エルメ。 |
エルメ | でも……困ったことに、まだよくわかっていない気がするんだ。 ダンスについての知識を、自分のものにできていない感じがして。 |
ドライゼ | それは当然だろう。ダンスというのは、身体での表現だ。 本で得た知識だけでは、真にダンスを理解するには不十分……。 “本物”を見て学び、一流の技術をも我が物とせねばならない。 |
ドライゼ | お前の最終目標は、舞踊論学者になることではなく、 パーティーで貴銃士を代表するナイトとして、士官候補生たち…… いや、世界すらも圧倒するようなダンスを披露することだろう? |
ドライゼ | 知識の習得だけでは、それは成しえない。 知識をもとに身体を動かし、 表現することで初めて可能となるのだ。 |
エルメ | そうか……そうだね。 ありがとう、ドライゼ。俺のやるべきことがわかったよ。 |
エルメ | じゃあ、さっそく行こうか。 |
エルメ | やあ、〇〇。 これから、ドライゼとスペインに行ってくるよ。 |
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主人公 | 【えっ……!?】 【どういうこと?】 |
ドライゼ | すまない、マスター。 今は説明している時間すらも惜しい。 |
エルメ | 3日くらいで戻るから、 恭遠教官には適当に言っておいて。 |
ドライゼと共にスペインへの地へ降り立ったエルメは、
三日三晩、あらゆるダンスを観賞した。
ドライゼ | エルメ……一旦宿で休まないか……? |
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エルメ | まだ……まだ、駄目だ。 でも、あと少しで俺は何か大事なものを掴める。 もう1つの公演に行くよ、ドライゼ! |
ドライゼ | あ、ああ……。 |
──スペイン滞在最終日の明け方。
エルメ | ……ねぇ、ドライゼ。 君が言った通りだったよ。 |
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ドライゼ | む……? |
エルメ | あの時の俺は、真の意味ではダンスを理解していなかった。 けど、今の俺は違う……! |
エルメ | プロのダンサーの踊りを浴びるように見て、 自分で再現するのを幾度となく繰り返したおかげで、 今やっと、図書館で得た知識と実際の動きが強く結びついた。 |
エルメ | 完璧なイメージができた……! あとは繰り返し身体に叩き込んで、現実のものとするだけだ。 |
エルメ | これでようやく──俺は、踊れる……! |
ドライゼ | そうか……! |
スペインからフィルクレヴァート士官学校へと戻ったエルメは、
〇〇をパートナーに指名し、
日々ダンスの猛特訓に励み始めた。
タバティエール | ところで……エルメ、ダンスの時の衣装はどうするんだ? |
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エルメ | パソドブレだからもちろん、 衣装も闘牛士をイメージした華麗なものにするよ。 マスターの衣装も、色味やデザインを合わせるつもり。 |
タバティエール | なるほどな。 しかし、イギリスじゃあ闘牛士の衣装なんて、 そうそう手に入らないんじゃないか? |
エルメ | 問題ないよ。元々、既製品で済ませる気はなかったし。 明日は手芸用品店へ行って、布地から自分で厳選するよ。 |
タバティエール | おお……さすがだ! |
エルメ | そういうわけだから……〇〇。 君は明日、自主練していてね。 俺がいないからって、手を抜いちゃ駄目だよ? |
主人公 | 【Jawohl!】 【もちろん!】 |
ケンタッキー | おばちゃん、この布120イン……じゃなくて、3mくれ! あと、こっちの刺繍糸も! |
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店主 | あらあら……! その糸に目をつけるとは、ケンちゃん流石ね! 最近養蚕地まで行って仕入れてきた極上の絹糸なのよ、それ。 |
ケンタッキー | やっぱ? この光沢感、上物だって思ったんだよなー! おばちゃんの仕入れのセンス最強で、 ここ来るとテンションぶち上げ花火って感じだぜ! |
店主 | ほほほほ! 品の良さがわかる子がご贔屓にいると楽しいわ! |
エルメ | あれ……? 君は、ケンタッキーだったっけ。 |
ケンタッキー | ん……? あんた、今日もダンスの練習じゃねーのか? |
エルメ | 今日は仕入れに来たんだ。 ねぇ君……そんなに布と糸を買って、何をするの? |
ケンタッキー | はぁ? 何って……服作るに決まってんだろ。 |
エルメ | もしかして、君が休日に着ている派手な服は……。 |
ケンタッキー | おう。全部俺が自分で作ったやつだ! |
ケンタッキー | 人と同じじゃつまらねぇし、 既製品じゃあしっくりこねぇことも多いだろ? |
ケンタッキー | でも自分で作れば、自分にピッタリのサイズで、 こだわりまくった最高にイカした服になる! |
ケンタッキー | この前作った服は、外見じゃあわからねぇけど、 実はポケットが大容量で、布地も縫い方も頑丈にしてて…… ここで仕入れた蝶貝のデザインボタンも気に入ってるぜ! |
エルメ | ケンタッキー……君……。 身に着けるものに対して一切の妥協を許さず、 素材から厳選して作り上げるその姿勢……。 |
ケンタッキー | あ? なんか文句あんのか? |
エルメ | まさか! いい……実にいい……! 最高だよ。 |
エルメ | ケンタッキー・ロングライフル。 君の美学と腕を見込んで、折り入って頼みがある。 |
ケンタッキー | な、なんだよ急に改まって……。 |
エルメ | 今度のダンスパーティーで、 俺たちが着る衣装を作ってほしいんだ! |
ケンタッキー | はぁ? 誰がお前の衣装なんか……って、 そういや、マスターの衣装も必要だよな……。 |
エルメ | その通り。 だからこそ、衣装を作る職人は厳選したい。 |
ケンタッキー | ……しゃーねぇ。 お前のためじゃなくて、マスターのために! 俺が飛びっ切りの衣装を作ってやる!! |
エルメ | ありがとう! よろしく頼むよ。 |
──数日後。
ケンタッキー | ──どうだっ!! |
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ケンタッキー | あれからすぐにイメージが膨らんで、 徹夜で作ったんだ! 見ろよ! すんげぇーイカしてんだろっ!? |
エルメ | …………。 |
ケンタッキー | どうした? 感動で声も出ねーのか? |
エルメ | ……な、なんだこれは……。 |
エルメ | 赤いストライプに、青字の布にちりばめられた星…… これはどう見ても、星条旗モチーフだ。 |
エルメ | スペインの踊りを披露するのに、 これでは方向性が散らばっていて美しくないよ。 |
ケンタッキー | んだと!? お前、俺の会心の作を侮辱する気か!? |
エルメ | 衣装単体としてはいいのかもしれないけれど、 方向性が違うと言っているんだ。 君……俺の話をちゃんと聞いていたの? |
ケンタッキー | 方向性だぁ? なら、どんな衣装だと最高にイカしてるのか、 俺が納得できるようにてめぇの考えを披露してみやがれ! |
エルメ | いい? 俺の理想の衣装は完璧な美であり、芸術作品だ。 まず、コンセプトは── |
──数時間後。
ケンタッキー | ……お前の考え、伝わってきたぜ。 俺は衣装単体での完成を求めてたけど、そうじゃねぇ。 |
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ケンタッキー | 俺が作った衣装でお前とマスターが最高のダンスを踊った時に、 1つの作品として完成するんだな? |
エルメ | そう……そういうことだよ。 俺たちのダンスと君の衣装が素晴らしい融合を見せた時、 それは完璧な芸術として昇華するんだ。 |
ケンタッキー | おう……やってやるよ! 全部イチから作り直しだ!! |
──翌日。
ケンタッキー | できたぜ! やっぱ普通じゃつまんねぇから、今度は全身レインボーだ! |
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ケンタッキー | 見ろよ、これ。 牛との死闘の果てに、マントがはためき会場に虹がかかる…… これなら観客も絶賛間違いなしだぜ! |
エルメ | …………。 |
ケンタッキー | どうした? はっはーん。感動で震えてるんだな! わかるぜ! そのキモチ! |
エルメ | 君とはつい昨日、通じ合えた気がしたんだけど……。 改めて、方向性を協議しようか。 |
──紆余曲折を経て、〇〇とエルメは、
交流パーティー本番で見事、至高のダンスを披露した。
その後、ナイトであるエルメのもとには
ダンスのお相手を願う生徒たちが殺到し、
エルメは彼らを拒むことなく受け入れたのだが──
エルメ | 君、テンポが遅れているよ。 |
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エルメ | 足さばきが鈍い。もっと華麗に舞うんだ! |
生徒1 | は、はいっ! |
エルメ | ターンにキレがない! その程度の技術で、牛を翻弄できるとでも? |
生徒2 | ご、ごめんなさい……! 僕はもう……これ以上踊れませんっ……! |
──華麗で楽しいパーティーの余韻は会場から消え去り、
パーティーは苛烈なダンスバトル空間と化していた。
生徒3 | うう……っ、足が……! |
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生徒4 | 息が……持たない……っ!! |
エルメ | 士官学校の生徒ともあろう者たちが、この程度なのかい? 我こそはという生徒はいないの? |
ダンスパートナー志願者たちがことごとく倒れ伏す中で、
エルメは会場内をぐるりと見回す。
生徒5 | お、おい……誰か行けよ……! |
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生徒6 | 無理よ……敵うはずないわ! |
シャスポー | おい、グラース。 君、ダンスなら腕に覚えがあるだろう? フランス代表の座をくれてやる。奴を倒してきたらどうだ。 |
グラース | お断りだね! お前が行けばいいだろ! |
シャスポー | 嫌に決まってるだろう!? |
ジョージ | なーなー、シャルルならダンス得意だろ!? |
シャルルヴィル | ム、ムリムリ! ボクなんか吹っ飛ばされちゃう! |
タバティエール | あー……交流パーティーのはずが、 なんかとんでもない方向にいっちまったなぁ……。 |
ラッセル | 一般生徒たちに、もはや彼を止めることは不可能です……! 恭遠審議官、何か打つ手はありますか……!? |
恭遠 | 貴銃士たちの誰かに望みを託すしかありませんが、 ナイト志願者たちもすっかり尻込みしていますし……。 |
ドライゼ | ……俺が行こう。 |
タバティエール | ドライゼ……! ドイツ支部特別司令官として、 身体を張って自分の補佐を止めに行くのか……! |
十手 | ドライゼ君……立派な御仁だったなぁ……。 |
八九 | いや、まだ生きてるし……。 ダンスなのに死線送りみてぇな空気やめようぜ……。 |
主人公 | 【(ドライゼの顔が赤いような……?)】 【(ダンスに名乗りをあげるって、まさか!?)】 |
〇〇は、ドライゼがいた辺りのテーブルへ駆ける。
そこにはシャンパンの空き瓶がいくつも並んでおり、
給仕係がそれを片付けようとしているところだった。
主人公 | 【(やっぱりダンシングモードだ……!)】 【(30分でエルメを倒せるか……!?)】 |
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ジョージ | いけー! ドライゼ! |
ドライゼファンの生徒 | ドライゼ特別司令官! ご健闘を祈ります!! |
ケンタッキー | エルメ! 俺の作った衣装で負けんじゃねーぞ! |
エルメファンの生徒 | エルメ様ーっ! 雄姿をもっとお見せくださいーっ! |
エルメとドライゼ、それぞれに声援が飛ぶ中、
ドライゼはゆったりと会場中央へ歩み、2人が向かい合う。
ドライゼ | ……エルメ。 やはり、お前を止められるのは俺しかいないようだな。 |
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エルメ | ふふ……君と本気でぶつかり合えるなんて、 鉄が赤くなりそうだよ……! |
会場内に緊張感が満ちる中、
楽団がアップテンポの曲を奏で始める。
まず動いたのはエルメだった。
ラッセル | ……!? 今のエルメの動きはなんだ!? 複雑すぎて目で追えなかったぞ……! |
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ジョージ | ドライゼのステップもすげぇ……! あんな動き、人間が……いや、貴銃士でもそうそうできねーって! |
ローレンツ | これはなかなか、甲乙つけがたい。 勝者はどちらになるのか、検証のしがいがあるというものだ……! |
ジーグブルート | ……おい、〇〇。 あいつ……ドライゼはやれると思うか? |
主人公 | 【……わからない】 【タイムリミットが近づいている】 |
一定量のお酒を飲んでダンシングモードに入ったドライゼには、
30分間という活動時間のリミットがあるため、
〇〇は固唾を呑んで2人の戦いを見守った。
エルメ | まだまだ……──くっ! |
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シャスポー | エルメが、膝をついた……!? |
グラース | あれだけ踊り続けたんだ。 もう足が限界なんだろ。 |
エルメ | ふふ……ははは…… やっぱり君には敵わないなぁ、ドライゼ……。 |
ドライゼ | いや……お前もよくやった。 いい戦いだったぞ、エル……メ……。 |
ドライゼの瞼が落ちてゆく。
2人は同時に、ばたりと倒れ込んだ。
恭遠 | 2人とも……素晴らしい戦いだった……! |
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ラッセル | これは……歴史に残る夜になりましたね……! |
観客が割れるような喝采を送る中、
謎のダンスバトルはついに終幕を迎えたのだった──。
…………。
めでたし、めでたし。
八九 | ──って、誰かツッコめっつーの!! |
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